触媒反応の仕組みについての理解を進めていく上で気相で追跡される反応の反応機構が触媒表面の活性サイトで反応に関与する分子、原子に生ずる変化とどのように関連しているのかを明らかにすることは重要である。本研究では触媒として微細な結晶性粉末である三酸化モリブデン、反応としてCO、H2の酸化反応を取り上げた。 MoO3上のCOのO2による触媒酸化反応を反応中の触媒の電気伝導度を測定しながら速度論的に調べ、反応はCOによるMoO3表面の活性酸素の還元及びO2による酸素欠陥の復元酸化の2過程から成っており、気相COと活性酸素との反応過程が律速であることを明らかにした。本反応に働く全活性酸素量をMoO3をCOによりその圧力変化が認められなくなるまで還元した際の生成CO2量より求めた結果、全表面格子酸素量の10%以下であった。一方、酸化した触媒を低圧のCOによりその伝導度が反応中におけるそれと同じ値になるまで還元した際の生成CO2量より求めた反応進行状態での活性酸素の欠陥量は全活性酸素量の2%程度であった。反応中における活性サイトの酸素被覆率及び欠陥率(1-)、COによるMoO3の還元速度定数kco及び還元MoO3のO2による復元酸化速度定数ko2からCO酸化反応定常状態表面でのCOによる活性酸素の還元速度及びO2による酸素欠陥サイトの復元酸化速度を各々計算したところ、組成比CO/O2=2/1の混合ガス中で次式が成立し、両速度が動的に釣り合っていることがわかった。 O2による酸素欠陥サイトの復元酸化速度が(1-)の2乗に比例する事実、及び18O2と16O2の混合ガスを用いたCOの酸化反応中、酸素分子間の同位体交換反応の進行が認められなかった事実から、反応ガス中の酸素分子は2個の隣り合った酸素欠陥サイトに不可逆的、且つ解離的に吸着されると結論した。MoO3上のH2のO2による酸化反応を同様の手法を用いて調べた所、反応は同様な機構で進行し、COの酸化反応に働く活性酸素は水素の酸化反応においても共通の活性サイトとして機能していることが判明した。 次にMoO3上でCOの18O2による酸化反応を行い、生成CO2の同位体組成比の経時変化を解析する方法により反応中真に活性サイトとして機能している活性酸素量を求めることを試みた。この場合、生成CO2が触媒格子酸素と生ずる酸素交換反応、及び18O2分子が酸素欠陥サイトに取り込まれた後、COと反応し、CO2として気相に回収されるまでの間に生ずる活性サイトからの18Oの拡散が生成CO2の同位体組成比に影響を与える。しかし、COと18O2との反応生成CO2を反応定常状態から排気した触媒に接触させてもその組成比が長時間ほぼ変化しなかった事実から、触媒表面に取り込まれた18Oの活性サイトからの拡散の影響のみを考慮にいれ解析を試みた。CO還元によりMoO3表面に生成された酸素欠陥のバルク内部への拡散は極めて遅いが、酸素欠陥への気相からのO2の取り込みは急激に生じた。一方、酸素欠陥に取り込まれた18O原子には、バルクからの16Oと速やかに置き代わることにより内部に拡散するmobileなものと、取り込まれたサイトに留まるimmobileなものの2種類があり、COの18O2による酸化反応中mobileサイトはC16O2のみを生成する。生成CO2中のC18O16Oの百分率の変化はimmobileサイトの18O濃度の変化に対応しており、このことと反応の進行に伴うCO2中のC18O16O%の変化から全表面格子酸素の1.8%がimmobileな活性サイトとして働いていることがわかった。 CO2とMoO3との間の酸素同位体交換反応について調べたところ、MoO3上のCO酸化反応において活性サイトとして働くmobile及びimmobileサイト上の活性酸素はCO2との酸素交換反応においてもそのまゝmobile及びimmobileな活性サイトとして働いていることが明らかとなった。C18O2とMoO3との交換反応におけるC18O2、C18O16O、C16O2の百分率の時間変化はmobile及びimmobileサイトモデルに基ずいたシミュレーションとよく一致し,この計算においてもimmobileサイトの数は全表面格子酸素イオンの1.8%と見積もられた。COと18O2との酸化反応において生成したCO2中のC18O16O%は、表面全活性サイト中の18Oの%をほぼ反映しているために、反応により生成したCO2が活性サイトの酸素と酸素交換反応を生じてもその同位体組成比に見掛け上ほとんど変化が見られない。 次に、MoO3上のCOのO2による酸化反応及びMoO3とCO2との酸素同位体交換反応が共通の活性酸素を介して進行する事実、及び両反応の律速過程がともにCO、CO2と活性酸素との反応過程である事実にもとづいて、MoO3とCO2との酸素交換速度定数とMoO3上のCOのO2による触媒酸化反応速度定数とを比べた。両速度定数の比は両反応の活性化エネルギーから計算されるBoltzmann因子の比と一致し、即ち、両反応はほぼ同じ頻度因子を有し、有効衝突の割合はほぼ同じであった。この事実とCOとCO2の分子構造の違いを考慮することにより酸素交換反応においてはCO2が活性サイト上の酸素とunidentateタイプのcarbonate構造を持った活性錯合体を作る経路を通ることを提案した。 MoO3上でのCOのO2による酸化反応において酸素欠陥濃度が極めて低いにもかかわらず酸素分子が規則的に隣り合った2個の酸素欠陥に解離吸着される事実が意味するところを調べるために、シリカ上に明確な数と構造を有する活性サイトがat randomに分散されている単核Mo固定化触媒を合成した。EXAFSの結果よりシリカ上のMoは原子状に分散していることが示された。本触媒上のCOのO2による酸化反応の動力学的測定結果及び反応中のみO2分子同志間の酸素同位体交換反応が進行すること等から反応はCOによるジオキソ構造Mo6+のモノオキソ構造Mo4+への還元及びO2分子によるMo4+からMo6+への復元酸化の2過程より成っており、復元酸化の過程においてO2分子の解離に伴いシリカ表面上に原子状の酸素が生成される結果、酸素原子間の再結合過程が酸化反応と同時に進行する反応機構を提案した。反応中固定化されたMoの68%はMo4+として存在しており、4価Mo間の平均距離は約1.8nmと計算された。一方、バルク状のMoO3上でのCO及びH2のO2による酸化反応中、酸素同位体交換反応は進行せず、活性酸素の欠陥率はほぼ2%に保たれる。単核Mo固定化触媒の場合と比較すると、この事実は反応中のCO還元過程でMoO3上の任意のサイトに酸素欠陥が生成する事はないことを示しており、O2分子の取込を考慮すると、MoO3表面上のCO酸化反応中の酸素欠陥サイトの生成には規則性があり、活性サイトの配列にも規則性があることになる。 |