通信網に様々な付加機能をつけ、多様なサービスを実現しようという努力が、電子交換機の導入以来様々な形で続けられてきたが、それらはレイヤ3レベルの付加機能として実現される、いわゆる電話付加サービスのレベルにとどまっており、より高度なサービスを実現するためには、ネットワーク構造、ソフトウェア構造を含めた新たなサービス処理方式の実現が必要であった。 一方、ISDNの標準化の議論の中で、網が提供する機能(ネットワークサービス)と端末が提供する機能(ターミナルサービス)とによってユーザに提供される電気通信サービスが規定され、ベアラサービスとテレサービスという概念が定義された。 ベアラサービスは低位レイヤプロトコル(レイヤ1〜3)のみ規定されているサービスであり、一方、テレサービスは高位レイヤプロトコル(レイヤ4〜7)まで規定されているサービスであり、網と端末により提供される。 ここで網がユーザ-ネットワークインタフェース(UNI)を介して提供する機能をネットワークサービスと定義すると、ネットワークサービスを高度化するということは、ベアラサービスにおいては低位レイヤの付加機能(ALLF)を実現することであり、テレサービスにおいては高位レイヤ機能(HLF)を網内で実現することである。 電気通信事業においては、1980年代に入ると米国でのVANの出現に伴い、単なるトランスペアレントなベアラサービスから付加価値通信網の必要性の認識が高まるとともに、電話が持つ本質的な欠点である発信者優先の通信を補う、着信者オリエンテッドな新しい通信サービスへの期待も高まっていた。そこで、高度ネットワークサービスとして、上記の高位レイヤ機能(HLF)の網内での実現方式の研究が重要なテーマとなった。 また1990年代に入ると、電気通信事業における競争の激化を背景に、単なる料金競争から本格的なサービス競争の時代に向けて、ベアラサービスそのものの高度化・多様化(ALLFの実現)を可能とする新たなネットワークアーキテクチャ、サービス処理方式、およびそれらを実現するためのサービス制御ノード、サービス交換ノード構成法の研究に期待が高まってきた。 このように、網での高位レイヤのサポート、低位レイヤの高度化のためのサービス処理方式により、ネットワークサービスの高度化が実現されることとなる。 本論文は、通信網のSPC化、共通線信号方式の導入等を背景として、レイヤ3レベルの単なる付加機能から一歩踏み込んで、高位レイヤ機能および高度な低位レイヤ機能などネットワークにさまざまな付加価値を付け、高度で多様なサービスを実現するために、筆者が永年取り組んできたソフトウェア構成技術、ネットワークアーキテクチャ技術、サービス制御・処理技術、さらにマルチメディア時代に向けてのサービス交換ポイントとしての次世代ノードシステム構成法等を、高度ネットワークサービス実現法の研究として6章構成でまとめたものである。 第1章では、研究の背景と課題へのアプローチを述べ、本研究の位置付けを示す。次に網内での高位レイヤ機能を実現するための通信処理網構成を第2章で提案し、通信処理ノード、ゲートウエイ交換機能を明らかにし、続く第3章では、通信処理サービスの具体例として、日本独自のファクシミリ通信網サービスを取り上げ、高位レイヤ機能を実現する通信処理ノードにおける蓄積交換サービス処理方式を提案する。 更に、通信処理網構成上のゲートウエイ機能の提供する付加接続機能を発展させて交換機から独立させることによって、低位レイヤ機能の多様化を狙いインテリジェントネットワークの原形ができあがったが、低位レイヤ機能の高度化にとってはネットワークアーキテクチャ上も、ソフトウェア構造上もいまだ未成熟であった。第4章では、これら様々な問題を解決し、網におけるベアラサービスの高度化のための高度インテリジェントネットワークを提案し、続く第5章で高度インテリジェントネットワークで定義されたサービス交換ポイントをさらに発展させ、マルチメディア時代の電気通信サービスを支えうる次世代交換システム構成法を論じる。最後に、第6章で本研究で得られた成果をまとめると共に、ネットワークサービスの観点から今後の展望を述べる。 以下、2章から5章の内容について順次、概要を説明する。 第2章ではテレサービスを実現するための高位レイヤの網機能を通信処理として体系化する。本章では、通信網に高位レイヤ機能を付与することによって実現される通信処理サービスの狙いと位置付けを整理し、通信処理サービスに必要な機能と技術、特に通信保証機能、ゲートウエイ機能について提案し、通信処理サービスのための網構成を論じる。 第3章では、通信処理サービスの具体例として本格的な蓄積型通信の第一歩として研究実用化がなされたファクシミリ通信網サービスを取り上げ、特にサービス処理方式に着目して論じる。すなわちネットワークの中に蓄積、変換機能などの高位レイヤ機能を付与することによって、1:1の通信をベースとした発信者優先の即時型通信の枠を超えた、利便性の高い蓄積型通信を実現するためのソフトウェア制御によるサービス処理方式を提案する。 電子交換の実用化によりプログラム制御による交換方式は確立されたが、それらは即時型交換を前提にしたものであり、蓄積型交換サービスを実現するためには新たな課題を解決するためのソフトウェア技術の研究が必要であった。本章では、ファクシミリ通信網サービスを対象に、プログラム制御による蓄積変換処理方式を論じ、 ・多様な付加価値サービスを実現するための蓄積交換処理方式としての、 ・呼制御方式(頁単位送受独立多重制御方式) ・同報通信処理方式 ・不達処理方式 ・24時間連続サービスを保証するための、 ・蓄積呼救済処理方式 等について、提案する。 第4章では、ベアラサービスの高度化のためのサービス処理方式としてインテリジェントネットワークの高度化の研究を論じる。 まず、ベアラサービスを高度化するための、インテリジェントネットワーク高度化の背景とアプローチを述べ、インテリジェントネットワークを高度化するにあたってのネットワークアーキテクチャ基本モデルに基づく高度IN(AIN:Advanced Intelligent Network)基本アーキテクチャを明らかにする。 続いて、高度インテリジェントネットワークの基本構成要素であるサービス生成方式、サービス実行制御方式、等の基本コンセプトを提案する。そのようなアーキテクチャのもとで、多様なサービスへの柔軟な対応、サービス開発工数の抜本的削減、サービスのカスタマイズ化を可能とするインテリジェントネットワークの高度化を実現するために有効なサービス開発・定義の階層化の概念を提示し、階層化サービス定義・制御方式を提案する。 これらを具体的に実現する上で、サービス非依存なソフトウェアプラットフォーム構成法、サービス制御ノードの網的分散構成法を提案し、その中で具体的な技術課題として、分散不可視化方式を明らかにする。 更に、サービス制御ノードの高信頼化を達成するためのノード構成法を述べ、ノード内分散モジュール構成を提案する。 最後に、高度INのサービス開発から見た評価結果を述べ、有効性を示すとともにサービスライフサイクルへのインパクトを述べる。 第5章では、AINのネットワークアーキテクチャで定義されたサービス交換ポイントとしての機能を包含した、既存ネットワーク(アナログ〜ISDN)から新しいマルチメディアネットワークまでをカバーしうる次世代ノードシステム構成法を提案する。主な論点は以下の通り。 (1)ディジタル化が完了し、本格的なマルチメディア時代に向けての次世代ノードシステムとして、オールバンドノードアーキテクチャを提案し、ノードシステム設計の基本的な考え方としてネットワークアーキテクチャ、システムアーキテクチャ、ソフトウェアアーキテクチャのコンセプトを明らかにする。 (2)次に、ネットワークアーキテクチャ上のサービス交換ポイントを実現する上でのソフトウェアの要求条件を示し、それらを解決するためのソフトウェア実現技術として、ソフトウェア階層化モデル、オブジェクト指向設計法、サービスシナリオ方式を提案する。 (3)次世代ノードシステムで採用しているリアルタイムOSとしてのIROS(Interface for Realtime Operating System)、及び共通プラットフォームの評価結果を示し、IROSのリアルタイム性能、共通プラットフォームの効果、ハードウエアの差異を隠蔽するマルチベンダインタフェースの有効性、等を具体的に明らかにする。 (4)さらに、2005年〜2010年頃におけるFTTH(Fiber To The Home)の完成度の高まりと分散処理技術の進展を背景にしたネットワーク構造の抜本改革を可能としうるサービス交換ポイント実現に向けて、分散ネットワークアーキテクチャを提案し、その有効性を示す。特にノードシステムの制御系と通話路系をネットワーク的に分離し、制御系を集約化し、ネットワーク分散透過を図ったネットワークアーキテクチャの有効性を示す。 |