角膜移植後拒絶反応の機序の一端を明らかにし、抗原特異的な免疫寛容を誘導することを目的として、マウス同種異系全層角膜移植モデルを用いて、角膜移植後の拒絶反応における細胞接着分子の役割と、抗細胞接着分子抗体の拒絶反応抑制効果について検討した。ドナーとしてC3H/He(H-2k)、レシピエントとしてBALB/c(H-2d)を用いて、直径2mmの移植片を11-0ナイロン糸8針で端々縫合した。アログラフトを移植されたマウスは、無治療群、コントロール抗体(M18/2)投与群、抗very late antigen(VLA)-4抗体(PS/2)投与群、抗leukocyte function-associated antigen(LFA)-1抗体(KBA)投与群、およびVLA-4抗体とLFA-1抗体の併用投与群に分類され、抗体は単独投与では0.5mg/day、併用投与では各0.25mg混合して、術日の-2,0,1,3,5および7日目に腹腔内投与された。 抗細胞接着分子抗体による移植片生着の延長効果 無治療群とコントロール抗体投与群の87.5%(14/16)のアログラフトは術後2週以内に拒絶された。それに対して、抗VLA-4抗体単独投与群、抗LFA-1抗体単独投与群、および両者併用投与群の全てのアログラフトは術後2週に透明生着しており、14週における生着率はそれぞれ0%、16.7%、75.0%であった。 各抗体単独投与に比較して、併用投与は有意に生着を延長した(図1)。 移植片生着率 Cytetoxic T-lymphocyte活性とT細胞サブセット 術後3週に得られたレシピエント脾細胞のドナーアロ抗原に対するCytetoxic T-lymphocyte活性は、無治療群において正常BALB/cマウスよりも、著明に高値を示したが、LFA-1抗体単独投与群、およびVLA-4抗体LFA-1抗体併用投与群ではほぼ正常マウスのレベルに抑制されていた(図2)。 レシピエントマウス脾細胞におけるドナーアロ抗原特異的CTL活性 抗体投与がT細胞サブセットに影響するかどうかを明らかにするために、術後3週のレシピエント脾細胞についてフローサイトメトリーを用いて解析を行った結果、正常マウスと各群間にCD4陽性細胞、CD8陽性細胞の各比率、およびCD4/CD8に有意差を認めなかった。 免疫組織化学的検討 組織所見:術後2週のヘマトキシリン-エオジン染色の所見では、無治療マウスの眼球において移植片接合部を中心に著明なリンパ球浸潤と浮腫を認めた。それに対して抗体投与(VLA-4抗体/LFA-1抗体単独および併用とも)マウスにおいては、接合部にわずかのリンパ球浸潤を認めたのみであった。 VLA-4、LFA-1の発現:酵素抗体法による検討の結果、正常角膜においてはVLA-4、LFA-1のいずれも発現を認めなかった。一方、拒絶反応を生じた無治療マウスの術後2週の角膜においては、移植片接合部を中心として浸潤リンパ球にVLA-4、LFA-1とも発現していた。それに対して、VLA-4抗体LFA-1抗体併用投与をされて移植片が透明生着しているマウスの角膜においてはいずれの発現も認めなかった。 MHC class II抗原、IL-2、IFN- 、IL-2receptorの発現:角膜の拒絶反応の発生に関わるT細胞性反応について検討する目的で、無治療マウスの眼球における移植後4、7、14日目のMHC class II抗原、IL-2、IFN- 、IL-2receptorについて経時的な局在の変化を酵素抗体法で染色した。正常角膜においてはいずれの発現も認めなかった。MHC class II抗原は無治療アログラフト術後4日目にはホスト角膜輪部に発現していたが、7日目にはグラフト接合部の特にホスト側のケラトサイトに発現していた。14日目にはホストと移植片全体のケラトサイトと角膜内皮細胞に発現していた。IL-2とIFN- はともに4日目には発現を認めなかったが、7日目には接合部を中心に実質浸潤リンパ球に発現していた。IL-2receptorは4日目からホストと移植片の角膜上皮、ケラトサイトおよび実質浸潤リンパ球に発現していた。 抗原特異的免疫寛容の誘導 免疫寛容の可能性を検討するために、VLA-4抗体LFA-1抗体併用投与を上述の如く術後7日まで受け、術後6週以上にわたりアログラフト(first graft)が生着しているマウス(角膜長期生着マウス)に、チャレンジテストとして、他眼にC3H/Heの角膜を移植(second graft)して観察した。その結果、60%(3/5)のsecond graftが8週以上生着した。また、80%(4/5)のfirst graftがsecond graft移植後も8週以上にわたって生着していた。 さらに、抗体の拒絶反応抑制効果が抗原特異的であるかどうかを明らかにするため、皮膚移植によるチャレンジテストを上述のsecond graft移植の対象とは異なる角膜長期生着マウスに行った。すなわち、VLA-4抗体LFA-1抗体併用投与を術後7日まで受け、術後8週以上にわたりアログラフトが生着しているマウスの背部に、ドナー(C3H/He)および別の系(C57BL/6,H-2b)の背部皮膚を同時に移植して観察した。対照として、正常のBALB/cマウスの背部にも同様の皮膚移植を行った。その結果、B6の皮膚移植片の生着日数は、角膜長期生着マウスと対照マウスの間に有意差を認めなかったのに対して、C3H/Heの皮膚は対照マウスよりも、角膜長期生着マウスにおいて有意に生着が延長した。 本研究により以下のことが明らかとなった。角膜移植後の拒絶反応にVLA-4とLFA-1が関わり、抗VLA-4抗体と抗LFA-1抗体がそれぞれ単独で拒絶反応を抑制し、その効果は後者がより強く、両者は協同的にはたらいて長期にわたり生着を延長した。さらに、これらの細胞接着分子抗体投与により、角膜においても抗原特異的免疫寛容の誘導が可能であった。角膜移植後の拒絶反応の機序に関しては、CTLが関わること、上記の抗体によりT細胞サブセットに影響を与えずにCTL活性が抑制することが明らかとなり、CTLを誘導するTh1サイトカイン(IL-2とIFN- )陽性のリンパ球は術後7日には接合部角膜に発現し、角膜の拒絶反応は接合部から進展していくと考えられた。また、角膜の拒絶反応の発生と進展に伴ないMHC classII抗原はホスト側からグラフト側へ局在が変化していたことから、角膜移植後の免疫応答におけるindirect antigen-presentationの強い関与が示唆された。特に今回、角膜移植モデルにおいて、心移植モデルにつぐ2つ目のトレランスを誘導できたことは、今後の角膜移植の成功にとって重要な成果であると考えられる。細胞接着分子と角膜の移植免疫の関連は未だ不明な点も多く、角膜移植の拒絶反応の発生、進展の機序についてはさらに多くの検討が必要であるが、細胞接着分子が重要な役割を担っていることは明らかであり、将来、角膜移植の臨床に応用されることが期待される。 |