学位論文要旨



No 213163
著者(漢字) 片山,典彦
著者(英字)
著者(カナ) カタヤマ,ノリヒコ
標題(和) 厚肉9%Ni鋼溶接部の破壊じん性と大容量LNG貯槽の信頼性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213163
報告番号 乙13163
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13163号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 伏見,彬
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 助教授 吉成,仁志
内容要旨

 LNG(液化天然ガス)貯槽の大容量化に伴い、地上式9%Ni鋼製LNG貯槽の最大板厚も、これまでの標準的な容量8万klクラスでは30mm程度であったが、容量14万klクラスになると40mm程度となり、さらに18〜20万klクラスになると机上では50mm程度となる。

 こうした大容量の貯槽を実現させるためには、-164℃といった極低温での脆性破壊に対する安全性の検討が重要である。また、実際の建設に当たっては厚肉材に対する高品質でかつ高能率な溶接施工技術面からの検討、さらには品質保証面から非破壊検査による厚肉材に対する欠陥検出限界にたいする検討と検査効率の向上など総合的な面からの検討が必要になる。

 9%Ni鋼がLNG温度(-164℃)において十分な脆性破壊発生特性のみならず伝播停止特性を有するか否かについては、これまですでに板厚30mm程度までの9%Ni鋼に関しては、母材、溶接部とも十分な特性を有することが確認されているが、それ以上の厚板に関してはこれまでに十分なデータが蓄積されているとは言い難い。

 そこで、本研究では大容量貯槽の建設に先立ち、板厚40mm〜50mmといった厚肉材とその溶接部に関し、脆性き裂の発生阻止性能と、伝播き裂の阻止特性、さらには溶接金属からの不安定延性破壊に対する検討など、貯槽の破壊に対する安全性評価を広範な面から検証を行い、今後のLNG貯槽の大形化に十分な安全性をもって対処できることを明らかにした。

 また、実際の貯槽の建設に際しては溶接施工技術と品質管理技術に大きなウエイトがかかる。本研究では厚肉材の諸性能に関しては現行施工法を中心に検討を行ったが、建設コストの低減と品質確保の面からは、さらなる溶接効率の向上と、熟練作業者の不足と若手作業者の溶接離れの問題、現地溶接作業の安全性の改善を図る上では、従来技術の延長を打破した新しい施工技術の開発が必要となる。LNG貯槽の主要溶接法であるテイグ溶接法、およびサブマージ溶接法に関して、高能率溶接化の検討を進め、特にGTAWに関しては、長時間機械にはりついたままの現状の溶接を、貯槽の底板上、あるいは作業環境の良い作業ハウスから遠隔操作で施工できるように遠隔操作溶接システムを開発し、世界に先駆け、現地溶接工事へ実用化した。今後の大容量貯槽の建設に対しても、品質の確保と施工能率の改善、現場作業における安全性、環境の改善などに大きく寄与できる。

 非破壊試験に関しては、1枚のX線フィルムの照射時間は、従来の携帯式X線装置(300kVp)を用いた場合、板厚30mmでは数分の照射時間ですんだものが、板厚40mm程度になると40〜50分、さら板厚50mm程度では200分程度となるため、従来法では現実的な対応が困難となる。今後、さらなる貯槽の大容量化を可能にするためには、検査効率の向上が非常に重要であることがわかる。この問題に対処するには大形X線装置を用いることも現実的な対策であるが、重量が重いため、現地工事ではハンドリング設備等の問題もある。

 本研究では、元来医療機器用に開発されたX線よりもはるかに高感度なイメージングプレートに着目し、その欠陥検出性能を、携帯式、および大形X線装置を用い、溶接部に人為的に作成した各種欠陥についてX線フィルムによる結果と比較検討を行い、携帯式X線装置でも板厚50mm材を10min程度の照射時間で対応できることを明らかにした。検査のフィルムレス化に対応が可能となる。

審査要旨

 14〜20万klといった大容量の地上式9%Ni鋼製LNG貯槽を実現する場合には、貯槽の最大板厚は40〜50mmとなることから、高じん性な厚肉材の開発、母材、および溶接部の脆性破壊や不安定延性破壊に対する安全性の検証、厚肉化に伴う溶接の効率化と、今後ますます顕在化してくる熟練作業者の不足と高齢化、さらには若手溶接作業者の現場離れに対応できる新しい溶接技術の開発や、品質保証上からは厚肉溶接部の欠陥検出限界を明確にするとともに、従来の携帯式X線装置によるRTでは照射時間が著しく増加することから、非破壊検査の効率化が解決すべき重要な課題である。

 本論文は、これら個々の技術的課題に取り組み、十分に信頼性の高い大容量LNG貯槽の建設が可能であることを明らかにしたものである。

 本論文は6章より成っている。

 第1章は序論であり、本研究の背景および目的についてまとめている。

 第2章では低温貯槽の脆性破壊防止のコンセプトと低温貯槽の構造、および国内におけるLNG貯槽の構造、および14〜20万klといった大容量の地上式LNG貯槽を建設するに際しての技術的課題について明らかにしている。

 第3章では、最初に9%Ni鋼の溶接の特殊性と9%Ni鋼製LNG貯槽に対する溶接施工法の現状について述べ、信頼性の高い大容量LNG貯槽を建設するにあたっての溶接施工面からの技術的課題を明らかにしている。次にLNG貯槽に適用されている主要溶接法であるSAW法とGTAW法に焦点を絞り、SAW法に関しては独自に開発した高電流密度SAW法とその実用化について、またGTAW法に関しては溶接能率の向上と現地溶接作業の省人化を目的に独自開発を行ったツインパルスホットワイヤ方式を特徴とする遠隔操作GTAW溶接システムの開発と、同装置を用いての狭開先化の検討結果について述べている。高電流SAW法、および遠隔操作GTAW溶接システムはいずれも現地工事に実用化し成果を上げているものである。

 第4章では大容量LNG貯槽を対象に新たに開発された板厚38〜55mmの9%Ni鋼とその溶接部の破壊特性に関して各種試験片を用いて膨大な試験により検証し、脆性破壊に対する安全性を、脆性き裂発生阻止性能、および脆性き裂伝播阻止性能の点から検証するとともに、溶接HAZ部に想定したき裂が溶接金属にそれた場合の溶接金属部からの不安定延性破壊に対する安全性の検証を行ったほか、厚肉材に対する破壊防止のための必要じん性値と工業的試験でのじん性値との相関性についても考察を加えている。そして、これらの実証試験により得られた知見について述べている。

 第5章では厚肉9%Ni鋼の非破壊検査の効率向上と欠陥検出限界を明確にするため、携帯式300kVpX線装置、および大形の420〜450kVpX線装置と工業用X線フィルムならびに、X線フィルムよりはるかに高感度のイメージングプレートに着目し、放電加工で作成した表面切欠の他に人為的に作成したスラグ巻込み、融合不良、内部き裂に対する欠陥検出限界について検討を行い、イメージングプレートは短時間照射で工業的X線フィルムと同等以上の欠陥識別性を有し、携帯式X線装置を用いて板厚50mmの厚肉材を10分程度の照射時間で検査できることを明らかにするとともに、溶接金属内に人為的に作成したき裂も、開口幅が0.005mmから0.03mm、深さ3.8mm(欠陥特性寸法:1.8mm)程度のものは検出できることを明らかにしている。

 第6章は、第5章までに得られた結果を総括したものである。

 以上の成果をもとに、新たに開発されたQLT処理の厚肉9%Ni鋼を用いて、すでに世界最大級の14万kl容量のPCLNG貯槽の建設が実現しており、また本研究で開発された遠隔操作溶接システムも、1996年8月より14万klの地下式LNG貯槽屋根部のナックルプレート(9%Ni鋼製、板厚35mm)立向き継手への実用化を果たしているなど、本成果は種々の場で実際に活用され始めている。このように、本論文は、9%Ni鋼を用いたLNG貯槽の実現に対して果たした役割は極めて大きく、工学分野へ多大の貢献を成した。よって本論文は博士(工学)への学位請求論文として合格と認められる。

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