本論文は6つの章からなる。第1章は序論であり、本論文の研究に向うにあたっての動機となった背景について論じている。本論文では、計算機の操作の容易化を目的として、図面や自然言語など人間にとって日常的な情報伝達手段の計算機による理解を取り上げている。計算機による理解のためには、入力情報の不完全性すなわち省略及び曖昧性への対処、及び、計算量の組合せ的増大への対処が必要である。この課題の解決には、問題固有の対象モデルの利用が必要であるが、実用的な問題において、それは必ずしも成功していない。本論文では、その原因として、実問題では対象が複雑なため、対象モデルの作成が困難であること、及び、対象モデルの利用方式が未確立であることを主張している。そして、実問題での利用に耐えるモデルの作成及び利用方式の確立を研究の主題に設定している。この主題の設定は、学位論文の主題として十分、かつ、妥当であると認められる。 第2章は、従来の理解方式を、(1)問題に依存しない一般的知識を用いるボトムアップ処理、(2)問題に固有の対象モデルを用いるトップダウン処理、(3)両者の併用、の3種類に分類して、概観し分析している。そして、各々の問題点として、ボトムアップ処理では、入力情報の不完全性及び計算量の組合せ的増大に対処不可能なこと、トップダウン処理では、問題毎の対象モデル作成が困難であること、両者の併用では、一般的な知識と問題固有の対象モデルの切り分け及び連動の方式が未確立であること、を挙げている。さらに、従来のいずれの方式も、実用的な理解の問題において入力情報の不完全性及び計算量の増大に対処不可能であることを論じている。 第3章は、上記の問題を解決するための、トップダウン処理とボトムアップ処理の新しい併用方式を提案している。最初に、正確な情報伝達を目的とする場合には、省略及び曖昧表現の表す対象は限定されていることを論じ、「対象が複雑でモデルが作成困難な場合でも、省略及び曖昧表現の表す部分についてはモデルの作成が可能である」という仮説を立てている。この仮説に基づいて、(a)省略及び曖昧表現の表す対象のモデル化による問題固有モデルの作成、(b)このモデルを用いたトップダウン処理の、一般的知識を用いたボトムアップ処理への埋め込みからなる理解方式を提案している。さらに、提案方式により、一般的知識と問題固有モデルとのモジュラリティ達成を通じてモデルの作成が容易化できること、問題固有モデルを用いて入力情報の不完全性及び計算量の増大に対処できること、を論じている。 第4章は、上記提案した方式の三面図理解への適用を述べている。記述の省略された三面図から機械部品三次元形状を復元するため、省略表現の表す形状をモデル化し、このモデルを用いたトップダウン処理の、幾何学知識を用いたボトムアップ処理への埋め込みからなる方式を提案している。また、本方式の利用によりモデル作成が容易化できること、従来困難であった省略部分の処理の自動化が可能になり、計算量が削減できることを実証している。 第5章は、上記提案した方式の、質問応答システムにおける自然言語理解への適用を述べている。意味の曖昧な自然言語質問文を解釈するため、曖昧表現の表す意味をモデル化し、このモデルを用いたトップダウン処理の、言語知識を用いたボトムアップ処理への埋め込みから成る方式を提案している。また、この方式の利用によりモデル作成が容易化できること、従来困難であった自立語の意味の曖昧性解消が可能になることを実証すると共に、計算量削減の可能性を示唆している。 第6章は、論文全体の内容をまとめ、今後の研究課題について論じている。特に、提案した方式が理解における表現と知識の本質的な相補関係に基づくものであり、情報伝達における理解の本質の解明の手掛りとなりうることを述べている。 対象の複雑性と入力情報の不完全性の両者に対処し、計算量を削減することは、本質的に困難な課題であるが、多くの実問題において必須の要件と言える。従来方式は、この課題が解決困難か、あるいは解決できても個別の問題毎に膨大なモデル作成が必要で適用範囲が限られていた。本学位論文は、表現と知識の本質的な相補関係の考察に基づいて、省略及び曖昧表現に着目した部分的なモデル作成を可能にし、課題を解決する新しい理解方式を提案、実証している。その結果、従来方式の限界を打破し、計算機理解の適用範囲を拡大するための基礎を確立した。以上のように、本論文は理解の研究において他に類を見ない優れた研究であり、極めて有意義な成果を得ている。この点で本論文は高く評価され、審査委員全員で博士(理学)の学位の授与にふさわしいと判断した。 なお、本論文の内容の一部は共著論文として印刷公表済みであるが、論文提出者が主体となって研究及び開発を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。 |