学位論文要旨



No 213195
著者(漢字) 加藤,一郎
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,イチロウ
標題(和) PMOS微細化のための窒化および浅い接合形成技術
標題(洋)
報告番号 213195
報告番号 乙13195
学位授与日 1997.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13195号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 鳳,絋一郎
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 河東田,隆
 東京大学 助教授 平本,俊郎
内容要旨

 シリコンICの中でもCMOSFETは、その集積度や性能の向上において目ざましいものがあるが、その発展は素子の微細化技術によって支えられている。この微細化技術の基本的方向は、特性や信頼性を低下させずに、薄膜をより一層薄く、接合をより一層浅く形成することにあると言える。微細化の方向は、薄膜の絶縁耐圧低下、ホットキャリアによる劣化増大、接合の高抵抗化、接合の耐圧低下、またゲート電極の種類によっては不純物の拡散という問題を生じるため、これらを解決する新しい技術や素材を探し出し確立することが重要となる。

 本論文は、pチャネルMOSFET微細化のための課題としてゲート絶縁膜とソースドレイン接合用ドーパントの問題点を取上げ、それを解決しうる技術についての研究結果をまとめたものである。本論文で明らかにしたことは各章ごとに以下のように要約される。

 第1章では初めにMOSFETの微細化指針の一つである比例縮小則を適用した時に出る問題点を概観し、次にpチャネルMOSFET微細化技術に関する本研究の目的、論文の構成について述べた。

 第2章ではpチャネルMOSFET微細化に伴う問題点の一つである薄いゲート絶縁膜の不安定性について述べた。第一に酸化膜への高電圧印加あるいはチャネル方向での高電界により発生するホットキャリアを酸化膜に注入させることが原因で生成されるキャリアトラップを調査して、ボロンを含む酸化膜の不安定性を考察した。その結果、p+ゲート構造ではn+ゲートの場合と比べて、酸化膜中に初期ホールトラップが多く、またホットキャリア注入によるホールトラップも発生し易いことが明らかになった。続いて、これらの観測結果を説明するために横方向の電荷分布を考慮した定性的モデルを考察した。このモデルとは、p+ゲート構造ではn+ゲート構造より多くの蓄積電子が膜中ソース・ドレイン方向に広く分布し、初期ホールトラップも多いうえに、膜中へのキャリア注入によってもホールトラップがより多く発生するという内容である。

 第二に新しいゲート絶縁膜候補である熱窒化膜の特性を示した。熱窒化膜は、酸化膜と異なり不純物拡散を阻止する能力があるが、熱窒化工程を通常のウェハープロセスに導入する際の課題として成長温度の低温化が必要であることを述べた。

 第3章ではシリコンのプラズマ熱窒化技術について述べた。第一にプラズマ窒化装置を開発し、処理温度1200℃の熱窒化に比べて150℃も低温で、汚染やプラズマダメージの少ない膜を得る方法を初めて実験的に示した。成長速度についても検討を加え、反応ガスのプラズマ化により反応種の実効拡散長が長くなったため、装置の大小に依らず拡散律速であることを見出した。

 第二にプラズマ窒化膜の組成分析を行い、非プラズマ中での熱窒化に比べて、酸素混入量も少なく化学量論的組成に近い膜を得たことを示した。

 第三にプラズマ窒化における新しい試みとしてCHF3ガスを添加することにより、成長が約2倍増速することを明らかにした。CHF3ガスはプラズマ中で分解されフッ素ラジカルを生ずるが、最終的にフッ素は膜中には残らず、窒化膜成長メカニズムにも変化なく拡散律速であることを示した。フッ素添加のもう一つの効果として酸化反応の抑制があり、この効果により膜中酸素量が減少することも明らかにした。

 第4章では酸化膜のプラズマ窒化技術について述べた。酸化膜は熱窒化処理することで、元の酸化膜よりゲート絶縁膜として優れた特性を示すので、第一にこの処理温度を低温化することを試みた。アンモニアガス中でのプラズマ窒化では、表面と界面に窒素が多く含まれる膜となっていた。この窒化酸化膜は、熱窒化より150℃低温でも膜の絶縁耐圧が30%向上しており、界面準位も元の酸化膜と同等以下であることを示した。またフッ素添加により、シリコン窒化膜の場合と同様に膜中の窒素量が大幅に増加することも実験的に示した。窒化の効果を膜の特性から見ると、容量と絶縁耐圧という相反する特性が同時に向上している。このように窒化酸化膜は、従来酸化膜では使用不可能と考えられていた膜厚領域でのゲート絶縁膜として有望であることが明らかになった。

 第二に成長メカニズムについても検討を加えた。膜の成長については拡散律速と考えられる結果を得たが、さらに実験条件を変えた結果、成長と同時にエッチングも進行していることを示した。プラズマ状態やプラズマ発生条件によっては、表面からのエッチング現象だけでなく、膜中や界面もプラズマ・ダメージを受けていることを耐圧分布の調査から明らかにした。以上のアンモニアプラズマ中での現象と窒素プラズマ中での現象を総括して、水素やフッ素の働きにより、酸化膜の窒化の他にプラズマ酸化や生成膜のエッチングが起きているので、ある範囲のプラズマ窒化条件において良質な窒化酸化膜が得られることを示した。

 第5章の前半では、第3章、第4章のプラズマ窒化技術によって得られた膜が微細素子用の薄いゲート絶縁膜に適していることを示した。微細素子に適していることは、窒化膜あるいは窒化酸化膜をゲート絶縁膜に採用したMOSFETを試作し、サブミクロン領域のゲート長を持つ素子が正常に動作していることで実証した。ゲート絶縁膜が薄いことの効果は、短チャネル効果が小さくしきい値電圧の低下が少ない、ゲート構造のサイドエッチが小さいためソースドレイン抵抗に寄生抵抗が付加されず静特性の立ち上がり形状が良好である、といった点に現れた。素子特性の改善が分かるように簡単な回路を試作して、窒化膜ゲート素子では3Vで150ps、窒化酸化膜ゲート素子では5Vで270psというスイッチング速度を得たことを示した。

 第5章の後半では、微細化によって現れる速度飽和現象について検討し、将来一層の短チャネル化を進める時、窒化技術をもってしても避けられない効果であることを示した。ゲート長が短くなるに従い、飽和領域での電流値がゲート電圧に比例する程度まで低下してしまう現象について、ソースドレイン方向のキャリア速度飽和現象によると解析し、またEl-Mansyモデルと実験結果を比較して厳密に速度飽和が起きる必要があることを指摘した。5章までに、第1章で抽出した課題のうち薄いゲート絶縁膜については、プラズマを利用したシリコン直接窒化膜という有望な材料があることを示した。

 第6章では、第一に高ドーズガリウム注入層のアニール特性を明らかにし、浅い接合の形成技術としての問題点について検討を加えた。ガリウムイオンはボロンイオンよりもシリコン中でチャネリングを起こしにくく、0.1m程度の注入は可能であるため、微細p MOSのソースドレイン接合形成には有利である。しかしながら、このガリウムイオンのシリコン中でのアニール特性はボロンとは大きく異なっていて、高温あるいは長時間アニールではシリコン中に析出して高抵抗になり、高速アニーリングの場合のみ接合のシート抵抗値が小さくなることを見出した。この時ガリウムイオンの70%は格子置換位置にあって、数量的にはシリコン中での固溶限を越えているものの、高キャリア濃度を維持していることも明らかにした。

 第二に、このようなガリウムイオンの特徴をpチャネルMOSFETの試作に応用し、浅いソースドレイン接合の特性を確認した。浅い接合の効果により短チャネル効果が改善されており、ボロンでは不可能であったゲート長0.5mの素子が動作することを示した。また回路速度に影響する寄生容量の一つであるオーバーラップ容量の低減にも効果があり、ボロンによる回路より17%高速になると予想した。

 このようにシリコン中に高濃度注入されたガリウムの熱処理による振る舞いを初めて明らかにし、また試作を通じてボロン以外にガリウムもpチャネルMOSFETのソースドレイン接合用ドーパントとして可能性があることを示した。

 第7章で本研究によって得られた知見と今後の課題についてまとめた後、本論文の結論を述べた。

 以上のように、本研究ではPMOS微細化の課題として取り上げた、酸化膜より薄いゲート絶縁膜およびボロンより浅い接合、を解決する技術として、プラズマ窒化技術およびガリウムイオン注入技術を確立し、PMOSの高性能化の実現可能性を示した。

審査要旨

 本論文は、pチャンネルMOSFETの微細化を目的とし、プラズマ室化技術およびガリウムイオン注入技術を確立することにより、薄い酸化膜と浅い接合を実現し、PMOSの高性能化の可能性を示したもので、7章からなる。

 第1章では初めにMOSFETの微細化指針の一つである比例縮小則を適用した時に出る問題点を概観し、pチャネルMOSFET微細化技術に関する本研究の目的、論文の構成について述べている。

 第2章ではpチャネルMOSFET微細化に伴う問題点の一つである薄いゲート絶縁膜の不安定性について調べた結果を述べている。先ず、酸化膜への高電圧印加あるいはチャネル方向での高電界により発生するホットキャリアが酸化膜に注入されることにより生成されるキャリアトラップを調べ、ボロンを含む酸化膜の不安定性につき考察している。その結果、p+ゲート構造ではn+ゲートの場合に比べて、酸化膜中に初期ホールトラップが多く、またホットキャリア注入によるホールトラップも発生し易いことを明らかにした。さらに、これらの観測結果を説明するために横方向の電荷分布を考慮した定性的モデルを提案している。すなわち、p+ゲート構造ではn+ゲート構造より多くの蓄積電子が膜中ソース・ドレイン方向に広く分布し、初期ホールトラップも多いうえに、膜中へのキャリア注入によってもホールトラップがより多く発生するというモデルで、これにより実験を説明している。

 次に、新しいゲート絶縁膜として熱窒化膜を提案し、その特性を示している。しかし熱窒化膜は、酸化膜と異なり不純物拡散を阻止する能力は高いが、熱窒化温度を下げないと通常のウェハープロセスに導入することが困難であることを示した。

 第3章ではシリコンのプラズマ熱窒化技術について述べている。先ず、プラズマ窒化装置を開発し、1200℃の高温を必要とする熱窒化に比べて150℃も低温で、汚染やプラズマダメージの少ない膜を得ることが可能であることを初めて実験的に示した。成長速度についても詳しく調べ、反応ガスをプラズマ化することにより反応種の実効拡散長を長くすることが可能となったため、装置の大小に依らず拡散律速で室化膜の形成がなされることを発見した。

 次にプラズマ窒化膜の組成分析を行い、非プラズマ中での熱窒化に比べて、酸素混入量も少なく化学量論的組成に近い膜が得られることを示した。

 さらにプラズマ窒化における新しい試みとしてCHF3ガスを添加することにより、成長が約2倍増速することを明らかにした。CHF3ガスはプラズマ中で分解されフッ素ラジカルを生ずるが、フッ素は最終的には膜中には残らないこと、窒化膜成長メカニズムにも変化はなく拡散律速であること等を示した。フッ素添加のもう一つの効果として酸化反応の抑制があり、この効果により膜中酸素量が減少することも明らかにしている。

 第4章では酸化膜のプラズマ窒化技術について述べている。酸化膜は熱窒化処理することで、元の酸化膜よりゲート絶縁膜として優れた特性を示すので、先ず、この処理温度を低温化することを試みている。この結果、アンモニアガス中でのプラズマ窒化では、表面と界面に窒素が多く含まれる膜となっていること、この窒化酸化膜は、熱窒化より150℃低温でも膜の絶縁耐圧が30%向上していること、界面準位も元の酸化膜と同等以下であること等を明らかにした。またフッ素添加により、シリコン窒化膜の場合と同様に膜中の窒素量が大幅に増加することも実験的に示している。これ等から窒化により、容量と絶縁耐圧という相反する特性が同時に向上することがわかり、従来酸化膜では使用不可能と考えられていた膜厚領域でのゲート絶縁膜として窒化酸化膜が有望であることを明らかにした。

 次に、成長メカニズムについて調べた結果、膜の成長については拡散律速と考えられること、成長と同時にエッチングも進行していること等を示している。以上から、ある範囲のプラズマ窒化条件において、良質な窒化酸化膜が得られることを示した。

 第5章では、先ず、第3章、第4章のプラズマ窒化技術によって得られた膜が微細素子用の薄いゲート絶縁膜に適していることを、MOSFETを試作し、サブミクロン領城のゲート長を持つ素子が正常に動作していることで実証している。ゲート絶縁膜が薄いことの効果を、短チャネル効果が小さくしきい値電圧の低下が少ないこと、ゲート構造のサイドエッチが小さいためソースドレイン抵抗に寄生抵抗が付加されず静特性の立ち上がり形状が良好であることで示した。また、素子特性の確認のため簡単な回路を試作して、窒化膜ゲート素子では3Vで150ps、窒化酸化膜ゲート素子では5Vで270psというスイッチング速度を得ている。

 第6章では、浅い接合形成のため、高ドーズガリウム注入層のアニール特性を調べ、次のことを明らかにした。すなわちガリウムイオンをシリコン中でアニールするとボロンとは大きく異なり、高温あるいは長時間アニールではシリコン中に析出して高抵抗を与えるが、高速アニールすると、接合のシート抵抗値が下がることを発見している。また、この時ガリウムイオンの70%は格子置換位置にあって、数量的にはシリコン中での固溶限を越えているものの、高キャリア濃度を維持していることも明らかにした。

 次に、このようなガリウムイオンの特徴をpチャネルMOSFETの試作に応用し、浅いソースドレイン接合の特性を確認するとともに、浅い接合の効果により短チャネル効果が改善され、ボロンでは不可能であったゲート長0.5mの素子が動作することを示した。

 第7章では、本研究によって得られた知見をまとめ、今後の課題と本論文の結論を述ている。

 以上、これを要するに、本研究ではPMOS微細化を目的とし、薄いゲート絶縁膜および浅い接合を形成する技術として、プラズマ窒化技術およびガリウムイオン注入技術を確立し、PMOSの試作を通してその高性能化に対する実現可能性を示したもので、電子工学上貢献することがすくなくない。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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