本論文は、「小型放射光装置のビームシミュレーションの研究」と題し、小型放射光装置に適用可能な新しいビームシミュレーション手法に関する一連の研究成果をまとめたものである。小型放射光装置は、x線リソグラフィーの光源として半導体工場に設置することをめざし1980年代後半から研究試作が開始された。装置の設計を行うためにはビームシミュレーションが不可欠であるが、従来の手法は大型装置用に開発されており、小型装置に適用できる手法は存在しなかった。本研究の目的は、小型放射光装置に適用可能なビームシュミレーション手法を開発し、上記手法を駆使して小型放射光装置を設計し、さらに、ビーム実験で上記手法の有効性を実証することである。 本論文は7章から構成される。 第1章は序論として、本研究の背景、目的について記述している。 第2章は、「超電導小型放射光装置」と題し、著者らが研究試作し、本研究のシミュレーション対象となった装置の特徴と主要パラメータについて記述している。また、主要な構成機器である超電導偏向電磁石の複雑な磁場分布について記述し、小型放射光装置の設計では3次元磁場を考慮したビームシミュレーションが不可欠であると結論づけている。 第3章は、「従来のシミュレーション手法と数値積分法」と題し、従来の手法が小型装置に適用できないことを示し、新しいシミュレーション手法を提案している。最初に、著者は従来の大型装置で用いられてきた手法は以下の2点により小型装置に適用できないと指摘している。第1に、小型装置の偏向電磁石の磁場分布は不均一であるが、従来手法は均一な磁場しか取り扱うことができない。第2に、小型装置のベータトロン振動の振幅は偏向電磁石の曲率半径に対して無視できないが、従来手法は上記値を十分小さいとして定式化している。次に、著者は数値積分法と呼ばれる新しい手法を提案している。その手法は、粒子の進む1ステップ毎に3次元磁場を微分方程式に取り込みながら数値積分を実施するという手法であり、複雑に変化する偏向電磁石中の磁場分布を正確に考慮することができる。 第4章は、「数値積分法のアルゴリズム」と題し、手法開発のために実施した3つの主要な研究成果に関し記述している。第1に、フレネ・セレ座標系で記述された粒子の運動方程式の式変形を行い、数値積分に最適な微分方程式を新しく導出した。第2に、偏向電磁石中の不均一な3次元磁場をマクセル方程式を満たした状態で高速に運動方程式に取り込む手法を開発した。第3に、集積計算誤差をシンプレクティックな数値解法と比較することで評価し、粒子の周回数を決め数値積分の局所打ち切り誤差を所定の値に設定すれば、数値積分法で小型放射光装置のビーム・シミュレーションを精度良く実行できることを示した。 第5章は、「数値積分法を用いた超電導小型放射光装置の設計法」と題し、装置の設計に数値積分法をどのように適用したかについて、3つの主要な研究成果に関し記述している。第1に、磁場の不均一性が原因で平衡軌道の理想軌道からのずれ量が8mmと大きな値となるが、直線部の機器や放射光ビームラインを理想軌道上ではなく歪んだ平衡軌道上に配置するというアイデアを生みだし、機器のアライメントを実施した。第2に、磁石やコイルの設置精度の許容値を正確に見積もり、従来の装置より1桁程度大きな設置誤差があっても安定にビームが周回可能であることを示した。第3に、ダイナミック・アパーチャの検討を行い、偏向電磁石の磁場均一度が偏向電磁石端部で従来の装置より6倍程度悪くてもビームが安定に蓄積可能であることを示した。 第6章は、「数値積分法のシミュレーション結果と実測結果の比較」と題し、2つの主要な研究成果に関し記述している。第1に、従来のシミュレーション手法では、装置の重要なパラメータであるベータトロン振動数、クロマティシティは実測結果と大きく異なっていたが、数値積分法では、ベータトロン振動数の相違0.3%、クロマティシティの相違10%と良く一致した。第2に、COD(平衡軌道歪み)の大きさ、COD補正の結果が計算結果と良く一致した。著者が数値積分法を用いて設計した超電導小型放射光装置は安定に稼働しており、x線リソグラフィの実験に定常的に利用されている。 第7章はまとめとして、本論文で得られた成果を総括している。 以上を要約すると、本研究は小型放射光装置の新しいビームシミュレーション手法を提案し、その有効性をビーム実験により実証したものであり、物理工学とくに加速器科学に貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |