本論文は、「コンポジットテレビジョン信号の高品質・高能率符号化に関する研究」と題し、NTSCを中心とするコンポジットテレビジョン信号を高品質ディジタル伝送することを目的として、高能率符号化方式及びそのハードウェア化の研究・開発についてまとめたものであり、9章からなる。 第1章は、現行の伝送方式であるアナログFM方式の伝送効率を、大幅に上回る高能率符号化方式を確立することを主眼として、本研究の背景及び目的について述べている。 第2章は、「直交変換符号化における最適量子化法」と題し、人間の視覚特性を考慮した直交変換係数の最適量子化法について述べている。すなわち、人間の視覚特性に対し、最も大きな影響を与える空間周波数及び局所的絵柄の変化の度合(アクティビティ)を、二つの軸による雑音の視覚感度曲線として表現し、これによって評価される雑音を、与えられたビットレートのもとで最小とする最適量子化法「量子化キューブ」を提案している。そして、画像信号の直交変換係数における速度-歪関数としてラプラス分布信号におけるWoodの近似式を用い、この量子化キューブの理論的最適設計手法を述べ、その有効性をあきらかにしている。 第3章は、「アダマール変換を用いたNTSC直接符号化方式」と題し、NTSC信号の直交変換符号化方式について、検討を行なっている。近年の画像信号の高能率符号化方式としては、コンポーネントテレビジョン信号を前提としたDCT(離散コサイン変換)がその高い符号化効率ゆえ主流となりつつある。しかしながら、コンポジットテレビジョン信号に対しては、カラーサブキャリアの影響によりその符号化効率は大きく損なわれてしまう。このため、直交変換としてカラーサブキャリアとの相性の良いアダマール変換を採用し、第2章で提案した量子化キューブにより、人間の視覚特性を考慮したうえで、変換係数の量子化を効率良く行うことを特長とするフレーム内アダマール変換を用いたNTSC直接符号化方式を提案し、その基本性能を明らかにしている。 第4章は、「45Mbps多重通信TV符号化システムの開発」と題し、第3章での提案方式に基づき開発を行った、45Mbps多重通信TV符号化システム(MUCCS45:Multi-Channel TV Coding System)について述べている。本システムは、フレーム内アダマール変換、量子化キューブ、適応スキャニングなどの要素技術から構成され、日米ディジタル標準第3ハイアラーキである45Mbpsの伝送速度で、放送級TVプログラムを最大4チャンネルまで伝送可能とする。また、本符号化システム(MUCCS45)およびFMアナログを用いたインテルサット衛星伝送実験結果についても述べており、両者の比較の観点から、伝送特性および主観評価実験に基づく品質評価について明らかにしている。 第5章は、「量子化器最適化に基づく動き補償・直交変換符号化の特性限界」と題し、第2章で提案したフレーム(フィールド)内直交変換符号化における最適量子化手法を、動き補償フレーム間直交変換符号化における最適量子化手法へと拡張し、画像符号化の各種国際標準方式として採用されている動き補償DCT方式の特性限界について量子化器最適化の観点から明らかにしている。本特性限界は、人間の視覚特性により重みづけされたSN比(WSNR)を再生画像用の評価量として定義し、第2章で用いたWoodの近似式にフレーム間の帰還量子化雑音を組み込んだうえで、この評価量を最大とする量子化器の速度-歪限界を求めることで理論的に導かれている。そして、現行テレビ信号に対する動き補償DCT方式の特性限界を具体的に求め、本方式の適用領域を明らかとしている。 第6章は、「アダマール変換を用いた動き補償NTSCフレーム間直接符号化方式」と題し、第3章で提案したフレーム内アダマール変換によるNTSC直接符号化方式を、動き補償NTSCフレーム間直接符号化方式へと拡張している。その際、従来問題とされていた符号化ブロックと参照ブロック間のカラーサブキャリア成分および変調された色差成分の位相ずれを、動きベクトルの値に応じたアダマール変換係数同士の入れ替え、極性反転なる簡単な処理により補償する「コンポジット動き補償技術」により解決している。そして、コンポジットテレビジョン信号に対して、輝度/色差分離による画質劣化を回避し得るその有効性を定量的に明らかにしている。 第7章は、「係数単位適応型直交変換符号化方式」と題し、動き補償直交変換符号化方式における予測・量子化の統一制御について行った研究結果について述べている。すなわち、従来広く用いられているインター/イントラモード符号化に加え、直交変換係数単位に予測・量子化が最適に制御されることを特長とする、「ミックスモード符号化」をあらたに導入した係数単位適応型直交変換符号化方式を提案している。そして、画像信号のモデル化に基づき、インター/イントラ/ミックスモード符号化における予測係数と量子化器を統一的に最適化することで、従来法に比べ大きな特性改善効果が得られることを確認している。 第8章は、「動き補償NTSC直接符号化システムの開発」と題し、第5章で提案している量子化手法、第6章で提案しているコンポジット動き補償技術及び第7章で提案している係数単位適応型直交変換符号化方式を、第4章で述べているNTSC直接符号化システム(第一世代)に搭載し、その符号化効率を大幅に改善させた動き補償NTSC直接符号化システム(第二世代)の開発について述べている。第一世代のシステムが、放送品質を満足するために約20Mbpsの伝送速度を必要としていたが、第二世代のシステムでは、10Mbps以下で実現可能となる。 第9章は、本研究で得られた一連の結果を総括して論じている。 以上これを要するに、本論文では、テレビジョン信号の高能率符号化において、画質を決定づける最大の要因である量子化制御に関し、人間の視覚特性を考慮した理論的な量子化器最適化手法の検討、また、従来困難とされていたコンポジットテレビジョン信号に対する動き補償を実現可能とする手法の提案、そして、これら要素技術の検討をもとに開発した、コンポジットテレビジョン信号のディジタル伝送システムについて論じている。これらの成果は電子情報工学上貢献するところが少なくない。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |