学位論文要旨



No 213172
著者(漢字) 山出,善章
著者(英字)
著者(カナ) ヤマデ,ヨシアキ
標題(和) ムライト及びムライト基複合材料の破壊挙動の研究
標題(洋)
報告番号 213172
報告番号 乙13172
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13172号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 ムライト(3Al2O3・2SiO2)は高温構造材料以外にも、低誘電率、低熱膨張、透光性、酸素イオン伝導性等を生かす機能性材料として適用されつつある。これまで粉末の合成法が重点的に研究されてきたため、破壊靭性と室温強度の改善が必要なのにも拘わらず力学特性の研究は少ない。そこで本研究ではムライトの破壊過程を明確にすることを目的とした。具体的には、(1)巨視き裂進展挙動の評価、均一材料の破壊挙動の評価、(2)微小欠陥を起点とする破壊挙動の評価、(3)ムライト/SiC長繊維複合材料の界面の剥離破壊挙動の評価、以上の三つの破壊挙動の評価により総合的にムライトの破壊過程を明らかにする。

 まず、ムライトが物質として持つ破壊特性、巨視的なき裂進展特性を定量的に評価すると共に、それに及ぼす気孔の影響をDCB試験により評価した。実験には市販高純度ムライト粉を原料とした気孔率の異なる2種の焼結体(多孔体:20.8%、緻密体:2.9%)を用いた。大気中(RH65%)、乾燥窒素中、水中でDCB試験を行い、荷重とCODを計測した。その結果、大気中のKI-V曲線にたな領域が認められ、湿分による応力腐食割れを生じることが明らかとなった(Fig.1,2)。たな領域の速度は気孔率により大きく異なる事が分かった。たなの速度はき裂の速度と湿分の拡散速度の釣り合いで決まるので、多孔体は緻密体に比べ湿分の拡散速度が速いと言える。これは緻密なムライトの場合は湿分がき裂の間のみを通して拡散するのに対し、多孔質の場合は連続した気孔が拡散経路として作用するためと考えられた。

 き裂進展特性をさらに簡便な方法で評価できれば、材料開発に役立てることが出来る。そこでより簡便なシェブロンノッチ曲げ試験による評価を試みた。本論文では荷重計測だけではなく、COD計測、さらにAE計測によりき裂進展挙動を評価した。実験には2種類の材料(A:粒径0.95m気孔率2.9%、B:粒径0.72m気孔率28.9%)を用いた。シェブロンノッチリガメントは正三角形、負荷は3点曲げとし、切り欠き端のCODをクリップゲージで測定すると共に試験片両端のセンサで2chのAE計測を行った。測定した荷重とCODをもとに、Bluhmのスライスモデルを用いて各時点でのき裂長さを求めた。破断直前のき裂長さの時間変化をFig.3に示す。最高荷重直前の緻密材Aのき裂速度とK値が、2章のDCBによる結果と一致し、シェブロンノッチ法でき裂進展特性が正しく評価出来ていることが分かった。き裂の発生はAE計測でCOD計測よりも明瞭に検出できた(Fig.4).B材で認められたAEエネルギーの急増点はき裂速度の急変点と対応しており、測定精度が向上すればCOD計測の様に複数の計算を経なくともき裂速度の情報が得られる有用な評価になる事が分かった。

 次に、実際の部材の破壊を考察するためには気孔等の自然欠陥からのき裂発生の評価が必要なので、それに適した評価方法を4点曲げ試験とAE計測の組み合わせにおいて確立する。実験は、外スパン30mm、内スパン10mmの4点曲げにおいて、一時増幅素子内蔵の高感度AEセンサーを試験片の両端に接着し、2chのAE計測を行った。その結果、曲げ試験の破壊起点となった欠陥は、試験片1は表面ポア、試験片2は特に不規則な形状の内部ポア、試験片3は表面き裂であった。曲げ試験中に発生したAEとノイズは波形の直接観察で明瞭に分離できた。試験片1では低応力から内スパン間にAEが散らばって発生し破断し、破断位置に集中したAEの発生は認められなかった。それに対して、試験片2ではほとんどのAEが低応力から破断位置に集中して発生した。これは、破壊起点の特殊な形状に起因すると考えられる。さらに試験片3では始め高応力部からばらついて発生していたAEが破断直前には破壊起点に集中して発生した。曲げ試験中の微視き裂の発生挙動は、破壊起点の形状に強く影響を受ける事が分かった。

 自然欠陥からの破壊の評価法が確定できたので、実際に破壊における欠陥と組織の関連性を明らかにする。具体的には他のセラミックスでも報告されているように、微小欠陥では巨視き裂から求めたKICより低いKI値で壊れる現象がムライトでも生じるかを調べ、更に破断直前の欠陥成長をAE法により評価することで線形破壊力学的評価を試みる。4点曲げ試験とSEPB試験で粒径と気孔率の異なる5種類の材料の破壊特性を評価した結果、結晶粒径に対して強度と靭性は逆の傾向を示した。曲げ試験の破壊起点の大きさは観察によるとほぼ一定だったので、線形破壊力学に従うなら靭性の上昇と共に強度も上昇する事になるが、逆の結果となった。欠陥寸法から求めた破断時のK値:KIC(defect)と、SEPB試験片で求めた破壊靭性値との比を縦軸に、破壊起点寸法と結晶粒径の比を横軸に整理すると、Fig.5の点線のように欠陥/結晶粒径比が小さい範囲では破壊起点のKIC(defect)が本来の破壊靭性値から低下していることが分かる。曲げ試験で破断前に起点から欠陥成長によると考えられるAEが検出されたので、その成長量を見積もる。人工欠陥を導入した曲げ試験を行い材料の破壊靭性値と破断応力から破断直前の欠陥寸法を推定した。初期の人工欠陥の大きさとの差が試験中の成長面積であるので、試験中検出できたAE信号数で成長面積を割り微視割れ面積を求めた。自然欠陥から発生したAE数に微視割れ面積を掛けると欠陥の成長面積が求まり、破断直前の欠陥寸法が求まった。それにより欠陥/粒径比と破断時のKI値の関係を整理し直すとFig.5実線の様になり欠陥成長を考慮しない場合に見られた微小欠陥における破壊靭性値の低下は見掛けの現象であった事が分かる。欠陥成長を考慮すると微小欠陥に対しても線形破壊力学が適用できる事が分かった。

 最後に、破壊靭性の向上に最も有効なSiC長繊維との複合化において、界面強度の最適化のために焼結条件が界面せん断強度に及ぼす影響を評価する。また、界面剥離の進展評価をAE法により試みる。実験では、ムライト/SiC長繊維複合材料をホットプレスにて作製し、温度、圧力、加圧タイミングを5条件に変えた。繊維/マトリックス界面せん断強度をpush-out法とpull-out法で測定した。その後界面せん断強度をHsuehの式から求めた(Table1)。焼結温度になってから圧力を掛けたA〜Cの場合、界面せん断強度は温度と共に上昇した。界面せん断強度は、高い圧力でマトリックスをち密にしても(AとDの比較)大きく変化しなかったが、圧力を昇温途中から掛けることで(CとEの比較)低温で焼結したものと近い値になった。サンプルD中の繊維表面はC濃度の高いコーティング層が欠落すると共に反応生成物が認められたが、サンプルEでは反応生成物は認められなかった。モデル実験でムライトとカーボンをホットプレスした結果、アルミナとSiCが生成した。従って以下の反応が推定される。

 3Al2O3・2SiO2(s)+6C(s)→3Al2O3(s)+2SiC(s)+4CO(g)

 発生するCOガス圧を高くすれば反応は抑制出来る。焼結温度が同じにも関わらず反応物が生じた物と生じなかった物に分かれたのは、マトリックスが低温で閉気孔化した場合、界面のCOガス圧が上昇し、反応が抑制されたためと考えられる。pull-out試験中の界面剥離の進展をAE法で評価した(Fig.6)。試験片長手方向のAE発生位置を示す。試験後顕微鏡で剥離の進展が確認できた側にAE信号が多数発生した。荷重増加が直線性を無くすころからAEが発生し始め、片側の端部に広がっており、界面剥離の進展が検出できたと考えられる。

 ムライト及びムライト基複合材料の破壊挙動を評価し、明らかになった事をまとめる。

 (1)DCB試験による定量的なき裂進展評価の結果、ムライトの応力腐食割れ挙動が明らかとなり、焼結体中の連続気孔が応力腐食を促進することが分かった。シェブロンノッチ曲げ試験に対しAE法を適用し、安定列成長の開始、き裂速度の急変点が検出できた。

 (2)4点曲げ試験においてAE検出波形を直接解折することで従来より精度の高い位置評定とノイズ分離が可能となった。AE法により破断直前の欠陥成長が捉えられ、微小欠陥からの破壊も破断直前の欠陥成長を考慮することで線形破壊力学で説明できた。

 (3)ムライト/SiC長繊維複合材料の界面せん断強度は、ホットプレス条件により制御可能なことが分かった。AE法が不透明材料における界面剥離進展評価に有効なことが分かった。

Fig.1 K1-V diagrams of porous-type mullite in different environments.Fig.2 K1-V diagrams of dense-type mullite in different environments.Fig.3 Estimation of crack growth rate near maximum load point in chevron-notched specimen.Fig.4 Acoustic emission from chevron-notched specimen(material B).Fig.5 KIC(final)/KIC(SEPB)ratio as the function of a0/d. Final failure scems to occur at KIC(SEPB) in all defect/grain ratios.Fig.6 The extension behavior of interfacial debonding during pull-out test.(●)AE signalTable 1 Interfacial shear strength ()under different hot-press conditions
審査要旨

 ムライト(3Al2O3・2SiO2)は高温構造材料としても機能性材料としても重要な特性を持つセラミックスであるが、これまでは、高純度粉末の合成法が重点的に研究されてきたため、破壊靭性と室温強度の改善が必要であるにも拘わらず力学特性の研究は少ない。本論文ではムライトの破壊過程を明確にすることを目的として、特に基本的な室温での強度と靭性に関し、(1)巨視き裂進展挙動の評価および気孔率のき裂進展への効果、(2)微小欠陥を起点とする破壊挙動の評価、(3)ムライト/SiC長繊維複合材料の界面の剥離破壊挙動の評価の三つの点について検討している。

 第1章では、ムライト及び他のセラミックスに関する従来の知見と本研究の目的を述べている。

 第2章では、DCB試験によりKI-V特性を求め、き裂進展特性を定量的に評価している。その結果、ムライトでは破面のフリクションが生じず、R-カーブ挙動を示さないことが分かった。さらに大気中の水蒸気成分により応力腐食割れを生じることが明らかとなった。また、気孔率の異なる材料間の比較により、焼結体中の連続気孔は水蒸気の拡散経路として働き応力腐食割れを促進することが示された。

 第3章では、き裂進展特性をより簡便なシェブロンノッチ曲げ試験により評価している。この際、荷重およびCODの計測に加えAE計測を行った。この結果、KI値とき裂進展速度の関係がDCB試験の結果と一致し、シェブロンノッチ法で、応力腐食割れを示す材料のき裂進展特性が正しく評価出来ることが示された。更に、AE計測により、き裂の発生がCOD計測よりも明瞭に検出できることが示された。AEエネルギーの急増点とき裂速度の急変点の対応が明らかとなり、AE法はシェブロンノッチ試験においてき裂速度を評価するのに有効であることが示された。

 第4章では、気孔等の自然欠陥からのき裂発生の評価に適した方法として4点曲げ試験とAE計測の組み合わせを検討している。増幅素子内蔵の高感度AEセンサーを試験片の両端に接着し2chのAE計測を行うと共に、検出した波形をウェーブメモリーに収録しそのAEを解析した。検出波の形および位置評定結果より、曲げ試験中に発生したAEとノイズが明瞭に分離出来ることが示された。さらに、曲げ試験中の微視き裂の発生挙動には破壊起点の形状が大きく影響を及ぼすことが示された。

 第5章では、4章で行った実験方法を用いて、さらに破壊における欠陥と組織の関係を評価している。すなわち、他のセラミックスで報告されているように、微小欠陥が起点となる場合巨視き裂から求めたKICより低いKI値で壊れるかどうかを検討した。その結果、ムライトにおいても欠陥/結晶粒径比が小さい範囲では確かに破壊起点のKI値がき裂材で求めた破壊靭性値から低下することとなった。しかし、この現象を破断直前の欠陥成長を考慮することにより、欠陥成長を考慮しない場合に見られた微小欠陥における破壊靭性値の低下は見掛けの現象であったことを明らかにした。すなわち人工欠陥を用いた実験からAEに対応する微視割れ面積を求め、それにより破断前の自然欠陥の成長量を求めた。続いて欠陥/粒径比と破断時のKI値の関係を整理し直すと、その値はき裂材で求めた破壊靭性値と一致した。従来欠陥成長を考慮せずに線形破壊力学の適用範囲外とされてきたが、欠陥成長を考慮すると微小欠陥に対しても線形破壊力学が適用可能なことを示された。

 第6章では、破壊靭性の向上が期待されるSiC長繊維強化複合材料において、界面強度を最適化するために、焼結条件が界面せん断強度に及ぼす影響を評価している。ムライト/SiC長繊維複合材料をホットプレスにて作製し、温度、圧力、加圧タイミングを変え、繊維/マトリックス界面せん断強度をpush-out法とpull-out法で測定した。その結果、プロセス条件によって繊維/マトリックス界面の化学反応に違いが生じ、界面せん断強度が変わることが明らかになった。さらに、モデル実験により化学反応式を推定し、プロセス条件が界面せん断強度を変化させる理由を考察した。また、pull-out試験中の界面剥離の進展をAE法で評価した。その結果、ムライトのように不透明な材料においても、界面剥離の進展が明瞭に検出できた。

 第7章では、本論文全体を総括してその成果をまとめている。

 以上本研究は、ムライト及びムライト基複合材料の破壊挙動に対して、強度、靭性の組織依存性及び複合材料の界面せん断強度の制御因子を明らかにするとともに、微小欠陥と結晶粒の関係を微視破壊を考慮して評価することにより、従来単純に線形破壊力学の適用範囲外とされてきた解釈が適切ではなかったことを明らかにするなど重要な知見を得ており、今後の材料研究に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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