肝再生は肝障害、肝部分切除後の回復課程における必須の事象である。今日まで、肝再生調節機構を解明するため多くの研究がなされてきた。近年、培養肝細胞を用いた検討から、多くの増殖促進因子が報告されている。これらの中で、transforming growth factor (TGF )及びhepatocyte growth factor(HGF)は、その強力な増殖促進作用から注目され解析が進められている。TGF は、肝及び脳、小腸等に局在し、epidermal growth factor(EGF)と40%以上の相同性を有すポリペプタイドであり、EGFと共通の受容体を介して作用する。肝においては受容体とともに肝細胞に発現している。一方、HGFは、分子量約9万の蛋白であり、肝、脾、腎、肺、及び白血球等でmRNAの発現が報告されている。c-met oncogene産物が受容体として同定されている。肝では、伊東細胞をはじめとする非実質細胞でHGFが産生され、受容体は少なくとも肝細胞に発現している。TGF 及びHGFは、培養肝細胞のDNA合成をほぼ同程度に上昇させる。また、両因子とも、正常ラットに大量投与した場合やtransgenic mouseにおいて、肝細胞の増殖から肝肥大をきたす。両者は同等の肝細胞増殖促進能を有していると推定されている。しかし、両因子の肝再生調節機構における意義は明確ではない。培養肝細胞のDNA合成を相乗的に促進すること、ラット部分切除肝におけるmRNAの発現動態が異なることから、TGF 及びHGFの肝細胞増殖調節機構における役割は異なると想定されている。この点を解明するため、本研究では、まず臨床例にて両因子の血中値を解析し、次いで各種ラット肝細胞増殖モデルにおいてこれらの肝及び血中での動態を検討した。更に培養肝細胞を用いて、肝細胞によるTGF 産生の、HGF存在下での肝細胞DNA合成における意義を検討した。 臨床例における検討: 肝部分切除、急性肝炎及び劇症肝炎患者を対象とした。健常成人及び肝以外の腹部外科手術を受けた症例を対照に用いた。血中TGF 測定のため、抗TGF monoclonal抗体及び家兎免疫抗TGF poly-clonal抗体を用いて新たにELISAを作成した。このELISAはヒトTGF を5pg/mlまで測定可能で、健常成人の81%でも測定感度以上であった。またEGFとは交差性を示さず、臨床検討に充分な感度と特異性を有していた。血中HGFの測定にはELISAキットを用いた。 肝部分切除患者において、血中TGF 値は術後4週間以内に全例で術前値に比して高値を示し、術後4週間以内の各症例における最高値は、CT画像をもとに算定した肝切除率及び術後4週間目の肝再生率と有意な正の相関を示した。一方、血中HGF値も術後全例で上昇、1週間以内に最高値に達し、4週間後には術前値に復した。しかしその最高値は、肝切除率及び肝再生率と相関を示さず、重回帰分析上、肝硬変の有無、血清総ビリルビン、ALT値、末梢血白血球数の最高値と有意な関連を示した。また肝以外の腹部外科手術患者では、血中TGF 値は術後上昇しなかったが、血中HGF値は有意に上昇し、その最高値は、重回帰分析にて血清CRP値、末梢血白血球数の最高値と有意な関連を示した。以上から、血中TGF 値は、肝再生と関連して上昇すると推定されたのに対して、血中HGF値は、肝再生との関連は認められず、肝障害、肝炎或は全身の炎症の程度と関連して上昇すると推定された。 急性肝炎患者では、血中TGF 値は劇症肝炎患者よりも有意に高値であった。急性肝炎患者では各々の最高値が血清ALT及び総ビリルビンの最高値と正の相関を示したのに対し、劇症肝炎患者では総ビリルビン値と負の相関を示した。劇症肝炎生存例では死亡例より高値であり、生存例では意識覚醒までの入院後日数と正の相関を、死亡例では死亡までの日数と負の相関を示した。一般に、急性肝炎では肝障害の程度に応じて肝は再生すると考えられていることから、血中TGF 値は、急性肝炎患者においても肝再生と関連して上昇していると推定された。また劇症肝炎患者において、生存例では、肝性脳症からの回復とともに血中TGF 値が上昇しており、本疾患でも血中TGF が肝再生と関連して上昇していることを示唆している。重篤な症例ほど肝再生能は低下しており、死亡例では、肝再生能は徐々に低下し死に至ると推定され、これは従来の劇症肝炎における肝再生の報告と矛盾しない。一方、血中HGF値は急性肝炎患者に比し、劇症肝炎患者で有意に高値であった。急性肝炎患者における最高値は、血清ALT及び総ビリルビンの最高値と正に相関し、劇症肝炎例でも総ビリルビンの最高値と正の相関を示した。劇症肝炎死亡例では生存例より高値であった。血中HGF値は、急性肝障害患者においても肝障害の程度との関連が明瞭であった。 以上、臨床例における検討からは、血中TGF は、肝再生と関連して上昇していると推定されるのに対して、血中HGFは肝再生との関連は明確ではなかった。 動物実験: Sprague-Dawley系雄性ラットに、2/3部分肝切除術及び対照としての開腹術のみ施行、四塩化炭素単回皮下投与、ジメチルニトロサミン単回腹腔内投与、フェノバルビタール溶液自由摂取の処置を行なった。肝部分切除ラットは、肝細胞の壊死を伴わず、四塩化炭素投与ラットは肝細胞の直接壊死の後に、代償性肝細胞増殖をきたすモデルである。ジメチルニトロサミン投与ラットでは、類洞内皮細胞の支持細胞である伊東細胞がアポトーシスをきたすことにより、類洞内皮細胞障害から肝血管内血液凝固、肝壊死を起こし、代償性肝細胞増殖をきたすモデルである。フェノバルビタール投与ラットは、非代償性肝細胞増殖のモデルである。これらラットを経時的に屠殺し、肝及び血清、血漿を得た。肝ホモジネート上清および血清を、濃縮除蛋白した後、前述のELISAにてTGF 量を測定した。肝及び血漿中のHGFはラットHGF用のELISAキットにて測定した。肝細胞増殖の指標として肝細胞のmitotic indexを用いた。 肝細胞のmitotic indexは、部分肝切除ラットでは24時間目に最高値となり、その後低下し120時間目には前値に復した。開腹術のみ施行したラットでは、術後有意な変化はなかった。四塩化炭素及びジメチルニトロサミン投与ラットにおいては、血清ALT値は各々投与1日及び2日後に、mitotic indexはどちらも3日後に最高値を示した。フェノバルビタール投与ラットではmitotic indexは投与開始後徐々に増加し、一週間目に最高値となり2週間目には前値に復した。肝及び血中TGF 値は、全ての肝細胞増殖モデルにおいて、肝細胞のmitotic indexとほぼ同様の変動を示した。開腹術のみ施行したラットでは、これらTGF は有意な変動を示さなかった。一方、肝及び血中HGF値は肝部分切除後18時間目に最高値に達し48時間目に前値に復した。開腹術のみ施行したラットにおいてもほぼ類似した上昇を認めた。四塩化炭素投与ラットにおいては、血清ALT値とほぼ同様の変動を示した。ジメチルニトロサミン投与ラットでは、肝HGF値は血清ALT値が最高値の時点では有意に低下し、肝細胞mitotic indexの最高時点を過ぎてから一過性に上昇し、血中値は有意な変動を示さなかった。この肝HGF値の低下は、HGFが伊東細胞で産生されることと合致する結果と推定される。フェノバルビタール投与ラットでは血中HGF値は投与1日目を最高値として上昇したが、肝HGF値は低下した。これら機序の異なる4種類の肝細胞増殖モデルにおける検討から、肝TGF は肝細胞増殖に密接に関連して変動し、血中TGF はそれを反映して上昇すると推定され、これは、臨床例における結果と矛盾しないと考えられる。一方、HGFと肝細胞増殖の関連は明らかではなく、HGFの上昇がなくても肝細胞は増殖し得、上昇しても必ずしも増殖しないと推定される。 培養肝細胞を用いた実験: HGF存在下にて培養した肝細胞の5-Bromo-2’-deoxy-uridine(BrdU)の取り込み及びTGF 量を測定し、それらに対するTGF mRNAアンチセンスオリゴヌクレオチドの影響を検討した。肝細胞中TGF 量は抗TGF polyclonal抗体用いたimmunoblotting法にて測定、BrdUの取り込みはキットを用いて測定した。 肝細胞中TGF 量は、培養液添加HGF10ng/mlまで、濃度依存的に増加した。BrdUの取り込みも、同様な濃度依存性を示した。10ng/mlのHGF存在下における肝細胞中TGF 量及びBrdUの取り込みは、TGF mRNAアンチセンスオリゴヌクレオチド添加により、濃度依存的に低下した。肝細胞のDNA合成には、HGF存在下であっても、肝細胞自体によるTGF 産生が必須であると推定された。 結論: TGF とHGFの肝細胞増殖調節機構における役割は異なり、TGF は肝細胞増殖に必須の因子であるのに対してHGFの関与は必ずしも必須ではないと推定された。 |