学位論文要旨



No 213197
著者(漢字) 岡本,和也
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,カズヤ
標題(和) GaAs系導波路型光集積デバイスとその作製プロセスに関する研究
標題(洋)
報告番号 213197
報告番号 乙13197
学位授与日 1997.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13197号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 1970年頃,S.E.Millerらによって提案された概念である「集積光学(Integrated Optics)」は四半世紀程度経た現在において,様々な技術革新により多様な形態の「デバイス」として研究開発が進められている.当初の提案は,従来の光学定盤上に置かれたレンズ,ミラー等の光学部品により構成した「バルク光学系」を誘電体系の光導波路を用いた「導波路光学系」に置き換え,小型軽量化,安定化を図ろうとする.いわゆる光集積回路(光IC)の概念であった.この流れをくむ導波路型光IC,即ちOIC(Optical Integrated Circuit)は現在,2つの形態が考えられる.その一つが「ハイブリッド型OIC」であり,電気光学効果を有するLiNbO3基板,若しくはガラス(石英)基板を用いた系と受光素子も集積可能なSiO2/Si基板を用いた系がある.もう一つが「モノリシック型OIC:PIC(Photonic Integrated Circuit)」であり,光源,導波路デバイス,受光素子等を集積化したものでハイブリッド型の短所を凌駕する最終的な形態といえる.

 現行の光計測システムにおいては,ガスレーザ又は半導体レーザ等の光源,レンズ等の光学部品,及びフォトダイオード等の光検出器を組み合わせて光学系を構成し,経時的な安定性にも十分に配慮した精密な光軸調整が必要とされる.この場合,多大な労力と時間とが要求され,要素となる基本光学系だけでも何らかの手段により緩和されれば,システム構築において多大な技術革新に繋がるものと考えられる.「PIC」はその様な位置づけの中にある重要な技術の一つといえ,超小型/軽量化,高信頼性,高帯域化/高速化といった特長のほか,導波路特有の現象を利用した新機能デバイスへの展開も考えられている.しかしながら,伝搬損失など導波路自身の特性の問題や光素子間(特にレーザ/導波路間)の接続技術の難しさなどに起因し,これまで立ち遅れていた.最近では結晶成長技術の充実,微細加工技術の進歩により大幅に躍進し,光ヘテロダイン検波用PICなど様々な開発事例があるものの,未だ作製プロセス技術を中心として未確立な領域が多い.

 以上の点を考慮し,本研究においては短波長光計測システムへの搭載を目的とし,CaAs/AlGaAs系III-V族半導体基板を用いた「PIC」の要素開発を目指すこととした.半導体レーザ単体の素子と異なり,PICにおいてはその素子長は数mm以上となりうるため,広い素子領域において如何に再現性のよいプロセスを確立をするかが重要となる.この場合,必要となる集積化方式とそのプロセス技術の構築が重要な課題である.そこで本研究では,レーザ/導波路間をエバネッセント波を用いた結合方式を採用し,更にその構造に様々な工夫を加えることで,簡便なプロセスで高効率かつ低損失なPICの設計/開発に至った.また,デバイス作製においては,基礎的な理論をベースに新たなプロセス開発をも達成した.以下に本研究により得られた成果を要約する.

1)レーザホログラフィック露光技術を用いた高コントラスト回折格子の研究.

 単色性に優れたDFBレーザの要といえる回折格子の作製に関し,「レーザホログラフィック露光技術の最適化」に着目し,これまでに報告例のない高いコントラストを有し(周期0.255mでアスペクト比0.8の矩形形状),かつ現像工程においてプロセス許容幅の広いレジスト回折格子パターンを形成した.ここでは,高解像力とプラズマ耐性のある「Novolak系ポジレジスト」をベースに考え,始めに様々なレジストの光学パラメータを実験的に検討し,最適なレジストの見通しをつけた.次に,位相シフト光学系をモデルにした,コヒーレント結像に関する理論解析を行い,各レジストの露光パターン形状をシミュレートした.最後に露光実験を行い,理論解析と整合性のある高コントラスト回折格子を形成するに至った.

2)電子線描画による高微細回折格子の研究.

 化学増幅型ネガレジスト(AZ-PN100:ヘキスト製)を用いた単層プロセスにより,近接効果の影響が強いGaAs基板上において,0.2m周期以下の回折格子を形成し基板上に転写した.始めに,Monte-Carlo計算により電子散乱状態をCaAs,Si両者について比較検討し,表面蓄積エネルギーを定量化することで,GaAs基板上で微細周期回折格子形成時に生ずる近接効果の問題を明らかにした.次に,高微細パターン形成における電子線描画条件に関し,ビーム径の縮小化及び高加速電圧化が有利であることをPMMAレジストについて解析的に見出し,化学増幅型レジストにおいても同様の傾向を有することを実験的に明らかにした.さらに,同レジストプロセスにおいて重要な,露光後ベーク(PEB)工程を実験的に検討し,95℃までの低温化により値が15.7まで大幅に向上することを見出した.結果的に,このPEB条件を用い,高加速電圧(50kV),微小ビーム径(6nm),微小ビーム電流(2pA)の組み合わせ描画により,CaAs基板上において0.12m周期の回折格子をレジスト膜厚50nmにて形成した.最後に,塩素ガス系反応性イオンエッチング(RIE)によるGaAs基板への転写を確認した.また,経時安定性に優れたプラズマ耐性ポジレジスト(ZEP520:日本ゼオン製)についても検討し,同様な成果を修めた.

3)簡易型開管式不純物ドーピングの研究.

 PICの開発のみならず,III-V族化合物半導体デバイス作製に重要な不純物ドーピング技術に関して,複雑かつ高価な装置を必要とせずに簡便に行える,スピンオン・シリカ(SiO2)薄膜を用いた,プリデポジション/ドライブイン一体型の「開管式拡散法」を開発した.ここではシリカ薄膜の解析から光/電子デバイスへの適用性まで細部にわたる検討を行い,実用化への見通しを得た.具体的には,p型不純物としては亜鉛(Zn),n型不純物には錫(Sn)を適用し,X線光電子分光などをの薄膜分析をもとに,拡散後の両者のキャリア濃度プロファイルから高い電気的活性化率とその基礎的ドーピング特性を把握した.次に,その拡散メカニズムを解析し,両者ともキャリア濃度依存性を有した「格子間-格子点位置拡散モデル」を提示した.また,AFM等を用いた拡散表面状態の観察を行い,シリカ薄膜中の不純物濃度の低減(0.1wt.%まで)に伴い状態は改善され,同時に電極金属とのコンタクト抵抗率も5x10-6cm2以下の値を確認した.一方,横方向拡散長について,深さ方向への拡散長との比率において,Znの場合3.5,Snの場合1.2と定量化した.この大きな横方向拡散長に関し,「Ga空孔を介しての異常拡散と界面に形成される酸化膜形成による増速拡散」をベースにしたモデルを提案した.結論的に,不純物ドーピングに関し,本方法の有用性を明らかにした.また,このシリカ薄膜を適用した多重量子井戸の無秩序化に関する検討をも加え,フォトルミネッセンス(PL)発光波長のブルーシフトが10nm程度得られ,III族原子の拡散長は1.6nmと見積もられた.また,2結晶X線回折法による評価,空間分解顕微PL測定よる無秩序化の横方向制御についても定量的な検討を加えた.

4)受動型/能動型単一モード導波路デバイスの研究.

 ここでは,チャネル導波路パターンの精密形成に要求される露光用マスク形成法に関して,電子線描画の基本となる最小描画単位に注目し,CAD設計データに対し導波路特性に問題を与えない最適な描画条件を求めた.次に,硫酸系エッチャントによる表面処理法,BCl3/Cl2系反応性イオンエッチングプロセスの最適化を行い,伝搬損失1.5dB/cm以下の良好な単一モード導波路を形成した.また,0次/1次モード干渉状態の差異を利用したTE/TMモードスプリッタ(TE/TM-MS)等をGaAs系埋め込み型で試作評価し,干渉領域長3150mでTE/TMモードスプリット消光比8.2dBという優れたモード分離を達成した.さらに,電気光学効果を用いた能動型導波路デバイスについては,Alショットキーダイオードを装荷した垂直電界位相シフターを試作評価し,位相変調効率3.5deg./V/mmという良好な効率を得た.

5)モノリシック型OIC(PIC)の研究.

 最終的な形態である「PIC」について,「半導体レーザと単一モード導波路との集積化」のための結合方式を中心に検討した.ここでは,レーザ部と導波路部とが垂直方向に光結合し,モード干渉効果を有する「エバネッセント波結合方式」を採用した.ここでは,半導体レーザを横型電極構造としており,その結晶成長回数は,Fabry-Perot(FP)レーザ集積の場合で1回,分布帰還型(DFB)レーザ集積の場合でも2回であり,チャネル導波路を集積したPICとしては最低の回数で達成された.また,レーザ接地電極部を横側部に配置することで,導波路領域(クラッド部,コア部)をノンドープとすることができ導波路の伝搬損失が低減され,同時に導波路部への不要なキャリア注入も抑制されることで屈折率の変動等も抑えたPICを構築した.実験的には,Y分岐導波路,モード干渉型TE/TM-MS及び光検出器(PD)とエッチドミラー型FPレーザとを集積化し,良好な結果を得た.すなわち,MSにおいては,TEモード光の出射導波路間消光比22dB,PDにおいては,最大500nAの導波路光を検出した.さらに,レーザ特性向上を狙い,DFBレーザを集積したPICについても検討し,Y分岐導波路との集積を達成した.本構成によれば,必要に応じた様々な素子をも集積したトータルな機能デバイスへの展開も容易に可能である.

 以上のように,GaAs/AlCaAs系III-V族化合物半導体を用いた「モノリシック型OIC:PIC」に関し,実用化に向けての基礎となる研究成果を得た.今後は本成果を用い,様々な光計測システムに搭載可能な「導波路型光集積デバイス」が構築されてゆくことを念願し,結論とする.

審査要旨

 本論文は、GaAs/AlGaAs系半導体を用いた導波路型モノリシック光集積デバイスの高性能化とそれに必要な作製プロセスの改良に関する研究の内容と成果を記述したもので、本文7章よりなる。

 第1章は序論であって、本研究の背景と目的および論文構成が述べられている。干渉測長などの精密光計測システムの将来の姿を考える場合に、レーザダイオード、種々の受動および能動光導波路型部品、フォトダイオードなどを直接遷移型化合物半導体を用いてモノリシック集積化した導波路型光集積デバイスが、超小形軽量化、高速高性能化、光軸アライメント不要などによる高信頼化、低価格化などの点で有望と考えられ、材料としては短光波長という点でInP系よりもGaAs系が有利である。この目標を達成するには、導波路光伝搬損失の低減、集積化に適した素子構造の開発、合理的な素子間結合技術、大面積にわたり再現性のよい確実簡便な各種プロセス技術等を開発確立することが重要であり、本研究の目的もここに存する。すなわち、短波長光計測システムへの搭載を主目標に、GaAs/AlGaAs系半導体を用いた導波路型モノリシック光集積デバイスの要素部品とその作製プロセス技術を研究開発し、まとまった一つの集積化方式を構築することが、本研究の目的である。

 第2章は「導波路型光集積デバイスの基礎的解析と設計」と題し、本研究に用いた理論的基礎事項を整理、要約すると共に、研究開発すべき仕様項目やプロセス研究項目を分析、検討し、重点的に採り上げるべき項目を抽出、明確化している。

 第3章「レーザホログラフィック露光技術の最適化に関する研究」では、単色性、集積性に優れた分布帰還型(DFB)半導体レーザを作製する要である高コントラストのレジスト回折格子を、レーザ二光束干渉露光法で半導体基板上に形成する手法を記述している。すなわち、高解像力とプラズマ耐性を有するNovolak系ポジレジストを対象に、多種のレジストについてDillの光学パラメータや値を実測比較すると共に、現像後のレジスト断面形状を従来よりも精密に計算する手法を開発し、これらを組み合せて最適化解析を行なって、高コントラスト比と広いプロセス許容幅を得るためのレジスト仕様と露光条件を明らかにした。これに基づき実験を行ない、周期0.255mでアスペクト比0.8の矩形断面をもつ従来報告例のない高アスペクト比の2次回折格子を作製すると共に、上記理論解析の妥当性を検証した。

 第4章は「微細周期回折格子の電子線描画に関する研究」であって、近接効果が顕著であるGaAs基板上に電子線描画回折格子を形成する技術について論じている。まず、Monte Carloシミュレーションにより、Si基板上の場合に比べて電子散乱による解像度劣化が大であることを確認し、対策として電子線の高加速電圧化、微小ビーム径化が有効であることを導いている。次に最近開発された高感度の化学増幅型ネガレジストを採り上げ、露光後ベーク工程温度の影響を研究し、これを低く抑えるのがコントラスト値向上に有効であることを解明している。さらに以上の知見を組み合せ、実際に最小周期0.12mまでのレジスト回折格子を作製している。

 第5章は「GaAsへの簡易型不純物ドーピングとその応用に関する研究」と題し、スピンオンコート法で形成したシリカ薄膜を不純物源とするプリデポジション/ドライブイン一体型の開管式拡散法を、簡便かつ有用な技術に仕上げた経過が述べられている。シリカ原料の組成、ドーパント(アクセプタとしてZn、ドナーにはSn)の濃度、ドーピング条件を変えて多くの実験を行ない、これらのパラメータと拡散層の電気的特性やSIMS分析による不純物分布プロフィルとの対応関係を明らかにしている。また、横方向への増速拡散現象についても定量化された把握がなされている。以上の結果に基づき、GaAs基板の変質や表面あれを生ずることなしに、キャリア濃度の十分高いp+層、n+層、さらには横方向注入型半導体レーザなどを再現性良く作製可能とした。本拡散法によりGaAs/AlGaAs多重量子井戸構造が選択的に無秩序化される様子についても、X線回折法、空間分解顕微フォトルミネッセンス法により基礎的な知見を得ている。

 第6章「GaAs系導波路型光集積デバイスの作製プロセスと試作評価」では、低損失単一モード光導波路作製に必要ないくつかのプロセス技術を検討した後、本研究で得られた全要素技術を総合化して数種類の光集積デバイスを試作、評価した結果がまとめられている。試作した光集積デバイスは、SベンドY分岐、TE/TMモードスプリッタおよびTEポラライザの集積デバイス、位相シフタと横電界印加型モードコンバータの集積デバイス、横電極型エバネッセント結合シーザとSベンドY分岐の集積デバイス、それとTE/TMモードスプリッタまたは導波路型フォトダイオードの集積デバイス、分布帰還型エバネッセント結合レーザとSベンドY分岐の集積デバイス、である。これらはいずれも正常に動作し、所期の特性に近い良好な特性を示すものも多く、基盤技術としての本研究成果の有効性を裏付けているといえよう。

 第7章は結論であって、以上の諸結果を総括したものである。

 以上のように本論文は、GaAs/AlGaAs系半導体を用いた導波路型モノリシック光集積デバイスの作製プロセスに関し、レーザ二光束干渉法および電子線描画法による固折格子作製法の改良、不純物ドープシリカ薄膜を用いる簡便かつ有用な開管式拡散法の開発などの成果をあげ、これらを基礎に、半導体レーザ、フォトダイオード、種々の光導波路型部品を組み合せた新しい構造の光集積デバイスを構築する一貫的方法を開発し開示しており、電子工学上貢献するところが多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51031