学位論文要旨



No 213155
著者(漢字) 古屋,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) フルヤ,ヒデキ
標題(和) 観光交通計画の方法論的研究 : 需要分析と政策影響分析技法の開発
標題(洋)
報告番号 213155
報告番号 乙13155
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13155号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 清水,英範
 東京大学 助教授 高橋,清
内容要旨

 休日日数の増加、マイカーの普及と高速交通体系整備の進展、観光・レジャー志向の高まりなどを背景とした観光トリップの顕在化が見られる。それにともない休日のアクセス道路、観光地内幹線道路における混雑・渋滞をはじめとする諸問題が顕在化しており、それら問題の解決と質の高い観光地空間づくり、観光客ニーズの充足が今後さらに行なわれる必要性が高い。これらを背景として、本研究では観光交通に対応した道路整備計画策定のために、下に示す3つの目的を設定した。

 (1)観光交通に対応した道路整備計画策定の手順、考え方を示す。

 (2)アクセス幹線道路、観光地圏域内の周遊道路などの各整備対象における交通特性、現状の問題点を明らかにするとともに、トリップ形態に対応した交通行動分析手法の検討および提案を行う。

 (3)観光地道路整備に関連する評価主体や評価指標、評価特性を明らかにするとともに、施策実施による影響把握を行う。

 以下、この3つの研究目的に沿って、本論文の研究成果を示す。

(1)観光交通に対応した道路整備計画策定の手順、考え方について

 平日交通と比較して、時空間的利用の集中・変動の大きさ、評価主体の多様性などの特徴を有する観光交通は、その特性を考慮した道路整備が必要であるとの考えを基本として、道路整備計画策定において「交通流動把握」、「評価分析」、「計画策定」の3つの部分から構成される策定手順を設定した。

 そして、「交通流動把握」段階において、アクセス、周遊などの観光行動形態による道路利用形態ならびにその分析視点を整理した。また、「評価分析」段階では、その評価主体や評価視点・指標の整理を行った。

(2)観光交通特性の把握ならびに観光交通行動の分析視点・分析手法の検討

 観光行動・交通流動は、発生、分布、観光スポット間周遊といった各段階で異なる特性を有するため、それぞれのトリップ形態に対応した分析視点を設定し、それに応じた分析手法を用いる必要がある。本研究では、(i)発生・分布行動、(ii)滞在時間に着目した観光地滞在行動、(iii)観光地における目的地・経路選択行動のそれぞれに着目して分析を行った。

 (i)観光地の入り込み客数に影響を与え、アクセス道路整備水準設定と密接な関連を持つ観光交通発生量ならびに分布交通量について分析を行った。発生量推計では、同一個人属性内における発生回数分布の再現が可能であるとともに負の値を算出しない構造を有する序数選択モデルならびにポアソン回帰モデルを観光旅行発生量推計に適用した。これらの分析手法は、これまで個人レベルの推計に多く用いられている数量化I類の問題点を改善するモデルとして位置づけできる。構築したモデルを用いて、人口構成ならびに県民所得が変化した場合の将来予測を行った結果、観光旅行発生量が増加し、年間複数回観光旅行を発生する個人の増加傾向が導かれた。

 また、分布交通量に関してはOD交通量推計に加え、合成距離抵抗の概念を導入して交通機関分担を同時に算出できるモデルの構築を行った。また、推計にあたっては、OD交通量が把握されず着地の集中交通量のみが明らかな条件のもとで、ポアソン・グラビティ・モデルによってパラメータの同定化を行った。観光地圏域の集中交通量のみが把握されている場合、今回構築したモデルは交通機関分担率を同時に考慮できる観光広域OD交通量推計のための1手法として位置づけできる。モデル構築によって算出された観光地圏域集中交通量は実績値と高い相関を示すとともに、個人観光行動における交通機関分担率についても実績値と近似した値が算出された。

 (ii)観光地圏域から発生する帰宅トリップ集中による幹線道路混雑問題に対して、トリップ集中に大きく関わる帰宅トリップ発生時刻に着目した分析を行った。具体的には、観光客の滞在時間に着目し、滞在時間決定に関する意思決定過程の考え方を示すとともに、トリップ発生を滞在から帰宅への状態変化と見なし、ハザード関数の概念を用いたモデル構築を行った。

 算出された滞在時間推計モデルは、帰宅トリップ発生時間分布実績値の再現性が高く、来訪時刻による滞在時間分布の差異を表現することができた。また、このモデルを用いることによって、来訪時刻の変化が帰宅トリップ発生時刻分布に影響を与えることが明らかになった。

 (iii)観光地圏域内における幹線道路混雑問題に対して、観光周遊行動における経路選択行動のモデル化を行うとともに、SP調査を用いて経路別所要時間情報提供システムが経路選択行動に及ぼす影響を明らかにした。交通需要の調整によって混雑の緩和をはかるTDM施策は、道路新設が困難である観光地において有効な道路混雑緩和施策として考えることができるが、観光交通行動を対象としたTDM施策の影響分析はこれまでなされていない。分析の結果、観光客は路側表示板による情報を重視する傾向があり、それによって混雑回避を行うことがロジットモデルを基本するモデルの適用により明らかになった。

(3)観光地道路整備施策の実態およびその影響把握

 これまでの需要分析に続いて、供給側に位置づけられる観光地道路整備について具体的な検討を行った。

 (i)まず、現在観光地で実施されている交通施策の事例収集を行い、その実態把握を行った。また、これら施策の適用条件となる道路ネットワーク、観光資源の分布・特性、自然条件(地形、気象など)などの観光地特性との関連性について整理を行った。

 観光交通に対応した道路整備に関しては、道路新設・拡幅に代表される需要対応型の道路整備に対して、近年ではマイカー通行規制や混雑料金の賦課によって交通需要自体を平準化・分散化させ、道路交通の適正な管理運用によって観光交通需要の調節をはかり、施設の効率的利用を促す需要対応型、需要抑制型の施策展開が行われている実態が明らかになった。これらの施策を「自家用車利用に対する制約の強さ」を指標として分類した場合、(1)「自家用車利用に対して制約が緩い施策」、(2)「自家用車による観光地内周遊を規制する施策」、(3)「アクセス交通においても規制を行う施策」、(4)「発生源のピーク交通への対応策」の4つに分類することができた。

 これら施策の導入に際しては、その地域が固有に持つ性質と関連性があると考えられる。本分析では、これらの要因として、観光資源の特性など自然環境に関するもの、圏域の大きさ、入り込み観光客数の規模、観光シーズンの季節性とそれに関連するアクセス道路の整備状況が抽出できた。

 (ii)山梨県富士五湖地域を対象地域として、観光客の道路交通サービスに対するニーズをアンケート調査によって明らかにするとともに、富士スバルラインにおけるP&BRシステムを対象として、その実施にともなう影響を評価主体別に整理した。これまでの道路交通サービスは、客観的に把握可能である走行速度のみによって評価されていた。しかし、観光行動の非日常性からその評価は多様であると考え、観光客の評価視点の整理ならびにその特性把握を行った。

 観光客の道路交通サービスに対するニーズ把握では、速度サービスに加え、情報サービス、駐車場サービスを重視する傾向が認められた。その原因として、観光客が観光地に関する情報を十分有していないこと、駐車行動が一連の観光活動を必要不可欠なためその整備に対するニーズを強く持っていることなどが考えられる。

 また、P&BRシステムの影響分析では、アクセス時間の不確実性減少が認められ、アンケート調査から観光客のバスへの乗り換えに対しても非利便性の増加は大きく認められなかった。これは、自然環境保全を目的としたP&BRシステム導入に対して肯定的な意見を持つためと考えられる。また、規制日や料金の設定問題に関する課題を抽出し、より利便性、効果の高いシステム構築のための問題点を示した。

 これらの研究成果は、観光交通需要の把握ならびに道路整備計画策定に関して、有益な情報を与えることが可能と考えられる。

審査要旨

 観光交通計画の方法論研究は1960年代に需要分析を中心に進められてきたが、データ整備の不十分さ、理論的行き詰まりのためにその後研究の進展は滞っていた。1980年代に入り、基礎データを得るための大規模な調査が実施され、一方、交通需要分析方法としての交通行動理論の急速な開発研究が世界的に展開されてきた。さらに都市交通分野で各種交通政策オプションが開発されたこと等により、観光交通計画の研究も再び盛んに行われるようになっているが、いまだその成果は体系化されるに至っていない。一方、観光地ではモータリゼーションの影響により特有の交通問題が発生し、その対策への社会的な要請が高まっている。このような状況を背景として本論文は観光交通に対応した道路整備計画のための需要分析方法と交通政策影響分析技法を開発し、道路整備計画の方法論を提案したものである。

 本論分は8章より構成されている。

 第1章「はじめに」では観光交通をとりまく社会的背景と研究の遅れを論じ、本研究の目的は、(1)観光地の道路整備計画の策定プロセスの設定、(2)観光交通の行動分析技法の開発、(3)観光地の交通政策の影響分析技法の開発と政策評価方法の提示、の3点にあることを述べ、本論文の構成を示している。

 第2章「既存の研究と本研究の位置づけ」ではまず観光交通に対応した道路整備計画の手順を示している。さらにその基礎となる分析視点、技法に関する既存研究の成果と問題点を明らかとし、本研究の位置づけをおこなっている。

 第3章「観光地圏域の集中交通量予測に関する実証的検討」では発生交通量モデルとしてポアソン回帰モデルと序数変数選択モデルを全国の22,000観光トリップデータを用いて構築し、既存モデルと比較評価した上でその有効性を検証している。更にポアソングラビティモデルを用いた交通機関分担・分布交通量推計方法を開発し、モデルの説明力を確認している。これらモデルを用いた観光地圏域の集中交通量予測が可能であることを述べている。

 第4章「観光客滞在時間予測モデルの構築」では観光地への到着時間と滞在時間と帰宅時間の関係が帰宅トリップの道路渋滞に関係していることを実証的に示した上でハザード関数を用いた滞在時間モデルを構成し、道路整備に伴い、客量増加による混雑緩和のみならず交通集中度の変化を通じても混雑緩和効果があることを示し、かつその効果測定が可能であることを示している。

 第5章「経路所要時間情報提供が観光周遊行動に及ぼす影響分析」では所要時間情報提供が経路選択行動に及ぼす影響を、選考意向調査データを用いた情報影響度パラメータを導入したモデル分析により明らかにしている。また周遊経路、立ち寄り地区、及び立ち寄り順序決定に関する基本特性を示している。これらの成果により所要時間情報の提供による観光周遊行動の変化を分析可能としている。

 第6章「観光地における道路整備、交通政策の実態把握」では全国21国立公園の41観光地域の来訪者の季節変動を多変量解析手法により分析し、また時間交通量・計画交通量比と重方向率が観光地の道路では大きいことを示し、道路構造令による車線数決定方法の改善方法を提示している。更に、全国観光地で採用されている交通管理・運用施策の実態調査を実施し、観光地の特性と施策の関連性についての分類整理をおこなっている。以上により、道路整備及び交通管理・運用施策の選択肢を体系的に整理し、各地域での施策選択の基本的考え方を提起している。

 第7章「富士五湖地域における道路交通施策の評価分析」では観光資源、来訪者数、交通流動特性、周遊特性、観光者の意識等の実態調査を実施し、第1にそのデータを用いた車の走行シミュレーションを行って道路交通の問題点を明らかとし、第2に観光客の道路交通サービスに対する評価結果を分析している。更に、ケーススタディとして、交通問題解決のために富士スバルラインにおけるパークアンドバスライド方式を導入することを提案して、その影響分析をおこなうことにより政策評価の手順とその有効性を示している。

 第8章「結論]では、本研究の成果をまとめている。

 以上、本論文は、従来研究の遅れていた観光交通について需要と供給の両面から体系的に分析し、計画方法論としてまとめたものであり、観光地の交通計画に極めて有用な知見を提供している。よって本論文は国土計画、土木計画学の発展に寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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