学位論文要旨



No 213194
著者(漢字) 浜田,高宏
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,タカヒロ
標題(和) コンポジットテレビジョン信号の高品質・高能率符号化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213194
報告番号 乙13194
学位授与日 1997.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13194号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 金子,正秀
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 本研究は、NTSCを中心としたコンポジットテレビジョン信号のディジタル伝送を高品質に実現するための高能率符号化に関するものであり、その目的とするところは、現行のアナログ伝送方式に比べて高品質でしかも低コストにてテレビジョン番組を提供できるディジタル伝送システムを開発することである。この目的を実現するために、直交変換符号化及び動き補償方式を中心に入念な検討を行い、さらにこれらの検討をもとにして装置化を行い、その特性を入念に検証した。

 まず、動画像の高能率符号化方式として有効な方式である、直交変換符号化に対して、人間の視覚特性を考慮した量子化制御の観点から、詳細な検討を行い、最適量子化法の提案を行った。その結果、雑音の視覚感度を空間周波数および絵柄の局所的性質(ブロックアクティビティ)の2次元の軸で表現することが可能であり、この雑音の視覚感度によって評価される雑音を、与えられたビットレートのもとで最小化することで量子化器は最適なものとなる。そのために、画像のモデルとして直交変換係数の信号分布をプラス分布と仮定し、その時の速度-歪関数としてWoodの近似式を用いてラグランジェの未定係数法により理論的に最適化した。視覚特性として、空間周波数方向だけを考慮して最適化を行うと、重みづけSNR(WSNR)で4〜5dBの改善効果、さらに絵柄の局所的性質まで考慮して最適化することにより、3〜5dBの改善効果が得られ、最適化された量子化器を用いた再生画像においては、直交変換符号化で問題とされるブロック雑音やモスキート雑音が大幅に軽減されるうえブロック間の画質が均等化されることにより大幅な画質改善が得られることを確認した。

 一方、対象とする信号の形態がコンポジットテレビジョン信号であることから、直交変換としてアダマール変換を選択し、NTSC直接符号化方式の検討を前述の量子化制御を中心に行った。その結果、コンポジットTV信号におけるカラーサブキャリアに対しては、8×8DCTでは20個の係数に分散するが、8×8アダマール変換では2個の係数に効率良くパッキングされるためアダマール変換の方が有利であり、量子化器制御に用いるパラメータとしては、視覚特性を反映させるためのアダマール変換係数位置とブロックアクティビティ、及びレート制御の観点からの画面全体での発生情報量の推定値を用いることが効果的であることが明らかとなった。そして、ディジタル化されたNTSCコンポジット信号(140Mbps)に対し、上記の制御もとで得られる圧縮・再生画像において、20Mbps程度で画質劣化を検知限以下(放送品質)に、10〜15Mbpsの伝送速度で画質劣化を概ね検知限以下(準放送品質)とすることが可能となった。

 これらの検討結果に基づき、複雑な量子化制御を中心とする主要圧縮部を専用LSIで実現することにより、45MbpsNTSC多重通信符号化システム(第一世代)の開発を行った。本システムに対する主観評価実験及び衛星伝送実験により、従来のアナログFM伝送に比べて2〜4倍の伝送効率が得られることが明らかとなった。本符号化システムは、平成5年より、KDD国際TV中継サービスにおける直営ディジタルマイクロ回線(山口-大手町間、茨城-大手町間)において2チャンネル/45Mbpsモードのもと運用に供せられている。

 引き続き、量子化制御の検討をさらに発展させた。すなわち、フレーム(フィールド)内における直交変換係数の最適量子化法を、動き補償フレーム間DPCM/直交変換ハイブリッド符号化(動き補償直交変換符号化)における最適量子化法へと発展させた。その結果、フレーム(フィールド)内直交変換における量子化と同様に、動き補償直交変換符号化における量子化においても、空間周波数方向の視覚感度及び雑音のマスキング効果なる2種類の人間の視覚特性を反映させることが効果的であることが明らかになった。そして、上記の視覚特性により重みづけされたSNR(WSNR)最大化の観点から導出される速度-歪(WSNR)限界により、動き補償直交変換符号化の特性限界を簡易に把握することができることとなり、現行テレビジョン信号における動き補償直交変換符号化の特性限界として、素材伝送品質には約20Mbps、一次分配品質には約12Mbps、二次分配品質には約8Mbps程度の速度が必要であることを明らかとした。

 従来、動き補償をNTSCコンポジット信号に直接適用する場合、NTSCが持つカラーサブキャリアの位相が動き量に応じてずれる問題が存在した。これを、アダマール変換上での係数の入れ替え、極性反転なる簡単な操作により、補償することが可能であることを明らかにした。これによりコンポジットTV信号のままで、コンポーネントテレビジョン信号に対する動き補償DCT方式と同等効率で動き補償が実現可能となった。そして、これに基づき、コンポジット動き補償NTSCフレーム間直接符号化と呼ばれる新しい方式を提案し、動き補償を直接、NTSCへ適用することを可能とした。本方式では、NTSCコンポジットTV信号をほぼ無ひずみのもと符号化する場合、伝送すべき変換係数の発生情報量の観点から、輝度/色差分離のもとでの動き補償DCT方式に比べ約30%削減効果がある。

 動き補償直交変換符号化における最適化の対象を量子化制御のみならず、動き補償フレーム間DPCMにおける予測方式にまで拡張し、予測と量子化を統一的に制御することを特長とするミックスモード符号化なる新しい概念を提唱した。すなわち、動き補償直交変換符号化において、従来より広く行われているブロック単位のイントラ/インターモードの符号化切り替え方式は、特性改善の余地がかなり残されており、直交変換係数単位に予測・量子化が最適に制御されることを特長とする、ミックスモード符号化により特性改善を達成した。そして、WSNRによる評価の観点から、提案方式は、H.261 Typeの標準方式に対して4〜6dB、MPEG Typeの標準方式に対しても3〜4dBの改善効果が得られることが明らかとなり、視覚的な観点からも、モスキート雑音、ブロック雑音が大幅に軽減した。

 最後に、本研究で得られた成果を全て反映させて、第二世代NTSC多重通信符号化システムの開発を行った。その符号化効率は、第一世代符号化システムの2倍以上となり、従来のアナログFM伝送に比べても、4〜8倍の伝送効率が得られることとなった。本システムはテレビジョン信号の国際伝送路で利用されるとともに、EDTVII(ワイドクリアビジョン)までも含めた、コンポジットテレビジョン信号の国内標準符号化方式の最有力候補として取り上げられることとなった。

審査要旨

 本論文は、「コンポジットテレビジョン信号の高品質・高能率符号化に関する研究」と題し、NTSCを中心とするコンポジットテレビジョン信号を高品質ディジタル伝送することを目的として、高能率符号化方式及びそのハードウェア化の研究・開発についてまとめたものであり、9章からなる。

 第1章は、現行の伝送方式であるアナログFM方式の伝送効率を、大幅に上回る高能率符号化方式を確立することを主眼として、本研究の背景及び目的について述べている。

 第2章は、「直交変換符号化における最適量子化法」と題し、人間の視覚特性を考慮した直交変換係数の最適量子化法について述べている。すなわち、人間の視覚特性に対し、最も大きな影響を与える空間周波数及び局所的絵柄の変化の度合(アクティビティ)を、二つの軸による雑音の視覚感度曲線として表現し、これによって評価される雑音を、与えられたビットレートのもとで最小とする最適量子化法「量子化キューブ」を提案している。そして、画像信号の直交変換係数における速度-歪関数としてラプラス分布信号におけるWoodの近似式を用い、この量子化キューブの理論的最適設計手法を述べ、その有効性をあきらかにしている。

 第3章は、「アダマール変換を用いたNTSC直接符号化方式」と題し、NTSC信号の直交変換符号化方式について、検討を行なっている。近年の画像信号の高能率符号化方式としては、コンポーネントテレビジョン信号を前提としたDCT(離散コサイン変換)がその高い符号化効率ゆえ主流となりつつある。しかしながら、コンポジットテレビジョン信号に対しては、カラーサブキャリアの影響によりその符号化効率は大きく損なわれてしまう。このため、直交変換としてカラーサブキャリアとの相性の良いアダマール変換を採用し、第2章で提案した量子化キューブにより、人間の視覚特性を考慮したうえで、変換係数の量子化を効率良く行うことを特長とするフレーム内アダマール変換を用いたNTSC直接符号化方式を提案し、その基本性能を明らかにしている。

 第4章は、「45Mbps多重通信TV符号化システムの開発」と題し、第3章での提案方式に基づき開発を行った、45Mbps多重通信TV符号化システム(MUCCS45:Multi-Channel TV Coding System)について述べている。本システムは、フレーム内アダマール変換、量子化キューブ、適応スキャニングなどの要素技術から構成され、日米ディジタル標準第3ハイアラーキである45Mbpsの伝送速度で、放送級TVプログラムを最大4チャンネルまで伝送可能とする。また、本符号化システム(MUCCS45)およびFMアナログを用いたインテルサット衛星伝送実験結果についても述べており、両者の比較の観点から、伝送特性および主観評価実験に基づく品質評価について明らかにしている。

 第5章は、「量子化器最適化に基づく動き補償・直交変換符号化の特性限界」と題し、第2章で提案したフレーム(フィールド)内直交変換符号化における最適量子化手法を、動き補償フレーム間直交変換符号化における最適量子化手法へと拡張し、画像符号化の各種国際標準方式として採用されている動き補償DCT方式の特性限界について量子化器最適化の観点から明らかにしている。本特性限界は、人間の視覚特性により重みづけされたSN比(WSNR)を再生画像用の評価量として定義し、第2章で用いたWoodの近似式にフレーム間の帰還量子化雑音を組み込んだうえで、この評価量を最大とする量子化器の速度-歪限界を求めることで理論的に導かれている。そして、現行テレビ信号に対する動き補償DCT方式の特性限界を具体的に求め、本方式の適用領域を明らかとしている。

 第6章は、「アダマール変換を用いた動き補償NTSCフレーム間直接符号化方式」と題し、第3章で提案したフレーム内アダマール変換によるNTSC直接符号化方式を、動き補償NTSCフレーム間直接符号化方式へと拡張している。その際、従来問題とされていた符号化ブロックと参照ブロック間のカラーサブキャリア成分および変調された色差成分の位相ずれを、動きベクトルの値に応じたアダマール変換係数同士の入れ替え、極性反転なる簡単な処理により補償する「コンポジット動き補償技術」により解決している。そして、コンポジットテレビジョン信号に対して、輝度/色差分離による画質劣化を回避し得るその有効性を定量的に明らかにしている。

 第7章は、「係数単位適応型直交変換符号化方式」と題し、動き補償直交変換符号化方式における予測・量子化の統一制御について行った研究結果について述べている。すなわち、従来広く用いられているインター/イントラモード符号化に加え、直交変換係数単位に予測・量子化が最適に制御されることを特長とする、「ミックスモード符号化」をあらたに導入した係数単位適応型直交変換符号化方式を提案している。そして、画像信号のモデル化に基づき、インター/イントラ/ミックスモード符号化における予測係数と量子化器を統一的に最適化することで、従来法に比べ大きな特性改善効果が得られることを確認している。

 第8章は、「動き補償NTSC直接符号化システムの開発」と題し、第5章で提案している量子化手法、第6章で提案しているコンポジット動き補償技術及び第7章で提案している係数単位適応型直交変換符号化方式を、第4章で述べているNTSC直接符号化システム(第一世代)に搭載し、その符号化効率を大幅に改善させた動き補償NTSC直接符号化システム(第二世代)の開発について述べている。第一世代のシステムが、放送品質を満足するために約20Mbpsの伝送速度を必要としていたが、第二世代のシステムでは、10Mbps以下で実現可能となる。

 第9章は、本研究で得られた一連の結果を総括して論じている。

 以上これを要するに、本論文では、テレビジョン信号の高能率符号化において、画質を決定づける最大の要因である量子化制御に関し、人間の視覚特性を考慮した理論的な量子化器最適化手法の検討、また、従来困難とされていたコンポジットテレビジョン信号に対する動き補償を実現可能とする手法の提案、そして、これら要素技術の検討をもとに開発した、コンポジットテレビジョン信号のディジタル伝送システムについて論じている。これらの成果は電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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