学位論文要旨



No 213125
著者(漢字) 四柳,宏
著者(英字)
著者(カナ) ヨツヤナギ,ヒロシ
標題(和) RT-PCR法を用いたA型肝炎ウイルスのウイルス血症及び糞便排泄持続期間に関する検討
標題(洋)
報告番号 213125
報告番号 乙13125
学位授与日 1996.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13125号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 清水,洋子
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 高山,忠利
内容要旨

 A型肝炎は、A型肝炎ウイルス(hepatitis A virus:HAV)によりひきおこされる。ウイルスは、基本的には糞便中に排泄され、経口的に感染する(fecal-oral route)。しかしながら感染後の詳細な動態については増殖、排泄ともによくわかっていない。動物への感染実験においては、肝細胞の他にKupffer細胞、脾臓、腎臓、扁桃、腸管などでHAVが確認されているが、肝臓以外での増殖は確認されていない。さらに肝臓で増殖したウイルスは胆汁から糞便に排泄されるとされているが、その期間や他の体液への排泄については不明な点が多い。

 日本においては衛生環境の整備とともにA型肝炎に罹患する者の数は次第に減ってきている。現在日本における感染は主として汚染された食物の経口摂取が原因であり、散発性肝炎の形をとることが多いが、小規模な集団発生はいまだに存在している。この場合、食中毒のような飲食業者等からの感染が一つにはあるが、家族内及び施設内における二次感染も最近問題になっている。従って患者からのウイルス排泄の経路及びその期間の検討は公衆衛生学的観点からも重要と考えられる。

 現在までのところ排泄経路として検討が加えられているのは糞便及び血液であるが、その期間については充分な検討が加えられているとはいえない。少数の臨床例や動物への感染実験の解析からは、臨床症状の出現以前に見られる短期間のウイルス血症に引き続いて胆汁から糞便中に数週間ウイルスが排泄されると考えられているが、多数の臨床例の解析は今まで行われていない。これは、A型肝炎の発症時には非特異的症状が先行するために発症から診断までかなりの日数を要する場合が多く、検体が得られにくいのに加え、ウイルスゲノムあるいはウイルス抗原の簡便で鋭敏な検査法がなかったためであった。

 そこで今回、多数の臨床例について、ウイルス血症及び糞便中へのウイルス排泄の持続期間を調べることにした。ウイルスゲノムの検出にはRT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction)法を用いることとした。

 まず、IgM-HA抗体陽性によりA型急性肝炎と診断された25例を対象とし、患者血清中HAVゲノムを検出する目的で、5’非翻訳領域に一組のプライマーを設定し、RT-PCRを行い、HAVゲノムを特異的かつ高感度に検出できるシステムを確立した。このシステムを用いてウイルス血症の持続期間を検討したところ、以下の点が明らかになった。[1]患者の約4分の1に、A型肝炎ウイルス血症が存在する。[2]臨床症状出現後、7日目まではウイルス血症が存在する場合がある。[3]ALTがピークに達して以降も、また、IgM-HA抗体出現後も、ウイルス血症が存在する場合がある。HAV感染におけるウイルス血症の頻度は、より早期の血清が集められればさらに高くなることが予想され、これらの結果からHAVのウイルス血症は従前考えられていたよりも長期間にわたって続くことがわかった。さらにA型肝炎の感染経路として、血液を介した二次感染の可能性があることも、これらの結果から強く示唆された。

 次いでやはりIgM-HA抗体陽性によりA型急性肝炎と診断された患者10例の糞便及び血清中HAV-RNAを測定し、糞便へのHAV-RNA排泄持続期間及びウイルス血症との関係について検討した。方法は最初の研究同様RT-PCRとし、感度をあげるためにPCRを2-stageとした。糞便中にはPCR反応を阻害する物質が含まれると報告されており、実際我々の成績もこれを裏付けるものであった。しかし、PCRを2-stageとしたこと及び10%糞便懸濁液からRNA抽出を行うことで、血清から抽出したRNAを1-stage PCRで増幅するよりも高感度にHAV-RNAを検出することが可能となった。本研究により、[1]HAVは約50%の急性A型肝炎患者の血清中で、臨床症状出現後でも検出される。[2]糞便中HAV-RNAは50%の急性A型肝炎患者の糞便から、臨床症状出現後でも検出される。これらの患者において、糞便中HAV-RNAは血清HAV-RNAよりも長期にわたって検出される。[3]発症から10日目以内の糞便はすべてHAV-RNA陽性であり、糞便へのウイルス排泄期間は数日から3ケ月までに及ぶ。[4]alanine aminotransferase(ALT)のピーク後も多くの患者でウイルスが検出され、ALTが正常化した後もHAV-RNAの排泄が見られる例もあった。以上の結果からHAVの糞便中への排泄は、従前考えられていたよりもかなり長期間にわたって続くことがわかった。さらに、症状の消失後数ケ月間HAVの糞便中への排泄が続く場合があることから、こうした患者がさらにA型肝炎の感染源となる可能性があることがあることが明らかになった。

 日本で特に最近問題となっている施設内や家族内での二次感染において、患者の発生は長期にわたり続くことが示されている。我々の今回の検討は、A型肝炎患者の糞便や体液へのHAVの排泄が、従来考えられているよりもかなり長期にわたることのあることを示し、長期にわたる二次感染発生の原因を明らかにするものといえる。

 A型肝炎の場合、時に肝機能異常が遷延する場合や、ALTが二峰性の変動をする例のあることが知られている。我々の検討した症例には前者が含まれているが、その症例ではALTが正常化に向かう直前の時点で血清HAV-RNAが検出されており、ALTがほぼ正常化した発症後3ケ月の時点でもまだ糞便へのHAV-RNAの排泄が見られている。さらにA型劇症肝炎で10ケ月間肝機能異常が遷延し、肝組織がCAH2Bである症例について糞便中HAV-RNAの存在を検討したところ、発症後10ケ月の時点でもまだ陽性であった。また後者即ちALTが二峰性の変動を示す例においては、ALTの再上昇時に一致して糞便へのHAVの排泄が見られることが知られている。これらの結果からは、肝機能が正常化するまでは、糞便へのHAV排泄は持続している確率が高いといえる。

 さらに、肝機能が正常化した後も糞便中にウイルスの排泄が見られる症例が存在することも判明した。そのような症例で本当に肝臓内あるいは腸管等の他臓器でウイルスが増殖しているか、さらに糞便中に排泄されるHAVに本当に感染性があるかどうかは検討を要するが、二次感染に対する注意は必要と考えられる。また、A型肝炎で肝機能が正常化した後でどの程度の頻度でどの位の期間、糞便中へのウイルス排泄が持続するかは、さらに症例を増やして検討する必要がある。

 今回の検討で、A型肝炎のウイルス血症及び糞便へのウイルス排泄は従来考えられていたよりもかなり長期にわたる場合のあることが判明した。特に糞便の場合は、臨床的には治癒と考えられ患者が、家庭や社会に復帰する時点でもなおHAV-RNAの排泄が続いており、二次感染源となる可能性を示すことができた。従って患者が発生した場合、接触の機会がある人は特に注意が必要であり、診断が確定した時点でA型肝炎ワクチンの接種をすることも考慮するべきであろう。

審査要旨

 本研究はA型肝炎において血液中及び糞便中でA型肝炎ウイルス(hepatitis A virus:HAV)がどの程度の期間検出されるかについてRT-PCR法を用いて検討したものであり、以下の結果を得ている。

 1.血液中HAV-RNAは患者の約4分の1に検出される。ウイルス血症は、臨床症状出現後7日目まで存在する場合がある。

 2.ALTのピーク後及びIgM-HA抗体出現以降にもウイルス血症が存在する場合がある。

 3.糞便中HAV-RNAは50%の急性A型肝炎患者の糞便から、臨床症状出現後でも検出される。これらの患者において、糞便中HAV-RNAは血清HAV-RNAよりも長期にわたって検出される。

 4.発症から10日目以内の糞便はすべてHAV-RNA陽性であり、糞便へのウイルス排泄期間は数日から3ケ月までに及ぶ。

 5.ALTのピーク後も多くの患者でウイルスが検出され、ALTが正常化した後もHAV-RNAの排泄が見られる例もある。

 以上、本論文はA型肝炎のウイルス血症及び糞便へのウイルス排泄が、従来考えられていたよりもかなり長期にわたる場合のあること、特に糞便の場合は、臨床的には治癒と考えられる患者が二次感染源となる可能性を明らかにした。本研究は日本でも特に最近問題となっている施設内や家族内での二次感染において、患者の発生が長期にわたり続く原因を明らかにするものであり、A型肝炎の臨床面さらには公衆衛生学面で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51027