本研究は、当初悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症の原因物質として単離・同定され、その後血管平滑筋に発現すると同時に血管弛緩作用を有することが明らかとなった、副甲状腺ホルモン関連ペプチド(parathyroid hormone-related peptide:PTHrP)の血管トーヌス調節における生理的意義を明らかにする目的で、血管平滑筋における発現調節機構の解明を試みたものである。そして、血管平滑筋への伸展刺激がPTHrPの発現を誘導するという下記の結果を得ている。 1.血管平滑筋細胞に伸展刺激を負荷すると、4時間後にPTHrP mRNAレベルは軽度(20%)に増加した。また、0.3nMのアンジオテンシンII(AII)により顕著な増加(5倍)が引き起こされた。この時、伸展とAII刺激を同時に加えると、PTHrP mRNAレベルの相乗的な増加(13倍)が認められ、その作用は伸展強度依存的に増大した。 2.伸展刺激は転写阻害薬アクチノマイシンD存在下でPTHrP mRNAの半減期には全く影響を与えず、主として転写を亢進させることによりPTHrP mRNAの増加を引き起こすことが示唆された。 3.伸展活性化陽イオンチャンネルの阻害薬Gd3+、電位依存性Ca2+チャンネル阻害薬ニトレンジピンおよび細胞外Ca2+の除去は、伸展+AIIによるPTHrP mRNA発現誘導を抑制せず、伸展刺激の作用は細胞外Ca2+非依存性であることが示された。 4.伸展+AIIによるPTHrP mRNA発現誘導は、ホルボールジブチレート(PDBu)前処理によるプロテインキナーゼC(PKC)枯渇やPKC阻害薬スタウロスポリンによってほぼ完全に抑制された。また、伸展+PDBuは伸展+AIIと同様に強くPTHrP mRNA発現を誘導した。これらの結果より、伸展刺激が主としてAIIによってもたらされるPKCの活性化と相乗的に作用してPTHrP mRNA発現を誘導することが示された。 5.血管平滑筋において、AIIはホスホリパーゼCを活性化し、細胞内Ca2+([Ca2+]i)の増加とPKCの活性化を引き起こすことが知られている。これに対して、伸展刺激単独はイノシトールリン酸産生の促進、PKCのトランスロケーション、MARCKSリン酸化を引き起こさず、またAIIによるこれらの反応を増強することもなかった。これらの結果より、伸展刺激がAIIによるPKCの活性化以降に何らかの影響を与え、PTHrP mRNA発現を相乗的に増強することが示された。 6.摘出ラット大動脈に伸展刺激を負荷するとPTHrP mRNAの増加が認められた。 7.高血圧を呈している18週齢の自然発症高血圧ラット(SHR)の大動脈のPTHrP mRNAレベルは同週齢のコントロールラット(WKYラット)に比較して、2.5倍に増加していた。SHR大動脈ではPTHrP含量も2.3倍に増加していた。一方、高血圧をまだ呈していない4週齢のSHR大動脈PTHrP mRNAレベルは同週齢のWKYラットと同程度であった。この時、血中のPTHrPレベルに変化は認められなかった。 8.AII受容体拮抗薬、ヒドララジンのいずれかを投与して血圧を下降させた26週齢のSHRでは、無処置のSHRに比較して大動脈PTHrP mRNAレベルの低下が認められた。 以上、本論文は血管弛緩作用を有するPTHrPの血管平滑筋における発現が、血圧の上昇に伴う伸展刺激により誘導されることを明らかにした。本研究は、PTHrPの有する血管弛緩作用の生理的役割の解明および血管トーヌスの自己調節の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するとものと考えられる。 |