学位論文要旨



No 213168
著者(漢字) 湯浅,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ユアサ,テツヤ
標題(和) 機能CTイメージング・システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 213168
報告番号 乙13168
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13168号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有本,卓
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 助教授 山本,博資
 東京大学 助教授 出口,光一郎
内容要旨

 臨床において実用化されているイメージング方式であるX線CT,MRI,超音波CTの再構成画像の画質の向上には目覚ましいものがある.しかし,これらの与えるものは主に人体内部の器官・組織の形態の情報である.近年,ある器官・組織の形態情報のみでなく,その機能情報こそが重要であるという点が指摘されている.本論文では,機能CTイメージングのための新しい三つのモダリティを取り上げ,考察をめぐらす.これらの研究は,まだ緒についたばかりであり,それぞれが原理的・技術的困難を抱えている.これらの問題点を明確に指摘し,それぞれに対する対処法について考察する.CT画像再構成をデータ取得とデータ処理という二つのステージに分けるならば,第2章と第3章は後者に,第4章は両者に属す.

 第2章では,L-バンド・ESR-CT画像再構成処理に関して考察する.L-バンド・ESR-CTは,水による誘電損失の少ないL-バンド・マイクロ波による電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance)現象を用いて,ラジカルを検出する技術であり,生体内に存在するラジカルの分布情報を得ることができる.生体内のラジカルは老化や発ガンなどの生体内の多くの現象と関わりを持つことが,近年明らかにされてきている.これらの挙動を解明することは医学的にも大きな意味を持つであろうし,生体内の未知の現象の化学的機序を明らかにする鍵を与えることにもなろう.

 ESR-CT画像再構成では,(1)デコンボルーション,CT再構成という2つの逆問題を解かなければならないこと,(2)得られるデータのS/Nが低いこと,(3)投影数が少ないこと,の三点を,良好な再構成を阻む問題点として挙げる.

 このような不利な条件の下で良好な再構成を行うために,前半では,全体の処理を大きく三つのモジュール:(1)前処理,(2)デコンボルーション処理,(3)CT再構成に分ける,いわば分析的処理法を提案する.これに基づき,良好な再構成を阻む要因がどの処理段階にあるのかを検討する.同時に,これまでに他分野で知られているアルゴリズムをシミュレーションと物理ファントムから得られたデータに適用して,ESR-CTに適した処理を詳細に比較検討する.導出された方法をラット頭部から得られたin vivoデータに適用した結果,形態情報に関しては,解剖学的知見と一致する結果が得られたという点で満足する処理を行うことが可能となった.さらに,実験室において研究者がデータ処理に費やす負担を軽減するために,分析的処理法に基づく対話型データ処理システムを構築した.

 また,後半では上で得られた方法に従っている限り,高い定量性のある画像再構成を行うことは難しいことを指摘し,測定データのモデル化に基づいた投影推定方法を提案する.ラット肝臓から得られたin vivoデータに本方法を適用して,定量性が回復していることを示した.測定系のデータ取得時間が短縮化されれば,本方法により,生体の代謝機能に関する情報(例えば,反応速度等)も得ることが可能となろう.

 第3章では,CDI法に基づく光CT画像再構成法について考察した.CDI法は直進光のみを計測するというラドン変換を忠実に実行する点で理想的な極限微弱光測定法であり,生体の光学的な特性を知るのに有用である.光源はレーザであるため,その波長可変性により,マルチスペクトラルな機能情報を抽出することができる.また,CDI法はショット・ノイズ限界までの微弱な信号を検出できる技術であり,他のモダリティにおいて問題とされてきた被曝や強磁場下の影響などから解放するイメージング・モダリティとして注目されている.しかし,本画像再構成においては,(1)不完全データからのCT再構成を余儀なくされる(Interior Problem)という現行システム上の性能に起因する問題と,(2)投影データが生体現象により擾乱を受けるという被射体である生体から派生する問題がある.

 (1)に対しては,領域を拡張しながら,その都度線形モデルの最尤推定を行い,MDL規準により最も適合度の良い画像を再構成結果とする再構成アルゴリズムを提案し,シミュレーション・データに対して良好な結果を得た.また,インプリメンテーションにおいて問題となるメモリと計算量の低減方法を提案する.さらに,最小2乗解を与える代数的再構成法として知られているSIRT(Simultaneous Iterative Reconstruction Technique)を最適化アルゴリズムの観点から考察し,かねてより指摘されてきた収束の遅さの原因を明らかにする.これより,ここで提案する,最適化法として共役勾配法を用いる最尤推定法が,収束速度の点でも優れていることを示す.

 (2)の問題に対しては,ヒトの指から得られた時系列in vivoデータを詳細に解析した結果,その信号は定常過程であり,加算により変動を除去できることを示す.

 第4章では放射光X線によるCT技術について論ずる.放射光X線は,従来までの管球からのX線に比し,その品質は格段に良い.これにより,従来のX線CTによるものより精緻な再構成画像が得られるだけでなく,空間分解能不足が問題とされる,現在実用化されている他の機能イメージング・モダリティに変わる新しい機能イメージング法としての可能性も有している.ここでは,放射光を用いた四つのCT:(1)透過型CT(Transmission CT,TCT),(2)蛍光X線CT(Fluorescent X-ray CT,FXCT),(3)インコヒーレント散乱CT(Incoherent-Scatter CT,ISCT),(4)コヒーレント散乱CT(Coherent-Scatter CT,CSCT)について述べる.X線と物質との相互作用は,(a)光電効果,(b)インコヒーレント散乱,(c)コヒーレント散乱の三つの現象に分類できる.ここで述べる各撮像方式は,放射光の持つ優れた性質を最大限に活用することにより,これらの三つの現象を個別に画像化するものである.すなわち,TCTとFXCTは光電効果,ISCTはインコヒーレント散乱線,CSCTはコヒーレント散乱線を用いる撮像方式である.これにより,TCTとFXCTでは被射体内に分布する微量な元素,ISCTとCSCTでは被射体内の電子分布に関するミクロな情報を描出できる.各々の撮像方式について,なぜ光源として放射光を用いなければならないのか,なにが画像化されているかを重点的に論じ,あわせて実験的検討を行う.

 TCTでは,単色型TCTとK吸収端差分型TCTの二つの方法を実験的に検討する.ここで,単色型TCTとは単一のエネルギーを持つ入射X線による透過型CTであり,K吸収端差分型TCTとは,注目する物質のK吸収端上下の二つのエネルギーで撮像した2枚のCT画像同士を差分することにより,注目物質のみを抽出するCT技術である.単色型TCTでは,空間分解能1mmで448g/mlのヨウ素を検出することができたが,目標とする濃度のヨウ素(数10g/ml)を検出するには至らなかった.検出系について理論的な考察を行った結果,目標濃度のヨウ素を検出するためには,AD変換器の分解能が不足していることが判明した.検出器特性が期待に反した結果を与えたことにより,目標濃度の検出は達成できなかったが,その原因がどこにあるのかを限定できた点で意義のある実験であった.また,この過程での副産物として,これまで必ずしも明らかにされていなかった単色型TCTと差分型TCTのどちらが有利であるかという問題についての定量的な回答を得ることができた.すなわち,微量濃度の造影剤を検出するには単色型TCTの方が有利である.これは,直観的には,差分によりノイズが増幅してしまうことに起因する.

 FXCTでは,新しい撮像方式とそのための再構成アルゴリズムを提案する.まず,再構成アルゴリズムを導出するために,その測定過程を詳細に検討する.提案する再構成法は,ここで得られた測定過程を記述する方程式を離散化することにより得られる代数方程式系を,特異値分解を利用した最小2乗法で解くものである.また,本アルゴリズムの有効性を検証するために,シミュレーション・データを作成するためのFXCT用モンテカルロ・シミュレータを新たに開発する.本アルゴリズムをシミュレーション・データに適用した結果,50g/mlのヨウ素を描出できることがわかった.さらに,実験で得られたデータに適用して,200g/mlのヨウ素を検出できることを確認した.今後,生体組織のin vitro計測を計画している.

 ISCTも本研究で新たに提案したモダリティである.測定過程の考察により,その物理過程はFXCTとは全く異なるものの,測定過程はFXCTのそれと同じになることを示す.また,物理学的知見を鑑み,その再構成画像は被射体内の電子密度を反映した情報を与えることを示す.本方法を実データに適用することにより,良好な再構成結果を確認する.さらに,一度のデータ取得で蛍光X線とインコヒーレント散乱X線のCT画像を同時に得ることができるという意味でのFXCT・ISCT同時撮像システムの可能性について考察する.今後,ISCT再構成画像の持つ情報の物理的意味をさらに明確にするために,散乱角を変えて撮像された複数の画像についての検討が必要になる.

 CSCTでは,Hardingらの提案した方法に基づいた基礎的な撮像システムを構築し,検出能力を検討するためのファントム実験を行う.ここでは,

 1)光源として放射光を用いることにより効率良くコヒーレント散乱を生じさせること,

 2)高いエネルギー分解能のあるHPGe検出器を用いることにより多重散乱成分を除去することで高S/Nの投影を取得すること,

 により,骨のような硬組織のみならず軟組織をも描出できる高品質CSCT画像を得ることを目的とする.そこで,それぞれ骨,脂質,血液を想定した炭酸カルシウム,オリーブ・オイル,ヨウ素水溶液が含まれているファントムを撮像した。画像化実験の結果,回折角に応じて,それぞれの物質を描出できることを示す.また,透過型CTでは描出できない物質をCSCTは画像化できることを確認する.さらに,散乱角の異なる2枚の画像の差分を行うことによって,着目した物質だけを描出できることを示す.各投影のエネルギー・プロファイルを検討した結果,高品質CSCT画像を得るためには,エネルギー分解能のある検出器を用いる必要はなく,光源として放射光を用いるだけで十分であることが判明したが,本研究で示された物理ファントム実験の結果は,放射光を光源として用いることで,硬組織のみならず軟組織をもin vivoで画像化できるという可能性を示唆した点で大きな意義を持つものである.

審査要旨

 1895年にX線が発見され、それは1973年にはX線CTという形で実を結び、以後、放射線医用画像技術は着実な進歩を遂げている.実際、臨床において実用化されるイメージング方式にはX線CT、、MRI、超音波CTなどがあり、それらの画質の向上は目覚ましいものがあるが、これらは主に器官や組織などの形態を表示する技術である.他方、生体の臓器機能や代謝活動など活動状況を評価するには、その機能情報がより重要であり、そのために機能イメージング法としてMRAやSPECTが提案されている.本研究は、このような機能イメージングをめざして最近提案された新しい様式の画像処理技術に、撮像の物理過程のモデル化に基づいて再構成アルゴリズムに修正と改良を加え、新たな機能情報の抽出に成功するとともに、放射光に基づく全く新しいX線各種CTの撮像方式と画像再生アルゴリズムを提案し、これらの有効性を実験的に確認したものである.

 本論文は「機能CTイメージング・システムに関する研究」と題し、全部で5章から構成されている.第1章は形態イメージングから機能イメージングに研究の重点が移ってきた必然的動機を述べ、それに伴う各種CT技術の現況をまとめている.

 第2章はESR(Electron Spin Resonance)-CTによる画像再構成を取り上げ、良好な再構成を阻む現行技術の問題点を指摘し、その解決法を与えている.そのため、全体の処理を大きく三つのモジュール、1)前処理、2)デコンボリューション処理、3)CT再構成、に分ける分析的処理法を提案するとともに、この方法に基づく対話型データ処理システムを実際に構築している.この方法をラット頭部のin vivoデータに適用して、良好な再構成画像を得ている.また、新たに測定データのモデル化に基づく投影推定方法を提案し、これをラット肝臓から得られたin vivoデータに適用し、定量性が回復できることを示している.

 第3章では、CDI(Coherent Detection Imaging)法と呼ばれる光CTを取り上げ、検出量のダイナミック・レンジに起因する問題点を解決するため、パラメータ存在領域を拡張しながら再構成画像の最尤推定を行いつつ、それらの中からMDL(最小記述長)基準に基づく最適な推定画像を選択する再構成法を提案している.そして、ヒトの指から得られた時系列in vivoデータに対して良好な再構成像を得ている.

 第4章では、放射光X線を用いた四つの撮像方式、1)透過型CT(TCT)、2)蛍光X線CT(FXCT)、3)インコヒーレント散乱X線CT(ISCT)、4)コヒーレント散乱X線CT(CSCT)、を検討している.これらの方式では、数mmの高い空間分解能で薬理効果が生じないほど微量な標識物(ヨウ素など)を検出できる放射光X線CTを目標にしている.TCTでは、単色型TCTとK吸収端差分型TCTの二つの方法を実験的に検討している.前者では空間分解能1mmで448g/mlのヨウ素の検出に成功している.FXCTでは新しい撮像方式と再構成アルゴリズムを提案し、これを用いて200g/mlのヨウ素を検出できることを実験的に確認している.ISCTはこの研究で新たに提案された様式であるが、FXCTとの類似性と相違性を検討し、この方法による再構成画像が被射体の電子密度を反映した情報を与えることを示している.また、CSCTでは、Hardingらの提案した方法に基づいた基礎的な撮像システムを実際に構築し、ファントム実験を行っている.そして、透過型CTでは抽出できない物質を画像化できることを確認するとともに、散乱角の異なる2枚の画像の差分を行うことによって、着目した物質だけが抽出できることを示している.

 第5章では、本論文のまとめを行い、本研究で新たに得られた結果を総括し、新たな課題を指摘するとともに、将来の技術展望を与えている.

 以上を要するに、本研究は、医用CTの機能イメージングを与える新しい様式を取り上げ、測定の物理過程の忠実なモデリングに基づく新しい画像再構成法を検討するとともに、放射光を用いた各種X線CTの新しい方式を提案し、豊富な実験データを示すことによって、医用X線CTの新しい技術展開に大きく貢献したものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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