学位論文要旨



No 213192
著者(漢字) 熊田,善生
著者(英字)
著者(カナ) クマダ,ヨシオ
標題(和) 円周方向にマイクログルーブをもつすべり軸受の特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213192
報告番号 乙13192
学位授与日 1997.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13192号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 加藤,孝久
内容要旨

 近年の自動車用エンジンの高性能化,低燃費化,排気ガスの清浄化などに伴い,エンジン用すべり軸受への負荷はますます厳しくなってきている.そこで,軸受性能の一層の向上を図るため,従来は流体潤滑を阻害する要因とみられていた軸受摺動面の微視的形状に着目し,図1に示すような円周方向に規則的なマイクログルーブを施した軸受(以下,マイクログルーブ軸受と呼び,図中MGBと記す)を取り上げた.すなわち,この軸受は,

 (1)軸受の表面に施されたマイクログルーブが容易に変形・摩耗することにより,軸受のなじみ性に優れること.

 (2)グルーブに沿った潤滑油の流量が多くなることにより,軸受温度が低下すること.の二つの特長をもつと予想した.また,その特長により耐焼付き性・耐疲労性などの耐久性能が向上し,軸受損傷を防止する対策になると考えた.

 マイクログルーブ軸受の性能の検討には,現在,自動車のエンジン用すべり軸受として使用されている,オーバレイ付き銅鉛合金とアルミニウム合金を用い,材質・設計が同じで,表面にマイクログルーブを施さない平滑軸受(図中NPBと記す)との比較を行った.なお,マイクログルーブの設計はピッチ(p)と溝深さ(h)により行い,実験にはp=0.1〜0.4mm,h=3〜6mの範囲の7種類のマイクログルーブ軸受を用いた.

図1 軸受の外観とマイクログルーブの微視的形状

 マイクログルーブ軸受の基本特性として,上述した二つの特長であるなじみ性,軸受温度と潤滑油流量について,実験的・理論的に平滑軸受と比較した.本論文では,流体潤滑条件下で使用するすべり軸受のなじみ性を,「混合潤滑状態から流体潤滑状態へいかに早く遷移することができるか,また,遷移の生ずる軸受定数の値がどこまで小さくなり得るか」という軸受の性能と考え,マイクログルーブ軸受のなじみ性を,静荷重下での回転速度の段階的減少・荷重の段階的増大など,軸受定数を段階的に減少させる条件で軸受の運転を行い,その時の摩擦トルクの測定,軸・軸受間の接触電気抵抗の測定によって調べた.結果の一例として図2に,摩擦トルクを測定した記録のうち,典型的な変動パターンを示す箇所をマイクログルーブ軸受,平滑軸受それぞれについて示す.これらの変動は,回転速度を段階的に下げる過程で発生したが,マイクログルーブ軸受の場合には仮に高いトルクピークが発生してもすぐに低下し安定した摩擦トルクに戻るのに対し,平滑軸受の場合には,なかなか安定したトルクになりにくいことがわかる.この結果に示すように,混合潤滑状態から流体潤滑状態への遷移は平滑軸受に比較して,適切なグルーブ設計をしたマイクログルーブ軸受の場合の方が格段にスムーズに行われ,また,小さな軸受定数にまで遷移することがわかった.なお,その主要因はマイクログルーブ頂部の塑性変形であり,一部摩耗であろうと推定した.

図2 摩擦のなじみ過程における典型的な変動パターン

 マイクログルーブ軸受の高速運転による温度上昇については,排気量2リッタ,直列6気筒のガソリンエンジンを用い,負荷が厳しい中央(#4)主軸受,#3主軸受に試験軸受を組み込んで,ファイアリングにより実験を行った.その結果,図3に示すように,適切なグルーブ設計をしたマイクログルーブ軸受(G24,p=0.2〜0.25mm,h=4〜4.5m)の温度上昇は,5000〜7700r/minの全領域で平滑軸受に比較して5〜20%低いことがわかった.その主要因として,マイクログルーブ軸受の潤滑油流量が平滑軸受より多いことが考えられるため,潤滑油流量についてChristensenの修正レイノルズ方程式とMartin & Leeの強制油量の式を用いて,温度測定に対応する条件で計算を行った.その結果,マイクログルーブ軸受の潤滑油流量は平滑軸受に比較して多く,溝深さが大きいほど多くなった.また,この結果は図4に7700r/min時の例を示すように,実験から得た温度上昇量と明確な負の相関関係にあることがわかった.

図3 軸受温度の回転速度による変化(#4,銅鉛合金軸受)図4 軸受温度上昇と潤滑油流量の関係

 マイクログルーブ軸受の実用性能として,摩耗特性・焼付き特性・疲労特性の三つの耐久性能についてジャーナル型の軸受試験機により,総合性能として実際のエンジンにより試験を行い,平滑軸受と比較した.摩耗特性については,往復動荷重下で100時間の運転を行い,オーバレイ付き銅鉛合金軸受の肉厚の推移およびマイクログルーブ軸受の場合には残ったグルーブの深さの推移を調べた.100時間後のマイクログルーブ軸受,平滑軸受の肉厚摩耗量に大きな差はみられないが,マイクログルーブ軸受の溝深さの低減が,初期に急激に起きることに対応して,肉厚摩耗が急激に増大するのに対し,平滑軸受では初期から穏やかな推移を示した.焼付き特性については,運転途中に潤滑油の供給を停止し,同一速度・同一荷重で運転を続けて,供給停止から焼付きが発生するまでの時間で定義した焼付き時間を測定した.図5に示すように,平滑軸受の多くが短時間で焼付きを発生したのに比較し,マイクログルーブ軸受の場合には,潤滑油供給停止後50分経過するまで,アルミニウム合金の一点を除き,焼付きが発生しなかった.これは,軸受表面に潤滑油を保持する性能が優れていることによると推定した.疲労特性は,往復動荷重下でオーバレイ付き銅鉛合金のマイクログルーブ軸受のオーバレイの耐疲労性を平滑軸受と比較した.試験後の軸受の表面には,いずれも一種唐草風の模様が見られるが,これはオーバレイの欠落した部分に対応し,マイクログルーブ軸受の場合には摺動方向に連続につながるのに対し,平滑軸受ではほとんどが摺動方向に対して斜めないし横につながる形態をとった.また,図6に示すように,疲労寿命についても,マイクログルーブ軸受の寿命は平滑軸受と同等以上で,適切なグルーブ設計をすれば約5倍の寿命を示し,疲労特性に優れていることが確認された.

図5 耐焼付き性の比較図6 マイクログルーブ軸受の疲労寿命

 実際のエンジンを使用して,総合性能の確認と,一部直径すきまを極端に小さくした場合の焼付き特性を調べた.使用したエンジンは,排気量・型式・気筒数がそれぞれ4リッターV8,3リッターV6,3.2リッターV6,1.8リッターL4,2.7リッターL4の5種類のガソリンエンジンである.試験は軸受にとって厳しい条件である4種類の試験パターンで行った.全部で9回の試験において,焼付き・疲労などは全く見られず,摩耗も6m以内で良好な結果であった.ただし、アルミニウム合金のマイクログルーブ軸受G24を組み込んで行った1回の試験では,主軸受のマイクログルーブ形状がクランク軸の主軸受部に転写され約2mの凹凸がついた.そのため,アルミニウム合金でのグルーブの設計はその深さを3m以内に抑えることにした.また,レース用エンジンへの適用を考え,レース用にチューンアップした1.6リッターL4のガソリンエンジンでオーバレイ付き銅鉛合金のマイクログルーブ軸受を評価したが,良好な結果を得た.

 以上の検討の結果,自動車用ガソリンエンジンに対し,適切なマイクログルーブの設計をしたマイクログルーブ軸受は平滑軸受に比較して基本特性,耐久性能に優れ,オーバレイ付き銅鉛合金のマイクログルーブ軸受では,ピッチp=0.2〜0.25mm,溝深さh=4〜4.5mが,アルミニウム合金では,p=0.15〜0.25mm,h=2.5〜3mが最適であることがわかった.

審査要旨

 工学修士 熊田喜生 提出の論文は,「円周方向にマイクログルーブをもつすべり軸受の特性に関する研究」と題し,4編12章からなっている.

 自動車エンジンのクランク軸の軸受は,最高圧力50MPa,軸の最高周速毎秒十数メートルに達する苛酷な条件で運転されている.本研究は,このような高負荷すべり軸受を対象として,さらにきびしさを加えつつある使用条件に対応すべく,その性能の一層の向上を目的としたものである.

 このような高負荷すべり軸受は,摩擦係数を低くし,摩擦熱の除去を容易にし,さらに摩擦面の損傷を防ぐために,軸と軸受の間の摩擦面に流体力学的な作用によって潤滑油の膜を介在させる,"流体潤滑状態"で運転することを前提として設計される.そのために摩擦面をできるだけ平滑にし,油膜の形成を容易にすることが一般の常識であった.その常識に反し,すべり軸受の円筒状の摩擦面全面にわたって円周方向の微細なみぞを規則的に作った"マイクログルーブ軸受"の開発を目指したところが本研究の特徴である.

 第1編第1〜5章は序論で,緒言に続いてエンジン用すべり軸受の性能,設計,材料,製造を概説した後,摩擦面の微視的形状に関する従来のトライボロジカルな研究を展望し,開発するマイクログルーブ軸受の設計,材料,加工法などをまとめるとともに,本研究の目的と本論文の構成について述べている.

 第2編第6〜8章は,マイクログルーブ軸受の基本特性の研究について述べている.著者はマイクログルーブ軸受の基本的な特性として,(1)みぞとみぞの間の稜の部分が比較的容易に変形あるいは摩耗することにより,わずかな軸の傾きや予想外の高荷重が作用した場合などに生じうる軸と軸受間の固体接触を早期に解消して流体潤滑状態を確立する"なじみ性"が向上すること,(2)稜の部分により潤滑油の側方洩れを防ぎ,流体圧力の発生を確保したまま,みぞに沿う潤滑油流量の増加によって軸受の温度上昇が小さくなること,これら二つの効果を期待した.まず第6章ではなじみ性を取上げ,静荷重軸受試験機を用いて,潤滑油温度の上昇・荷重の上昇・回転速度の低下をこの順にそれぞれ段階的に行ない,流体潤滑膜の最小膜厚を逐次減少させる条件の下で軸受を運転し,段階的な膜厚の減少にともなう過渡的な固体接触の発生を,摩擦係数の変動と接触電気抵抗の変化によって調べている.その結果,マイクログルーブ軸受は平滑軸受に比べ,過渡的な摩擦のピークが短時間で消失すること,流体潤滑膜の形成を示す高い接触電気抵抗が早期に現われることなど,なじみ性にすぐれていることを明らかにしている.第7章においては,マイクログルーブ軸受を実際のエンジンのクランク軸主軸受に用いて運転中の温度上昇を測定し,特にそれが問題になる高速運転において,上昇幅が平滑軸受より5〜20%減少することを示し,その減少量が潤滑油流量の計算値と良好な相関を示すことを明らかにしている.第8章ではこれら基本特性をまとめている.

 第3編第9〜12章は,軸受の実用性能としての摩耗特性・焼付き特性・疲労特性の三つの耐久性能と,実際のエンジンにおける総合評価,さらに最適設計を取上げ,実用性を備えたマイクログルーブ軸受の開発を論じている.第9章では,まず往復動荷重試験機において高荷重の下で運転した場合の軸受の摩耗を調べ,上述のなじみ性と対応して,マイクログルーブ軸受ではごく初期に稜部の摩耗を生ずるが,その後の摩耗はごく僅かであることを示している.ついで潤滑油の供給が不十分となった場合を想定し,回転荷重試験機を用いて運転中に潤滑油の供給を中止した後の軸受の焼付きを調べて,みぞに保持される潤滑油による耐焼付き性の向上を明らかにした.さらに往復動荷重で運転した場合の疲労寿命が,適切なみぞの設計によって平滑軸受より大幅に延長されることを示し,その機構を論じている.第10章では,実際のエンジンにマイクログルーブ軸受を用いて一般的な試験条件の下で実用上問題の生じないことを確認し,第11章ではこれらの結果を整理してマイクログルーブ軸受の最適設計について述べている.第12章は第3編のまとめである.

 第4編は結論で,本研究の主要な成果をまとめている.

 以上を要するに本論文は,自動車エンジンのクランク軸軸受などへの応用を主目的とした高負荷すべり軸受として"マイクログルーブ軸受"の開発を目指し,トライボロジカルな立場から主要な基本特性を明らかにするとともに,実用性能を確認し,最適設計の指針を与えることに成功しており,工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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