学位論文要旨



No 213164
著者(漢字) 井上,恭
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,キョウ
標題(和) 波長多重光ファイバ伝送系における四光波混合の研究
標題(洋)
報告番号 213164
報告番号 乙13164
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13164号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 現在、光ファイバ通信の研究分野においては、伝送容量の大容量化や波長情報を利用したノード構成の簡易化などを目的とした波長多重伝送の研究が盛んである。波長多重伝送における重要な課題のひとつにファイバ内の四光波混合がある。これは、複数の波長光がファイバを伝送されると光非線形効果により新たな波長光が発生する、という現象で、発生した非線形光は信号光に対して雑音光として作用し、伝送特性を劣化させる要因となる。

 本論文は、波長多重光ファイバ伝送系における四光波混合について研究したものである。一般に光非線形現象は光のパワーレベルが大きいと顕著になる。ファイバ内四光波混合が問題となり始めたのは、高パワーレベルの信号伝送を可能とした光ファイバ増幅器出現以後のことであり、それ以前にはごく基本的な特性以外は深く研究されていなかった。本論文はそのような状況を背景にして、波長多重伝送におけるファイバ内の四光波混合特性を明らかにしていったものである。内容は、いろいろな状況下における四光波混合光の発生効率の解明、発生した四光波混合光による信号劣化メカニズムの解明、波長変換への応用、などである。具体的に得られた結果は以下の通りである。

I.発生効率の解明(1)偏波依存性の解明

 四光波混合光の発生効率は入力光偏波に依存する。偏波依存性については、複屈折軸の定まったバルク媒質内の特性は分かっていたが、伝送用ファイバのように信号光の伝搬につれて偏波状態がランダムに変化していく系における特性は未解明であった。そこでファイバ伝送系における偏波依存性を調べた。ファイバの弱い複屈折性により四光波混合光のある成分の位相が乱雑化される、というモデルに基づいて理論を展開し、次の表式を得た。

 

 pqr:入力信号光、FWM:四光波混合光。さらに、上式を実験により検証した。

 本結果はバルクを対象とした従来の非線形光学の分野で言われていた事実と異なるものであり、この分野に新たな知見を加える一方、四光波混合光は光強度のビート振動による屈折率変動から生じる位相変調側帯波であるという便宜上の解釈を与えることとなり、ファイバ内四光波混合現象を直観的見通しよく観ることを可能とした。

(2)入力光周波数依存性の解明

 四光波混合効率は入力光と四光波混合光との伝搬位相差(位相不整合量)に依存し、位相不整合量はファイバの色分散及び入力光周波数に依存する。本研究以前には、分散値が1ps/km-nm程度以上の均一分散ファイバでの特性は分かっていたが、高速信号伝送にとって最も重要であるゼロ分散波長域における特性は未解明であった。そこでこの課題に取り組み、次の結果を得た。

 ・位相不整合量は、非縮退の場合

 

 一部縮退の場合

 

 と表わされる(:波長、c:光速、Dc:分散、f0:ゼロ分散周波数、fp、fq、fr:入力光周波数)。これにより、特殊な周波数配置に対しては位相整合条件が満たされ広い周波数範囲にわたって高効率で四光波混合光が発生することが明らかとなり、ゼロ分散波長帯の波長多重伝送では四光波混合の影響が深刻であることが示された。

 ・長いファイバの場合、長手方向にわたる分散の不均一性が効率に大きく影響することを明らかにした。まず2周波数光入力の基本実験で、分散が不均一な系ではトータルでなく局所的な分散値が効くこと、分散が不均一であると効率が低下すること、など示した。さらに、多重信号光を80kmファイバに入力した場合の発生効率を実験的に調べ、実際に発生する四光波混合光パワーは、均一分散を想定した理論モデル値より数dB小さいことを示した。

(3)光増幅中継系における発生効率の解明

 ファイバ内四光波混合が重要となったのは光ファイバ増幅器出現以降のことである。光増幅中継系における発生効率については、本研究以前には同一かつ均一な分散のファイバで構成された増幅系での表式のみが報告されていた。そこで本研究では、分散の異なるファイバが多数接続された系における発生効率について取り組み、前報告例とは異なる手法を用いて次のような一般解を導出した。

 

 :損失係数、L0:単位ファイバ長、:1スパン内の各周波数光間位相差、M:スパン数、N:1スパン内ファイバ数。同一かつ均一分散ファイバ系の場合には、この式は

 

 となる。上式を既に知られている無中継系の表式と比べると、最後のsinの入った項分だけ違っており、増幅中継の効果はこの項に現われている。ちなみに=0とすると、この項は

 

 となり、中継スパン数の2乗倍だけ異なることが示される。

 上の結果は単純なストレートラインについてのものだが、本論文ではさらに、途中の中継ノードで多重光をいったん分波して波長による経路設定などを行なう系についても考察し、次の結果を得た。

 

 ただし簡単のため、均一分散ファイバ系での表式を提示してある。これは式(1.5)に対応するものであり、両者を比べると、中継途中で多重光を合分波するか否かで発生効率が異なることが示されている。例えば=0の場合、後者の方がM(中継スパン数)倍大きい。

 さらに、導出した一般解(式(1.4))を用いて分散の異なる2.5kmファイバがランダムに接続された波長多重増幅中継系における発生効率を見積もった。乱数関数により無作為に選び出されたファイバを接続した系における発生光パワーの計算を10000回行ない、その平均及び標準偏差を調べたところ、発生光パワーは均一分散系に比べて10dB程度小さいことが分かった。

II.四光波混合による信号劣化メカニズムの解明(1)パワーペナルティーの導出

 波長多重伝送系における四光波混合を考えるにあたっては、発生効率とともに、発生した四光波混合光が信号伝送特性にどう影響するかが重要となる。本研究では、四光波混合光と信号光との干渉効果により受信系にガウス型の干渉雑音が生じる、という考え方に基づいて、ファイバ内四光波混合による伝送劣化(パワーペナルティー)を記述する理論式を導出した。周波数変調/直接検波方式、周波数変調/ヘテロダイン検波方式、強度変調/直接検波方式を考察対象とし、それぞれについて次のような表式を得た(ただし、周波数変調/直接検波については繁雑な形なので省略)。

(周波数変調/ヘテロダイン検波)

 

 PFWM(eft)は信号光と四光波混合光のスペクトルの重なり具合を考慮した実効的な四光波混合光パワーで

 

 と表わされる(Ppqrはp-、q-、r-チャンネル光により信号光周波数に発生する四光波混合光パワー、apqrは各四光波混合光と信号光との偏波の重なり具合を示すパラメータ)。また、Pxは信号光パワー、(S/N)0は所望のビット誤り率を得るのに必要な中間周波数段でのSNである。

(強度変調/直接検波)

 

 Q0:所望のビット誤り率を得るのに必要なQ値。なお直接変調/直接検波については、単純なガウス分布ではなく、より厳密な雑音分布を考慮したペナルティーの解析も行なった。それによる計算結果はガウス近似によるものとよく一致しており、ペナルティーの見積りにはガウス近似で十分であることが示された。

 さらに、周波数変調/直接検波については実験的検証も行ない、導出した理論式を裏付ける結果を得た。

 ここで得られた結果のポイントは、信号光と四光波混合光とのビート雑音が劣化を引き起こすこと、劣化の仕方は伝送方式によって異なる、などである。

(2)四光波混合により制限されるネットワーク規模の考察

 ファイバ内四光波混合はファイバ伝送路への許容最大入力レベルを制限する。一方、中継ノードへの許容最小入力レベル(すなわち伝送路への許容最小入力レベル)は光増幅器雑音により制限される。したがって、両者により波長多重伝送系の伝送可能距離やチャンネル数が制限される。そこで、四光波混合について得られた上記結果(発生効率、信号劣化メカニズム)に、光増幅器雑音の考察を加味して、波長多重伝送系のネットワーク規模(多重数、伝送距離)を記述する表式を次のように導出した。

 

 M:中継数、L0:中継間隔、Kf:四光波混合発生効率を表わすパラメータ、Ka:光増幅器雑音を表わすパラメータ、Q0:所望のビット誤り率を得るためのQ値、pf、pa:許容ペナルティー。

(3)抑圧法の提案

 四光波混合の影響を低減する方法として、複屈折媒質を用いた偏波ランダム化法、周波数変調によるスペクトル拡散法を提案した。

III.波長変換への応用

 ファイバ内四光波混合の積極的な利用法として、波長変換への応用を試みた。基本実験において、ゼロ分散波長域の位相整合特性を利用することにより、CW-LD光でも-20dB程度の変換効率で波長変換動作が得られることを示した後、最大効率、最適ファイバ長、変換可能波長範囲、などについて論じた。さらに、偏波ビームスプリッタを用いたループ構成による偏波無依存化の提案、多チャンネル一括変換実験などを行なった。

審査要旨

 現在、光ファイバ通信システムの分野においては、伝送容量の大容量化や波長情報を利用したノード構成の簡易化などを目的とした波長多重伝送の研究が盛んである。波長多重伝送において解決しなければならない重要な課題のひとつにファイバ内の四光波混合がある。これは、複数の波長光がファイバを伝送されると光非線形効果により新たな波長光が発生するという現象で、発生した非線形光は信号光に対して雑音光として作用するため、伝送特性を劣化させる要因となる。

 本論文は"波長多重光ファイバ伝送系における四光波混合の研究"と題し、波長多重を伝送時に生ずる四光波混合の発生機構を解明し、この知見をもとに伝送された光信号が劣化する機構を明らかにした。さらにその抑圧法を提案するとともに、波長変換への積極的応用についても検討している。

 本論文は5章からなる。

 第1章は"序論"であり、光ファイバ通信システムにおける波長多重伝送の重要性を指摘した後、本論文の位置づけを行っている。

 第2章は"光ファイバ内四光波混合の発生効率"と題し、いろいろな状況下における四光波混合光の発生効率の解明している。まず、四光波混合を記述する基本式を体系化したのち、偏波依存性の解明を行った。四光波混合光の発生効率は入力光偏波に依存する。偏波依存性については、これまで複屈折軸の定まったバルク媒質内の特性は分かっていたが、伝送用ファイバのように信号光の伝搬につれて偏波状態がランダムに変化していく系における特性は未解明であった。ここでは、ファイバの弱い複屈折性により四光波混合光のある成分の位相が乱雑化されるというモデルに基づいて理論を展開し、発生効率の理論式を導出し、この式が実験結果をよく説明できることを示した。

 次に、四光波混合効率の入力光周波数依存性を解明した。四光波混合効率は入力光と四光波混合光との伝搬位相差(位相不整合量)に依存し、位相不整合量はファイバの群速度分散及び入力光周波数に依存する。本研究以前には、分散値が1ps/km-nm程度以上の均一分散ファイバでの特性は分かっていたが、高速信号伝送にとって最も重要であるゼロ分散波長域における特性は未解明であった。本研究により、特殊な周波数配置に対しては位相整合条件が満たされ広い周波数範囲にわたって高効率で四光波混合光が発生することが明らかとなり、ゼロ分散波長帯の波長多重伝送では四光波混合の影響が深刻であることが示された。

 また、長いファイバの場合、長手方向にわたる分散の不均一性が効率に大きく影響することを明らかにし、さらに、光増幅中継系における発生効率についても理論式を導出した。

 第3章は"四光波混合によるWDM信号劣化メカニズムの解明"と題し、発生した四光波混合が伝送特性にどのように影響するかを論じた。四光波混合光と信号光との干渉効果により受信系にガウス型の干渉雑音が生じるという考え方に基づいて、ファイバ内四光波混合による伝送劣化(パワーペナルティー)を記述する理論式を導出した。周波数変調/直接検波方式、周波数変調/ヘテロダイン検波方式、強度変調/直接検波方式を考察対象とした。ここでの結論は、信号光と四光波混合光とのビート雑音が伝送劣化を引き起こすこと、劣化の仕方は伝送方式によって異なることである。さらに、周波数変調/直接検波については実験的検証も行ない、導出した理論式を裏付ける結果を得た。

 これらの結果に基づき、四光波混合により制限されるネットワーク規模の考察を行った。さらに、四光波混合の影響を低減しネットワーク規模を拡大する方法として、複屈折媒質を用いた偏波ランダム化法、周波数変調によるスペクトル拡散法を提案した。

 第4章は、"波長変換への応用"と題し、ファイバ内四光波混合の積極的な利用法として波長変換への応用を試みた。基本実験において、ゼロ分散波長域の位相整合特性を利用することにより、-20dB程度の変換効率で波長変換動作が得られることを示した後、最大効率、最適ファイバ長、変換可能波長範囲、などについて論じた。さらに、偏波ビームスプリッタを用いたループ構成による偏波無依存化の提案、多チャンネル一括変換実験などを行なった。

 第5章は"結論"であり、論文のまとめと将来展望について述べている。

 以上のように本論文は、光ファイバ内における四光波混合の発生効率が偏波、分散など光ファイバのパラメータに強く依存することを理論、実験両面から明らかにし、これに基づいて波長多重光伝送時の信号劣化の機構を明確化している。さらに信号劣化の抑圧法を提案するとともに、波長変換への応用についても検討しており、電子工学への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53985