学位論文要旨



No 213170
著者(漢字) 藤原,俊朗
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,トシロウ
標題(和) 自動車用鋼板の製造技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 213170
報告番号 乙13170
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13170号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 佐藤,純一
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 日本の自動車産業はここ四半世紀の内に、欧米先進諸国をその質量ともに凌駕するに到った。この躍進を支えてきた周辺産業群の中でも、鉄鋼産業の果たした役割は大きい。一台の乗用車の重量は1,000〜1,500kgであるが、その6〜7割は鉄鋼材料であることからもそのことは伺える。鉄鋼材料としては棒鋼、線材、鋼管及び薄板などであるが、この中でも車体の全体を構成する薄鋼板の重要性は言をまたない。

 1960年代では、この薄鋼板は軟鋼板が主体であったが、1975年頃から乗用車の衝突安全性の課題、燃料消費率軽減ひいては排気ガス浄化の課題が抽出されて、主として軽量化のために高強度鋼板への要請が自動車業界から出されてきた。これに加えて、車自体の腐食の問題も浮上し、耐食性への配慮から表面処理鋼板への必要性が高まり、自動車用鋼板は軟鋼板から高強度、表面処理あるいはその両者を合わせた鋼板へと変換していった。このため、従来は軟鋼板を製造するということで設計され構成されていた薄鋼板の生産設備をこのような鋼板を合理的に製造するために、改造することは当然として、新たな設備を開発していかなければならなかった。

 このような状況の中で提起されてきた課題を整理すると次のようになる。

 1.圧延の課題-高強度鋼板は変形抵抗が大なるため需要家が必要とする板厚一定の鋼板、すなわち矩形に近い断面形状を持つ鋼板を得るのが難しいこと、及び冷間圧延で材質確保のための圧下率が得られにくいこと。

 2.通板の課題-薄鋼板の焼鈍及びめっきはコイル毎のバッチ処理ではなく、連続処理方式になっているため、長さで3〜4kmにもなる薄板をかなりの速度で通板することの難しいこと。亜鉛めっき設備では、鋼板形状がめっき品質に影響すること。

 3.めっきの課題-自動車はさまざまな環境で使用されるため、その腐食状況は複雑であり、そのような状況に適合した表面処理の概念が不明なこと。

 4.評価の課題-新規に開発された自動車用鋼板が実用に供されたときを想定した試験法はどのような要件を満たすべきものなのか未知であったこと。

 以上の想定される諸課題に対して、本論文では以下に述べる考え方に従って、研究開発を推進し、自動車用高品質薄鋼板の開発と実用化に成功した。

1.圧延上の課題についての研究

 先ず矩形に近い断面性状を持つ低クラウン鋼板の圧延法を検討した。低クラウン鋼板は熱間圧延の段階から実現する必要がある。次に高強度鋼板の材質確保に必要な高冷間圧延率を得るための高圧下冷間圧延ミルを開発した。得られた結果を以下にまとめる。

 1)低クラウン熱間圧延鋼板を得るためのクラウン制御能力の増強は、クラウン変化が形状に影響しにくいタンデム圧延機の上流側スタンドで行うのが最適であることを明らかにした。それを実現するミルとしてペアクロスミルが制御性、ロールのヘルツ応力の点で優れていることを示し、熱間タンデム圧延機の1、2号スタンドに導入した。さらには全スタンドのモーターを増強して目標となる断面形状の鋼板を確保することができた。

 2)高圧下冷間圧延技術の開発において、作業ロールの小径化が最適との結論を得た。作業ロールの小径化を実現する際の問題点、すなわち伝達トルク、表面粗度、板先端の反り変形、ミル剛性の低下などを明らかにして、新たに冷間タンデム圧延機の1号スタンドの上側ロールを小径とした異径クラスターミルを導入した.その成果として、目標の高圧下率での圧延が可能となった。本ミルによる高強度鋼板の材質改善への寄与は大きい。

2.通板上の課題についての研究

 板幅で900〜1500mmの薄鋼板を連続して連なる焼鈍炉やめっき槽を安定して円滑に一定速度以上で通板するためには、鋼板の形状、寸法と材質、および連続処理設備内の多くのガイドロールの性状との適合性が重要である。得られた結果を以下にまとめる。

 1)連続焼鈍ラインの搬送ロールに蛇行防止のため付ける凸クラウンの作用、すなわち板を中央に寄せる求心力を解析し、この力が過大であると板に波が出て絞り込み疵になること、形状が悪いと始めから板波がある分、絞り込み疵が発生し易くなることを明らかにし、鋼板の形状と材質、ロールクラウンなどと通板可否の判定式を提案し、不良コイルの選別基準を明確化した。

 2)鋼板蛇行に及ぼすロールクラウン、板とロールの摩擦、張力の幅方向変位などの関係式を求め、蛇行制御にクラウン制御の必要性を明らかにした。

 3)横型の電気亜鉛めっきラインでは、めっき用通電ロールとゴムロールに挟まれた僅かの接触部で長手方向に曲げを受けている。これが板の幅反りとなって、めっき目付量ばらつきとなることを明らかにした。鋼板が塑性変形するのを防止する観点で検討し、最終的にゴムロールを硬くすることで鋼板の変形を減らし、めっき目付量ばらつきの低減に結びつけた。

3.めっき上の課題についての研究

 自動車の腐食は主として、海岸地帯や凍結防止のため塩を散布する地方で問題提起された。そこでこのような腐食現象を阻止するための最適方法を研究した結果、亜鉛と鉄との合金めっきが良いとの結論を得た。当初は合金化溶融亜鉛めっき鋼板の片面を研削して、自動車の外板としたが、コストと研削面の性状からロールコーテイング法を開発した。さらには、車体防錆の要求が強まり車の外板の耐食性が要求されるようになったので、合金化電気亜鉛めっき鋼板を開発した。この鋼板の特徴は、めっき層を二層にして外側には塗料との密着性を高める目的で鉄分濃度を高め、内側には防錆効果を強めるために亜鉛分濃度を高めたことにある。その後、さらに防錆力を強化するため溶融と電気との組合せで合金化亜鉛めっき鋼板を開発した。得られた結論を以下にまとめる。

 1)自動車用防錆鋼板に要求される目付量は60g/m2であり、それを実現するのに技術的および経済的に有利な厚目付の合金化溶融亜鉛めっき鋼板製造技術の基本的な考え方を示した。

 2)二層型亜鉛-鉄合金電気めっき鋼板という従来にない表面処理鋼板の概念を構築して実用化に成功した。

 3)製品の防錆機能をさらに高めるために、合金化溶融亜鉛めっきを下層として、その上に鉄-亜鉛電気めっきを施すことのできる新しい表面処理プロセスラインを開発した。

4.評価上の課題についての研究

 自動車車体用薄鋼板として開発してきた材料が実際にどのような効果を発揮してきたかを検討するため、成形性、溶接性、耐食性、塗装性などの種々の観点から評価試験を実施して、実車での諸性能を推定した。得られた結果を以下にまとめる。

 1)亜鉛-鉄合金めっき鋼板は塗装性、点溶接性など自動車用鋼板として優れた特性を持つことが判明した。

 2)ペアクロスミルによる低クラウン化と異径クラスター小径ロールミルによる高r値化によって、本方式で製造された高強度冷延鋼板はプレス成形性に優れていることを実証した。ここで得られた評価方法は自動車会社で実施した諸試験と十分に適合することが示された。

 以上のごとく、本論文は、自動車車体用薄鋼板の製造技術に関するもので、現在、本方式による鋼板の月生産量は高強度鋼板が3万トン、表面処理鋼板が7万トン、普通冷延鋼板が5万トンであり、この量は、普通乗用車で40万台に相当するものである。

審査要旨

 本論文の研究は、自動車用鋼板製造技術において重要な、板厚の幅方向分布が均一な板を高圧下率で冷間圧延する技術の開発、連続焼鈍プロセスおよび電気亜鉛めっきプロセスにおける鋼板の通過の安定化および亜鉛・鉄合金めっき技術の開発の課題を扱い、これらによって構成された製造工程によって製造される鋼板の品質評価を行っている。全体は6章よりなる。

 第1章は序論で、自動車の軽量化の要求から高強度でプレス成形性に優れた鋼板の製造のために、高圧下率の圧延ができるストリップミルの開発が求められることになり、また融雪剤を道路に散布する地域で使用するために耐食性に優れた亜鉛めっき鋼板あるいは合金亜鉛めっき鋼板が自動車用鋼板として求められる状況の中で、これらの課題を解決し需要に応える自動車用鋼板の製造ラインの設計と建設に必要な基本問題を抽出し、研究の方針を述べている。

 第2章では、幅方向板厚分布の小さい、すなわち低クラウンの鋼板を製造するためにはホットストリップミルにおいて低クラウンの熱延鋼板を作ることが不可欠であるため、バックアップロールとワークロールとを一緒に上下でクロスさせて圧延するペアクロス圧延機を考案し、その平坦度制御特性を解析し、このぺアクロス圧延機をホットストリップミルの仕上げタンデム圧延機の始めの数スタンドに配置すると目標を達成できることをモデル解析と実験によって明らかにしている。さらにこのようにして製造される熱延鋼板から高圧下率まで低クラウンで良好な平坦度の冷延鋼板を得るために、従来の4段圧延機に収まるクラスターロールを開発し、これをタンデム圧延機の始めのスタンドの上側ロールに代えて用い、そのスタンドを異径ロールスタンドとすることによって、平坦度を損なう事無く高圧下率の圧延が可能になることをモデル解析によって明らかにし、実機において確認している。

 第3章では、冷間圧延された板の連続焼鈍ラインにおける通板安定性を確保し、電気亜鉛めっきラインで発生する板の幅反り(板が樋状になること)を防止する課題を扱っている。連続焼鈍ラインの通板安定性に関しては、モデル解析と実験によって、板の平坦度、ガイドロールのクラウン量および操業条件のばらつきに対する蛇行の程度を定量的に把握することに成功し、操業中の管理、ロールクラウンを炉中で最適に維持する装置の考案を行って、実機操業上の問題を解決した。電気亜鉛めっきラインの幅反りは通過する鋼板とガイドするゴムロールおよび通電用のロールとの相互作用によって生じることを、モデル解析とモデル実験とを行ってつきとめ、ゴムの剛性を高くすることによって解決されることを明らかにした。

 第4章では、まず片面溶融亜鉛めっき製造プロセスのプロセスデザインについてロールコーティング法をベースに行い、ロールコーティング機構の解明とプロセス特性を把握し実機化したプラントの解析を行っている。次に鉄-亜鉛系の合金化亜鉛めっきプロセスの開発を検討し、浴の鉄濃度が低い時はアルミニュウム濃度によって相などの生成が支配されるが、鉄の高濃度側では合金化処理温度の影響が強くなることをつきとめた。さらに2層亜鉛・鉄合金めっきにより、成形中の表面損傷と耐食性の良好なめっき鋼板を製造するプロセスの開発を研究し、めっき浴の3価鉄イオン濃度によって、めっきの状況が制御できることを見出し、設備の設計指針を確立した。これらは第3章で確立した通板時の板とロールとの相互作用に関する普遍的な取扱法によって連続化が可能となった。

 第5章では、以上のプロセスによって製造されている高強度亜鉛めっき自動車用鋼板の成形性の評価、実車における耐食性の実態についての評価を行い、これらのプロセスが自動車用鋼板の製造に有効であることを明らかにした。

 第6章は総括である。

 以上を要するに、本論文の研究は、自動車用鋼板を製造するプロセスを革新するための基本的な問題の解決を行い、とくにめっきラインの開発に関しては板とロールとの動力学的状況を普遍的に把握することにより多様なプロセスの設計ができるようにするなど、金属工学の進歩および鋼板製造技術の革新に多大の寄与をした。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と判定される。

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