学位論文要旨



No 213186
著者(漢字) 善野,修平
著者(英字)
著者(カナ) ゼンノ,シュウヘイ
標題(和) フラビン還元酵素及びニトロ還元酵素の構造と反応特性の解析
標題(洋)
報告番号 213186
報告番号 乙13186
学位授与日 1997.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13186号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 助教授 西山,真
内容要旨

 蛋白分子がどのように色々な触媒機能を獲得したり、欠失したりするのかということは蛋白進化に関する重要な課題の1つである。酵素の多様性や変異導入した酵素の解析は酵素蛋白の進化機構を探る上での助けとなる。本研究では、フラビン還元酵素とニトロ還元酵素を材料として、両酵素の一次構造と反応特性を比較し、さらに酵素蛋白の試験管内進化を試み、フラビン酵素の進化の考察を行なった。

 本論文で取り上げる発光細菌のフラビン還元酵素は電子供与体としてNAD(P)Hを用い、発光反応と共役してルシフェラーゼに基質である還元型FMNを供給する役割を演じている酵素である。一方、大腸菌のニトロ還元酵素はNAD(P)Hを用いて、ニトロ芳香族化合物のニトロ基を還元し、変異を誘導する決定的なステップに関与している酵素である。

 発光細菌V.fischeri由来の主要活性成分であるNAD(P)H-フラビン還元酵素(FRase I)遺伝子を、アミノ末端配列の情報を基にして単離した。FRase I遺伝子は218アミノ酸からなる分子量24,562の蛋白をコードしていた。また、その他の発光細菌S.hanedai,V.harveyiおよびV.orientalisにもその相同遺伝子は存在した。FRase IはSalmonella typhimuriumとEnterobacter cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素と32-34%、Thermus thermophilusのNADH酸化酵素と22%の配列相同性を示した。クローン化精製FRase Iは酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合している二量体で、電子受容体としてフラビン類の他、ニトロ芳香族化合物やキノン類等を利用できる広い特異性を有し、ping-pongBi-Bi機構に従う反応を触媒した。FRase Iのニトロ還元反応は拮抗阻害剤ジクマロールで強く阻害されたが、第二の基質であるFMNでは阻害されなかった。

 FRase Iとの比較のために、大腸菌のFRase I counterpartを解析した。FRase IとS.typhimuriumとE.cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素間の保存アミノ酸配列を基にしてPCRクローニングした遺伝子は染色体上13分にマップされ、NAD(P)H-ニトロ還元酵素(NfsB)遺伝子であると判明した。NfsBは217アミノ酸からなる分子量23,904の蛋白で、FRase Iと33%、S.typhimuriumとE.cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素と88-89%の配列相同性を有していた。クローン化精製NfsBは酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合した二量体で、ping-pong Bi-Bi機構に従い、大部分はFRase Iと類似した性質を持っていたが、FMN/FADに対する反応性をほとんど欠いていた。このように、NfsBはFRase IのFMN/FAD還元酵素活性欠損体であると位置付けられる。

 さらに、NfsBとは別のニトロ還元酵素を分子レベルで解析する目的で、大腸菌染色体上の19minに位置するニトロ還元酵素遺伝子を解析したところ、240アミノ酸からなる分子量26,799のNADPH-ニトロ還元酵素(NfsA)をコードしていた。非常に興味深いことに、NfsAは発光細菌Vibrio harveyiのNADPH-フラビン還元酵素(Frp)と51%の配列相同性を示したが、NfsBとは有意義な相同性を示さなかった。その他、NfsAは枯草菌の機能不明なipa-43d遺伝子産物とも40%の相同性を有していた。このように、NfsA/Frpの関係はNfsB/FRase Iの関係と同様に、大腸菌ニトロ還元酵素と発光細菌フラビン還元酵素が進化的に近縁な関係にあることを示す事例である。クローン化精製NfsAはNfsBおよびFRase Iと同様に、酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合しており、ping pong Bi-Bi様式で反応する。NfsAもNfsBと同様に、低レベルのFMN/FAD還元酵素活性しか示さなかった。アゾ還元酵素活性においては、NfsBがFMNの共存下でのみ低レベルの活性を示したのに対して、NfsAはFMN非共存下で低レベルの活性を示した。さらに、NfsBではFMNの共存による活性の阻害はなかったが、NfsAの活性はFMNで阻害された。しかし、NfsAはNfsBの強力な阻害剤であるジクマロールでほとんど阻害されなかった。これらのFMNやジクマロールによる阻害の違いは基質結合を取り巻く環境がNfsAとNfsBの間で根本的に異なっていることを暗示しているかもしれない。種々のニトロ芳香族化合物に対する還元効率はNfsAとNfsBで類似し、また両酵素の4-置換ニトロベンゼン化合物に対する反応はそれらの還元電位に依存していた。このことはNfsAとNfsBで見かけ上の配列相同性がないにもかかわらず、それらの活性中心は類似していることを物語っている。

 NfsAと配列相同な枯草菌のipa-43d遺伝子産物とV.harveyiのFrpのクローン化酵素を精製し、NfsAと比較解析した。ipa-43d遺伝子産物はNADPH特異的ニトロ/フラビン還元酵素(Nfr)で、酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合したフラビン蛋白であった。NfrとFrpの電子受容体特異性は類似しており、高いFMN/FAD還元活性を持っていた。よって、NfsAはFrp/NfrのFMN/FAD還元酵素活性欠損体と見なせる。NfsB/FRase IとNfsA/Frp/Nfrの特性が非常によく似ているので、再度、配列類似性を解析したところ、NfsBファミリーに属するNoxがNfsAファミリーのメンバーと類似性を有することが新たに検出された。FrpとNoxのFMN結合に係わるアミノ酸残基を基にアライメントすることにより、NfsBファミリーとNfsAファミリーに共通なFMN結合部位の存在が明らかとなった。よって、NfsAファミリーとNfsBファミリーは1つのスーパーファミリーとして統合でき、これまでに示したそれぞれのフラビン還元酵素とニトロ還元酵素は1つの祖先蛋白から拡散進化して生じたものと推察される。

 NfsBにランダムな変異を導入し、FMN還元活性が顕著に増大する変異酵素をスクリーニングし解析したところ、Phe-124の1アミノ酸置換あるいは欠失したNfsBは高いFMN/FAD還元活性を獲得したFRase I様のフラビン還元酵素に変換した。FRase Iにおいては、NfsB-124位に対応するアミノ酸が欠失しているので、NfsBからFRase Iへの拡散進化をもたらした要因として最も有望なのはPhe-124の欠失ではないかと推察される。しかしながら、その逆のNfsBのPhe-124に対応する位置にPhe残基を挿入したFRase Iは、FMN/FAD還元活性を欠失したニトロ還元酵素に変換しなかった。もしかすると、FRase I→NfsBの進化はNfsB→FRase Iの進化とは異なった要因により引き起こされるのかもしれない。また、NfsAに対しても、NfsBと同様な変異スクリーニング処理を行ない、Glu-99のGlyへのlアミノ酸置換がFrp様のフラビン還元酵素への変換を導くことを明らかにした。また、このNfsA変異体はアゾ色素タートラジン還元活性が30倍も増大したアゾ還元酵素にも変換していた。ニトロ還元酵素からフラビン還元酵素への変換を導く変異位置であるNfsB-124位あるいはNfsA-99位はそれぞれNox-120位あるいはFrp-99位に対応し、それらの位置は立体構造上では補酵素FMNのすぐ近傍であるので、おそらく、野生型NfsBとNfsAでは物理的障害により基質FMNあるいはFADが活性中心である補酵素FMNに接近しにくくなっているものと考えられる。このように、実際に1アミノ酸置換でニトロ還元酵素からフラビン還元酵素あるいはアゾ還元酵素へ進化させることができたことは、この種の機能進化がある程度の頻繁で生じえることを物語っている。

 大腸菌由来の主要活性成分であるNAD(P)H-フラビン還元酵素(Fre)に対して相同な蛋白を検索したところ、発光細菌luxオペロン内の機能不明なluxG遺伝子産物(LuxG)に最も高い相同性(38%)が見い出され、LuxGがあたかもフラビン還元酵素であるのかように思われた。また、発光細菌ゲノムに対して、luxG遺伝子とは別のfre counterpartの存在を調べたところ、4種の発光細菌P.luminescens,V.fischeri,V.harveyiおよびV.orientalisに見い出された。これらのFre/LuxGはフラビン蛋白でないけれども、広い範疇ではフラビン蛋白のフェレドキシンNADP+還元酵素ファミリーに属するように思われた。Freタイプ酵素はV.fischeriにおいてマイナーな活性成分であるのに対して、大腸菌ではメジャーな活性成分である。これとは対照的に、FRase Iタイプ酵素はV.fischeriにおいてメジャーな活性成分であるが、大腸菌ではそのホモログはNfsBである。これらの事実は、各々の細菌においては個々のフラビン還元酵素の発現レベルが重要なのではなく、還元型FMNの全体量が重要で、言い換えれば、個々のフラビン還元酵素は機能的に同等で交換が可能かもしれないことを暗示している。

審査要旨

 蛋白質分子がどのように様々な触媒機能を獲得したり、欠失したりするのかということは蛋白質進化の観点から非常に興味深い。お互いに関連する酵素群を比較解析することにより、酵素進化の機構を推察することができる。本論文は発光細菌のフラビン還元酵素と大腸菌のニトロ還元酵素およびその類縁酵素の1次構造と生化学的性質を明らかにすることを通じて、これら酵素群の進化機構を解析したもので11章からなる。

 第1章では緒言、第2章では研究の背景、第3章では研究の目的と論文の構成を述べた。

 第4章では、発光細菌Vibrio fischeri由来のNAD(P)H-フラビン還元酵素(FRase I)を解析した。FRase IはSalmonella typhimuriumとEnterobacte cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素と32-34%の配列相同性を示した。活性なFRase IはFMN結合蛋白であり、フラビン類の他にニトロ芳香族化合物にも反応性を示し、その反応はping-pong Bi-Bi機構に従った。

 第5章では、大腸菌のNAD(P)H-ニトロ還元酵素(NfsB)を解析した。NfsBはFRase Iと33%の配列相同性を有し、FMN/FADに対する反応性をほとんど欠いているものの、FRase Iの性質と類似していた。そのニトロ還元反応はジクマロールで強く阻害されたが、第二の基質であるFMNでは阻害されなかった。

 第6章では、大腸菌のNADPH-ニトロ還元酵素(NfsA)を解析した。NfsAは発光細菌Vibrio harveyiのNADPH-フラビン還元酵素(Frp)と51%の配列相同性を示した。NfsA/Frpの関係はNfsB/FRase Iの関係に次ぐ、大腸菌ニトロ還元酵素と発光細菌フラビン還元酵素が進化的に近縁な関係にあることを示す事例である。FMNを非共有結合するNfsAは低レベルのFMN/FAD還元酵素活性を有し、ping-pong Bi-Bi機構を示す。また、種々のニトロ芳香族化合物に対する還元効率がNfsAとNfsBで類似し、還元電位に依存することから、NfsAとNfsBの活性中心が似かよっていると推察できる。しかしながら、NfsAのニトロ還元反応はジクマロールでほとんど阻害されないが、FMNで阻害され、NfsBとは全く異なる反応阻害を示した。このことから、基質結合を取り巻く環境がNfsAとNfsBの間で大きく異なっていることが示唆された。

 第7章では、枯草菌のNADPH-ニトロ/フラビン還元酵素(Nfr)とFrpを解析した。NfrとFrpは高レベルのFMN/FAD還元酵素活性を有する他はNfsAとよく似た性質を持っていた。また、詳細な配列類似性の解析から、NfsB/FRase IとNfsA/Frp/Nfrの間に共通なFMN結合部位の存在が明らかとなり、フラビン還元酵素とニトロ還元酵素は1つの祖先蛋白から拡散進化して生じたものと結論付けられた。

 第8章では、試験管内でのニトロ還元酵素のフラビン還元酵素への変換を示した。NfsBとNfsAにランダムな変異を導入し、FMN還元活性が顕著に増大する変異酵素をスクリーニングした。NfsBではPhe-124の1アミノ酸置換あるいは欠失が、NfsAではGlu-99のGlyへの置換が、それぞれFMN/FAD還元活性の獲得を導いた。ニトロ還元酵素からフラビン還元酵素への変換を導く変異は補酵素FMNの近傍に位置する。野生型NfsBのPhe-124とNfsAのGlu-99は物理的あるいは化学的障害を引き起こし、基質FMNあるいはFADを活性中心である補酵素FMNに接近しにくくしていると見い出された。

 第9章では、発光細菌のNAD(P)H-フラビン還元酵素(Fre)を解祈した。Freは発光細菌群に広く分布し、機能不明なLuxGと配列相同性を有し、フェレドキシンNADP+還元酵素ファミリーに属すると結論された。

 第10章では研究の要約、第11章では残された課題と今後の展望について述べた。

 本研究は、拡散進化によりFMN/FAD還元活性を獲得/欠失した酵素群を見い出し、その触媒活性の獲得を試験管内で再現し、1つの酵素機能の変換の道筋を明らかにした。このような酵素の反応特異性発現の機構が理解されれば、新たな反応性を持つ有用酵素を造成できることにもつながると期待できる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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