学位論文要旨



No 213141
著者(漢字) 樋上,和弘
著者(英字)
著者(カナ) ヒカミ,カズヒロ
標題(和) 長距離相互作用系および関連した話題の研究
標題(洋) Studies on Integrable Systems with Long-Range Interaction and Related Topics
報告番号 213141
報告番号 乙13141
学位授与日 1997.01.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13141号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 教授 神部,勉
 東京大学 助教授 青木,秀夫
 東京大学 教授 小林,孝嘉
内容要旨

 1次元可積分系のうち距離の逆自乗に依存する相互作用を持つ系は、一般にCalogero-Sutherland-Moser(CSM)模型と呼ばれる。この系についての研究は20年以上前に始まっていたが、ここ数年のあいだに著しい発展がみられ、多方面にわたって新しい概念を与えてきた。例えば、数学に関してはヤンギアンとよばれる代数の表現論に対して、また物理的には分数統計性について新たな知見をもたらした。ここでいう「分数統計性」とは、CSM模型においてあらわれる自由な準粒子の従う「排他統計性」によって定義されるものであり、従来のエニオン(2粒子の交換による位相の変化によって定義する)とは全く異なった考え方である。このCSM模型は1次元系であるが、厳密な波動函数がヤストロー型でかけることから2次元電子系への応用が考えられ、また朝永・ラッティンジャー流体と分数排他統計性との関連についても興味深い進展がみられつつある。本論文においては、スピン自由度を含むCSM模型を古典・量子力学双方の観点からとらえ、その構造を明らかにすることを目的とする。物理系を考察する際に、その系の構造を明らかにすることはエネルギーや縮重度を考える上で基本的な、かつ非常に重要な問題である。以下、順をおって説明する。

 CSM模型は2体相互作用の函数形によって楕円函数型・三角函数型・有理函数型、および束縛型に分類することができる。まずこれらすべての場合に対して古典・量子的どちらにおいても系が可積分であること、つまりハミルトニアンと可換な積分量が存在することを、ラックス方程式を用いて示す。このうち、さらに三角函数型と束縛型の模型のもつ対称性を詳しく調べ、両者ともにヤンギアン対称性を持つことを明らかにする。特に束縛型については、生成・消滅演算子を厳密に導き、これらがループ代数を満たすことを示す。ここで得られた代数によって、量子系の場合については三角函数型・有理函数型・束縛型を統合的に扱うことが可能となる。さらに、古典系についてはKadomtsev-Petviashvili階層におけるadditional symmetryとの関係を明確にする。

 スピン自由度をもつCSM模型の運動度を凍結することで、長距離力をもつスピン系を導くことができる。三角関数型・束縛型のCSM模型からそれぞれHaldane-Shastry(HS)模型・Polychronakos-Frahm(PF)模型を求め、これらのスピン系が可積分であるだけでなくヤンギアン対称性を持つことを示す。

 ヤンギアン対称性は共形場理論を用いて構成できることが知られている。この関係を用いることによって、HS型スピン系の分配函数が熱力学極限においてレベル1のWess-Zumino-Witten模型の指標を与えることを示す。ここで得られた指標公式は今まで知られていなかった新しいものである。この指標公式のもうひとつの有用な点として、Haldaneによって導入された「モチーフ」とよばれるヤンギアン不変な基底の表現が自然に導かれる点があげられる。このモチーフの表現は漸化式の形であらわされるのであるが、HS・PF模型が分数排他統計性をもつ粒子によって記述されることが自然に読み取れる。

 量子CSM模型の可積分性を示す方法のうち、ラックス方程式によるものとは別に、Dunkl演算子と呼ばれる微分差分演算子を用いる方法がある。このDunkl演算子はもともと数学的な可積分演算子として導入されたものであり、すべてのルート系に対して定義できる。ここでは古典ルート系に付随するDunkl演算子の構成方法として、Yang-Baxter方程式・反射方程式の無限次元表現解を用いる方法を提出する。ここで用いられた無限次元表現解は強力なもので、ゲージ変換により有限次元空間へ射影することで、従来知られているような行列解を導くこともでき、(境界を持つ)XYZ型ハイゼンベルグ・スピン鎖の厳密解への手掛かりとなりうるものである。

 このDunkl演算子を用いて楕円函数型CSM模型の可積分性を実際に計算して示す。また、特に三角函数型CSM模型については、Dunkl演算子がアファインHecke環の表現となっていることを示し、準粒子が分数統計性をもつことを明らかにする。さらに、(スピンをもたない)CSM模型の固有函数とMacdonald多項式との関係についてもアファインHecke環を用いて議論する。短距離相互作用をもつある強相関電子系もこのアファインHecke環をもつことをみる。

 さて、スピン自由度のないCSM模型の場合、波動函数はさきのMacdonald多項式を用いて厳密に求めることができる。ところがスピンをもつCSM模型の固有状態に関してはまだ未知の点が多く残されている。ここでは、スピンのあるCSM模型の一部の固有状態がKnizhnik-Zamolodchikov(KZ)方程式の解によってあらわされることを示し、A型およびB型KZ方程式の積分表示解を代数的ベーテ仮設法を応用して具体的に書き下す。

審査要旨

 本論文は二つの部分からなり、第一部は長距離相互作用をする可解古典系を第二部は量子系を扱っている。一次元粒子系でポテンシャルが1/2に比例する場合はCallogero-Sutherland-Moser(CSM)模型と呼ばれ、厳密に解けることが知られていた。また各粒子にスピンを与えることも出来るようになってきた。またポテンシャルの形も束縛型、三角関数型、楕円関数型にも拡張できる。

 この分野は急激に発展している分野であり、多くの論文が発表されているが、論文提出者はこの分野でめざましい業績をあげ、この論文も150ページにおよぶ膨大なものである。この学位論文では多数の成果が報告されているが、以下に主なものを挙げる。

 1 CSM模型の代数構造。一般に可解模型は高い対称性を持っているが、論文提出者は、スピンを持つCSM模型はヤンギアン対称性を持つことを一般的に示し、とくに束縛型の場合について詳しく論じた。この代数構造は量子系の場合に最初考えられたが、古典系への一般化も行った。

 2 WZNW模型の指標と長距離スピン模型の分配関数との関係。スピンをもつCSM模型のうち、束縛型のものを粒子質量を重くして運動を凍結すると、Polychronakos-Frahm解と呼ばれる一次元の厳密に解けるスピン系が得られる。この系はエネルギー固有値は整数でかつ縮退しているので、分配関数は多項式の形であたえることができる。su(n)の対称性を持つ場合にn=2場合は計算されていたが、論文提出者はnが任意の場合の公式を導いた。この系の分配関数が系の大きさが無限の極限でWZNW模型の指標を与えることをはじめて指摘した。

 3 量子CSM模型の可積分性はLax方程式によって示すのが標準的であるが、Dunkl演算子を用いる方法もある。論文提出者はDunkl演算子を用いて楕円関数型CSM模型を導いた。またこの方法をもちいると三角関数型CSM模型の可積分性を容易に示すことができエネルギースペクトルも計算することができる。

 以上のように、本論文は一次元長距離相互作用をする系で可解な問題を扱っている。新しく解を求めるというよりは可解系の代数構造を理解し、数学的見通しをよくした面は大いに評価でき、博士論文として、十分合格と判断される。なお本研究は一部が指導教官の和達氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行なったもので論文提出者の寄与が大きいものと認められる。従って、審査員一同は、論文提出者に博士(理学)の学位を与えることができると判定した。

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