学位論文要旨



No 213179
著者(漢字) 西村,眞一
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,シンイチ
標題(和) 軟弱地盤上のフィルダムにおける水理破砕に関する研究
標題(洋)
報告番号 213179
報告番号 乙13179
学位授与日 1997.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13179号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 明治大学 教授 田中,忠次
内容要旨 I.はじめに

 わが国のフィルダムは内部浸食による問題を抱えているものが少なくないが、最近の研究によるとこの内部浸食の原因がハイドロリックフラクチャリングつまり水理破砕であると推定される場合が多いことが分かってきた。しかし、その詳細なメカニズムは不明な点が多い。Penmanは長年にわたる観察により、遮水ゾーン中の水平土圧がその深さでの貯水圧より低ければ水理破砕が生じる危険性があると定性的に述べている。しかし、このことは、現場レベルでの実験では確かめられていない。また、水理破砕の危険性を推定する方法は提案されていない。そこで、本研究では以下の2点を目的とする。

 (1)水理破砕に関する定性的事実の現場実験による確認

 (2)水理破砕発生の推定法の提案とその有効性の確認

 これらの目的に対する方法として、軟弱な土にも適用できる実験装置を開発し、農業用フィルダムが造られる様な軟弱な現場を対象として実際に水理破砕を発生させた。また、水理破砕の定性的性質に基づき、対象としたダムで水理破砕の発生の可能性を推定するために、基礎及び堤体の土の力学的性質の測定を行い、亀裂発生の判断基準となる破壊強度・破壊ひずみを測定した。

II.ダム基礎における水理破砕実験

 1.実験対象のダムの概要:本研究では新潟県の高含水比火山灰ロームからなる大谷内ダムを対象とした。基礎地盤に直径約10cmのオーガー孔を掘り、塩ビパイプの注入管を差し込み液体を加圧注入した。これにより、圧力と注入量の関係から水理破砕による亀裂が生じる破壊水圧、注入量がほぼ零になる水圧等を調べた。

 設置条件を考慮して図-1に示す位置で行った。

図-1 大谷内ダム横断面図

 2.実験装置の概要:今回開発した水理破砕装置(図-2)はN2ガスにより加圧された注入液を注入管に送り、オーガー孔壁に水理破砕によるクラックを発生させるものである。水理破砕の確認はスタンドパイプ流量計の変化を観測することにより行った。クラックが生じたならばその間に多くの注入液が流れ、亀裂の生じる前よりも流量が増えると考えられるからである。

図-2 現場実験装置概要図

 3.実験結果:オーガー孔は深さが1.5,2.5,4,5.5mの4種類とし、各2〜3本づつ、計11本掘った。試験結果を注入水圧Pと注入流量Qの関係で表し深さ1.5mの場合を図-3に、他の深さも含めた共通の傾向を図-4に示す。

図-3 水圧と注入流量の関係(深さ1.5m)図-4 水圧と注入流量の関係

 1回目の増圧過程ではある圧力PB以上(図-4のB点)になると注入流量が急増し、C点に達した後に減圧するとA点に戻る。再び加圧を行った場合は、PBより低い圧力PAで流量は増加し、ほぼ1回目の減圧経路(A-C間)を往復する傾向が見られる。つまり、増圧過程のB点でオーガー孔に亀裂が生じ、その間を注入液が流れることにより流量が急増し、減圧により土圧と水圧が釣り合う点で亀裂が閉じると考えられる。土中では、微視的なダルシー流と亀裂の間の巨視的な流れが考えられるが、今回の実験では、流量の変化後では亀裂の間の流れが支配的になっていたと思われる。また、着色した注入液を用いた実験の結果、亀裂はオーガー孔の円周に対し直角方向に発達しその後複雑に分岐していた。このことにより今回用いた装置により水理破砕が発生したことが確認できた。

III.基礎及び築堤材の力学的特性の測定

 土中の亀裂の発生を検討する上で、土の力学的特性を検討することは重要であるが、特に今までほとんど検討されていなかった伸びによる破壊を含めた強度特性の測定を行った。その結果、ダムの基礎部(不撹乱土)の圧縮強度は63〜72kPa、引張強度は14.7〜19.4kPa、堤体(撹乱土)の圧縮強度は36〜55kPa、引張強度は5.9〜7.6kPaであった。また、不撹乱土の圧縮破壊ひずみは1%弱、破壊伸びひずみは0.08〜0.16%であり、不撹乱土は撹乱土(圧縮破壊ひずみ=15%以上、破壊伸びひずみ=0.5%)に比べ破壊ひずみが小さく、同様なひずみが生じた場合、盛土より基礎で破壊が生じやすいことがわかった。さらに、基礎部は過圧密を受けており、破壊により明確なセン断面を示し、圧縮により水平方向に伸びの限界を越えたひずみを生じた場合、鉛直方向の亀裂の発生が考えられる。

IV.浸透流による漏水量の算定

 平成四年の試験湛水の際、貯水位がEL.653.5mを越えると漏水量が急増したが、これが土粒子間の微視的な流れによるものであるか否かを検討するために有限要素法による浸透解析を行った。対象とした範囲は法先ドレーンの施工されている区間100mとし、室内透水試験の結果、基礎に比べ盛土の透水係数がかなり小さく、試験湛水時の堤体中に浸透流が認められなかったことにより基礎のみに浸透流が生じているものとした。透水係数は試験の結果より2.0×105cm/sとした。その結果、漏水量の実測値は1.67×10-3m3/sであるの対し解析値は3.32×10-5m3/sとなりダルシー流では漏水を説明することはできなかった。

V.亀裂の発生・発達に関する解析的検討

 大谷内ダムでは試験湛水時に漏水量が急増したことより、築堤過程に基礎で生じた亀裂が水理破砕へと発達したものと推定された。そのため、漏水測定区間を含む範囲に対し有限要素法による築堤解析を行った。解析の条件は非線形弾性解析とし、必要な物性値は築提直後の過剰間隙圧が発生している状態を再現するために非圧密非排水試験を行い求めた。解析の結果、破壊が生じ始めると言われている偏差応力と最大圧縮強度の比が0.8を越える部分、伸びひずみが0.15%を越える部分、満水時の水圧が水平土圧を上回る部分を図-5に示す。三者の重なり合う範囲(図中央部太枠内)では、圧縮による破壊とともに水平方向に限界を越えた伸びが生じ、鉛直方向の亀裂が生じ、さらに土圧より高い水圧で水理破砕へと発達した可能性が考えられる。

図-5 水理破砕の可能性の高い範囲
VI.漏水対策とその効果

 漏水の対策として、水理破砕の生じる可能性の高い部分に粘土によるブランケットを追加施工した。図-6に施工前後での漏水量を示す。施工前は貯水位がEL.653.5mを越えたところで漏水量が急増していたが施工後はある幅で変動するだけで貯水位の変化による急激な増加は見られなくなった。これにより、今回示した、土の力学的性質(特に限界伸びひずみ)を亀裂発生の判断基準とし、有限要素法により水理破砕発生の可能性を推定する方法の有効性が確かめられた。

図-6 漏水対策前後での漏水量の比較
VII.まとめ

 1.軟弱な地盤での現場水理破砕試験を可能にし、貯水圧が水平土圧を上回ると水理破砕の可能性があるという水理破砕の定性的性質を確認した。

 2.土の力学的性質を測定し、亀裂の発生推定する基準となる応力・ひずみを測定した。特に、火山灰ロームの様な軟弱な土に対し、引張試験を可能とした。

 3.土の力学的性質の測定結果と有限要素法による計算値の比較により水理破砕の発生する可能性の高い範囲を推定する方法を示した。

 4.基礎部での水理破砕の危険性を示し、新たな問題提起をした。

審査要旨

 ダムには、コンクリートを用いて作るものと岩石・土などを主材料として作るものとがある。後者はフィルダムと呼ばれるもので、近年、岩石や土などを扱う技術が進歩して基礎地盤の弱いところにも安全にかつ安価に作れるようになったことから、とくに広く用いられてきている。しかし、このフィルダムは基本的に堤体内部の浸食による破壊の可能性を内蔵している。本研究では、この内部浸食の原因が水理破砕であると推定される場合が多いことに注目し、その原因と対策について考究したものである。

 第1章では序論であり本研究の目的と位置づけについて、これまでの研究の経緯とともに述べている。この水理破砕の詳細には未だ不明な点が多い。実験は幾つか行われているが、室内実験のみの限られたものであったり、一部不適切な方法を用いたりして、実際の現場の状態を再現しきれていない問題があった。また、軟弱地盤上にダムを作る際に、水理破砕の危険性を技術的に事前に推定する方法は提案されておらず、その危険性を推定してから建設した例はほとんどない。そのため、本研究では、水理破砕に関する現場実験による確認と、室内実験を合わせての水理破砕発生の基礎的過程の分析の二点を目的としている。

 第2章は水理破砕の基本概念について述べているが、この研究では堤体中に散在する小さな縦亀裂が、その内部の水圧の上昇により拡張され連結されてつながり、最終的に堤体を横断する亀裂面が形成される過程を示している。

 第3章は研究の対象とした大谷内ダムの概要について述べている。このダムについては試験湛水時に漏水量が急増したことが知られている。この原因について、築堤中に堤体あるいはその基礎部分に亀裂が生じており、貯水による水圧でその亀裂が拡張されて水理破砕が生じた可能性があることを示している。

 第4章では現場で行った実験の方法とその結果を述べている。実験で用いた装置は独自に開発したもので、岩盤の破砕で用いられるものに比べ容易かつ安価なものである。これにより水理破砕の定性的性質を現場レベルで実験により確認した。この実験により一度生じた亀裂は水平土圧程度で再び開き、貯水圧が水平土圧を上回ると水理破砕が発生する危険性を現場実験で確認している。

 第5章では必要な力学的特性の測定を行う方法を開発し、ダムから採取した試料を用いて測定したその結果について述べている。特に、これまであまり考慮されなかった引張側の特性を得るために中空厚肉円筒試料を用いた引張試験を行う方法は新しい方法で、これを用いて測定した結果、圧縮側の強度特性との比較をしている。これらから、対象としたダムの基礎及び堤体の物性値を把握することにより水理破砕の発生する応力・ひずみ量等の判断基準となる値を得ている。

 第6章では漏水の測定が行われている部分に対し浸透解析を行った結果について述べている。浸透解析は有限要素法により行い、ダムの漏水が土粒子間のダルシー流によるものか否かを検討し、亀裂の存在を仮定することが妥当であることを導いている。

 第7章では堤体及び基礎において有限要素法によって築堤過程の応力解析を行った結果について述べている。第5章の力学的特性と第7章の解析により得られた値により堤体及び基礎中に亀裂が生じている可能性について検討した。また、漏水量が急増した時の貯水位圧と水平土圧の比較により亀裂の発達の可能性について検討し、水理破砕発生の推定法を示している。

 第8章では対象としたダムで行われた漏水対策とその結果について述べる。これにより、今回の推定法の有効性を確認している。

 第9章においては、結論として以上のことが総合的にまとめられている。

 以上、要するに本論文は、ダムの破砕の原因となる可能性が高いにもかかわらず、現在まであまり研究の行われていなかった水理破砕に注目し、その現象を新しく開発した現場実験および室内実験によって基礎的に明らかにし、さらにダム建設に当たって事前に危険性を推定する基礎的技術を提案したもので、水利環境工学、環境地水学、農地環境工学の学術上応用上貢献するところ少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51030