学位論文要旨



No 213150
著者(漢字) 山本,浩二
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,コウジ
標題(和) ストレプトゾトシン誘発糖尿病マウスの高脂血症に及ぼすアポリポタンパク質Eおよびリポタンパク質リパーゼの作用
標題(洋)
報告番号 213150
報告番号 乙13150
学位授与日 1997.01.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13150号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 渡辺,毅
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 【背景および目的】

 糖尿病では虚血性心疾患などの合併症が発症し、その頻度は非糖尿病者の2〜3倍といわれている。糖尿病における動脈硬化症の進展には、インスリン作用の絶対的または相対的な不足に基づく脂質代謝異常が重要な因子として働いている。このときの脂質代謝異常の特徴としてVLDL、LDLおよびレムナントの増加に基づく高脂血症が認められている。一方、これまでのレムナントを中心としたアポB含有リポタンパク質代謝に関する研究において、アポリポタンパク質E(アポE)およびリポタンパク質リパーゼ(LPL)が重要な役割を担っている可能性が指摘されている。したがって、アポEおよびLPLが糖尿病に伴う高脂血症において重要な役割を果たしていることが期待される。

 本研究では、マウスの糖尿病に伴う高脂血症モデルを作製することを目的として、ストレプトゾトシン(STZ)誘発糖尿病マウスを作製しその脂質代謝異常について解析を行った。さらに、糖尿病に伴う高脂血症に及ぼすアポEおよびLPLの作用を明らかにすることを目的として、アポEおよびLPL過剰発現トランスジェニックマウスを用いてSTZ誘発糖尿病モデルを作製しその脂質代謝について解析を行った。

【方法】実験動物および糖尿病モデルの作製:

 C57BL6/Jマウス、メタロチオネインプロモーターによりラットアポEを過剰発現させたマウス、CMV IEエンハンサー/chicken-アクチンプロモーターによりヒトLPLを過剰発現させたマウスを用いた。それぞれトランスジェニックマウスとしてヘテロ接合体を、対照として目的遺伝子を発現していないマウスを用いた。STZ(100mg/kg)の尾静脈内投与3週間後に糖尿病モデルとして実験に使用した。アポE過剰発現マウスは、糖尿病発症後さらに4日間亜鉛を含む水を与えアポEの過剰発現を誘導した。

血中グルコース、血漿中コレステロール、トリグリセリド、インスリン値の測定:

 採血は5〜6時間の絶食後眼底静脈より行い、遠心分離により血漿を得た。血漿中コレステロール、トリグリセリド値は酵素学的測定法により、血中グルコース値はグルコースアナライザーにより、血漿中インスリン値は抗ラットインスリン抗体を用いたラジオイムノアッセイキットにより測定した。

血漿中リポタンパク質のHPLC解析:

 血漿中リポタンパク質の分画は、ゲル濾過カラムを用いた用いたHPLCシステムにて行った。血漿10lをサンプルとし、カラムからの溶出液は37℃に保った恒温槽内のテフロンチューブ内で連続的に酵素反応させ、続いて550nmの吸光度をモニターした。

ヘパリン負荷後血漿中LPL活性および心筋、骨格筋中LPL活性の測定:

 ヘパリン負荷後血漿は、ヘパリン(100U/kg)の尾静脈内投与3分後に眼底静脈から採血することにより得た。心筋、骨格筋中LPL活性の測定には、各組織50mgのホモジネート上清をサンプルとした。LPL活性の測定は、glycerol tri[9,10-(n)-3H]oleateから遊離した脂肪酸の生成量を指標に行った。

小腸粘膜細胞中ACAT活性の測定:

 回腸部分から剥離した粘膜細胞のホモジネート上清をサンプルとした。ACAT活性の測定は、[1-14C]oleateのエステル化反応を指標に行った。

肝臓LDLレセプターのリガンドブロット解析:

 肝臓の膜分画標品(8,000-100,000xg沈殿物)をサンプルとして7%SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、タンパク質をニトロセルロースメンブランに転写した。超遠心法により1%コレステロール食負荷家兎の血漿より-VLDLを分離しIC1法にて[125I]--VLDLを調製した。[125I]--VLDLを用いてメンブラン上のLDLレセプタータンパク質のリガンドブロット解析を行った。

血漿中アポEのイムノブロット解析:

 血漿1lをサンプルとして10%SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、タンパク質をニトロセルロースメンブランに転写した。抗ラットアポEポリクローナル抗体および[125I]-proteinAを用いてメンブラン上のアポEのイムノブロット解析を行った。

【結果】STZ誘発糖尿病マウスの血中グルコース、血漿中コレステロールおよびトリグリセリド値:

 C57BL6/JマウスにSTZを静脈内投与することにより、3週間後の血中グルコース値が432mg/dlと有意な高血糖を認めた。糖尿病マウスの血漿中コレステロール値は162mg/dlと対照に比べて約2.2倍高く、血漿中トリグリセリド値は58mg/dlと対照に比べて約2.9倍高く、有意な高コレステロール血症および高トリグリセリド血症を発症した。

STZ誘発糖尿病マウスのLPL活性、小腸粘膜細胞ACAT活性:

 糖尿病マウスのヘパリン負荷後血漿中LPL活性、心筋および骨格筋中LPL活性は、対照に比べて差は認められなかった。糖尿病マウスの小腸粘膜細胞中ACAT活性は4.3nmol/mg tissueと対照に比べて約2.7倍高く、有意な活性上昇が認められた。

STZ誘発糖尿病マウスの肝臓LDLレセプター発現量:

 肝臓LDLレセプターは約120kDaのタンパク質として認められたが、糖尿病マウスのLDLレセプター発現量は対照に比べて差は認められなかった。

STZ誘発糖尿病マウスの血漿中アポE濃度:

 アポEは約34kDaのタンパク質として認められ、糖尿病マウスの血漿中アポE濃度は、対照に比べて約2倍増加していた。

アポE過剰発現マウスにおける血漿中コレステロール、トリグリセリド値:

 糖尿病発症後における血漿中コレステロール値は対照で176mg/dl、アポE過剰発現マウスで128mg/dlであり、血漿中トリグリセリド値は対照で73mg/dl、アポE過剰発現マウスで15mg/dlであり、アポE過剰発現マウスでは糖尿病に伴う高脂血症の発症が抑制された。

アポE過剰発現マウスにおける血漿中リポタンパク質の解析:

 血漿中リポタンパク質の分画パターンではコレステロールを指標とした場合、糖尿病発症後の対照ではアポB含有リポタンパク質コレステロールおよびHDLコレステロール共に増加したのに対し、アポE過剰発現マウスではアポB含有リポタンパク質コレステロールの増加が抑制された。トリグリセリドを指標とした場合、糖尿病発症後の対照ではVLDLトリグリセリドが著しく増加したのに対し、アポE過剰発現マウスではVLDLおよびLDLトリグリセリドが著明に減少した。

LPL過剰発現マウスにおける血漿中コレステロール、トリグリセリド値:

 糖尿病発症後における血漿中コレステロール値は対照で164mg/dl、LPL過剰発現マウスで105mg/dlであり、血漿中トリグリセリド値は対照で185mg/dl、LPL過剰発現マウスで33mg/dlであり、LPL過剰発現マウスでは糖尿病に伴う高脂血症の発症が抑制された。

LPL過剰発現マウスにおける血漿中リポタンパク質の解析:

 血漿中リポタンパク質の分画パターンではコレステロールを指標とした場合、糖尿病発症後の対照に比べてLPL過剰発現マウスではVLDLコレステロールの増加が著しく抑制された。トリグリセリドを指標とした場合、糖尿病発症後の対照に比べてLPL過剰発現マウスではVLDLトリグリセリドが著明に減少した。

【考察】

 STZ誘発糖尿病マウスにおいて有意な高コレステロール血症および高トリグリセリド血症を発症した。高コレステロール血症は、アポB含有リポタンパク質コレステロールとHDLコレステロールの増加に起因していた。機序として、小腸ACAT活性上昇による食餌性コレステロール吸収の亢進、およびアポB含有リポタンパク質のトリグリセリド-リッチな粒子への組成変化に伴う肝臓LDLレセプターへの親和性低下、血中からのクリアランス障害の可能性が示唆された。高トリグリセリド血症は、アポB含有リポタンパク質トリグリセリドの増加に起因していた。機序として、脂肪組織からの脂肪動員の亢進による肝臓でのトリグリセリド合成促進、脂肪組織LPL活性の欠如によるVLDLの異化障害の可能性が考えられた。

 アポEの過剰発現は糖尿病に伴う高コレステロール血症発症を約50%抑制し、高トリグリセリド血症発症を完全に抑制した。機序として、過剰発現したアポEがVLDL、LDLおよびレムナントに分布し、これらリポタンパク質の肝リポタンパク質レセプターへの親和性が高まり血中からのクリアランスが促進したこと、さらにVLDLが速やかに血中から除去されるためVLDLより生成するLDL量が低下したことが示唆された。

 LPLの過剰発現は糖尿病に伴う高コレステロール血症発症を約71%抑制し、高トリグリセリド血症発症を完全に抑制した。機序として、LPLの過剰発現によりVLDLおよびレムナント中のトリグリセリドが速やかに加水分解され、これらリポタンパク質の代謝促進によって血中からのクリアランスが促進したことが示唆された。

 本研究において、STZ誘発糖尿病マウスが糖尿病に伴う高脂血症モデルとして有用であることを示すとともに、その発症機序を明らかにした。また、アポEおよびLPLの過剰発現が糖尿病に伴う高脂血症の改善に有効であることを明らかにするとともに、これらタンパク質が糖尿病に伴う高脂血症に対して重要な役割を担っていることが示唆された。

審査要旨

 本研究は糖尿病に伴う高脂血症に及ぼすアポリポタンパク質E(アポE)およびリポタンパク質リパーゼ(LPL)の作用を明らかにするため、ストレプトゾトシン(STZ)誘発糖尿病マウスの高脂血症モデルを作製し、アポEおよびLPL過剰発現トランスジェニックマウスにおける脂質代謝の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.STZ誘発糖尿病マウスの血清脂質を解析した結果、インスリン作用不足に基づく内因性高脂血症が発症することを認めた。

 2.STZ誘発糖尿病マウスの血漿中リポタンパク質をHPLCにて解析した結果、VLDL、LDLおよびレムナントが増加する脂質代謝異常であることが示された。

 3.高脂血症発症機序として、STZ誘発糖尿病マウスの小腸粘膜細胞中ACAT活性を測定した結果、小腸ACAT活性上昇による食餌性コレステロール吸収の亢進が示された。さらに、脂肪組織の消失を観察しており、脂肪組織LPL活性の欠如によるVLDLの異化障害、脂肪組織からの脂肪動員の亢進による肝臓でのトリグリセリド合成亢進の可能性が示された。

 4.アポE過剰発現トランスジェニックマウスを用いてSTZ誘発糖尿病マウスを作製した結果、アポEの過剰発現は、高コレステロール血症発症を約50%抑制し、高トリグリセリド血症発症を完全に抑制することが示された。

 5.アポE過剰発現による高脂血症発症の抑制は、過剰発現したアポEがVLDL、LDLおよびレムナントに分布し、これらリポタンパク質の肝リポタンパク質レセプターへの親和性が高まり血中からのクリアランスが促進したためであることが明らかとなった。

 6.LPL過剰発現トランスジェニックマウスを用いてSTZ誘発糖尿病マウスを作製した結果、LPLの過剰発現は、高コレステロール血症発症を約71%抑制し、高トリグリセリド血症発症を完全に抑制することが示された。

 7.LPL過剰発現による高脂血症発症の抑制は、LPLの過剰発現によりVLDLおよびレムナント中のトリグリセリドが速やかに加水分解され、これらリポタンパク質の代謝促進によって血中からのクリアランスが促進したためであることが明らかとなった。

 以上、本論文はSTZ誘発糖尿病マウスが糖尿病に伴う高脂血症モデルとして有用であることを明らかにするとともに、その発症機序を明らかにした。また、アポEおよびLPLの過剰発現が糖尿病に伴う高脂血症の改善に有効であることを明らかにした。本研究はトランスジェニックマウスを用いて特定遺伝子の機能ならびに疾患との関連を解析した報告であり、アポEおよびLPLの糖尿病に伴う高脂血症における役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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