劇症肝炎は未だに致命率が高い。近年プロスタグランジンE1(PGE1)が急性肝炎重症型に対して臨床応用されその有効性が報告されているものの、その作用点は必ずしも明らかではない。また、PGE1類似の作用点を有し、かつ、劇症肝炎に特異的な障害進展過程にも作用するものがあればより有効な薬剤となる可能性がある。これらの点につきラット急性肝障害モデルを用いて検討した。 先ず、PGE1に関して、直接的な肝細胞障害をもたらす四塩化炭素(CCl4)およびガラクトサミンにより作成した2つのモデルを用いてその効果を検討したところ、PGE1は肝実質細胞障害のマーカーである血清ALT値の上昇ならびにプロトロンビン時間(PT)の延長を有意に抑制し、組織学的肝障害の改善をもたらした。その作用点を、培養ラット肝細胞のt-ブチルハイドロペルオキシド(TBHP)による脂質過酸化依存性細胞障害の系を用いて検討した。PGE1およびdimethyl PGE2は細胞死を有意に抑制したが、その際、膜脂質過酸化の程度に影響しなかったことから、これらのプロスタグランジンの作用点は膜脂質過酸化の成立以降で最終的な膜破綻に至るまでの過程に存在すると推定された。そこで、蛍光プローブを用いて培養肝細胞の膜流動性の変化を測定したところ、TBHPによる膜流動性の低下はこれらプロスタグランジンの存在下では有意に抑制された。従って、両プロスタグランジンは肝実質細胞の膜安定化作用を有しており、これにより肝細胞を障害から保護していると推定された。 劇症肝炎の広汎肝壊死は、成因として類洞内凝固亢進に基づく肝微小循環障害が注目されている。実験肝障害に対する治療効果が報告されているプロスタグランジンI2(PGI2)は、末梢動脈塞栓症の治療薬であることから肝においても微小循環障害に対する効果が期待され、より有効な劇症肝炎治療薬になる可能性がある。類洞内凝固亢進が成因である2つの広汎肝壊死モデル-死菌・エンドトキシン(C.parvum/LPS)肝障害とジメチルニトロサミン(DMN)肝障害-さらに、対照として、類洞内凝固亢進が関与しない膜脂質過酸化による肝細胞障害モデルであるCCl4肝障害を用いて、その効果を検討した。C.parvum/LPS肝障害は、死菌の前投与により活性化した肝マクロファージがエンドトキシンの追加投与により炎症性サイトカインやスーパーオキシドを放出し、これが類洞内皮細胞を障害する結果類洞内凝固が亢進し、フィブリン沈着による肝微小循環障害から広汎肝壊死を生ずる、劇症肝炎に最も類似するモデルとされる。DMN肝障害における類洞内皮細胞障害は、その支持細胞である伊東細胞がDMNによりアポトーシスとなる結果、同様のフィブリン沈着を生じるモデルである。 C.parvum/LPS肝障害に対して、PGI2は血清ALT値の上昇を抑制し組織学的にも肝壊死を改善した。しかし、血管内凝固亢進状態を反映する血漿トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)の上昇に対しては影響しなかったことから、その主な作用点は類洞内凝固成立以降の障害進展過程にあり、肝マクロファージの活性化抑制や類洞内皮細胞保護作用を介するものではないことが示唆された。また、PGI2は肝実質細胞および類洞壁細胞に存在するpurine nucleoside phosphorylase(PNP)の血中への流出を有意に抑制し、かつ、血清ALT/PNP比を用量依存性に低下させたことから、その主な作用点は類洞内皮細胞障害以降の障害進展過程にあると推定された。さらに、PGI2はこのモデルでの門脈圧上昇を抑制したことから、血管拡張あるいは血栓付着阻止作用を介する肝微小循環障害改善効果も有することが示唆された。一方、DMN肝障害とCCl4肝障害に対し、PGI2は血清ALT値の上昇およびPT延長を抑制し組織学的改善をもたらしたが、その効果が前者においてより顕著であったことからもPGI2の肝微小循環障害改善効果がうかがわれた。その際、C.parvum/LPS肝障害の場合と同様に、DMN肝障害においてもPGI2が血漿TAT値上昇には影響せず血清PNP値や血清ALT/PNP比を低下させたことから、その作用点は類洞内皮細胞障害および類洞内凝固成立以降の障害進展過程にあることが確認された。PGI2は培養ラット肝細胞および培養類洞内皮細胞のTBHPによる脂質過酸化依存性細胞障害を有意に抑制し、その際、膜脂質過酸化の程度には影響しなかった。従って、PGI2は、肝実質細胞に対する膜安定化による保護作用、および、血管拡張ないし血栓付着阻止作用を介する肝微小循環障害改善効果を有すると考えられる。in vitroで報告されている活性化肝マクロファージへの抑制作用は、in vivoにおいては作働していない可能性が強いと考えられた。 以上から、プロスタグランジンE1、E2、I2は、膜安定化による肝細胞保護作用から何れもが劇症肝炎の治療薬たりうると考えられた。特に、PGI2は血管拡張ないし血栓除去作用を介する肝微小循環障害改善効果も有することから、その有効性はより高いと推定された。 |