イネ胚乳デンプンを構成するアミロース、アミロペクチンの含有比率と、アミロペクチンのポリグルカンとしての構造は、米の食味および品質に影響を及ぼす重要な要因と考えられている。したがって米の食味や品質の安定化、さらにはそれらの改善技術の開発には、デンプン組成と構造がどのような制御機構により定まるかを解明することが重要である。本論文は5章よりなる。 第1章では、穎果の穂上着生位置による胚乳デンプンのアミロース含有率の差異と、デンプン合成系酵素活性との関係を調べた。 穂の先端に近い1次枝梗に着生した穎果と、穂首に近い1次枝梗から分岐した2次枝梗に着生した穎果とでは、前者の方が粒重増加速度ならびに成熟期粒重が大きかったため、前者を強勢穎果、後者を弱勢穎果とした。強勢頴果の胚乳デンプン中のアミロース含有率は、弱勢穎果よりも高かった。そこで、胚乳における5種類のデンプン合成系酵素の活性を比較したところ、アミロース合成に必須な結合型デンプン合成酵素の乾重当たり活性は弱勢穎果において低くなっていたが、他の酵素にはそのような傾向が認められなかった。したがって、両穎果間に認められるアミロース含有率の差は、この結合型デンプン合成酵素活性の差にもとづくものと推察された。 第2章では、登熟期間中の温度条件による胚乳デンプンのアミロース含有率の変動と、デンプン合成系酵素活性との関係を調べた。 登熟期間中の温度を25℃もしくは15℃とし、成熟期の粒のアミロース含有率を調べた結果、その含有率は15℃区で25℃区よりも高い値を示した。そこで、胚乳のデンプン合成に関与する5種類の酵素の活性を測定した。活性を乳熟中期において比較すると、結合型デンプン合成酵素は、15℃区の方が25℃区の2倍以上の高い値を示したのに対し、その他の酵素は25℃区よりも15℃区で低いか、あるいはほとんど差を示さなかった。したがって低温下では、アミロース合成を担う結合型デンプン合成酵素の活性発現が増加するため、アミロース含有率が高くなると推定された。 第3章では、アミロペクチンのクラスター構造形成の機構を明らかにする目的で、胚乳中のデンプン含量が極端に低いシュガリー胚乳突然変異系統を用い、炭水化物の代謝過程における変化を解析した。シュガリー系統の胚乳に蓄積される炭水化物は親品種にみられるデンプンとは異なり、大部分が水溶性の多糖に置換されていることが判った。この水溶性多糖の構造はアミロペクチンと比較し、短い側鎖の比率が高く、長い側鎖の比率が低いことが明らかにされた。 第4章では、シュガリー系統の胚乳における10種類のデンプン代謝系酵素の活性について、親品種との比較を行った。測定された酵素の中で、デンプン枝切り酵素(R酵素)の活性が、シュガリー系統においてとくに低く、親品種の15%以下であった。したがって、シュガリー系統では、R酵素活性がデンプン分枝酵素活性と比較して相対的に低くなっていることが明らかとなり、シュガリー系統ではデンプン分枝酵素により形成される枝状構造が、間引かれにくく、主に短い側鎖から成る水溶性多糖が蓄積されると推察された。以上の点からアミロペクチン合成にはR酵素が深く関与し、アミロペクチンのクラスター構造は同酵素とデンプン分枝酵素の活性のバランスによって定まると考えられた。 第5章では、アミロペクチン合成における重要性が示されたR酵素の精製ならびに特性の解析を行った。精製されたR酵素タンパク質は分子量約100kDaで、グリコーゲンを基質とした場合には活性が低かった。また、R酵素をコードする遺伝子のcDNA塩基配列を決定した。さらにR酵素のcDNA全長をプローブとし、各種制限酵素によって分解したイネ染色体DNAのサザンブロット分析を行った。その結果、イネのR酵素遺伝子は1コピーであると判断された。 以上のことから、米の食味、品質に関連する胚乳デンプンのアミロース含有率は、可溶型デンプン合成酵素等の活性に対する結合型デンプン合成酵素活性の相対的比率によって制御されていること、またアミロペクチンのクラスター構造は、R酵素活性とデンプン分枝酵素活性の相対的比率によって制御されていることが明らかにされた。また、本研究では、これまで情報が限られていたイネ胚乳におけるR酵葉の登熟期間中における役割や、タンパク質としての構造あるいは遺伝子情報についての知見が得られた。 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |