休日日数の増加、マイカーの普及と高速交通体系整備の進展、観光・レジャー志向の高まりなどを背景とした観光トリップの顕在化が見られる。それにともない休日のアクセス道路、観光地内幹線道路における混雑・渋滞をはじめとする諸問題が顕在化しており、それら問題の解決と質の高い観光地空間づくり、観光客ニーズの充足が今後さらに行なわれる必要性が高い。これらを背景として、本研究では観光交通に対応した道路整備計画策定のために、下に示す3つの目的を設定した。 (1)観光交通に対応した道路整備計画策定の手順、考え方を示す。 (2)アクセス幹線道路、観光地圏域内の周遊道路などの各整備対象における交通特性、現状の問題点を明らかにするとともに、トリップ形態に対応した交通行動分析手法の検討および提案を行う。 (3)観光地道路整備に関連する評価主体や評価指標、評価特性を明らかにするとともに、施策実施による影響把握を行う。 以下、この3つの研究目的に沿って、本論文の研究成果を示す。 (1)観光交通に対応した道路整備計画策定の手順、考え方について 平日交通と比較して、時空間的利用の集中・変動の大きさ、評価主体の多様性などの特徴を有する観光交通は、その特性を考慮した道路整備が必要であるとの考えを基本として、道路整備計画策定において「交通流動把握」、「評価分析」、「計画策定」の3つの部分から構成される策定手順を設定した。 そして、「交通流動把握」段階において、アクセス、周遊などの観光行動形態による道路利用形態ならびにその分析視点を整理した。また、「評価分析」段階では、その評価主体や評価視点・指標の整理を行った。 (2)観光交通特性の把握ならびに観光交通行動の分析視点・分析手法の検討 観光行動・交通流動は、発生、分布、観光スポット間周遊といった各段階で異なる特性を有するため、それぞれのトリップ形態に対応した分析視点を設定し、それに応じた分析手法を用いる必要がある。本研究では、(i)発生・分布行動、(ii)滞在時間に着目した観光地滞在行動、(iii)観光地における目的地・経路選択行動のそれぞれに着目して分析を行った。 (i)観光地の入り込み客数に影響を与え、アクセス道路整備水準設定と密接な関連を持つ観光交通発生量ならびに分布交通量について分析を行った。発生量推計では、同一個人属性内における発生回数分布の再現が可能であるとともに負の値を算出しない構造を有する序数選択モデルならびにポアソン回帰モデルを観光旅行発生量推計に適用した。これらの分析手法は、これまで個人レベルの推計に多く用いられている数量化I類の問題点を改善するモデルとして位置づけできる。構築したモデルを用いて、人口構成ならびに県民所得が変化した場合の将来予測を行った結果、観光旅行発生量が増加し、年間複数回観光旅行を発生する個人の増加傾向が導かれた。 また、分布交通量に関してはOD交通量推計に加え、合成距離抵抗の概念を導入して交通機関分担を同時に算出できるモデルの構築を行った。また、推計にあたっては、OD交通量が把握されず着地の集中交通量のみが明らかな条件のもとで、ポアソン・グラビティ・モデルによってパラメータの同定化を行った。観光地圏域の集中交通量のみが把握されている場合、今回構築したモデルは交通機関分担率を同時に考慮できる観光広域OD交通量推計のための1手法として位置づけできる。モデル構築によって算出された観光地圏域集中交通量は実績値と高い相関を示すとともに、個人観光行動における交通機関分担率についても実績値と近似した値が算出された。 (ii)観光地圏域から発生する帰宅トリップ集中による幹線道路混雑問題に対して、トリップ集中に大きく関わる帰宅トリップ発生時刻に着目した分析を行った。具体的には、観光客の滞在時間に着目し、滞在時間決定に関する意思決定過程の考え方を示すとともに、トリップ発生を滞在から帰宅への状態変化と見なし、ハザード関数の概念を用いたモデル構築を行った。 算出された滞在時間推計モデルは、帰宅トリップ発生時間分布実績値の再現性が高く、来訪時刻による滞在時間分布の差異を表現することができた。また、このモデルを用いることによって、来訪時刻の変化が帰宅トリップ発生時刻分布に影響を与えることが明らかになった。 (iii)観光地圏域内における幹線道路混雑問題に対して、観光周遊行動における経路選択行動のモデル化を行うとともに、SP調査を用いて経路別所要時間情報提供システムが経路選択行動に及ぼす影響を明らかにした。交通需要の調整によって混雑の緩和をはかるTDM施策は、道路新設が困難である観光地において有効な道路混雑緩和施策として考えることができるが、観光交通行動を対象としたTDM施策の影響分析はこれまでなされていない。分析の結果、観光客は路側表示板による情報を重視する傾向があり、それによって混雑回避を行うことがロジットモデルを基本するモデルの適用により明らかになった。 (3)観光地道路整備施策の実態およびその影響把握 これまでの需要分析に続いて、供給側に位置づけられる観光地道路整備について具体的な検討を行った。 (i)まず、現在観光地で実施されている交通施策の事例収集を行い、その実態把握を行った。また、これら施策の適用条件となる道路ネットワーク、観光資源の分布・特性、自然条件(地形、気象など)などの観光地特性との関連性について整理を行った。 観光交通に対応した道路整備に関しては、道路新設・拡幅に代表される需要対応型の道路整備に対して、近年ではマイカー通行規制や混雑料金の賦課によって交通需要自体を平準化・分散化させ、道路交通の適正な管理運用によって観光交通需要の調節をはかり、施設の効率的利用を促す需要対応型、需要抑制型の施策展開が行われている実態が明らかになった。これらの施策を「自家用車利用に対する制約の強さ」を指標として分類した場合、(1)「自家用車利用に対して制約が緩い施策」、(2)「自家用車による観光地内周遊を規制する施策」、(3)「アクセス交通においても規制を行う施策」、(4)「発生源のピーク交通への対応策」の4つに分類することができた。 これら施策の導入に際しては、その地域が固有に持つ性質と関連性があると考えられる。本分析では、これらの要因として、観光資源の特性など自然環境に関するもの、圏域の大きさ、入り込み観光客数の規模、観光シーズンの季節性とそれに関連するアクセス道路の整備状況が抽出できた。 (ii)山梨県富士五湖地域を対象地域として、観光客の道路交通サービスに対するニーズをアンケート調査によって明らかにするとともに、富士スバルラインにおけるP&BRシステムを対象として、その実施にともなう影響を評価主体別に整理した。これまでの道路交通サービスは、客観的に把握可能である走行速度のみによって評価されていた。しかし、観光行動の非日常性からその評価は多様であると考え、観光客の評価視点の整理ならびにその特性把握を行った。 観光客の道路交通サービスに対するニーズ把握では、速度サービスに加え、情報サービス、駐車場サービスを重視する傾向が認められた。その原因として、観光客が観光地に関する情報を十分有していないこと、駐車行動が一連の観光活動を必要不可欠なためその整備に対するニーズを強く持っていることなどが考えられる。 また、P&BRシステムの影響分析では、アクセス時間の不確実性減少が認められ、アンケート調査から観光客のバスへの乗り換えに対しても非利便性の増加は大きく認められなかった。これは、自然環境保全を目的としたP&BRシステム導入に対して肯定的な意見を持つためと考えられる。また、規制日や料金の設定問題に関する課題を抽出し、より利便性、効果の高いシステム構築のための問題点を示した。 これらの研究成果は、観光交通需要の把握ならびに道路整備計画策定に関して、有益な情報を与えることが可能と考えられる。 |