造血系に作用するサイトカインは標的となる細胞に対して、DNAの合成促進、細胞死の抑制や分化機能の亢進などの機能を示す。一方、これらのサイトカインは細胞系列に特異的に作用するという特徴を持つ。例えば、顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)はおもにMyeloid系、IL-5は好塩基球系に特異的に作用する。 これら、サイトカインのシグナルは特異的なレセプターを介して細胞内に伝達され、チロシンキナーゼが活性化される。活性化されたチロシンキナーゼによって細胞質内の多くの蛋白質がチロシンリン酸化され、新たな複合体が形成されることにより、シグナルは、Ras経路やJAK/STAT経路を経て上流より下流へと伝達され、ついには、核へと到達する。蛋白質間の会合としては、SH(Src Homology)3ドメインとプロリンリッチ領域間や、SH2ドメインやPTB(Phosphotyrosine binding domain)ドメインとリン酸化チロシン間の会合がよく知られている。Grb2/Ashや、Shcなどのアダプタープロテインはこれらの領域のみを持ち、もっぱら複合体形成の役割を担っている。 Grb2/Ashは、二つのSH3ドメインと一つのSH2ドメインからなる分子量27kDaの細胞内蛋白質である。線維芽細胞において、Grb2/AshはSH3領域でグアニンヌクレオチド交換因子であるSosと構成的に結合している。また、SH2領域は、増殖シグナルの刺激によりチロシンリン酸化されたレセプターと会合し、レセプターとRas経路を結びつける重要な役割を果たしていることが明らかになった。私は、血液細胞における情報伝達機構を明らかにするためにGrb2/Ashに会合する蛋白質について解析を行った。 GM-CSF依存的に増殖するヒト白血病細胞株UT-7をGM-CSFで刺激すると様々な蛋白質のチロシンリン酸化が誘導される。これらのチロシンリン酸化蛋白質のうち、4種類の蛋白質がGrb2/AshのグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)融合蛋白質と結合することが明らかになった。特異的な抗体を用いた実験から、52kDa、66kDaの蛋白質はShcであると同定された。しかしながら、130kDa、135kDaの蛋白質は既知のシグナル伝達分子と一致しなかった。そこで、まず、130kDaの蛋白質の精製をGST-Grb2/Ashのアフィニティーカラムを用いて行い、1x109個のGM-CSFで刺激したUT-7細胞の可溶化産物から約5pmolの試料を得ることが出来た。リジルエンドペプチダーゼ処理したペプチド断片のアミノ酸配列から、130kDaの蛋白質はc-Cbl前癌遺伝子産物であると同定した。v-cbl癌遺伝子は、Bリンパ腫や骨髄腫を引き起こすマウスレトロウイルスCAS NS-1により発現する癌遺伝子で、c-cblのc末側が、3分の2ほど欠失している。c-Cbl産物は、プロリンリッチ領域、核移行シグナル配列、ロイシンジッパーモチーフを持っているが、SHドメインやキナーゼドメインは持っておらず、その生物学的役割はわかっていない。 実際に、UT-7細胞をGM-CSFで刺激すると、c-Cblのチロシンリン酸化が誘導された。UT-7細胞はエリスロポエチン(Epo)にも反応することが知られているが、Epoの刺激によってもc-Cblのチロシンリン酸化が認められた。c-Cblのリン酸化は一過性であり、GM-CSF刺激の2分後には認められ、30分後には脱リン酸化されていた。このときのc-Cbl蛋白質の発現量には変化がなかった。又、同じく増殖因子依存性のヒト白血病細胞株Mo7e細胞においてもIL-3、Stem Cell Factor,トロンボエチンの刺激によりチロシンリン酸化が認められた。これらの結果はc-Cblが多くの血液系の増殖因子のシグナル伝達経路に関与していることを示している。 さらにGrb2/Ashとの結合を確認するために抗Cbl抗体を用いて免疫沈降を行ったところ、Grb2/Ashが刺激の有無に関わらず、共沈してきた。Grb2/AshとCblがどの領域で会合するかを検討するために、Grb2/AshのSH3、又は、SH2領域のGST融合蛋白質、及び、Cblの各部分のGST融合蛋白質を作成し、結合実験を行った。その結果、c-Cblのプロリンリッチ領域がGrb2/AshのN末のSH3領域と構成的に会合していることがわかった。Grb2/AshのSH3領域に結合している蛋白質としては、Sos、C3G等があるがいずれもチロシン残基はリン酸化されず、RasなどのG蛋白質の活性制御を行っている。一方、c-Cblはチロシンリン酸化される点でユニークであり、構造上の相同もなく、Ras経路とは異なるシグナル伝達経路に関与していると思われる。 次に、Cblと同様にGrb2/Ashに会合し、GM-CSFの刺激によりチロシンリン酸化される135kDaの蛋白質の精製を試みた。Cblと同様の方法で精製し、得られたペプチドのアミノ酸配列からホモロジーサーチを行ったが、該当するものはなかった。そこで、ディジェネレートプライマーを用いてRT-PCRを行った。得られたPCR産物をプローブとしてプラークハイブリダイゼーションを行い、cDNAをクローニングした。得られたcDNAの塩基配列を解析したところ、1189アミノ酸をコードしており、機能ドメインとしては、SH2,SH3,プロリンリッチ領域の存在が予想された。さらに、特徴的なことに、イノシトール-5-フォスファターゼとの相同性が認められ、かつ、イノシトール-5-フォスファターゼに良く保存されている2つのモチーフも保存されていた。以上の結果から、この、135kDaの蛋白質は、ユニークな酵素活性を持つ、新規なシグナル伝達物質であると考えられ、SHIP135(Src homology contained inositol-5-phosphatase 135)と名付けた。SHIP135のmRNAは検討したヒト白血病細胞株のいずれにも5.4kbのサイズに発現していた。 UT-7細胞の可溶化産物のうち、Grb2/AshのSH3ドメインのGST融合蛋白質と共沈してくる135-kDaの蛋白質は、実際に、SHIP135の抗体(SHIP135の318-957番目のアミノ酸を含むGST融合蛋白質を免疫源として得たウサギ抗血清)で認識された。又、抗SHIP135抗体を用いて免疫沈降を行うと、Grb2/Ashが刺激の有無に関わらず、共沈してきた。以上の結果より、SHIP135が、in vivoでGrb2/AshのSH3領域と構成的に会合していることが明らかになった。Grb2/Ash以外の蛋白質のSH3領域のGST融合蛋白質を作成し、結合実験を行った結果、SHIP135はAbl、Src、及び、LynのSH3領域とも結合することが示唆された。さらに、GM-CSFまたはEpoで刺激したUT-7細胞の可溶化産物から、抗SHIP135抗体を用いて免疫沈降を行い、抗チロシンリン酸化抗体でブロッティングした結果、SHIP135がGM-CSFまたはEpoの刺激によりチロシンリン酸化されることが確かめられた。 一方、Grb2/Ashと同様アダプター蛋白質であるShcは、SH2領域やPTB領域を持ち、様々な分子と会合することが知られているので、SHIP135もShcと結合するかどうか検討した。抗Shc抗体の免疫沈降物中にはGM-CSF刺激時のみ、135-kDaのリン酸化蛋白質が認められ、同時に、抗SHIP135抗体でも認識された。以上の結果から、SHIP135はGM-CSF刺激によりチロシンリン酸化され、Shcと結合することが明らかになった。チロシンリン酸化SHIP135はGST-ShcSH2とは会合しなかったので、ShcのPTBドメインを介して結合していると予想される。ごく最近、マウスおよび、ヒトのSHIPの精製あるいは、クローニングの報告が相次いでなされた。上記に述べたようなSHIPの構造、性質も共通しており、イノシトール-5-フォスファターゼ活性も確認された。 以上の結果から、UT-7細胞の可溶化産物から精製及び、クローニングしたCbl及び、SHIP135は、シグナル伝達分子としては新規の蛋白質であり、Grb2/Ashと会合し、血液細胞のシグナル伝達において、Ras経路やJAK/STAT経路とは異なる経路に関与していると考えられる。 |