本研究は、海外赴任者の精神的健康に影響を及ぼす諸要因を明らかにするために、海外赴任前、一時帰国時、帰国後、の各時期に相当する海外勤務者およびその配偶者を対象に行われたものである。同対象に精神的健康の指標として一般健康調査票60項目版(General Health Questionnaire,以下GHQと略す)を施行し、併せて精神的健康に影響を及ぼす可能性の示唆された各個人の背景因子32項目を個別に面接調査した。統計解析では、得られた各個人の背景因子を説明変数、GHQ総合得点値を目的変数とし、複数の説明変数を組み合わせることでGHQ総合得点をどの程度正確に推定することが可能であるか、またどの因子がGHQ総合得点値と深い関連性を有するかについて検討した。解析は、SAS(Statistical Analysis System)のGLM(General Linear Model)procedureを使用した。これらの検討は全受診者、さらに赴任時期別・男女別・GHQで神経症傾向を示した群と健常者群、の観点から分類したサブグループに対してもなされ、下記の結果を得ている。 1.全受診者を対象として検討した場合、GHQ得点は、ストレス対処行動、楽観性、海外赴任へのモチベーション、現在の業務・生活の充実感、常用薬の有無、ストレス事項、の6説明変数の組み合わせにより、R2=0.3337,p=0.0001,の精度で推定された。 2.GHQ得点が16点以下を示した健常者群を対象とした場合、GHQ得点は、ストレス対処行動、楽観性、現疾患の有無、現地語の能力、アルコール、現在の生活・業務の充実感、の6説明変数の組み合わせにより、R2=0.1776,p=0.0001,の精度で推定された。 3.GHQ得点が17点以上を示した神経症群を対象とした場合、GHQ得点は、性別、公用語の能力、赴任地での立場、ストレス対処行動、の4説明変数の組み合わせにより、R2=0.5351,p=0.0007,の精度で推定された。 4.赴任前の男性勤務者を対象とした場合、GHQ得点は、ストレス対処行動、現在の生活・業務の充実感、海外赴任へのモチベーション、週休日数、ストレス事項、楽観性、の6説明変数の組み合わせにより、R2=0.5496,p=0.0001,の精度で推定された。 5.一時帰国および帰国後の男性勤務者を対象とした場合、GHQ得点は、ストレス対処行動、海外赴任へのモチベーション、通勤手段、の3説明変数の組み合わせにより、R2=0.3341,p=0.0001,の精度で推定された。 6.赴任前の勤務者の妻を対象とした場合、GHQ得点は、ストレス対処行動、現地語の能力、常用薬の有無、赴任先地域、の4説明変数の組み合わせにより、R2=0.4023,p=0.0004,の精度で推定された。 7.一時帰国時および帰国後の勤務者の妻を対象とした場合、GHQ得点は、海外赴任へのモチベーション、ストレス対処行動、生活・業務の充実感、楽観性、の4説明変数の組み合わせにより、R2=0.6456,p=0.0003,の精度で推定された。 8.海外赴任者に関連する多くの心理社会的要因の中でも、海外赴任という状況にとっては非特異的な要因であるストレス対処行動の推定力が非常に大きな値を示すということが明らかになった。また、海外赴任者の精神的健康に影響を及ぼす諸要因は、赴任時期、男女別、神経症群/健常者群、のサブグループ間で異なる傾向が示された。 以上、本研究はこれまで未知に等しかった、海外赴任者の精神的健康にとり重要な要因について系統的に検討したものであり、海外赴任という交差する生活文化様式の受容を基軸とした精神的健康の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |