学位論文要旨



No 213157
著者(漢字) 五十田,博
著者(英字)
著者(カナ) イソダ,ヒロシ
標題(和) 木質ラーメン構造に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 213157
報告番号 乙13157
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13157号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨

 これまで、我が国においても、また世界的に見ても集成材構造建築物といえば、湾曲集成材を用いた山形ラーメン構造やラジアルアーチ構造が主流を占めてきた。しかし、最近ではデザインの多様性、集成材の製造コスト、運搬上の制約から、通直集成材の利用が多くなる傾向にあり、その中でもデザインの多様性からラーメン構造の開発・普及が期待されている。

 ラーメン構造は、木質構造の分野では新しい試みといえる。そして、本構造の最大の問題点はその接合部である。これは木質構造の接合部が、鉄筋コンクリート構造の水和反応を利用した一体化接合や、鋼構造における溶接接合、あるいは高力ボルト接合のように、高強度で固定度の高い接合が容易ではないという理由による。しかし、接合部が半剛節であるから、構造解析に取り入れなければならないという議論は木質ラーメン構造に限った問題ではない。木質構造以外であっても程度の差こそあれ、完金剛節とはならず、部分拘束的な挙動を示す。剛節にモデル化するに無理があると判断された場合には半剛節と見なし設計をする必要があるが、現在のところ、木質ラーメン構造を目指して提案されている幾つかのモーメント抵抗接合部について、そのような判断はなされていない。これは机上の計算では、一部の接合法を除き、接合方法、使用ファスナー(釘、ボルトなど)、その使用数に応じ、接合部の固定度・耐力を定量的には把握できない、さらに柱はり部材がエネルギー吸収能力に富んだ材料ではないため、地震入力下における骨組の弾塑性応答性状に対しては、接合部が専らエネルギー吸収を受け持つと考えられるが、接合部の履歴性状に至っては何ら拠り所とするものがない、などの状況が背景にある。結局は「このような接合法にすれば固定度の高い接合法ができそうだ」、「耐力的にはこの接合法がよい」と提案しては、接合部実験を繰り返してきた。

 そこで、本論文はこれまで提案されているモーメント抵抗接合部の基本形の荷重-変形性状、履歴特性などを明かにし、それら接合部をもつラーメン架構が動的・静的荷重に対しどのような性状をもつのかを明確にすることを目的としている。

 まず、1章では、木質ラーメン構造の研究が緒についたばかりであり、この構造の最大の問題点が接合部の力学的特性の把握であるという背景を示し、本論文の目的が、接合部挙動の定量化、接合部挙動が架構に及ぼす影響の把握などであることを述べた。そして、本論文で対象とする3タイプの接合法を決定した。

 次に2章では、前半部分で接合部の力学的挙動を計算により求める方法を示した。それらは、個々のファスナーの荷重-すべり関係や応力-ひずみ関係などを用いて、力と変形の釣り合いから求めるというものである。後半部分では本論で扱う計算の前提となるファスナーの荷重-すべり関係、応力-ひずみ関係などを決定した。ここでは現在、机上の計算が可能なものについてはその考え方を、机上の計算で決定出来ないものは、実験により決定している。具体的には、タイプ1では用いる代表的なジベル類+ボルト接合の荷重-すべり関係を実験的に求め、そしてexp関数により定式化した。タイプ2では釘、ドリフトピン接合を机上の計算で求めるために、すでに提案されている弾性床上の梁理論の本論における取り扱いの方法を示した。タイプ3では、引きボルトとして用いるSS400の中ボルトとPC鋼棒の引張実験により、その降伏点、ヤング係数を求め、圧縮力-めり込み変位関係についてはすでに提案されている式を示した。

 次に3章では、基本的な接合部の実大実験の結果を示した。まず、タイプ2の実験データが比較的蓄積されているという前提に立ち、タイプ1とタイプ3の各部の仕様をパラメータとした実験を行っている。タイプ1の実験は、ファスナーの配置と個数をパラメータとした実験と、ボルトの締め付けによる柱とはり間の摩擦力の把握を目的としたものである。結果として、接合部の復元力はファスナーの位置によらず、その個数に比例すること、しかし、個数が増えると最大耐力は低下すること、この接合タイプは加工誤差による初期すべりが大きいこと、摩擦力はほぼファスナーの個数に比例すること、などを明らかにした。タイプ3の実験は、引きボルトの材種、座金の大きさ、柱はり接触面の状態などをパラメータとしたものである。結果として、最大耐力に対して引きボルトの降伏点の影響が大きいこと、接合部の回転剛性は柱はり接触面の接触面積により大きく変化すること、はりに対するボルト押さえ部分のせん断強度は、計算規準の値を用いると過大評価の危険性のあること、履歴ループはスリップ型を示すことなどを明らかにした。次に柱はりの断面を統一して各タイプを比較する目的で実験を行っている。結果として、最大耐力は母材に対する強度の比でタイプ1が72%、タイプ2が90%、タイプ3が75%程度であること、回転剛性は最大モーメントの1/3時の割線剛性で、タイプ1、3が2000tm/rad程度、タイプ2が5000tm/rad程度まで可能であること、履歴ループ形状は、タイプ1が摩擦を含んだ、木質構造でよく見られる逆S字型を、タイプ2が鋼板の降伏による紡錘型を、タイプ3がスリップ型を示すことを明らかにした(数値はすべて卜字形接合部。十字形はタイプ1が0.5倍程度、タイプ2が0.75倍程度、タイプ3が0.77〜0.59倍程度)。この章の最後では、この実験結果を用いて2章の計算方法の妥当性について検討している。その結果、タイプ1、タイプ2は、ファスナー単体の荷重-すべり関係を適正に評価し計算に組み入れれば、接合部挙動を非線形まで計算により求めることが出来ること、ファスナー単体の荷重-すべり関係は、タイプ1では実験により、タイプ2では弾性床上の梁理論と許容値をもとにした最大荷重を決定することにより、適正に評価することが出来ること、それに対し、タイプ3は計算により接合部挙動を求めると誤差が大きく、その原因がめり込み荷重-変形曲線を適正に評価できていないためと考えられることなどを明らかにした。

 次に4章では、実験および計算により定義した半剛節接合部を持つ木質ラーメン構造の静的外力に対する挙動について検討している。対象架構は3層1スパン架構で、検討した項目は、鉛直荷重作用時の接合部の状態、固有周期と外力分布、区分線形化増分解析による変形性状、降伏機構、保有耐力などで、接合法をパラメータとして比較検討した。その結果、鉛直荷重作用時に接合部に作用するモーメントは、接合部の強度比でタイプ3の基本形を除き30%前後のレベルにあること、固有周期は接合部剛性2000tm/radを境界にして急激な変化があり、2000tm/radより高い剛性では剛節に漸近する傾向が、低い剛性では急激に周期が延びる傾向があること、固有周期の計算に高さを変数とする略算式を用いる場合には注意を要すること、接合部を剛節とみなしベースシア0.2で層間変形角1/200radの設計をすると、全タイプとも層間変形角1/120rad以内に納めることが可能なこと、接合部のあそびが架構の変形のみならず保有耐力にも大きく影響すること、などを明らかにした。

 次に5章では4章と同じ骨組に対して弾塑性地震応答解析を行っている。結果として、中規模の地震に相当すると考えられる25cm/secに規準化した地震波による最大応答は、ほとんどが層間変形角で1/100radを超える応答になること、これは他の構造と比べて変形が大きく、仕上げ等が追従できるよう考慮が必要であること、激震を想定した75cm/secであっても、全タイプとも接合部が抵抗力を失うまでには至らないこと、タイプ別ではタイプ3の応答が大きく、それがスリップ型という履歴ループ型の影響と考えられること、などを明らかにした。

 次に6章では、実物ラーメン架構に対して、常時微動測定により固有周期を、人力加振により減衰定数を測定し、実建物における振動特性を把握している。対象とした建物は2階建てと3階建ての建物で、柱はり接合部はタイプ3の引張ボルト接合部を補強したものである。ここでは、測定結果を示すばかりでなく、柱はり接合部、柱脚接合部の強度実験をもとに決定した接合部のバネ定数を用いて固有値解析を行い、その結果と測定結果を比較し、骨組解析時の接合部のモデル化の妥当性についても検討した。また、骨組のみの時の測定結果と仕上げがなされ完成した時の測定結果を比較し、非構造部材の常時微動レベル、人力加振レベルの寄与についても検討した。その結果、固有周期は2階建て、3階建てともに、骨組のみで0.33〜0.35秒、完成時では0.16〜0.19秒であること、減衰定数は骨組のみでは1%未満で完成時では3%前後になること、柱はり接合部と柱脚接合部に回転バネを考慮して計算した固有周期、固有モードは、測定値とほぼ一致すること、微小変形において非構造部材の寄与は大きく、骨組から完成にかけて剛性が5倍になることなどを明らかにした。

 最後に7章では、本論の総括として、目的に沿った結論、本論で得られた今後必要な研究課題、ならびに木質ラーメン構造を普及していくために早急に整備しなければならない課題を示した。

審査要旨

 本論文は「木質ラーメン構造に関する基礎研究」と題し、集成材等の木質構造材料を用いたラーメン構造について、その主要な構成要素であるモーメント抵抗接合部の力学的挙動を、実験的・理論的に検討したものであり、7章からなる。

 第1章「序論」では、近年ようやく実施例が現れるようになった木質ラーメン構造の研究において、その接合部の力学的挙動の把握が重要であり、本論文の目的がその定量化にあることを述べた上で、対象とする3タイプの接合法を紹介している。タイプ1は梁または柱を分割し、シアファスナーにより接合するもの、タイプ2は鋼板を添えあるいは挿入し、柱と梁をシアファスナーにより接合するもの、タイプ3は梁の上下に配した引きボルトなどで接合するものである。

 第2章「接合部の荷重-変形性状の計算法と抵抗要素の復元力特性」では、接合部の力学的挙動を、理論的あるいは実験的に求めたファスナーの荷重-すべり関係から計算により求める方法について述べている。タイプ1ではジベル類+ボルトの実験結果を指数関数置換し、タイプ2では釘またはドリフトピンについて弾性床上の梁理論から求め、タイプ3ではボルトの引張試験結果と木材のめりこみに関する提案式によっている。

 第3章「接合部の実大実験」では、既往の実験結果として蓄積の多いタイプ2以外の2つのタイプの卜字形または十字形の試験体について、各部の仕様をパラメータとして変化させた実験を行い、その結果を用いて3タイプすべてについて、それぞれの力学的挙動の特徴について検討している。特に、タイプ1では、加工誤差による初期すべりが大きいこと、摩擦力はファスナーの個数に比例すること、最大耐力はファスナーの個数には比例しないこと、タイプ3では、接合部の回転剛性は柱梁の接触面積に大きく影響されること、梁のせん断強度は低めに見積もるべきこと、最大耐力は引きボルトの降伏点に大きく影響されること、履歴ループはスリップ型を示すことなどを明らかにしている。またタイプ1、2、3について、柱梁の断面をそろえて行った加力実験の結果をもとに、この3タイプの接合部の力学的特性の比較検討を行っている。割線剛性で評価した回転剛性と母材に対する強度比で表した最大耐力では、タイプ2が最も大きい値を示し、履歴ループの形状は、タイプ1が逆S型、タイプ2が紡錘型、タイプ3がスリップ型である。

 第4章「架構の静的荷重に対する挙動」では、以上の結果を用いて、半剛節接合部をもつ3層1スパンの木質ラーメン構造に鉛直荷重または水平荷重が作用したときの応力・変形を計算によって求め、接合部の応力状態、架構の固有周期、弾塑性的挙動、降伏機構、保有水平耐力などの検討を行っている。その結果、通常の許容応力度によって耐震設計された架構は、実用に供しうる強度・剛性を有することと同時に、接合部の初期すべりが架構の変形のみならず保有水平耐力にも大きく影響することを、明らかにしている。

 第5章「架構の弾塑性地震応答解析」では、4章と同じ架構に対して、地震応答解析を行っており、中地震動に対して層間変形角が大きくなる傾向にあるが、大地震動に対しても全タイプとも接合部が抵抗力を失うまでには至らないが、タイプ3は履歴ループの形がスリップ型であるため、応答変位が大きくなることなどを明らかにしている。

 第6章「架構の常時微動、自由振動実験」では、実際に建てられた2階建と3階建の木質ラーメン構造の建物について、常時微動測定と自由振動実験により、固有周期と減衰定数を求めた結果を紹介し、それによって解析モデルとそのデータの妥当性を検討するとともに、剛性に対して非構造部材の寄与が大きいことを明らかにしている。

 第7章「結論」では、本論文の成果を総括するとともに、木質ラーメン構造の普及のために必要な課題を示している。

 以上本論文は、木質構造ラーメンのモーメント抵抗接合部に関する理論的・実験的検討を行って、その結果に基づいて、耐震設計法の基礎となる有用な情報をまとめたものであり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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