蛋白分子がどのように色々な触媒機能を獲得したり、欠失したりするのかということは蛋白進化に関する重要な課題の1つである。酵素の多様性や変異導入した酵素の解析は酵素蛋白の進化機構を探る上での助けとなる。本研究では、フラビン還元酵素とニトロ還元酵素を材料として、両酵素の一次構造と反応特性を比較し、さらに酵素蛋白の試験管内進化を試み、フラビン酵素の進化の考察を行なった。 本論文で取り上げる発光細菌のフラビン還元酵素は電子供与体としてNAD(P)Hを用い、発光反応と共役してルシフェラーゼに基質である還元型FMNを供給する役割を演じている酵素である。一方、大腸菌のニトロ還元酵素はNAD(P)Hを用いて、ニトロ芳香族化合物のニトロ基を還元し、変異を誘導する決定的なステップに関与している酵素である。 発光細菌V.fischeri由来の主要活性成分であるNAD(P)H-フラビン還元酵素(FRase I)遺伝子を、アミノ末端配列の情報を基にして単離した。FRase I遺伝子は218アミノ酸からなる分子量24,562の蛋白をコードしていた。また、その他の発光細菌S.hanedai,V.harveyiおよびV.orientalisにもその相同遺伝子は存在した。FRase IはSalmonella typhimuriumとEnterobacter cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素と32-34%、Thermus thermophilusのNADH酸化酵素と22%の配列相同性を示した。クローン化精製FRase Iは酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合している二量体で、電子受容体としてフラビン類の他、ニトロ芳香族化合物やキノン類等を利用できる広い特異性を有し、ping-pongBi-Bi機構に従う反応を触媒した。FRase Iのニトロ還元反応は拮抗阻害剤ジクマロールで強く阻害されたが、第二の基質であるFMNでは阻害されなかった。 FRase Iとの比較のために、大腸菌のFRase I counterpartを解析した。FRase IとS.typhimuriumとE.cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素間の保存アミノ酸配列を基にしてPCRクローニングした遺伝子は染色体上13分にマップされ、NAD(P)H-ニトロ還元酵素(NfsB)遺伝子であると判明した。NfsBは217アミノ酸からなる分子量23,904の蛋白で、FRase Iと33%、S.typhimuriumとE.cloacaeのNAD(P)H-ニトロ還元酵素と88-89%の配列相同性を有していた。クローン化精製NfsBは酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合した二量体で、ping-pong Bi-Bi機構に従い、大部分はFRase Iと類似した性質を持っていたが、FMN/FADに対する反応性をほとんど欠いていた。このように、NfsBはFRase IのFMN/FAD還元酵素活性欠損体であると位置付けられる。 さらに、NfsBとは別のニトロ還元酵素を分子レベルで解析する目的で、大腸菌染色体上の19minに位置するニトロ還元酵素遺伝子を解析したところ、240アミノ酸からなる分子量26,799のNADPH-ニトロ還元酵素(NfsA)をコードしていた。非常に興味深いことに、NfsAは発光細菌Vibrio harveyiのNADPH-フラビン還元酵素(Frp)と51%の配列相同性を示したが、NfsBとは有意義な相同性を示さなかった。その他、NfsAは枯草菌の機能不明なipa-43d遺伝子産物とも40%の相同性を有していた。このように、NfsA/Frpの関係はNfsB/FRase Iの関係と同様に、大腸菌ニトロ還元酵素と発光細菌フラビン還元酵素が進化的に近縁な関係にあることを示す事例である。クローン化精製NfsAはNfsBおよびFRase Iと同様に、酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合しており、ping pong Bi-Bi様式で反応する。NfsAもNfsBと同様に、低レベルのFMN/FAD還元酵素活性しか示さなかった。アゾ還元酵素活性においては、NfsBがFMNの共存下でのみ低レベルの活性を示したのに対して、NfsAはFMN非共存下で低レベルの活性を示した。さらに、NfsBではFMNの共存による活性の阻害はなかったが、NfsAの活性はFMNで阻害された。しかし、NfsAはNfsBの強力な阻害剤であるジクマロールでほとんど阻害されなかった。これらのFMNやジクマロールによる阻害の違いは基質結合を取り巻く環境がNfsAとNfsBの間で根本的に異なっていることを暗示しているかもしれない。種々のニトロ芳香族化合物に対する還元効率はNfsAとNfsBで類似し、また両酵素の4-置換ニトロベンゼン化合物に対する反応はそれらの還元電位に依存していた。このことはNfsAとNfsBで見かけ上の配列相同性がないにもかかわらず、それらの活性中心は類似していることを物語っている。 NfsAと配列相同な枯草菌のipa-43d遺伝子産物とV.harveyiのFrpのクローン化酵素を精製し、NfsAと比較解析した。ipa-43d遺伝子産物はNADPH特異的ニトロ/フラビン還元酵素(Nfr)で、酵素1分子当り1分子のFMNを非共有結合したフラビン蛋白であった。NfrとFrpの電子受容体特異性は類似しており、高いFMN/FAD還元活性を持っていた。よって、NfsAはFrp/NfrのFMN/FAD還元酵素活性欠損体と見なせる。NfsB/FRase IとNfsA/Frp/Nfrの特性が非常によく似ているので、再度、配列類似性を解析したところ、NfsBファミリーに属するNoxがNfsAファミリーのメンバーと類似性を有することが新たに検出された。FrpとNoxのFMN結合に係わるアミノ酸残基を基にアライメントすることにより、NfsBファミリーとNfsAファミリーに共通なFMN結合部位の存在が明らかとなった。よって、NfsAファミリーとNfsBファミリーは1つのスーパーファミリーとして統合でき、これまでに示したそれぞれのフラビン還元酵素とニトロ還元酵素は1つの祖先蛋白から拡散進化して生じたものと推察される。 NfsBにランダムな変異を導入し、FMN還元活性が顕著に増大する変異酵素をスクリーニングし解析したところ、Phe-124の1アミノ酸置換あるいは欠失したNfsBは高いFMN/FAD還元活性を獲得したFRase I様のフラビン還元酵素に変換した。FRase Iにおいては、NfsB-124位に対応するアミノ酸が欠失しているので、NfsBからFRase Iへの拡散進化をもたらした要因として最も有望なのはPhe-124の欠失ではないかと推察される。しかしながら、その逆のNfsBのPhe-124に対応する位置にPhe残基を挿入したFRase Iは、FMN/FAD還元活性を欠失したニトロ還元酵素に変換しなかった。もしかすると、FRase I→NfsBの進化はNfsB→FRase Iの進化とは異なった要因により引き起こされるのかもしれない。また、NfsAに対しても、NfsBと同様な変異スクリーニング処理を行ない、Glu-99のGlyへのlアミノ酸置換がFrp様のフラビン還元酵素への変換を導くことを明らかにした。また、このNfsA変異体はアゾ色素タートラジン還元活性が30倍も増大したアゾ還元酵素にも変換していた。ニトロ還元酵素からフラビン還元酵素への変換を導く変異位置であるNfsB-124位あるいはNfsA-99位はそれぞれNox-120位あるいはFrp-99位に対応し、それらの位置は立体構造上では補酵素FMNのすぐ近傍であるので、おそらく、野生型NfsBとNfsAでは物理的障害により基質FMNあるいはFADが活性中心である補酵素FMNに接近しにくくなっているものと考えられる。このように、実際に1アミノ酸置換でニトロ還元酵素からフラビン還元酵素あるいはアゾ還元酵素へ進化させることができたことは、この種の機能進化がある程度の頻繁で生じえることを物語っている。 大腸菌由来の主要活性成分であるNAD(P)H-フラビン還元酵素(Fre)に対して相同な蛋白を検索したところ、発光細菌luxオペロン内の機能不明なluxG遺伝子産物(LuxG)に最も高い相同性(38%)が見い出され、LuxGがあたかもフラビン還元酵素であるのかように思われた。また、発光細菌ゲノムに対して、luxG遺伝子とは別のfre counterpartの存在を調べたところ、4種の発光細菌P.luminescens,V.fischeri,V.harveyiおよびV.orientalisに見い出された。これらのFre/LuxGはフラビン蛋白でないけれども、広い範疇ではフラビン蛋白のフェレドキシンNADP+還元酵素ファミリーに属するように思われた。Freタイプ酵素はV.fischeriにおいてマイナーな活性成分であるのに対して、大腸菌ではメジャーな活性成分である。これとは対照的に、FRase Iタイプ酵素はV.fischeriにおいてメジャーな活性成分であるが、大腸菌ではそのホモログはNfsBである。これらの事実は、各々の細菌においては個々のフラビン還元酵素の発現レベルが重要なのではなく、還元型FMNの全体量が重要で、言い換えれば、個々のフラビン還元酵素は機能的に同等で交換が可能かもしれないことを暗示している。 |