学位論文要旨



No 213169
著者(漢字) 告野,昌史
著者(英字)
著者(カナ) ツゲノ,マサシ
標題(和) 熱間薄板圧延における材料の変形挙動とプロセスモデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 213169
報告番号 乙13169
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13169号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨

 鉄鋼・非鉄の圧延プラントでは1960年代から計算機を用いた自動操業が開始され,広く生産能力の向上,製品品質の向上などが指向されてきた.しかし,熱間薄板圧延設備は,近年になって製品の高付加価値化により,多品種・少量生産を余儀なくされ,それに対応するためにプロセス制御技術への要求がますます高まる傾向にあり,熱間薄板圧延設備の自動操業に不可欠なプロセスモデルは,その重要性を増しつつある.

 板の変形挙動を記述するプロセスモデルは,その汎用性の観点から物理現象そのものに正しく立脚したモデルでなければならない.したがって,本研究では以下の諸現象とそのモデル化を扱った.

 (1)エッジャ圧延における材料の変形挙動と変形挙動のモデル化

 (2)薄板圧延において,張力が作用する場合の幅変形挙動と板幅方向張力分布のモデル化,及び,境界要素法による解析

 (3)薄板圧延における板幅方向張力分布と板プロフィル及びロールプロフィルの関係についての実験及び解析

 (4)実機熱間薄板圧延プラント設定計算への諸モデルの適用と仕上ミルの最適負荷配分

 (5)板クラッド材(異種金属合せ板)圧延の負荷モデルと変形挙動

 エッジャ圧延における材料の変形挙動では,材料のn値が変形形状に及ぼす効果の重要性を,実験及び弾塑性FEMにより確認した.エッジャ圧延後の材料のドッグボーン形状は,n値が大きいほどピーク高さが低く,板幅端部の局所変形域は広くなるため,図1.に示すようにn値を無次元化したパラメータを用いて板幅予測モデルを修正する方法を提案した.

図1.ドッグボーンピーク高さと無次元化したn値の関係

 また,仕上ミルでは,板はスタンド間張力が付与された状態で圧延される.張力下での水平圧延における幅変化挙動については,ロールバイト内/スタンド間/ロールバイト入側直近の各位置でどのようなメカニズムに基づいて板幅が変化するかを把握することが要点であった.

 著者はこの論点に対して,実験ミルを用いた圧延実験とその実績値を入力とする解析を行い,更にスタンド間の板に生じる張力分布と幅縮みを弾塑性境界要素法を用いて解析することにより現象の総括的な把握を試みた.

 その結果,ロールバイト内とスタンド間において,板幅は張力の作用により変化し,ロールバイト内では平均張力が低い場合でも幅が変化するのに対して,スタンド間では平均張力がある閾値を越えないと幅縮みは生じないことが判った.しかし,スタンド間では平均張力が降伏応力を越えない場合でも幅縮み変形を示し,室温における張力圧延実験により,これは板幅方向の張力分布を主たる要因とする現象であると推定した.

 更に,実機の熱間仕上圧延ではスタンド間の板の長手方向に温度分布が存在する.温度分布のある領域を弾塑性境界要素法(BEM)により解析した結果,図2.のようにスタンド間の幅縮みはロールバイト入側近傍に生じ,しかし,その絶対量は1mmを越えないことが判った.したがって,実機のスタンド間における幅縮み挙動を扱う場合には,ロールバイト入側から十分に離れた位置における短時間塑性変形の効果を考慮すべきであると言える.

図2.スタンド間幅縮みのBEMによる解析結果

 一方,ロールバイト入側に顕著に現れる張力分布の非定常部では,張力分布形状は圧延中のロールプロフィル,入側の板プロフィル及び平坦度,幅方向の圧延圧力分布などの影響を受ける.そこで,ロールバイトの入側及び出側の張力分布,及び,ロールバイト入側遠方の張力分布を操作したときのプロフィルへの影響などを直接測定した.その結果,ロールバイト入側の張力分布はその非定常部において,ロールプロフィルが凸形状の場合には凹形状の張力分布となり,ロールプロフィルが平坦な形状に近づくに伴い,わずかに凸形状の張力分布となることを確かめた.

 また,実験の実測値を入力条件として,張力分布及び中立点に対するいくつかの仮定を外した解析法を提案した.解析法は分割モデルと2次元変形モデルを拡張であり,容易に結果が得られるため有用であることが判った.

 さて,このような諸モデルを実機熱間薄板圧延設備に適用する場合,更に仕上ミル各スタンドの負荷配分の最適化が重要となる.負荷配分のキーとして圧延荷重比を導入し,各スタンドの出側板厚を数値的に逆算するためのNewton-Raphson法に基づく計算法を提案した.

図3.実機における先端部板厚精度の改善効果

 本計算方法を実機の設定計算に適用するには,収束の安定性や計算時間に対する確認が重要である.そのためにシミュレーションを行い,初期板厚スケジュールの与え方が要求特性を満たすための要点であることを把握した.

 以上の確認ののち,実機熱間薄板圧延設備の仕上ミル設定計算に本計算法を適用し,その有用性を確認した.実操業において,オペレータ介入機会の減少,先端部板厚精度の向上(図3.),及び,プロセスコンピュータのソフトウェアのメンテナンス性の向上などの効果が明らかとなった.

 さて,板クラッド材圧延の負荷モデルと変形挙動については,異種金属層の境界面に働くせん断応力の効果を考慮した解析モデルを提案した.本解析モデルを用いて,実機の操業範囲の諸条件での解析を行い,板クラッド材の圧延における材料の負荷特性を明らかにした.

 負荷特性を表現するための簡略モデル式を導出し,それに有用な等価変形抵抗式を与えた.本解析モデルにより導いた等価変形抵抗式の考え方は薄スラブ連鋳設備との直結熱間薄板圧延設備の負荷モデルの作成などに援用できると考えられる.

 以上のように熱間薄板圧延における材料の変形挙動とモデル化について,実験ミルを用いた実験,及び,種々の解析により,その一部の現象の物理的な意味付けを把握することができた.更に,開発した諸モデル及び計算法のいくつかを,実機の操業に用いられるプロセスコンピュータの自動運転用ソフトウェアに適用し,広くそれらの効果を確認することができたと考える.

審査要旨

 本論文の研究は、特に鋼のホットストリップミルにおいて重要な課題である板幅制御技術と仕上げタンデム圧延機におけるパススケジュール設定法および板厚方向に変形抵抗差のある場合の圧延荷重式について実験と解析とを行い、実機の制御システムに適用できるプロセスモデルを開発した。

 第1章は序論で、本研究で取り扱った板幅御技術に関連する粗圧延機における幅圧下圧延における圧延材の断面の形、同じく仕上げスタンドにおけるスタンド間張力による幅縮み挙動、スタンド間張力の板厚の幅方向分布への影響、ホットストリップミルにおける圧延条件のスケジュールすなわちパススケジュールの設定法および板厚方向に変形抵抗差のある場合の圧延荷重計算モデルについての従来の知見および現在の状況を概括した。そこで、実機においては適応制御など汎用性に難のある方式が採用される場合が多く、ミル形式を変更する場合や圧延材の性質が大幅に変わる場合には、これらのモデルが参考にならないことが多く、物理的現実に根拠を持つモデルの構築が求められていることを明らかにした。

 第2章では、粗圧延機における幅圧下圧延(エッジャ圧延)における圧延材断面の形の形成挙動を支配する因子を研究し、圧延材の加工硬化特性が支配的あることを、モデル材料の圧延実験と数値計算シミュレーションによって明らかにした。

 第3章では、実験用の3スタンドタンデム圧延機によるモデル材料の張力負荷圧延による実験から、スタンド間張力が引張降伏応力以下であっても幅縮みが起こることを見出し、それが圧延領域における変形状態の変化と圧延領域に隣接する領域における引張応力の不均一によることをを明らかにした。

 第4章では、板の幅方向板厚分布すなわち板クラウンと張力および幅縮み挙動の関係を第3章で用いたと同じ実験用タンデム圧延機でのモデル材料の圧延実験によって調査し、板クラウンと張力とが互いに影響し合いつつ幅方向変形を決定する状況を把握し、今後さらに定量化をはかりプロセスの制御システムに応用できるモデルを作成する必要性を指摘している。

 第5章では、内部応力法による非線形弾粘塑性境界要素法を、スタンド間の板の張力による変形について適用し数値計算シミュレーションを行い、圧延領域と隣接している領域での張力の幅方向分布、スタンド間の板の伸びと幅縮みを計算すると共に、幅方向に温度分布がある場合のこれらの温度分布に対する依存性を明確にし、第3章で得られたモデルの信頼性を検証した。

 第6章では、タンデム圧延において重要な各スタンドへの圧下量の配分すなわちパススケジュールを決定する方法として、圧延荷重計算モデルを基本モデルとして各スタンドでの圧延荷重の比を設定した時、素材板厚が目標板厚まで圧下できるように各スタンドの圧延条件を計算で求めるシステムを開発し、さらに各スタンドでの圧延荷重が圧延板の平坦度に最適になるように決定されるという条件を与えても有効に働くことを確かめた。実機に適用した結果、この方法によってパススケジュールを決定すると、目標圧延板厚に対する実績板厚の差の偏差が従来法に比較して半分になり、目標板厚が2.8mm以上では初期設定のままで修正の必要がないことがわかった。

 第7章では、板厚方向に変形抵抗の著しい分布のある場合の圧延荷重計算モデルを作成し、例えば熱間クラッド圧延における圧延荷重を計算し実機の値と比較して精度を検証した。

 第8章は、結言である。

 以上を要するに本論文の研究は、金属塑性加工学の進歩に寄与するとともに、鋼の熱間圧延技術の開発に有用な貢献を行った。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と判定される。

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