土壌の窒素肥沃度は通常、インキュベーション法による可給態窒素量で代表されてきた。しかし、C/N比の高い有機物を施用したとき、作物の窒素吸収量が可給態窒素量を反映しない例が多くの試験研究成果報告書に見られる。このことは、単に施用した有機物から無機化で生じた無機態窒素のみを作物が吸収しているということでは説明できない。本論文は、イネ(陸稲)を用いてこの要因を、無機態窒素吸収力と有機態窒素吸収力の両方の観点から比較究明しようとしたものである。 研究の背景を述べた第1章に続き、第2章では、有機態窒素施用条件下での窒素吸収量の作物間比較を行い、イネの窒素吸収反応がトウモロコシよりも高かったことを2年間の圃場試験で示した。有機態窒素として、「稲わら・米ぬか」(米ぬかと稲わらの混合物、C/N比19.9)を圃場試験に供試したところ、イネの窒素吸収量は「稲わら・米ぬか」施用区の方が高かったが、トウモロコシの窒素吸収量は無施用区と変わりがなかった。このときの無作付区の土壌中の無機態窒素濃度は、両年とも「稲わら・米ぬか」施用区が低く、作物の窒素吸収量に反映しなかったことを確認した。 第3章では、窒素吸収量の作物間差異に関する要因のうち、根域の大きさの差を排除するため、ポット栽培により根域を限定して「稲わら・米ぬか」施用試験を行った。その結果、イネの窒素吸収量はトウモロコシよりも多かったことから、イネは、有機物窒素の施用に対して高い窒素吸収特性をもつと考えた。そして、有機態窒素を施用したときの窒素吸収に関する作物間の差異について以下の仮説を立てた。 (1)作物により窒素無機化の促進作用(根圏効果)に強弱がある。 (2)好んで吸収する窒素形態が作物により異なる。 第4章では、仮説(1)に関して、根圏土壌のプロテアーゼ活性が、作物根圏の窒素無機化にかかわる大きな要因と考えこれについて検討し、さらに重窒素標識「稲わら・米ぬか」の施用試験を行った。各作物とも、根圏土壌のプロテアーゼ活性は非根圏土壌よりも高かったが、トウモロコシ根圏土壌のプロテアーゼ活性の方がイネ、ダイズ根圏土壌よりも高かったこと、また、重窒素標識「稲わら・米ぬか」の施用試験からは、米ぬか窒素の無機化に関する根圏効果に作物間差がなかったことから、仮説(1)では、イネの有機態窒素に対する高い吸収反応を説明できなかった。 第5、6章では、仮説(2)に関して、各形態窒素に対する作物の吸収能力について検討した。第4章の重窒素標識「稲わら・米ぬか」施用試験において、イネが吸収した窒素の15N濃度の高さからみて、イネは、「稲わら・米ぬか」由来窒素が硝酸態となって希釈される前、すなわちアンモニア態、アミノ酸あるいは比較的分子量の大きい形態で窒素を吸収したものと推察した。また、水耕実験によれば、乾物当たりのイネのアンモニア態窒素、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニンの吸収がトウモロコシよりも高いことを確認した。さらに、作物栽培土壌の無機態窒素、アミノ酸の濃度からみて、生育中期以降にイネのアミノ酸吸収が活発になったと考えられ、また、イネ作付土壌中の各分子量画分のタンパク質濃度は、トウモロコシ、ダイズよりも低かったことから、イネによるタンパク質の直接吸収が示唆された。 第7章では、以上の結果を要約し、イネの窒素吸収機構について考察している。土壌に「稲わら・米ぬか」を施用した初期には、微生物による取り込みのため無機態窒素量がきわめて少ない。この競合状態の中でイネはタンパク質、アミノ酸、アンモニア態窒素の吸収にすぐれると考えた。すなわち、イネは無機化過程の途中の段階においても窒素を旺盛に吸収できるため、窒素無機化過程の最終産物である硝酸態窒素をおもな吸収形態とするトウモロコシよりも微生物との競合が、軽減されるため、イネは「稲わら・米ぬか」に対する施用反応が高かったと考えられる。 以上要するに本論文は、有機態窒素に対するイネの窒素吸収反応が他の作物よりも高い要因を解析し、この現象が無機態窒素の吸収のみでは説明が付かないことを示し、農業現場での土耕条件で、有機態窒素が直接吸収されていることの可能性を初めて証明したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |