学位論文要旨



No 213162
著者(漢字) 川野,始
著者(英字)
著者(カナ) カワノ,ハジメ
標題(和) 船体構造の疲労強度および脆性破壊強度設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213162
報告番号 乙13162
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13162号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 伏見,彬
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 吉成,仁志
内容要旨

 本論文では、船体構造におけるき裂損傷を防止するための強度設計法を対象にして,疲労き裂や脆性き裂の挙動の定量化手法を提案し,構造部材の機能適合性シミュレーション検証を押し進める上での強度設計における道具立てを与えた。

 本論文は、6章から成り立っている。

 第1章「序論」では、本研究の背景と必要性および目的を明確にした。即ち,近年の造船分野における"安全性要求の厳格化","船体構造のHT化(高張力鋼の適用拡大)","直接強度計算法の普及浸透"などの動きから,船体構造の強度設計分野に対しては,船体が遭遇するであろう環境や荷重を具体的定量的に想定した上で,構造部材の機能適合性をシミュレーション検証することが,強く求められている背景を示した。更に,機能適合性シミュレーション検証を推進する上で必要となる疲労や脆性破壊における破損限界条件,ならびに波浪荷重推定や構造応力解析など周辺の設計評価技術から破損限界条件を記述している応力(歪)など構造応答量を如何にして導出すべきか,に関して統一的で整合のとれた手法や考え方が不足している現状についても明瞭にした。このような背景にあって,本研究の目的として,強度設計という立場から,船体構造のき裂を伴う破壊すなわち疲労き裂や脆性き裂についての挙動定量化手法の提案を掲げた経緯について述べた。

 第2章「船体構造におけるき裂損傷と損傷評価のための構造応答計算について」においては,船体構造におけるき裂損傷の特徴を明らかにし,この種の損傷評価のために必要となる構造応答計算法の要件について明確化した。即ち、船体構造のき裂挙動の特徴として、溶接まま仕上げを標準プラクティスとする製造法であることから、角巻き隅肉溶接など余盛止端部からの疲労き裂発生が極めて早期であることを明らかにした。さらに,損傷評価に用いる構造応答解析法には,大別して3つの手法が提供されているが,VLCCサイドロンジのような波浪変動圧と倉内圧変動および船体縦曲げ・水平曲げが重畳する部材の構造応答解析法としては,船体運動・波浪荷重と直接関連付けた応答解析法によるものでなければ複合荷重の位相差を考慮に入れることが困難であることを示し、この応答解析法の設計実用化を図った。溶接部周り局部応力分布とこれを支配している幾何学的寸法パラメターとの関係を論じた上で,各種の階層化された応力集中と疲労寿命との繋がりについて論考した。

 第3章「船体構造における脆性・延性き裂強度評価法」では,船体構造の不連続部から生ずる脆性・延性き裂強度設計法について研究し,脆性・延性き裂強度に対する定量化手法を提案した。即ち,き裂を伴う脆性・延性破壊に対する設計評価法として,COD design curve手法をベースとして評価フローを確立した,この改良により,破壊強度推定の設計作業が簡明かつ高精度なものとなり,且つ適用範囲を広範なものにすることが可能となった。また,脆性き裂伝播停止に対する設計評価法について,動的破壊靭性値の実験評価データをもとに,静的き裂計算から近似的に脆性き裂伝播速度並びに停止位置を推定するアルゴリズムを導き,設計的簡略化にも拘わらず,良好な挙動予測ができることを明確にした。更に,き裂破損の相似則に関する実験的考察を行い,船の衝突現象などにおけるき裂破壊を伴った模型試験では,鋼材の破断歪や脆性破壊特性の影響が顕著になることを示し,歪が小さくて材料破損が起こらない範囲では吸収エネルギー量は相似比の3乗に比例するが,材料破損が起った場合や全吸収エネルギーを議論するためには3乗則ではなく個々材料の破損条件を加味した手法によるべき点を実験データと共に明確にした。

 第4章「船体構造における疲労強度評価法」では,船体構造における疲労強度設計法について研究し,疲労強度に対する定量化手法を提案した。即ち,疲労精査応力の定義としては,溶接ままの仕上げを標準とする船殻部材では,バラッキ要因の多い溶接詳細形状の影響を受けないように応力精査位置を余盛止端部から離れた位置とすべきであり,破損プロセスの情報を直接捉える観点からは余盛止端部に近づけるべきである。この相反する要請に対して,本研究では,疲労SN線図の表示式に対してき裂発生点周りの局部応力場を表わす指標としての新たな定義を与え,且つ過去の疲労実験データ再分析を行ない,5アプローチすなわち余盛り止端部から5mm離れた板表面位置での応力5を精査パラメターとする手法が現実的であることを明らかにした。同時に,設計応力計算との整合性を備えた疲労SN線図の導出法について研究し,従来の膨大な疲労SN線図データ体系および基礎継手のクラス分け分類の知見を活用し,これら基礎継手試験片のFEM応力計算による局部精査応力を用いて疲労SN線図データ体系を再構築する手法を提案した。本研究では,UK.DOEの疲労SN線図を用いて,この手法の設計的な有用性を具体的に提示することができた。さらに,疲労き裂伝播解析による余寿命推定と疲労き裂成長線図の標準化について研究し,疲労き裂伝播における,き裂寸法・繰返し数・変動応力の3主パラメターに対して,後2者を結合した新たな一般化繰返し数と呼ぶパラメターn(△SR)mの導入を提案した。このパラメターの導入により,実験室データと実働荷重下の疲労挙動を簡便に関連付けたり,実船の検査で発見したクラックの余寿命を簡明に推定でき,設計的に有用性であることを明らかにした。

 第5章「き裂強度設計法の展望」においては,前の2つの章で得られた脆性・延性き裂伝播の評価法並びに疲労強度の評価法を,強度設計法として適用拡大させてゆく際の今後の課題について提示した。即ち,き裂挙動シミュレーションを中心的道具立てとする破壊管理制御設計は今後も重用されるものと考えるが,限界状況の想定シナリオについては,IMOガスコードによって仮想的き裂事故が半ば与えられている深冷船type Bタンクに限らず,更に広汎な想定シナリオ作りに設計的創造性が発揮されるべき点を指摘した。また,破壊管理制御設計の今後展開における一層の合理性追及の見地から,部材ごと検査仕様に呼応したき裂シミュレーション解析における初期き裂サイズ条件が与えられる必要があることを明らかにした。また,一般商船の船体部材における今後の展開として,寿命の初期から既に微小なき裂が存在しており,通常の健全な溶接部にも設計限界未満の疲労き裂が存在している,との現象観を持つことが先ず必要であることを主張した。同時に,この基本現象理解に立てば,例えば,就航船の点検時において発見されたき裂評価に対して4章で提案した一般化繰返し数の考え方によるき裂余寿命の推定が可能となること,等を主張した。

 第6章「結論」においては,本研究の成果と概要を示すと共に,その意義についてまとめた。近年の造船分野における"安全性要求の厳格化"などの強度設計への要請に応えて,構造部材の機能適合性シミュレーション検証を押し進めることの重要性に鑑み,波浪荷重推定や構造応力解析など周辺の設計評価技術との整合性を考えた,連携のとれた破損現象の定量化手法を獲得すること,これにより一層の船舶の信頼性向上を図ることの重要性を強調した。

審査要旨

 船の強度設計は、長らく、経験工学に基づくものであると言われてきた。しかし、近年の造船分野における"安全性要求の厳格化"、"船体構造への高張力鋼の適用拡大"、および"直接強度計算法の普及浸透"などの動きは、船体構造が遭遇するであろう環境や荷重を考えた上で、構造部材の機能適合性検証の要求を強度設計に求めている。この実現に向けて、本論文では、船体構造のき裂を伴う破壊、すなわち疲労損傷や脆性破壊についての、強度設計という立場からの破損現象の定量化手法について研究した成果について述べている。

 本論文は、6章から成り立っている。

 第1章「序論」では、本研究の背景と必要性および目的を明確にした。

 第2章「船体構造におけるき裂損傷と損傷評価のための構造応答計算について」においては、船体構造におけるき裂損傷の特徴を明らかにし、この種の損傷評価のために必要となる構造応答計算法の要件を明確化した。即ち、船体構造のき裂挙動の特徴としては、溶接まま仕上げを標準とする製造法であることから、角巻き隅肉溶接など余盛止端部からの疲労き裂発生が極めて早期であることを明らかにした。さらに、損傷評価に用いる構造応答解析法には、大別して3つの手法が提供されているが、VLCCサイドロンジのような波浪変動圧と倉内圧変動および船体縦曲げ・水平曲げが重畳する部材の構造応答解析法としては、船体運動・波浪荷重と直接関連付けた応答解析法によるものでなければ複合荷重の位相差を考慮に入れることが困難であることを示し、この応答解析法の設計実用化を図った。また、溶接部周り局部応力分布とこれを支配している幾何学的寸法パラメータとの関係を論じた上で、各種の階層化された応力集中と疲労寿命との繋がりについて考案した。

 第3章「船体構造における脆性・延性き裂強度評価法」では、船体構造の不連続部から生ずる脆性・延性き裂強度設計法について、脆性・延性き裂強度に対する定量化手法を提案した。即ち、き裂を伴う脆性・延性破壊に対する設計評価法として、COD design curve手法をベースとした評価フローを確立した。この改良により、破壊強度推定の設計作業が簡明かつ高精度なものとなり、且つ適用範囲を広範なものにすることが可能となった。また、脆性き裂伝播停止に対する設計評価法については、静的き裂計算から近似的に脆性き裂伝播速度並びに停止位置を推定するアルゴリズムを導き、設計的簡略化にも拘わらず、良好な挙動予測ができることを明確にした。

 第4章「船体構造における疲労強度評価法」では、船体構造における疲労強度設計法について、疲労強度に対する定量化手法を提案した。即ち、疲労精査応力の定義としては、5アプローチ、すなわち余盛り止端部から5mm離れた板表面位置での応力5を精査パラメータとする手法が現実的であることを明らかにした。同時に、設計応力計算との整合性を備えた疲労SN線図の導出法について、従来の膨大な疲労SN線図データ体系および基礎継手のクラス分け分類の知見を活用し、これら基礎継手試験片のFEM応力計算による局部精査応力を用いて疲労SN線図データ体系を再構築する手法を提案した。さらに、疲労き裂伝播解析による余寿命推定と疲労き裂成長線図の標準化について、疲労き裂伝播における、き裂寸法・繰返し数・変動応力の3主パラメータに対して、後2者を結合した新たな一般化繰返し数と呼ぶパラメータn(△SR)mの導入を提案した。このパラメータの導入により、実験室データと実働荷重下の疲労挙動を簡便に関連付けたり、実船の検査で発見したクラックの余寿命を簡明に推定でき、設計的に有用であることが明らかとなった。

 第5章「き裂強度設計法の提案」においては、前の2つの章で得られた脆性・延性き裂伝播の評価法並びに疲労強度の評価法を、強度設計法として確立させるべく、その設計作業フローや必要データの採取実験をも含めて、設計法として体系化した。また、モス方式球形LNG船など深冷船のtype Bタンク破壊管理制設計は、IMOガスコード規定条件を満足しており、必要な機能適合性が備わっていることをdesign by analysisおよびdesign by testの実践によって提示した。

 第6章「結論」においては、本研究の成果と概要を示すと共に、その意義についてまとめた。

 以上を要するに本論文は、近年の造船分野における"安全性要求の厳格化"などの強度設計への要請に応えて、構造部材の機能適合性検証を押し進めるうえでの道具立てとなるべき破損現象の定量化手法を提案したものであり、これにより一層の船体構造の信頼性向上を図ることが可能となった。

 このように、本研究の成果は、工学、特に船舶工学の発展に貢献すること多大であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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