学位論文要旨



No 213127
著者(漢字) 高橋,晟
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,アキラ
標題(和) 一般用医薬品の研究 : 一般用医薬品の評価法
標題(洋)
報告番号 213127
報告番号 乙13127
学位授与日 1997.01.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13127号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 杉山,雄一
内容要旨 序言

 一般用医薬品の保健環境は、疾病構造が変化し様々な成人病愁訴が増加した。医療費の抑制に関連して、処方箋薬からのスイッチ化の動きもあるが、一般用医薬品は使用、評価の面において、医療用医薬品と異なるにも拘らず、同じ視点で扱われるために研究上問題が多い。

 一般用医薬品の重要性が高まる中、厚生省は昭和59年に懇談会を設け二年後に答申を提出した。引き続き製薬団体においても特別委員会を設置し検討を行った。著者は当委員会の副委員長を勤めたが、厚生省に提出した著者の論文の主旨が、後に「一般用医薬品の評価に関する研究班」として組織された。これらの委員会の討議の結論は、

 1.一般用医薬品に疾病の予防、初期治療、病後のケア等の役割をもたせること。

 2.新しい守備範囲、評価法などが必要であること。

 等を提言したが、その後一般用医薬品の研究は、このような方向に進まなかった。

 これらの検討の後、一般用医薬品の本格的な研究が必要であることを強く感じ、特に一般用医薬品の予防・治療効果の評価に関する研究をやり遂げたいと考え、この度、論文を提出した。

 以下は、本論文の主要部分に関する要旨である。

[I].一般用医薬品の機能・評価に関する研究

 一般用医薬品の承認審査の対象、方法は原則的に医療用医薬品と同じである。一般用医薬品を評価する上での問題は、(1)一般用医薬品の分類が医療用と同じ薬効分類であること。(2)一般用医薬品は作用が緩和であるという条件から、薬効試験・臨床試験が困難であること。(3)その結果、現在の一般用医薬品の評価区分には無理があること。本研究の目的はこれらの点を明らかにすることである。

1.一般用医薬品の分類上の問題について

 現行の「薬効分類」は、厚生省の医療用医薬品及び一般用医薬品の承認に関わる分類で、薬効分類になっている。この分類は、医師の薬物治療の分類で、一般用医薬品にそのまま適用される。

 薬効分類は、疾病の分類を基準にするものと、薬理活性を基準にするものとに大別される。一般用医薬品では、前者でかぜ薬や健胃消化薬、外皮用薬など、後者では、ビタミン剤、滋養強壮剤、駆虫剤、生薬等がある。つまり一般用医薬品は医療用医薬品の薬物治療と同一の分類で扱われ、医師の指導による治療ではないことから安全性が特に強調される。

 一般用医薬品の生体反応は、緩和な作用・用量の面より薬理的・臨床的に医療用医薬品の薬物活性と同一ではないと考えられ、この点から「身体異常の原因・背景と保健の対応」に見る一般用医薬品の適応を考えた。同様に「薬物活性と個体反応性からの作用区分」の検討を行ったが、両者の生物学的作用は大きく違うことが理解される。この視点が一般用医薬品の分類の基本と考え、分類案を提出した。即ち、その相違を薬事法に示される医薬品の目的・機能面から見た「医薬品等の定義からその特性の解析」と「一般用医薬品の生理・薬理的特性と目的」から、一般用医薬品の薬理特性や目的は薬効分類に適合しにくいことが分かった。

 緩和な一般用医薬品の生理的な異常への対応に注目すると、目的に応じたABCDの四グループに分類するのが適切と考えた。この四群に分類される医薬品群は、「薬物活性と生理反応からみた一般用医薬品機能の特性」に示したように、薬物活性と生理反応の二面から、各々のカラムに例示した特長づけが出来る。

2.一般用医薬品の緩和な作用の問題について

 一般用医薬品は、新一般用医薬品を除けば、原則的には安全性、薬理関連データは求められないことから、薬効の確認は医療用とは異なる探索法が必要である。この点について、-トコフェロール(以下-Tocと略す)を例として検討した。

 A.代謝動態上の問題

 (1)吸収面の特異性。-Tocは吸収機構に飽和過程というメカニズムが存在していること。(2)-Tocのリポタンパクへの血中移送(「-Tocのリポタンパク画分への移行」、「赤血球から血漿リポタンパク画分への-Tocの取込」)、並びに(3)健常人、高脂血症患者の測定値のデータ、等は-Tocの薬理作用の前提として生理的な一般性を表している。更に、(4)高い尿中排泄率のため用量作用が把握しにくい背景、個体差の大きい脂質濃度という不定条件等が加わる。

 このように、-Tocの合目的な生体反応性を考えると、外からの投与で効果を判断する臨床試験は対応しにくいことは明らかである。

 一般用医薬品に相当する生理活性物質は、その緩和な作用性と低用量のために用量作用関係が把握しにくいものが殆どで、薬理作用の検証である臨床試験による評価は問題であることを証明している。

 B.薬理作用の生理的な統合性

 「-Tocの薬理作用」の全体像を考察すると、-Tocの作用は他の活性物質の共存で生理的に統合されている。これらは生体の物質環境や生化学的機序によって様々な反応をprospectiveに取り得ることが考えられる。

 一般用医薬品相当活性成分の薬理効果の評価は、作用の微弱性(処方・用量)、緩和な特性、作用の総合性を考えると生理面も加えた考察が不可欠であり、一般用医薬品の臨床試験の意味は考え直す必要がある。

 C.医薬品試験の評価の妥当性

 次ぎに薬効試験法の結果と生体反応の意味を考えた。「Positioning of Drug Experiments」で、試験対象の生体反応(単一反応から複合反応)と、試験データの信頼度の大きさ(高い試験から低い試験)によって試験の相対関係を考察すると、医薬品の試験とは、両者の関係図の第二象限にある試験から、第四象限の試験の方向に段階的に行われていることがわかる。

 これら試験の評価の意味するものは、一般用医薬品が関与する不定の生理的状態に特定の薬理作用で証明することは、生体メカニズムと対応する試験結果との判断が困難であることから、難しいということである。その背景は、pharmacodynamicsとpharmacokineticsなど、生体のbiological responseの修飾があり、薬理作用のほかに生理作用への関係を加えることが不可欠と考えられる。

 その方法として、

 (1)新しい臨床評価法の開発。(2)既存の薬理知見に、新たに確認された薬理知見を加えた検証(これはビタミン、漢方薬で多くの事例がある)。(3)緩和な薬理試験法の開発。

 これらの薬理試験、臨床経験・情報等を組合せ薬効を再点検することは、現在の一般用医薬品試験を補足する方法として意味があると考える。

3.申請区分の問題について

 製造承認基準の区分3は、薬理作用の新知見等を評価するもので、データ・情報を合わせることによって効能機能を高める可能性がある。作用の微弱性故に生理面への点検が必要であるが、現在の区分では無理である。

 この点を動脈硬化や高血圧に伴う諸症状に用いられる漢方の例で考えてみた。

 動脈硬化は、「Arteriosclerosis形成の病態と関与因子」に示すように、血液凝固異常、脂質代謝異常、末梢血管系異常等、三つの現象の統合的な変化であることが明らかになっている。これらは現在の薬理知見と臨床知見に結び付く。更に、「動脈硬化を形成する要素とその相互関係(仮説)」で示したように、漢方薬は、このような多層の病態構造に対応し個々の成分の薬理作用というより、処方全体がBRM様の作用によるものであることが漢方処方の臨床研究で報告されている。一般用医薬品相当の活性成分についても生理面への検討が必要である。

 以上の考察により、特に区分3に関しては次ぎの点が重要と考える。

 (1)一般用医薬品固有のデータ・情報を評価する受け皿の新設。

 (2)有効成分の薬理知見を統合的に整理し、全体像が把握できる区分の新設。

[II].保健予防に関する一般用医薬品の評価法

 新しい評価法が確立されるまでの間にもできることとして、文献検証による予防機能の評価法を考案し、プロトコール「保健予防に関する一般用医薬品の評価法」を作成した。この方法により-Toc並びに、Ascorbic acidの動脈硬化予防について、各々検証し効能案を提出した。又、一般用医薬品の臨床試験は、薬剤師の参画が意義あることと考え、開業医・調剤薬局薬剤師連携による「成人病予防、保健薬等に関する新臨床試験法」を考案した。

結論

 わが国では、薬物治療が医療の中で重要な位置を占めていることから、医薬品は一般に臨床の視点から判断される。著者は一般用医薬品の実体を検証し、その機能・特性の面から将来への問題点を研究し、以下の点を明らかにした。

 (1)一般用医薬品は、高齢化社会における地域の医療を補完する重要な機能をもつことが期待され、一般用医薬品に関する研究・薬学教育の充実が必要であること。

 (2)一般用医薬品の薬効評価のための緩和な薬理作用、生理的特性等を検討した。その結果、現在の薬効分類の下では一般用医薬品の研究に問題があることを明らかにし、固有の分類の必要性を提起し、新しい分類案を提出した。

 (3)一般用医薬品は、生体の自律的なメカニズムに関連していることがあり、緩和な薬理作用を探索するためのスクリーニング法の開発、並びに連続投与のような実験法等一般用医薬品固有の試験法の開発が不可欠である。その他に、一般用医薬品の薬効探索のための一つの手段として、文献検証による評価法を提出した。

 (4)薬剤師の専門知識、問診技術を一層充実させることで、一般用医薬品の特定分野を対象とする開業医・薬局薬剤師連携による臨床的試験法を新しく考案した。

 (5)予防薬を一般用医薬品としで認めることを提案した。

 (6)地域の保健と医療を補完する薬局機能を充実させるために、薬局薬剤師の医薬品提供に関わる薬事法、薬剤師法等の法的整備の必要性を提起した。

審査要旨

 一般用医薬品の使用は、高齢化等により疾病構造が変化しため増加の一途を辿っている。一方、医療費の増加が社会問題となり、処方箋薬から一般用医薬品へのスイッチ化の動きがある。一般用医薬品は使用、評価の面において医療用医薬品と異なるにも拘らず、同じ視点で扱われるために研究・開発上問題が多い。

 一般用医薬品の重要性が高まる中、厚生省は将来の医薬品のあり方を検討するために昭和57年に懇談会を設け二年後に答申を出した。引き続き製薬団体においても特別委員会を設置し検討を行った。著者はこれらの委員会に専門委員として参加し、厚生省に提出した著者の論文の主旨が、後に「一般用医薬品の評価に関する研究班」として組織された。これらの委員会、研究班の討議の結論は、

 1.一般用医薬品に疾病予防、初期治療、病後ケア等の機能を充実・付加させること。

 2.そのために新しい守備範囲を画定しその評価法を設定すること。

 等を提言し、一般用医薬品の保健・医療の領域における重要性の認識から対策の必要性を答申したが、その後一般用医薬品の研究は進まなかった。

 著者は一般用医薬品にこのような機能を持たせ、新しい評価を与えるためには一般用医薬品に関する本格的な研究が必要であるとし、一般用医薬品の発展の背景、経緯とその特殊性に注目し、特に適用対象の生理臨床的分析、薬理学的及び生理学的作用の特性面を検討し、以下一般用医薬品に関する新しい知見を提出した。

1.一般用医薬品の研究・開発、並びに承認についての問題点

 欧米においては膨大な医療費削減のために、処方箋薬のスイッチOTC化をはじめビタミンの予防機能、栄養食品表示・健康食品表示等の薬効的機能の付加等新しいセルフケアを意識した医薬品政策が積極的に展開されている。

 わが国の医薬品の基本理念としては、医薬品は「疾病治療」用の医療用医薬品が中心におかれ、将来の高齢化社会における健康維持・疾病予防について地域の保健・医療システムに関する対策が乏しい。

 一般用医薬品は、行政的には「医療用医薬品以外の医薬品」という取り扱いで、企業、学界にその魅力を失わせ本格的な研究・開発を阻害している。一般用医薬品の新しい研究・開発への重要な根拠として薬物の生理的作用を加味することを指摘した。

2.「薬効分類」は医療用医薬品の立場からで、一般用医薬品の分類に当てはめるには無理があること

 現在の薬効分類は、医師の診断に基づく疾病治療の薬効を一覧にしたもので、医師が薬物治療に使う医薬品の分類である。一般用医薬品は医師の管理外で使用されるものであることから、一般用医薬品の承認は特に処方・成分量について、「安全性」が「有効性」の確保以上に配慮される。「安全性」の問題以外についても一般用医薬品の適用・目的・効能効果は、使用者が臨床的判断ができないにも拘らず、臨床医学の症候に基本がおかれている。また一般用医薬品に認められている薬効群はこの医療用薬効分類の中に位置づけられているため、一般用医薬品の研究・開発は医療用と同じ領域において行はざるを得ないことを指摘した。

3.一般用医薬品の評価に対する新しい考え方と独自の分類案の提出

 一般用医薬品の主な「薬効群」については承認基準が設定されている。それ以外の薬効群については「緩和な薬理活性」を評価する審査の受け皿区分がないため、一般用医薬品の臨床効果とパラレルな薬理作用を評価することができない。ここに一般用医薬品の創薬研究が進展しない背景がある。

 一般用医薬品は、その薬効の意味を臨床医学の知識のない一般人が用いるものである点から考えると、一般用医薬品の薬理活性は医療用医薬品とは異なる使用者特有の薬効の領域区分を与えることができるのではないかと仮定し、新しく新規区分(分類)を提起した。それは薬事法の定義から、一般用医薬品の目的と生理的・薬理的特性からの解析に基づいて提出したABCD四群に大別した考え方である。それは医療用医薬品の薬効とは異なる「緩和な薬効」と生体への生理作用を薬効群として評価するもので、一般用医薬品の独自の薬理活性に生理作用を加味した考え方である。

4.予防効果をもった一般用医薬品の提案

 今後、潜伏期間の長い慢性疾患の増加が予測されている。動脈硬化症、高血圧症、痴呆や老化等は長期的に動脈血流の維持・改善、神経細胞機能・代謝の維持改善等を図ることによりある程度抑制が可能である。これらを目標として一部の生理的対象に対する一般用医薬品に予防薬を提案した。

5.薬剤師が参加する新臨床試験法の提出

 薬局薬剤師の専門知識・問診技術は、すでに漢方薬局製剤取り扱い上求められているが、職能水準を一層充実させ一般用医薬品の特定分野に限って、開業医と薬局薬剤師の連携により行う臨床的試験法を新しく考案した。この試験法は被験者の申告に基づく臨床試験で、開始時と終了時を医師が総括する。その間を薬剤師がフォローし服薬指導を通して経過のチェックを行うものである。

 本研究は、高齢化社会における保健と医療に重要な役割をもつ一般用医薬品の研究及び全く陽の当たっていなかった分野を開拓したもので、社会に貢献することが大きく、博士(薬学)の学位を授与するにふさわしいものと判断した。

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