学位論文要旨



No 213191
著者(漢字) 萩野,紀一郎
著者(英字)
著者(カナ) ハギノ,キイチロウ
標題(和) トマス・ジェファーソンによるヴァージニア大学の設計過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 213191
報告番号 乙13191
学位授与日 1997.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13191号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香山,壽夫
 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
内容要旨 序.研究的目的と方法

 本研究の目的は、トマス・ジェファーソンによるヴァージニア大学の設計過程、特に形態的特徴の生成や変形の過程を明らかにすることである。また、本研究は、ジェファーソンの建築的業績、アメリカのキャンパス、アメリカ建築の様式の変化などに関する具体的な資料を提供し、建築形態の構成や変形に関する一般的な考察にもつながる。なお、本研究は、現存するジェファーソンの図面や記録、様々な既往研究、1993-96年のフィールド調査などの資料をもとにしている。

 本文の構成は次の通りである。第1章は、序論としてヴァージニア大学が生みだされた背景を整理する。第2章は、ジェファーソン設計によるヴァージニア大学のかたちを明らかにし、その形態的特徴を整理する。第3章は、ヴァージニア大学の設計過程を継時的に整理する。第4章は、設計過程にみられる形態的側面のみを抽出し、形態の生成や変形を整理する。付章は、ヴァージニア大学の影響関係について、ジェファーソンの時代以降のヴァージニア大学、アメリカのキャンパスという二つの視点から検証する。最後は、結びとして、本研究の成果を確認する。

第1章.序論-建築家トマス・ジェファーソンとヴァージニア大学が誕生した背景1.人物像

 ジェファーソンの経歴をまとめ、レネッサンス的万能人という特徴について紹介する。

2.建築的業績

 ジェファーソンの建築家としての評価と、ジェファーソンおよびヴァージニア大学に関する既往研究を整理する。次に、ジェファーソンが設計に関与したと考えられる建築作品すべてを挙げ、簡単に特徴をまとめる。また、ヴァージニア大学の設計に影響を与えた書物について整理する。

3.建築に込めた理想

 ジェファーソンの建築観について、アメリカ独自の建築の模索と文化的独立、当時のアメリカ建築とそれに対する批判、理想としての古典主義とその引用、という三つの視点から整理する。

4.教育と大学に込めた理想

 ジェファーソンの教育観を整理し、ヴァージニア大学以前のアメリカの大学建築を概観する。

(図1)ジェファーソン設計によるヴァージニア大学、ローン中央の立面ドローイング(北向き)、本研究のために収集した様々な資料をもとに作成
第2章.ヴァージニア大学の形態的特徴1.分析の対象と構成レヴェル

 1826年の竣工時のかたちを想定し、ジェファーソン設計による最終的なかたちと考える(図1-3)。ここでは、建築要素-建築単体-建築群という三つの構成レヴェルを設定し、その順に形態的特徴を抽出し、最後に各レヴェル間の関係について考察を加える。

(図2)ジェファーソン設計によるヴァージニア大学、ローン中央の立断面ドローイング(西向き)、本研究のために収集した資料をもとに作成(図3)ジェファーソン設計によるヴァージニア大学、全体配置の平面ドローイング、本研究のために収集した資料をもとに作成
2.建築要素のレヴェル

 他の建築要素と対比される弁別的な建築要素として、以下の五つが抽出できる。

 i).建物外部の古典オーダーによる柱やエンタブラチャーなどの装飾(図4)

 ii).ローン中央の建物前面を巡るコロネード

 iii).レンジ、ロトンダの基壇を巡るアーケード

 iv).建物内部の古典オーダーによるコーニスなどの装飾

 v).パヴィリオン・ガーデンのへび状にうねる壁

(図4)パヴィリオンIのドリス式オーダーの写真と、フレアールの書物に掲載されている原典
3.建築単体のレヴェル

 建物単体を以下の種類に分け、概要と形態的特徴を整理する。

 i). ロトンダ

 ii).パヴィリオン(図5)

 iii).コロネードのドミトリー

 iv).ホテル

 v).レンジのドミトリー

(図5)ジェファーソン自身によるパヴィリオンIの立面図と各階平面図
4.建築群のレヴェル

 全体配置や、建築単体から建築群への構成に、以下の五つの特徴がみられる。

 i).中央の南北方向を軸とする左右対称(図6)

 ii).一本の主軸と二組の副次的な軸群(図6)

 iii).パヴィリオンのパースペクティヴな配置

 iv).ふたつの方向のヒエラルキー(図6)

 v).エンクローズな構成とリニアーな構成の融合

(図6)全体配置にみる左右対称、主要な軸、ヒエラルキー
5.各構成レヴェルの関係

 ある構成レヴェルの形態は、それ自体のかたちだけでなく、下位のレヴェルの形態やその構成形式によって特徴づけられているが、一部の建築要素は構成のレヴェルを越え、建築群の形態を特徴づけている(図7)。そのような建築要素には、建築群の構成を特徴づけている弁別的な建築要素、全体の統一を保つように配置や寸法を調整する建築要素、などの二つの存在形式がある。

(図7)パヴィリオンIXを例にしたアナリティック・ドローイング、各構成レヴェルにみられる形態的特徴を組み合わせて作成
第3章.分析I-設計過程の継時的な整理1.予備的な分析

 既往研究や文書による記録から事実関係を整理し、ジェファーソンによる現存図面すべてを収集し、分類・整理する(図8)。その結果、四つの設計段階が設定される。

2.設計段階I-大学の理想像のスタディー

 ジェファーソンは、1800年頃に大学設立を決意し、1814年にその理想像を図面化した(図9-1)。また、開講されていないアカデミーの理事となり、それをカレッジへと改めた。

3.設計段階II-西側パヴィリオンとコロネードのドミトリーのスタディー

 カレッジが大学へ発展すると信じて計画を進め、1817年4月に敷地を選び、7月に最初のパヴィリオン(現VII)の設計をまとめた。また、敷地の条件のため、ふたつの平行な列による配置に変更した(図9-II-A)。10月に着工し、1818年初めに二つのパヴィリオン(現III,V)の設計をまとめた。

 1818年6月、敷地造成の結果、中央のテラスの幅が短かく、パヴィリオンの両側の個室の数を片側9室に変更した(図9-II-B)

 政治活動も続けられ、1819年にヴァージニア大学の設立が決定された。

 1819年初めまでに二つのパヴィリオン(現I,IX)、3月末までにロトンダの設計をまとめ、その3月には、パヴィリオンのパースペクティヴな配置へ変更した(図9-II-C)

(図8)設計過程分析図表1-現存図面対象別一覧、ジェファーソンや関係者によるすべての現存図面について図面の対象別に分類し(縦軸)、描かれた年代(横軸)の順に並べている(詳細は本文参照)
4.設計段階III-西側レンジとパヴィリオン・ガーデンのスタディー

 レンジの設計も始め、1819年3月末に最初の案(図9-III-A)、4月に第二案(図9-III-B)、7月に第三案をまとめた(図9-II-C)

5.設計段階IV-東側の各建物とローン全体のスタディー

 1819年6月、レンジよりも東側のパヴィリオンの設計と工事を先行することにし、まず西側と同様の位置に建つと設定し(図9-IV-A)、その月のうちに東側のパヴィリオン五つの設計をまとめた。

 東側レンジも、西側レンジと対称の配置が想定されていたが(図9-IV-B)、1820年5月、敷地の条件のため外側へ移動された。その月のうちに東側ホテル、1821年3月までに西側ホテルの設計をまとめた。

 1822年末にロトンダ以外の建物がほぼ完成した。1825年3月に大学が開講され、1826年9月に ロトンダが竣工し、ジェファーソン設計によるヴァージニア大学が完成した(図9-IV-C)。なお、ジェファーソン自身は、完成の直前、1826年7月4に没している。

(図9)ヴァージニア大学の設計過程、全体配置の変形のドローイング、分析Iと分析IIの結果をもとに作成
第4章.分析II-設計過程にみる形態の生成や変形1.分析の方法

 前章で明らかにされた設計過程から形態的側面のみを抽出し、構成レヴェルに分類し、形態の整理-各変化の分析-変化どうしの関係、という順に分析する。

2.設計過程の全般的な整理

 第一に、設計過程にみられる形態を抽出し、構成レヴェルに分けて整理する(図10)。その結果、四つの設計段階をさらに細分した10の設計段階が設定される(図9)

3.各設計段階間の分析

 第二に、各設計段階間の変化にみられる形態の生成や変形を整理する(図11)

(図10)設計過程分析図表2-設計過程全般にみる構成レヴェル別の形態、設計過程にみられるまとまった形態を抽出し、構成レヴェルに分類し(縦軸)、年代の順(横軸)に並べている(詳細は本文参照)(図11)設計過程分析図表3.i-設計段階I-IIの変化にみる構成レヴェル別の変形
4.設計過程全体の分析と考察

 第三に、各設計段階間の分析を総合し、設計過程全体にわたる形態の生成や変形について整理する(図12)。その結果、以下の五つの考察が導かれる。

 i).様々な構成レヴェルにおける生成や変形が、相互に関連しながら展開されている。

 ii).いくつかの設計段階にまたがる一連の形態の生成や変形が見いだせ、それは、前章で設定した四つの設計段階にほぼ一致する。

 iii).各変化の過程において、いくつかの構成レヴェルにおいてのみ生成や変形がみられることから、ある時点でスタディーが飛躍していないことが確認される。

 iv).ヴァリエーションと対比という概念による生成や変形が多くみられる。それらは、ともに一定の枠組のなかで相違点をもち、前者では共通点が、後者では相違点が強く認熾される。例えば、同種の建物間にヴァリエーション、別種の建物間に対比がみられる。

 v).建築単体や建築群のレヴェルの生成や変形を特徴づけている建築要素の存在が確認される。例えば、建築単体のヴァリエーションや対比は、建築要素の特徴によって生じている。

(図12)設計過程分析図表4-設計過程全体にみる構成レヴェル別の変形、各設計段階間の分析をまとめ、構成レヴェル(縦軸)と設計段階の順(横軸)に並べたもの(詳細は本文参照)
付章 展開-ヴァージニア大学の影響関係1.ジェファーソンの時代以降のヴァージニ大学

 以下の四つの時期に分け、ローンが周囲に与えた影響などを整理する。

 第1期(19世紀半ば)は、ゴシックなど、様々な様式の建物が少しづつ建設された。

 第2期(19世紀末-20世紀初)は、ホワイトの計画によりローンが拡張され(図13)、南端が閉ざされた。

 第3期(20世紀前半)は、マニングによる拡張計画が作成され(図14)、ジェファーソンの建物を参考に建物が建てられたが、建築要素の表面的な模倣に留まった。

 第4期(20世紀半ば-現在)は、急激にキャンパスが拡張される一方、ローンは歴史保存の考えにより保存されている。

(図13)スタンフォード・ホワイトによるローンの拡張計画、1898-1910(図14)ワレン・マニングによるキャンパス全体の拡張計画、1913
2.アメリカの他のキャンパス

 以下の四つの時期に分類し、ヴァージニア大学の影響関係を整理する。

 第1期(19世紀前半-後半)は、グリークやゴシック・リヴァイヴァルによるキャンパスが多く、ヴァージニア大学との共通点は少ない。

 第2期(19世紀末-20世紀前半)は、ボザールの影響による計画が多く、古典主義形態、軸による構成など、ヴァージニア大学との共通点が多い。一方、軸線の複数化、建物や全体配置の巨大化などの相違点も見られる(図15)

 第3期(19世紀末-20世紀前半)は、ゴシック・リヴァイヴァルによる計画が行われたが、少人数の共同生活という点のみヴァージニア大学と共通している。

 第4期(20世紀半ば-現在)は、大学が極めて多様化し、ヴァージニア大学による影響も極めて多様である。

結び.研究の成果

 本研究から、以下の四点が確認され、設計過程の形態的な分析の一例を示したといえる。

 i).ヴァージニア大学の形態的特徴と、その設計過程を明らかにしている。

 ii).設計過程にみられる形態の生成や変形の過程を明らかにしている。

 iii).図面による分析や表現を通じて、建築形態に即した研究となっている。

 iv).分析の内容、視点、方法が相互に適合している。

(図15)ボザールの影響によるキャンパス計画とヴァージニア大学のドローイング、軸線が複雑化された例を省き、ひとつの主軸による構成をもつ例を数例選び、同じスケールによる比較を試みている
審査要旨

 トマス・ジェファソンは、アメリカ建国の父と呼ばれる政治家であると共に、アメリカ建築史の上で特記さるべき重要な建築家である。ヴァージニア大学は、その代表作としてトマス・ジェファソンの建築理念をもっともよく示す建築であると共に、アメリカの大学キャンパスのその後のひとつのモデルとなった重要な建築である。トマス・ジェファソンの建築についてこれまで多くの研究がなされてきたが、本論文はヴァージニア大学の設計過程について、実地調査,測量,作図を行い、更にオリジナルの図面やスケッチの現物を用いてその生成や変形の形態を具体的に明らかにしようと試みたもので、先ず第一にその視点と方法の独自性が高く評価される。

 本文は大きく4章よりなり、それに更に付章と結びが付されて大きく5つの部分からなる。

 第1章,序論は建築家トマス・ジェファソンとヴァージニア大学が誕生した背景について述べるもので、先ず、ジェファソンの経歴とその建築的業績と、ヴァージニア大学の設計に影響を与えた書物について論ぜられている。そしてその上で、ジェファソンの建築にこめた理想と、大学設立にこめた理想が整理されて述べられる。

 第2章はヴァージニア大学の形態的特徴について述べるもので、先ず分析の対象と構成レヴェルが設定される。次に建築要素,建築単体,建築群の3つのレヴェルについて順次考察される。第1に建築要素のレヴェルでは、1)建物外部の古典オーダーによる柱やエンタプラチャーなどの装飾 2)ローン中央の建物前面を巡るコロネード 3)レンジ,ロトンダの基壇を巡るアーケード 4)建物内部の古典オーダーによるコーニスなどの装飾 5)パヴィリオン・ガーデンのへび状にうねる壁の5つの特徴が取り出される。第2に建築単体のレヴェルとして、1)ロトンダ 2)パヴィリオン 3)コロネードのドミトリー 4)ホテル 5)レンジのドミトリーの5つが分類され、第3に建築群のレヴェルとして、全体配置や建築単体から建築群への構成にみられる特徴が、1)中央の南北方向を軸とする左右対称 2)一本の主軸と二組の副次的な軸群 3)パヴィリオンのパースペクティブな配置 4)ふたつの方向のヒエラルキー 5)エンクローズな構成とリニアーな構成の融合という5つの点から整理される。そして最後に各構成レヴェルの関係が考察される。

 第3章では、分析Iとして設計過程の継時的な整理が行われる。先ず予備的な分析として、既往研究や文書による記録から事実関係の整理が行われ、ジェファソンによる既存図面すべてを収集し、分類・整理した結果4つの設計段階が設定される。設計段階Iは大学の理想像のスタディーの段階であり、設計段階IIは、西側パヴィリオンとコロネードのドミトリーのスタディーの段階であり、設計段階iiiは、西側レンジとパヴィリオン・ガーデンのスタディの段階であり、設計段階ivは、東側の各建物とローン全体のスタディーの段階で、1822年末にロトンダ以外の建物がほぼ完成するまでの過程が整理される。大学は1825年3月に開講され、1826年9月にロトンダが竣工し、ジェファソン設計によるヴァージニア大学が完成したのである。

 第4章では分析IIとして設計過程にみる形態の生成や変形が分析される。先ず、分析の方法として前章で明らかにされた設計過程から形態的側面のみが抽出され、構成レヴェルの分類、形態の整理-各変化の分析-変化どうしの関係が順次分析される。続いて、設計過程の全般的な整理として、設計過程にみられる形態が抽出され、構成レヴェルが整理された結果、4つの設計段階をさらに細分した10の設計段階が設定される。その上で、各設計段階間の分析がされ、各設計段階間の変化にみられる形態の生成や変形が整理され、そして最後に設計過程全体にわたる形態の生成や変化が整理され考察される。

 付章は、ヴァージニア大学が、その他のアメリカの大学キャンパスに与えた影響関係についての考察であって、第1にジェファソンの時代以降のヴァージニア大学について、4つの時期に分けて論ぜられ、続いてアメリカの他のキャンパスについて第1期(19世紀前半-後半)のグリークやゴシック・リヴァイヴァルの時期、第2期(19世紀末-20世紀前半)のボザールの影響期、第3期(19世紀末-20世紀前半)のゴシック・リヴァイヴァルの時期、第4期(20世紀半ば-現在)の大学が極めて多様化し、ヴァージニア大学による影響も多様化した時代について述べられている。

 このように本論文は、ヴァージニア大学の設計過程を具体的に分析することによって、トマス・ジェファソンという後世に大きな影響を与えた建築家の設計方法について、新しい理解を導き出し、形態の生成や変形の過程を明らかにすると共に、大学キャンパスの空間構成と様式の持つ意味について考える際の有効な示唆を与えるものである。

 よって本研究は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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