学位論文要旨



No 213118
著者(漢字) 木内,貴弘
著者(英字)
著者(カナ) キウチ,タカヒロ
標題(和) World Wide Webを利用した多施設臨床試験のデータ管理システムについての研究
標題(洋) Research on the Use of World Wide Web for a Data Management System for Use in Multi-institutional Clinical Trials
報告番号 213118
報告番号 乙13118
学位授与日 1996.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13118号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 佐々木,康人
 東京大学 教授 郡司,篤晃
 東京大学 教授 高木,利久
 東京大学 助教授 今泉,敏
内容要旨 第1章WWWによる多施設臨床試験データ管理システム構築の利点と問題点

 欧米では多施設臨床試験は統計解析センターを利用して行われるのが通例であるが、日本ではこれに類する施設がほとんどなく、研究者主導による多施設臨床試験の施行が困難な状況にある。統計解析センターの業務で最も多くの人員と設備を要するのが、症例登録・割付及び追跡データの入力、チェックである。通常、データ収集は電話又はFAXで行われるが、欠損値や論理的に矛盾のあるデータのチェックやそれについての問い合わせ、データ入力作業に多くの労力がかかる。国家財政の状況を考慮すると、今後日本に公的な統計解析センターが設置されたとしても、このために欧米並みの人員が確保されるとは考えにくい。このためネットワークを利用して発生源入力によるデータ収集を行い、登録・割付とデータのチェックをオンラインで行う情報システムの開発が必要である。従来から臨床試験のためのオンラインシステムの開発の事例はあるが、すべてキャラクターベースのものであり、一般の医師には操作法が難しく、ほとんど普及を見ていない。

 近年、ネットワーク上での情報を提供を目的に開発されたWorld Wide Web(WWW)は、1)操作法の簡単なGUI(Graphical User Interface)を比較的容易に構築できること、2)ハイパーテキストを利用して柔軟に情報の構造化を行うことができる等の優れた特徴を有し、急速に普及しつつある。WWW固有のプロトコールがHTTP(Hypertext Transfer Protocol)であり、ハイパーテキストの記述には、HTML(Hypertext Markup Language)が使用される。現在では、HTTPとHTMLの改良により、データ入力フォームの表示、データの入力、処理が可能となっており、主要なWWWサーバーでは、CGI(Common Gateway Interface)というインターフェイスを介して、入力されたデータの処理を外部プログラムに行わせる機能を有している。

 WWWは、他のGUI構築法と比較して、1)ほぼすべてのコンピュータ上で利用可能なクライアントソフトウエアが存在し、2)各臨床試験毎にクライアント側に新たにソフトウエアをインストールする必要がない等の優れた特徴を持っている。しかし、セキュリティ保護の方法の改善とプログラム開発の効率化が実用化のための課題と考えられる。これらについての研究の結果を2、3章に記述した。更に実際に症例登録・割付システムを開発し、試験運用した結果について4章に記述した。

第2章臨床試験での利用に適した安全な閉じたHTTPベースのネットワークの構築

 インターネットの普及とともにオープンな通信回線を使用して、暗号を利用したセキュリティー保護を行う試みが盛んになってきている。HTTPについてもSSL(Secure Socket Layer)、S-HTTP等の暗号化HTTPの開発が行われているが、すべて商用利用を目的としており、1)多数のユーザーを対象に、2)クライアント-サーバー間でのend-to-endのセキュリティを実現できるように設計されている。現況の運用では、クライアントの認証は行われておらず問題を残しているが、将来の導入が予定されている。この場合、ユーザー側でセキュリティ情報の設定が必要となる。商用利用の場合には、ユーザーが自らの責任で業者と契約し、自己の利益を守るために必要な設定を行った結果として、便利なサービスを利用できるのであるから、end-to-endのセキュリティー保護を目標とすることは適切である。ところが臨床試験では、1)守るべき情報は医師のものではなく、第3者である患者のものであり、機密保護の最終的な責任は病院にあること、2)情報システムは、医師が個人の意志で使用するものではなく、使用が義務づけられるものであること等の異なった特徴が存在する。このため個々の医師がクライアント側の設定を行わなくとも、各施設の責任でセキュリティが確保できる方法の採用が必要である。また商用利用と異なり、臨床試験では限られた数の施設だけから利用できる閉じたシステムである方が望ましい。

 本研究で開発したプロトコール(C-HTTP)は、通信を行う2つの施設内のユーザーエイジェント(UA)とオリジンサーバー(OS)の間に、各施設のファイアーウオール上にインストールされたクライアント側プロキシー(CSP)とサーバー側プロキシー(SSP)の2つのプロキシーを介在させ、UAとCSP、及びSSPとOSの間は、通常のHTTPで通信を行い、CSPとSSPの間で暗号を利用した通信を行うものである。ホスト名の解決には、セキュリティ上問題のあるDNS(Domain Name System)は使用せず、独自のC-HTTPネームサーバー(NS)を使用する。このためDNSの制約に関係なく、リソース名をつけることが可能である。両プロキシーの間、及び各プロキシーとNSの間の通信は暗号化され、相互に公開鍵証明書を用いて認証される仕様となっている。

 図1にC-HTTPによる通信の概要を示す。UAからHTTPリクエストが発信されるとCSPは、ホスト名から該当するリソースへの接続に必要な情報をNSに問い合わせる。NSは該当のリソースが存在し、名前解決を要求したCSPが該当のリソースとの接続が許可されていれば接続に必要な情報を返し、そうでなければエラーメッセージを返す。後者の場合、CSPはDNS検索を行い、通常のHTTPプロキシーとして振る舞う。前者の場合には、CSPからSSPに対して接続要求が行われ、SSPはNSにCSPの情報を問い合わせて確認を行い、CSPの接続要求が正当なものであれば接続許可する旨の返答を行う。この段階でセッションが確立する。この後は、CSPはHTTPリクエストを暗号を用いたC-HTTPリクエストに変換してSSPに送信し、SSPはこれをもとに戻してOSへ転送する。レスポンスも同様にしてOSからUAに転送される。

図1C-HTTPによる通信の概要(数字は通信の順序を示す)

 C-HTTPの利点として、1)医師が個々のクライアントにセキュリティ関係の設定をすることなくクライアント側の認証が可能なこと、2)リソースの名前を公開してもその実在する場所が一般に知られないこと、3)各リソースの接続許可を中央管理できること、4)DNS関連のセキュリティホールを防げること等が挙げられる。

 C-HTTPは、他の暗号化HTTPと対立するものではなく、これらに対応するインターフェイスをプロキシーに加えれば共存して使用することも可能である。この場合、個人レベルと施設レベルのセキュリティを同時に保護することが可能となる。

 C-HTTPはインターネット上のファイアーウオールの間に仮想ネットワークを構築するという新しい発想から設計されたプロトコールであり、安全なネットワークの運用が医学系のユーザーを対象にした場合でも容易に実現可能である点に大きな特徴がある。

第3章WWW用のデータ入力、チェックプログラムの自動生成プログラムの開発

 臨床試験は通常長くとも数年で終了し、各試験毎に別のシステムが必要なため、システム開発を低コストで短時間に行う必要がある。このためにWWWによる入力データを処理するCGIプログラムを自動生成するためのプログラム(AUTOFORM)の開発を行った。AUTOFORM自体はPERLで記述されており、生成されるプログラムはC言語で記述されている。同様なプログラムは既に数種類存在するが、本プログラムの特長は、1)メモリーオーバーライトやメタキャラクターのチェック等のセキュリティ保護機能を持ち、2)入力項目の欠損やデータ型のチェックが可能なCGIプログラムを生成できることにある。これらの機能の実現に必要な情報を記載するためにHTMLの仕様の拡張を行った。AUTOFORMは、この拡張HTMLで書かれたフォームを処理して、対応するCGIプログラムと通常のHTMLフォームを出力する。本研究により、データチェック機能を持つ安全なCGIプログラムを効率的に作成することが可能となった。また本研究で開発した拡張HTMLは、生成されたプログラムと論理的には等価なものであり、文書記述言語であるHTMLを一種のプログラミング言語として捉え直した点に本研究の新奇性がある。

第4章WWWによる症例登録・割付プログラムの開発と・運用とその評価

 WWWを利用した多施設臨床試験の症例登録・割付プログラムを作成し、試験運用を行った。システムは、18項目のチェックリストに対して欠損値や不正データのチェックを行った後に、症例の適格性チェックを行い、適格であれば最小化法による動的平衡割付(dynamic balancing allocation)で対照群と治療群に割付を行い、不適格であればその理由を表示する(図2)。3施設医師、計30人に実際にシステムを使用してもらい、評価を行った。1)操作法の容易さ、2)レスポンススピード、3)FAXや電話と比較した場合の相対的な便利さについて主観的な評価を行ってもらった。1)操作法の容易さでは、「非常に容易」が66.7%、「容易」が30.0%、「難しい」が3.3%、「非常に難しい」0%、2)応答速度は、「非常に速い」が40.0%、「速い」が50.0%、「遅い」が10.0%、「非常に遅い」が0%、3)FAXや電話と比較した場合の相対的な便利さについては、「非常に便利」が53.3%、便利が30.0%、「やや便利」が13.3%、「変らない」が0%、「やや不便」3.3%、「不便」0%であった。全体として非常に良好な評価であり、WWWを用いたユーザーインターフェイスを実際の臨床試験で採用することが可能であると結論した。本研究は、少なくとも臨床試験の分野ではWWWの使用に着目した世界最初の研究である。

第5章結論

 本研究は世界で初めてWWWを臨床研究のデータ管理に使用することを提唱し、その実用性を実証するとともに、実用化のために不可欠な課題であるセキュリティの保護と効率的なプログラム開発についての技術的な解決法を示した。

図2 症例登録・割付プログラム
審査要旨

 本研究は、近年開発されたWorld Wide Web(WWW)が多施設臨床試験のデータ管理システムの構築のために優れた特徴を持つことに着目し、WWWによる症例登録・割付システムを開発して試験運用を行うことにより、実際の環境での運用可能性を検証するとともに、実用化のために解決すべき問題を指摘し、その解決策を提案したものである。

 1.コンピュータの知識に乏しいことが通常の医師に利用してもらうユーザーインターフェイスとしては、Graphical User Interface(GUI)が望ましい。WWWは、他のGUI構築法と比較して、ほぼすべての機種のコンピュータをクライアントとして使用でき、各臨床試験毎にクライアント側に新たにソフトウエアをインストールする必要がない等の、コンピュータ環境の異なる互いに離れた施設が共同して行う多施設臨床試験のデータ管理システムのGUI構築に特に適した特徴を持つことを指摘し、WWWによる多施設臨床試験データ管理システムの構築を提唱するとともに、1)病院の環境でも容易に実現可能で安全度の高いセキュリティ保護方法の開発、2)臨床試験の施行期間が数ヶ月から数年と短いことから必要となる短時間で安価にデータ管理プログラムを開発するための実際的な方法の確立、3)医師を対象としてシステムの試験運用を行うことによる運用可能性の検証の3つ課題の解決が、実用化のために必要であることを論じた。

 2.医療関連機関のファイアーウォール上にプロキシーサーバーを設置して、ファイアウォール上でデータの暗号化と施設同士の相互認証を行って各施設間を接続し、更にデータの暗号化とクライアント・サーバー間の認証を行う安全なネームサービスを導入することによって、ソフトウエアのみによるHTTPベースの仮想閉鎖ネットワークをインターネット上に構築するシステム(C-HTTP)を提案し、その実装を行った。このシステムは、各医師が個別に暗号・認証関係の設定を行わなくても、従来のクライアントをそのまま使用しながら、セキュリティを保護することが可能であり、コンピュータに習熟していない医師でも容易に利用が可能な点、及び個人レベルのセキュリティ管理に依存することなく施設レベルでのセキュリティ保護を行える点に特徴がある。

 3.WWWによる入力データを処理するCGI(Common Gateway Interface)プログラムを自動生成するプログラムを設計し、実装した。本プログラムの特長は、1)メモリーオーバーライトやメタキャラクターのチェック等のセキュリティ保護機能を持ち、2)入力項目の欠損やデータ型のチェックが可能なCGIプログラムを生成できることにあり、本プログラムを使用することにより医学分野での使用に耐える安全で信頼性の高いCGIプログラムを短期間で安価に開発することが可能である。

 4.WWWを利用した多施設臨床試験の症例登録・割付プログラムを開発して、試験運用を行い、現実の運用環境における実用性を立証した。開発したシステムは、18項目のチェックリストに対して欠損値や不正データのチェックを行った後に、症例の適格性チェックを行い、適格であれば最小化法による動的平衡割付で対照群と治療群に割付を行い、不適格であればその理由を表示するものである。3施設の医師、計30人の評価結果は、操作法の容易さ(「非常に容易」と「容易」をあわせて96.7%)、レスポンススピード(「非常に速い」と「速い」をあわせて90.0%)、FAXや電話と比較した場合の相対的な便利さ(「非常に便利」、「便利」及び「やや便利」をあわせて96.6%)と非常に良好なものであった。

 以上、本研究は多施設臨床試験のデータ管理にWWWを用いることの多大な利点に着目し、WWWによる症例登録・割付システムの開発及びその試験運用を行った世界で最初の試みであるとともに、病院の環境でも運用が容易なセキュリティ管理方法を提案し、臨床試験での使用に耐える安全で信頼性の高いCGIプログラムの効率的な開発方法を提示する等、実用化のために必要な課題についての具体的かつ実際的な解決方法の提案を行っている。これらの結果は、今後のネットワークを利用した臨床研究のデータ管理の実用化に重要な役割を果たすものであり、更に医師主導の質の高い臨床医学研究を簡便かつ安価な経費で行うための重要な技術的基盤として臨床医学の進歩に貢献をなすと期待され、学位の授与に値する考えられる。

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