学位論文要旨



No 213121
著者(漢字) 小野木,雄三
著者(英字)
著者(カナ) オノギ,ユウゾウ
標題(和) 電子的照合画像を利用した照射位置再現性の精度解析
標題(洋)
報告番号 213121
報告番号 乙13121
学位授与日 1996.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13121号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 青木,芳朗
 東京大学 教授 篠原,邦夫
 東京大学 助教授 大江,和彦
 東京大学 助教授 森田,寛
内容要旨 はじめに

 通常の分割放射線治療では,毎日正確に同一の場所に放射線を照射する必要がある。照射位置の再現性が低ければ,照射野の辺縁での線量は低下し,腫瘍の局所制御は失敗する。また,これを見込んで照射野を大きくすれば,周囲の正常組織の被曝量が大きくなり,腫瘍への照射線量を高くすることができなくなる。この様に照射位置の再現性を高い精度に保つことは,放射線治療にとって極めて重要なことであるにもかかわらず,これまでは定量的な精度評価が成されていなかった。

 従来,照射位置を確認するために,治療線による照射部位の透過像をフィルムを用いて撮影する照合撮影と呼ばれる操作が行われていたが,これは通常は治療開始時のみ,多くても週に1度程度しか施行されていなかった。近年,電子的照合画像取得装置が使われるようになり,毎回の治療時ごとに照合画像を得ることができるようになり,照合画像の取得回数は飛躍的に高められた。しかし画像の比較は従来と同じく肉眼で確認するだけであるため,照射位置の再現性を定量的に評価することは行われていなかった。なお,文献的にも放射線照射の全部位に対して定量的評価を行った例は現時点までに報告されていない。

 照射位置の再現性を定量的に評価することができれば,照射施設ごとに放射線治療の精度管理を行うことが可能になる。さらに得られた誤差値をもとに,日々の照射位置のずれがランダムな誤差範囲内のものなのか,または照射位置の再設定を必要とするものなのか,を判断することが可能となる。また,治療計画を行う際,腫瘍の大きさのまわりにどの程度の余裕を見込んで照射野とすれば良いか,という問題に明確な回答を与えることが可能となる。

 本研究ではこれらを実現するために,初回治療時の照合画像と各回治療時の照合画像とを比較して位置のずれを自動的に算出するソフトウェアを独自に開発し,これを用いて照射位置の再現性を定量的に評価した。

対象と方法

 対象は東京大学医学部附属病院分院放射線科において,過去2年間に放射線治療を行った全症例である。使用した電子照合画像取得装置はシーメンス製Beam View,取得した画像は2459画像,照射野ごとに集計すると335,治療部位は123ヵ所,対象患者数は115名であった。

 相互の照合画像間で画像内の解剖学的構造の位置のずれを画像面内の回転と並進移動に関して算出する画像比較ソフトウェアをSUN SS/10モデル51上でGNU gccを用いて開発した。アルゴリズムには相互の画像を回転,移動して2画像間のピクセル値の差の分散を最小にする方法を採用した。このソフトウェアによって算出された誤差値の正しさをMacintosh Quadra950上のNIH imageを用いて評価した。まず算出された移動量に従って原画像を変換し,これと比較画像とを交互にモニタの同一座標上に表示することによって両画像が正確に一致するか否かを複数の放射線治療医により確認する。その一致度を良,可,不可,比較不能の4段階に分け,同時に自動画像比較に影響を与える要素を付記することによってソフトウェアの成績を評価し,成績を改善するための方法を示した。

 次に正しい誤差値が得られた症例に対して照射位置再現性の精度評価を以下の項目に対して行った。

 1)系統的誤差とランダム誤差の評価および優位性の検討

 2)誤差の時間的推移の検討

 3)ランダム誤差の照射部位,固定具使用,体位(上肢挙上)に関する検討

結果画像比較アルゴリズムの成績評価

 電子照合画像の解像度は1ピクセルあたり縦横方向ともに0.50mmであった。全体のシステムとして画像比較の全体的な成績は良と可を合わせて54.7%であった。失敗の原因としては画像登録操作の誤り,電子照合画像取得装置の不備,解決不能,アルゴリズムの4種に分けることができ,画像比較ソフトウェアが原因で失敗したものは全体の23.6%であった。解決不能とは生理的移動や投影面外の回転など画像の変形を伴うものであり,11.4%であったが,これ以外の要因については解決策を呈示することができ,最終的には約90%の画像に対して自動照合が可能であることが示された。

系統的誤差とランダム誤差の評価および優位性の検討

 系統的誤差とランダム誤差は50%パーセンタイルでそれぞれ1.6mmおよび2.3mm,90%パーセンタイルではそれぞれ4.1mm,3.7mmであった。すなわちランダム誤差が優位であり,照射位置の誤差は統計的に予測可能なものとして扱うことができる。

誤差の時間的推移の検討

 同一部位に同じ角度から5回以上照射を行った84例に対し,照射位置の誤差の時間的推移を検討した。分散分析で危険率5%以下で相関ありと判定された例は照合画像上の縦方向と横方向でそれぞれ18例(21%),10例(12%)であり,危険率1%以下では11例(13%),3例(4%)であった。系統的誤差優位と判定された例に誤差の時間的推移が高頻度に認められるか否かを検討したが,有意差を認めなかった。

ランダム誤差の照射部位,固定具使用,体位(上肢挙上)に関する検討

 寝台上でガントリー側に頭を向けて仰臥位に患者を寝かせた場合,左方向をX,頭方向をY,腹方向をZとする。全体的にX,Y,Z各方向間でのばらつきには違いがあり,Y>Z≒Xであった。各治療部位によるおおまかな傾向として,X方向では頭頚部の誤差よりも体幹部の誤差の方が大であるのに,Z方向ではこれが逆転しており,頭頚部の誤差の方が大きい。Y方向では頚部の誤差が最大であるが,全体に大きなばらつきを呈する。投影面内での回転については,頚部で回転誤差のばらつきが最も大きく,骨盤部で最も小さかった。また,各治療部位別に誤差の3次元的距離を計算した場合には,骨盤部での誤差が頚部や胸部に比べて有意に小さかった。

 頭頚部に対する照射で固定具(シェル)を用いた症例に関し,検討を行ったところ,Y方向でシェルを使った方が誤差のばらつきが大きくなっていた。X,Z方向については有意差がなかった。投影面上の回転誤差のばらつきに関し,シェルを用いた例と用いなかった例についてF検定を行ったが,有意差は認められなかった。

 胸部への照射に関し,上肢を挙上した場合としない場合との誤差の違いを解析したところ,X,Y,Zともに上肢を挙上した場合の方が誤差のばらつきが大きくなったが,有意な差を認めたのはX方向だけであった。また,投影面内の回転の誤差分布については上肢挙上の有無に関して有意差を認めなかった。

おわりに

 放射線治療における照射の精度を高めるために,従来行われていなかった照射位置再現性の定量的評価を容易に行うことができるシステムを新たに構築した。これを用いて東大分院で過去2年間に施行された放射線治療患者全例に対し,照射位置の精度を詳細に解析し,同時にシステムの評価を行った。

 照射位置再現性の解析からは以下のような結果が得られた。各治療間での照射位置の誤差は系統的誤差,ランダム誤差,時間的推移から構成されるが,当施設ではランダム誤差が優位であることが明らかになった。したがって,各照射時に取得された照合画像を用い,照射位置の設定をやり直すか否かの指標を得ることができた。さらに,従来は明瞭な指標なしに行われていた標的容積設定時の不確定性,すなわち腫瘍容積のまわりにどの程度の余裕を設けて標的容積としたら良いかという問題に対して,照射部位ごとに明確な値を定めることが可能となった。次に誤差の時間的推移が全体の約10%から20%と無視できない程度に存在することが明らかとなった。このことは従来,放射線治療においてあまり考慮されていない事象であり,より詳細な研究を要することが明らかになった。最後に,従来は固定具を用いれば照射位置再現性が良くなるとされていたが,この研究では必ずしもその通りではないことが示された。

 またシステムの評価により,画像比較アルゴリズムの改善点,照合画像取得時の操作における改善点や画像取得装置の改善点が明らかになった。今後,より効率の良いシステムを構築するための貴重な資料が得られた。

 照射位置再現性が向上すれば,放射線治療の精度が高くなるため,放射線治療成績の向上と放射線障害の低減が期待される。本研究で示されたような照射位置再現性の定量的精度評価を容易かつ客観的に行うことのできるシステムは放射線治療の精度向上に著しく有用であることが明らかとなった。

審査要旨

 本研究は,多分割放射線治療において重要な概念である照射位置の再現性に関するものである。照合画像の比較を定量的かつ実用的に行いうる方法を自身で開発され,その評価を行なった上で実際の臨床データに対して位置再現性の精度評価を行なっている。以下に結果を示す。

 1.毎回の放射線照射で取得される照合画像を,計算機による自動処理によって比較し,照射位置の変位を定量的に把握する方法を開発した。

 2.画像変位計算値の妥当性を客観的に確認する手法を開発して評価した結果,正しく計算されたのは約60%であった。失敗原因について解析し,画像取得装置とアルゴリズムの改善により90%まで認識率の向上が望める。

 3.実際の臨床データで照射位置再現性の精度評価を行い,以下の結果を得た。(1)系統的誤差よりもランダム誤差の方が優位である,(2)時間的に誤差が大きくなっていく例が1割程度に認められる,(3)誤差のばらつきは頭尾方向で有意に大きく,照射する部位によっても各方向の誤差のばらつきが異なる,(4)上肢を挙上した場合の方が誤差が大きく,頭部の照射で固定具を使用した方が誤差が大きくなる場合がある。

 4.これらにより,放射線照射の定量的な精度評価が可能となり,求められた部位ごとの誤差値を用いて標的容積の大きさを確定することができる。

 以上より,本研究は放射線腫瘍治療学の進展に寄与するものであり,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51026