トマス・ジェファソンは、アメリカ建国の父と呼ばれる政治家であると共に、アメリカ建築史の上で特記さるべき重要な建築家である。ヴァージニア大学は、その代表作としてトマス・ジェファソンの建築理念をもっともよく示す建築であると共に、アメリカの大学キャンパスのその後のひとつのモデルとなった重要な建築である。トマス・ジェファソンの建築についてこれまで多くの研究がなされてきたが、本論文はヴァージニア大学の設計過程について、実地調査,測量,作図を行い、更にオリジナルの図面やスケッチの現物を用いてその生成や変形の形態を具体的に明らかにしようと試みたもので、先ず第一にその視点と方法の独自性が高く評価される。 本文は大きく4章よりなり、それに更に付章と結びが付されて大きく5つの部分からなる。 第1章,序論は建築家トマス・ジェファソンとヴァージニア大学が誕生した背景について述べるもので、先ず、ジェファソンの経歴とその建築的業績と、ヴァージニア大学の設計に影響を与えた書物について論ぜられている。そしてその上で、ジェファソンの建築にこめた理想と、大学設立にこめた理想が整理されて述べられる。 第2章はヴァージニア大学の形態的特徴について述べるもので、先ず分析の対象と構成レヴェルが設定される。次に建築要素,建築単体,建築群の3つのレヴェルについて順次考察される。第1に建築要素のレヴェルでは、1)建物外部の古典オーダーによる柱やエンタプラチャーなどの装飾 2)ローン中央の建物前面を巡るコロネード 3)レンジ,ロトンダの基壇を巡るアーケード 4)建物内部の古典オーダーによるコーニスなどの装飾 5)パヴィリオン・ガーデンのへび状にうねる壁の5つの特徴が取り出される。第2に建築単体のレヴェルとして、1)ロトンダ 2)パヴィリオン 3)コロネードのドミトリー 4)ホテル 5)レンジのドミトリーの5つが分類され、第3に建築群のレヴェルとして、全体配置や建築単体から建築群への構成にみられる特徴が、1)中央の南北方向を軸とする左右対称 2)一本の主軸と二組の副次的な軸群 3)パヴィリオンのパースペクティブな配置 4)ふたつの方向のヒエラルキー 5)エンクローズな構成とリニアーな構成の融合という5つの点から整理される。そして最後に各構成レヴェルの関係が考察される。 第3章では、分析Iとして設計過程の継時的な整理が行われる。先ず予備的な分析として、既往研究や文書による記録から事実関係の整理が行われ、ジェファソンによる既存図面すべてを収集し、分類・整理した結果4つの設計段階が設定される。設計段階Iは大学の理想像のスタディーの段階であり、設計段階IIは、西側パヴィリオンとコロネードのドミトリーのスタディーの段階であり、設計段階iiiは、西側レンジとパヴィリオン・ガーデンのスタディの段階であり、設計段階ivは、東側の各建物とローン全体のスタディーの段階で、1822年末にロトンダ以外の建物がほぼ完成するまでの過程が整理される。大学は1825年3月に開講され、1826年9月にロトンダが竣工し、ジェファソン設計によるヴァージニア大学が完成したのである。 第4章では分析IIとして設計過程にみる形態の生成や変形が分析される。先ず、分析の方法として前章で明らかにされた設計過程から形態的側面のみが抽出され、構成レヴェルの分類、形態の整理-各変化の分析-変化どうしの関係が順次分析される。続いて、設計過程の全般的な整理として、設計過程にみられる形態が抽出され、構成レヴェルが整理された結果、4つの設計段階をさらに細分した10の設計段階が設定される。その上で、各設計段階間の分析がされ、各設計段階間の変化にみられる形態の生成や変形が整理され、そして最後に設計過程全体にわたる形態の生成や変化が整理され考察される。 付章は、ヴァージニア大学が、その他のアメリカの大学キャンパスに与えた影響関係についての考察であって、第1にジェファソンの時代以降のヴァージニア大学について、4つの時期に分けて論ぜられ、続いてアメリカの他のキャンパスについて第1期(19世紀前半-後半)のグリークやゴシック・リヴァイヴァルの時期、第2期(19世紀末-20世紀前半)のボザールの影響期、第3期(19世紀末-20世紀前半)のゴシック・リヴァイヴァルの時期、第4期(20世紀半ば-現在)の大学が極めて多様化し、ヴァージニア大学による影響も多様化した時代について述べられている。 このように本論文は、ヴァージニア大学の設計過程を具体的に分析することによって、トマス・ジェファソンという後世に大きな影響を与えた建築家の設計方法について、新しい理解を導き出し、形態の生成や変形の過程を明らかにすると共に、大学キャンパスの空間構成と様式の持つ意味について考える際の有効な示唆を与えるものである。 よって本研究は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |