学位論文要旨



No 213171
著者(漢字) 田辺,博一
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,ヒロカズ
標題(和) シャドウマスク用インバーの加工性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213171
報告番号 乙13171
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13171号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 カラーテレビやコンピューターのディスプレイに多く用いられるシャドウマスク方式のブラウン管には、シャドウマスク用材料として、極低炭素A1キルド鋼が用いられてきたが、近年、テレビの大型化やワイド化、またディスプレイの高精細化に伴い、電子線照射による温度上昇に対して熱的歪みの小さいFe-Ni36%合金「インバー」が用いられるようになってきた。インバーはその熱的特性に関しては多くの研究がなされてきたが、シャドウマスク材として不可欠な加工性についても研究が必要な段階にきている。そこで我々は、その中でも特に重要なフォトエッチング性とプレス成形性について研究した。

 まずエッチング性を阻害する粒界酸化に及ぼすバッチ焼鈍条件と微量不純物の影響について調査し、焼鈍雰囲気中のH2OおよびSi,Mn,Crなどの不純物が粒界酸化を引き起こし、エッチング性を阻害するという結果が得られた。またこれら元素間の挙動の違いについても調査し、(1)が高いとMn-Silicate系の粒界酸化物が形成され、が低いとMn-Chromate系の粒界酸化物が形成されること、(2)酸化性雰囲気がさらに強くなると、粒内酸化のほうが顕著になること、(3)Si含有量が高いと粒界酸化がより顕著になること、(4)したがって、焼鈍後に清浄な表面を得るためには、雰囲気中のH2O濃度を低く保つとともに、インバー中の易酸化性不純物-とりわけSi-を低減することが重要であること、などを確認した。

 つぎにプレス成形性、形状凍結性に影響を及ぼすランクフォード値(r値)と機械的性質についてインバーの再結晶挙動との関係を調べ、通常低炭素鋼板で考えられるよりもはるかに低い圧下率にて冷延した後高温焼鈍することにより、r値が高く、プレス成形において板厚変化が小さく、孔のずれの小さいインバーマスクが製造できることを確認した。また本実験を通じて、インバーのr値は圧延平行面の(111)強度比と強い相関があり、(111)が増加するとr値も高くなる一方、(200)や(220)との相関は認められないこと、またインバーの焼鈍後のr値は焼鈍前の冷延圧下率がある一定のときにピークを示すが、その圧下率は焼鈍温度が高いほど低圧下側に移行することなどが判明した。

 さらに、このような再結晶挙動に及ぼす圧下率の影響を調査した。

 低圧下率材の焼鈍時の再結晶核としては(111)は存在しないが、その後の再結晶の進行に伴って粒成長段階で(111)が増加することを確認した。また高圧下率材の焼鈍時の再結晶核には(111)は存在せず、またその後の再結晶の進行及び粒成長段階でも(111)は観察されなかった。したがって、面心立方のインバーにおいては、比較的低圧下率の冷延と焼鈍の組み合わせにより、(111)をふやし、プレス成形性を向上させることが可能であることが明らかになった。

審査要旨

 本論文の研究は、大型画面のカラーテレビブラウン管用のシャドウマスクに用いるインバーの加工性を支配する因子となる材料特性を特定し、それら材料特性を製造条件によって制御する技術の要件を解明したものである。

 第1章は序論で、大型画面のカラーテレビブラウン管のシャドウマスクでインバーが極めて低い熱膨張特性の故に利用されるようになったこと、コントラストの高い色ずれのない画像を得るためのシャドウマスク原板には、電子ビームが通過する円孔や大判形ないし小判形の孔の縁の滑らかさと、開孔後成形したとき円孔の相互位置のずれが殆ど生じないことが求められ、これらの課題を解決するには、原板の製造条件を最適に設定して成分、組織および結晶方位を制御する必要があることを述べ、本論文の研究の目的と構成を明らかにしている。

 第2章では、通常、孔はフォトエッチング法で開けるが、この孔の縁の形状が滑らかに仕上がる条件が、原板の酸素含有量が低く、とくに焼鈍時に選択酸化でニッケルより酸化され易い珪素、鉄およびマンガンなどの酸化物生成が粒界に起こらないことであることを明らかにし、原板の最終焼鈍の炉中雰囲気の露点を水素ガスの場合も水素・窒素混合ガスの場合も-20℃以下に保持することによって、この条件が満たされることを明らかにしている。

 第3章では、シャドウマスクに成形後に予め開けておいた孔の位置ずれが起らないためには、成形時にシャドウマスク面が殆ど伸びず周縁からの絞り込みが成形に寄与する必要があることを明らかにした。そのためには、塑性異方性の指標であるr値が高いことが望まれる。しかし一般にインバーのような面心立方結晶構造の金属では、r値を高める結晶方位の集合組織、すなわち板面に(111)方位が揃う集合組織が一回の冷間圧延・焼鈍によって実現することは困難であることがわかっている。従って、二回冷間圧延・焼鈍によって低いr値の範囲の中でもより高いr値を実現する冷間圧延と焼鈍の条件の組み合わせを追求した。その結果、第二回目冷間圧延圧下率が30%前後、焼鈍温度が900℃のとき1.2程度のr値の板が製造できることがわかった。このとき、(111)板面方位がある程度発達し(100)板面方位は殆ど発達しないことが確かめられた。このようにして製造した原板を用いると中心部の孔と角隅の孔との成形前後の相対変位が従来材に比べて半減することがわかった。さらに、30%程度の冷間圧延と焼鈍とを繰り返すことによってさらに(111)板面方位を発達させr値の高い板を製造できることを確かめている。とくに本章で得られた重要な知見の一つは、従来r値が高く(111)板面方位が発達してい低炭素鋼板の場合、わずかな(100)板面方位が混在することによるr値の低下が大きいことが知られており、(111)板面方位を増加させること効果に期待がもたれなかったが、(111)板面方位が低い状況で少々の発達を図ると有効に低いなりにもr値を上昇させることができることを定量的に示したことである。

 第4章では、第二回冷間圧延・焼鈍において冷間圧延率によって再結晶集合組織が変化する挙動を、組織観察によって解析し基本的な集合組織形成機構について検討している。とくに、(111)板面方位はおおよそ40%以下の低圧下率の場合、再結晶核としては認めることが困難であるが粒成長の初期段階で出現し、やがて他の方位に覆われ消滅するいわば過渡的な方位であり、一方、圧下率の高い場合には再結晶初期を含めてどの条件でも(111)板面方位は出現しないを明らかにした。

 第5章は総括である。

 以上を要するに、本論文の研究は工業的に重要な課題を解決し、金属工学の進歩に多大な貢献を行なっている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と判定される。

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