学位論文要旨



No 213173
著者(漢字) 脇田,淳一
著者(英字)
著者(カナ) ワキタ,ジュンイチ
標題(和) 熱延プロセスにおける低炭素鉄鋼材料の材質予測制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 213173
報告番号 乙13173
学位授与日 1997.01.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13173号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 熱延鋼材に対するニーズは低コスト化と高品質化に2極分化しており、このような相反するニーズに対する究極の製造プロセスが求められている。そのためには、従来からの成分による材質造り分けという考え方を基本的に改めて、成分はできるだけ集約して、材質造り分けは熱延工程で行うという考え方に立つ必要がある。また、この材質造り分け技術は、各製造工程への材質造り分け機能の分担とその最適化を行い、工程能力の最大発揮を通じて材質造り分け機能の拡大を達成するものでなくてはならない。このような目的を達成できる手段としては、金属学の原理に基づく材質予測モデルが唯一との観点からモデル開発に着手した。

 Fig.1に基本的な考え方を示す。従来から現場で用いられてきた材質設計式は、成分、製造条件と材質を直接結び付けた単なる重回帰式で、主に成分によって材質が決定されていた。一方本論文では、材質を予測・制御するために、理論的な背景を明確に持った、製造要因←→金属学的要因←→材質特性値間の各モデルを作成し、金属学的要因を介して製造要因と材質特性値の関係を求めることを考えた。作成した要素モデルは全部で4つある。すなわち金属学的要因として取り上げた、フェライト()粒径、変態組織占積率とその強度(具体的には硬さ)に対応した3つの要素モデル、すなわち結晶粒度予測モデル、組織占積率予測モデル、組織硬さ予測モデルにより、これらの3つの要因を製造条件から予測計算できるようにした。また4つ目のモデルとしては、金属学的要因と材質特性値との関係を定量化した、金属学的要因に基づく材質予測モデルを作成し、最終的な材質特性値を予測できるようにした。

Fig.1 Basic concept of new prediction model of mechanical properties

 第1の結晶粒度予測モデルは、オーステナイト()組織変化予測モデルと/変換モデルから構成される。組織変化予測モデルは、粒の動的再結晶、静的再結晶、粒成長とひずみの静的回復を定量化して多パス圧延時のひずみの累積効果を予測できるようにした。/変換モデルは再結晶後の粒径と変態後の粒径の関係を定量化したものである。

 第2の組織占積率予測モデルは、、パーライト、ベイナイトの等温変態挙動を定式化し、加算則を利用して連続冷却時の組織占積率を予測するものである。上記の組織変化予測モデルで計算される圧延後の粒径と残留ひずみの2つにより圧延による組織変態促進効果が記述されている。

 第3の組織硬さ予測モデルは、、パーライト、ベイナイトの生成硬さとその後の軟化を温度履歴に沿って追跡できるモデルになっている。

 第4の金属学的要因に基づく材質予測モデルは、引張強度、降伏強度、伸びといった材質特性値と、金属学的因子である結晶粒径、組織占積率、組織硬さとの関係を定量化したものである。また、これらのモデルを使用して実機圧延材の材質予測精度を確認した。

 次にモデルの適用範囲を拡大するため、粒の再結晶モデルを構築し、上記モデルと組み合わせることにより、/2相域圧延に使用できることを確認した。また、熱延鋼板端部の混粒発生防止のため上記モデルを簡略化したエッジヒーターの制御モデルを作成した。これにより、ホットコイルの長手方向で昇熱量をオンラインコントロールする混粒防止技術が確立された。

 このように本モデルは金属学の原理に基づくものであるので、精度が良い、汎用性がある、さらに現状の実機工程能力を越えた領域のシミュレーションにも十分適用可能で、その結果を新設備仕様として提示できる、さらに最適プロセス設計が可能となるという利点がある。今後は更にモデルの適用範囲を拡大し、精度を向上する必要がある。その一方、成分集約の達成、最適品質設計、材質バラツキの低減、新商品開発等、実機への適用がますます加速していくものと考える。

審査要旨

 本論文は、熱延プロセス工程を調整することにより、低炭素鋼の材質予測と材質制御を行った結果を述べたものであり、7章よりなっている。

 第1章の序論では、熱延鋼材に対する社会的需要と要求について紹介するとともに、研究の背景および目的について述べている。熱延鋼材については、低コスト化を計りつつ高品質化を目指すという厳しい要求が出されている。このため、鋼材の合金成分をなるべく集約化し、材質造り分けは熱延工程の制御によって行うことが一般化しつつある。本章では、材質特性を支配する金属学的要因を整理するとともに、熱延プロセス最適化の方策がまとめて述べられている。

 第2章は、オーステナイト()の組織変化を予測するためのモデルの構築とその妥当性を検証した結果を述べている。熱間加工中の鋼材の組織に影響する因子として結晶粒成長、ひずみの動的回復、動的再結晶および静的再結晶を取り上げた。熱間加工シミュレーターを用いた実験結果をもとに、これらの個々の因子の効果を記述するモデル式を導出している。モデル式の導出にあたっては、単なる重回帰式による記述を避け、金属組織学的要因が明確になるような形とするように配慮されている。その結果、導出されたモデル式が様々な加工条件に適用しうるものとなっている。実際に、これらの式をもとに実機における熱延中の結晶粒径変化を予測出来ることを確かめるとともに、圧延材の最終的な結晶粒径を精度よく評価することに成功している。

 第3章では、炭素濃度がおよそ0.2wt%以下の低炭素鋼を中心に、からの変態挙動を調べた結果を述べている。等温変態シミュレータによる実験結果をもとに、これらの鋼材の等温変態組織がフェライト()、パーライト、ベイナイトからなっていることを確かめるとともに、変態率をC、Mn量および温度の関数として記述している。また、これらの変態に及ぼすSiの効果および圧延ひずみの効果についても検討を加え、熱延鋼材の組織の面積率を表現する基本式を導いている。

 第4章では、低炭素鋼の域圧延材の材質予測を行った結果について述べている。まず、第3章で求めたモデル式を用いて、連続冷却中の変態組織面積率を見積もる方法を確立した。また、/変換比の評価式を実験的に求め、第2章の結果を使って粒径から粒径の見積もりを行っている。さらに、、パーライトおよびベイナイトの硬さを、生成温度、C、Mn、Siの関数として定式化するとともに、これら3つの相の硬さと面積率から降伏応力(YS)、引っ張り強さ(TS)、伸び(EL)を評価する回帰式を導いた。この回帰式は、実機圧延した低炭素鋼のYS,TS,ELをかなり精度よく予測できることを示している。

 第5章は、二相域圧延材の面積率と粒径予測を行った結果である。二相域圧延を考慮するために、新たにの再結晶および加工誘起変態を実験的に調べ、変態の促進と粒径の時間変化を定式化した。この結果を、第2章および第3章で求めたモデル式と組み合わせることによって、二相域圧延材の面積率と粒径の見積もりを可能とした。実際に、圧延中の材料の温度履歴を精度よく評価すれば、その結果をもとに実機圧延材の面積率と粒径を予測できることを明らかにした。

 第6章は、熱延鋼板端部の混粒組織制御について述べている。低炭素鋼の仕上げ圧延温度の低下に伴い、鋼板端部の表層から粗大なが生成し、いわゆる混粒組織が発生する。この組織は、鋼板の延性劣化をもたらし、機械加工時に割れを生じる原因となる。これは、仕上げ圧延中に変態が開始し、十分に再結晶しないまま結晶粒の粗大化が生じるためであるといわれている。ここでは、前述の再結晶モデルと変態予測モデルをもとに混粒発生予測モデルを提示している。これが、熱延低炭素鋼板の混粒組織形成を精度良く記述するものであることを確かめるとともに、混粒発生防止のためのエッヂヒーターの温度制御法を提案している。この制御法は、すでに製鉄所の実作業で有効に利用されている。

 第7章は総括である。以上要するに、本研究は低炭素鋼の熱延プロセス制御による材質特性の予測ならびに調整に関する貴重な技術データを提供するものであり、金属材料学の発展に寄与するところ大である。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク