学位論文要旨



No 213223
著者(漢字) 庄野,浩資
著者(英字)
著者(カナ) ショウノ,ヒロシ
標題(和) テクスチャ特徴に基づく葉群形状情報の画像計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 213223
報告番号 乙13223
学位授与日 1997.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13223号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高倉,直
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 藏田,憲次
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨 序論1研究の背景

 作物の外観的形状に関する情報(形状情報)が生育の状況を判断するための有用な情報源であることを経験的に理解し、実際に活用している熟練栽培者は少なくない。本研究では、特に葉群の形状情報の有用性に注目した。ここでの葉群の形状情報とは、葉の輪郭情報と傾斜角である。前者からは、例えば病虫害の発生状況に関する情報や、雑草の発生などの植生に関する情報を得ることができる。また後者は、水ストレスなど生育環境に対する作物の反応などとの関連性が高いと考えられる重要な生育情報である。

 現状では、これらの葉群の形状情報の効率的かつ実用的計測手法は確立されているとは言い難い。葉群の形状情報の計測手法としては、非接触・非破壊計測の実現の容易性、人的労働力の要求度の低さ、自動化の容易さなどの特長を持つ画像計測手法が有望である。しかし葉群画像は複雑かつ多様であり、本手法の適用には、エッヂ特徴などの形状特徴を抽出する過程の効率性の低さ、さらにはノイズなどの外乱に対するロバスト性の低さが実用化を妨げる大きな問題となっている。

 そこで本研究では、形状特徴の一種であるテクスチャ特徴の効率性に注目した。テクスチャとは画像中に観察される様々な模様を意味し、テクスチャ特徴とは、それらの様々な特性をテクスチャ解析手法により数値化した特徴量である。テクスチャ解析の原理の特徴は、画像中に観察される個々の物体像の形状特性ではなく、それら全体の形状特性をマクロに抽出しようとする点にある。葉群画像を解析する場合、個葉ではなく葉群あるいは小葉群を対象とすることの可能なテクスチャ解析の原理は、計測の効率化を図る上で極めて有効であり、ノイズなど外乱に対してのロバスト性も高いと期待できる。

2研究の目的

 本研究では、葉群の形状情報すなわち輪郭情報と葉傾斜角を対象とする画像計測手法の開発を行う。開発に際しては、葉群の生成するテクスチャ特徴を積極的に利用し、計測の効率性およびロバスト性それぞれの向上を図る。

本論1輪郭情報の画像計測に関する研究1.1草種割合の推定手法の開発

 ここでは、オーチャードグラス(以下、オーチャード)およびシロクローバー(以下、クローバー)の2種の牧草が混生する群落を対象に、輪郭情報を利用した草種割合推定手法の開発およびテクスチャ解析手法の葉群画像に対する適用性の検討を行う。

 材料および方法

 (1)供試材料

 オーチャードおよびクローバーの混生群落中に1m×1mの正方形の白枠を置き、この内側を近接撮影した。次に、撮影写真から最大256階調、896×896ドットのデジタル面像を得た。さらに、対象画像を49(=7×7)個の小区画(128×128ドット)に分割した。

 (2)検討対象手法の概要

 以下に示す代表的3種類のテクスチャ解析手法を草種割合推定の基本原理とした。

 1)濃度共起行列法(SGLDM)

 2)濃度レベルランレングス法(GLRLM)

 3)パワースペクトラム法(PSM)

 (3)草種割合の推定方法

 各草種を代表する教師画像の特徴量と、各小区画の特徴量との標準化ユークリッド距離を求めた。さらに最終的に、合計値が100(%)となるように基準化した距離に基づいて草種割合(ここではオーチャードの割合)を推定した。

 結果および考察

 50%しきい値により優占種を推定した場合の正解率は、SGLDMは85.7%、GLRLMは85.7%、PSMは81.6%となった。次に、各小区画における実測データと推定結果とを比較した(Fig.1-1)。結果から、現状においても葉群画像に対する草種割合推定手法の有効性は高かった。

1.2時系列葉群画像に対するテクスチャ特徴の適応性の検討

 ここでは、牧草2種(オーチャード、クローバ)の混生による複合種群落、およびそれぞれの単一種群落を時系列的に撮影して得た葉群画像を対象に、パワースペクトラム法の特徴量と輪郭情報(但し、複合種群落では草種割合、単一種群落では葉群の形状的不均質性として)間の相関性を検討する。

 材料および方法

 オーチャードとクローバーそれぞれの単一種牧草群落において、刈り取り直後とさらにその8日後に近接撮影した2生育ステージの写真を得た。さらに、同2種の混生する複合種群落を準備し、刈り取り直後から約5日おきに時系列的に近接撮影して5生育ステージの写真を得た。各撮影写真から最大256階調、基本サイズを768×768ドットとするデジタル画像を作成し、さらにそれぞれを128×128ドットの大きさで小区画化しパワースペクトル法を適用した。

 結果および考察

 生育ステージ前半では草種割合との相関が総じて低く、特徴量の有効性は低かった。生育ステージ後半では、特徴量No.11と草種割合との相関の向上が顕著であった。Fig.2-1に生育ステージNo.5における(a)草種割合、(b)特徴量No.11の各等高線図(最大値と最小値間を20等分割)を示す。さらに、特徴量No.11に単純な空間平均を適用した。さらに、特徴量No.11に画像復元法の一種である最大エントロピー法を適用した。この結果、得られた等高線図をそれぞれ(d)、(c)に示す。

 Fig.2-2に生育ステージNo.2に関する(a)形状的不均質性の実測データ、(b)特徴量No.12、および(c)特徴量No.12に最大エントロピー法を適用しノイズを低減した等高線図(最大値と最小値間を20等分割)を示す。(c)はピークの位置のずれなどはあるが(a)の全体的な傾向を反映している。

 今回の結果から、草種割合など草種の葉形状の違いを検出する場合は、対象群落の生育が幼いなど葉群の輪郭情報の差が明確でない場合、あるいは成熟が進み葉群のコントラストが低下した場合にはさらなる有効性の向上の検討の余地が認められた。

2葉傾斜角の画像計測に関する研究2.1葉傾斜角の画像計測手法の提案

 テクスチャ特徴を応用し、幼苗個体などの比較的小規模な葉群を対象とする葉傾斜角の画像計測手法を新たに提案する。

 葉傾斜角の測定基本原理

 (1)平均葉傾斜角の計測方法

 葉方位角の分布がランダムであれば、一枚の画像中に撮影方向に対しほぼ真横を向く葉面が複数存在し得る。これらの葉の像から得られるパワースペクトラム法のくさび状特徴量は、それぞれの葉傾斜角に対応した位置に明確なピークを有するが、その他の葉の像においては、明確なピークが生じない。このため、葉群画像のくさび状特徴量に現れるピーク位置から平均葉傾斜角を容易に知ることができる。

 (2)葉傾斜角の3次元分布の計測方法

 葉群を回転撮影した各画像を適当な大きさの小区画に分割し、各小区画のくさび状特徴量から葉傾斜角の2次元分布を求める。さらに、葉傾斜角の2次元分布を3次元画像再構成法の基本的原理である逆投影法を用いて総合し、葉傾斜角の3次元分布を再構成することができる。

2.2葉傾斜角の画像計測手法の有効性の検討

 2.2.1 シミュレーション画像による検討

 ここでは、シミュレーション画像を用いて提案手法の基本的な有効性を検討する。

 (1)小平面群の平均傾斜角の計測

 平均傾斜角が20度、40度、60度とそれぞれ異なる3種類の小平面群のシミュレーション回転撮影画像を作成し、平均傾斜角を計測した。得られた結果は、本手法が小平画群の平均傾斜角を計測可能であることを示した。

 (2)小平面群の傾斜角の3次元分布の再構成例1

 平均傾斜角が0度、20度、40度、60度および90度とそれぞれ異なる5種類の小平面群を水平方向に並列した仮想複合群落のシミュレーション回転撮影画像を作成し、傾斜角の3次元分布の再構成を試みた。得られた結果は、本手法が小平面群の傾斜角の3次元分布の再構成が可能であることを示した。

 (3)小平面群の傾斜角の3次元分布の再構成例2

 平均傾斜角が20度、40度および60度とそれぞれ異なる3種類の小平面群を同軸の3層をなす様に配列した仮想複合群落のシミュレーション回転撮影画像を作成し葉傾斜角の3次元分布の再構成を試みた。得られた結果は、本手法が小平面群の傾斜角の3次元分布の再構成が可能であることを示した(Fig.3-1)。

 2.2.2 作物個体画像を対象とした平均葉傾斜角の計測

 ここでは、栽培管理の人為的制御により形状差を生じた苗個体を対象に平均葉傾斜角の計測を試みる。

 (1)遮光処理によるコマツナ苗の形状差の解析

 遮光処理を施して形状差を人為的に形成したコマツナ苗個体群の回転撮影画像からくさび状特徴量を計算した。くさび状特徴量と実際の葉傾斜角は良く一致し、くさび状特徴量は処理による葉群の形状差を良く示した。

 (2)過剰潅水処理によるトマト苗の形状差の解析

 過剰潅水処理を施して形状差を人為的に形成したトマト苗個体群の回転撮影画像からくさび状特徴量を計算した。縦に2分割した左半分画像から得られたくさび状特徴量は、処理による葉群の形状差を良く示した。

 2.2.3 作物個体画像を対象とした葉傾斜角の3次元分布の計測

 提案した葉傾斜角の3次元分布の計測法(以下、庄野法と呼称)を複数のトマト個体に適用することにより、その有効性を実証的に検討する。

 材料および方法

 (1)供試材料(画像)の作成

 光および水環境のむらが生じるように調整し、形状のばらつきを故意に発生させたトマト苗15個体を作成し、それぞれから最大256階調、896×896ドットの回転撮影画像を得た。

 (2)方法

 各画像において、128×128ドットの小区画を左上方から右下方まで16ドット毎に位置をずらしつつ抽出して葉傾斜角の2次元分布を求め、さらに、葉傾斜角の3次元分布を再構成した。次に、葉傾斜角の3次元分布形状を円筒形状に正規化し、円筒を内側から3層に分割した。さらに各層において、葉傾斜角を同一水平面上で平均し、1次元プロファイル(3層×49要素)に変換し、最終的に平均化により3層×6要素に集約した。さらに、得られた形状情報に主成分分析を施し、単純な指標への統合を試みた。

 結果および考察

 供試材料No.1における葉傾斜角の3次元分布をFig.4-1に示す。本図には当該材料の形状的特徴が視覚的に良く表現されている。ここで、第1主成分ベクトルから第3主成分ベクトルをFig.4-2にイラスト化した。さらに、指標化の結果を2次元散布図としてFig.4-3に示す。以上の計測および解析作業は、作物の形状的特徴の傾向やばらつきなどを明確化かつ可視化することが充分可能であると考えられる。

総括1輪郭情報の画像計測に関する研究

 入手の容易な写真などの画像データに基づく葉群の輪郭情報の画像計測手法を開発し、その有効性を検討した。

2葉傾斜角の画像計測に関する研究

 従来は計測が困難であった葉群の葉傾斜角の3次元分布を、入手の容易な写真などの画像データを用いて効率的に計測可能な画像計測手法を開発し、その有効性を検討した。

Fig.1-1 Comparison between observation and estimation of composition of orchard grass (number of observations=49).R:coefficient of correlation. SEE:standard error of estimation.Fig.2-2 Contour maps.Left:from the image of white clover. Right:from the image of orchard grass. (a) from observed data. (b) from textural feature No.12 (c) from textural feature No.12 smoothed by Maximum Entropy Method.Fig.4-1 Sample results of reconstruction of three dimensional distribution of leaf tip angle.Fig.4-2 Schematic illustrations of meanings of principal component No.1-3.Fig.2-1 Contour maps,(a)from observed date of the species composition of orchard grass, (b) from textural feature No.11, (c) from textural feature No.11 smoothed by Maximum Entropy Method, (d) from textural feature No.11 smoothed by spacial filter (3 × 3).Fig.3-1 Result of reconstruction of tree dimensional distribution of tip angles from simulated images.Fig.4-3 Scatter plots of principal component No.1-3.
審査要旨

 作物の上手な栽培者は常に作物を観察し、生育状態に関する情報(生育情報)を収集し、それに基づいて栽培管理を行う。通常は、このような生育情報の収集は栽培者自身によって、肉眼で行われるため、多くの労力と時間が必要であるばかりでなく、経験と勘に頼るためその能力に大きな差が生じる場合が多い。

 そこで、本研究では、作物から数メートル程度の近距離でとれる葉群の形状に関する情報(葉群の形状情報)をカメラ画像により収集し、これを定量的に解析することによって、作物栽培にかかる労力と時間の節減と高度な判断を必要とする技術の一般化を目的として、得られた画像のテクスチャ特徴(小領域中に含まれる葉群像の形状をマクロに解析し、必要な形状情報を抽出する)に注目して、主として、葉群の輪郭情報と葉傾斜角に関して解析を行っている。

 輪郭情報の解析では、牧草栽培を例にとり、植生の品種組成率(草種割合)の実地調査の効率化・省力化を検討している。まず、草種割合および葉群の形状的不均質性を輪郭情報に基づいて計測する画像計測手法の開発を行い、その有効性の検討から、輪郭情報の検出に使用したテクスチャ特徴の葉群画像に対する特性と問題点を検討している。

 植被率がほぼ100%の牧草混生群落の葉群画像に3種類のテクスチャ解析手法を適用して求めたテクスチャ特徴には、葉群画像の特性である混合テクスチャ、不均質テキスチャ、さらには境界テキスチャの影響によるばらつきが見られたが、草種割合との相関は高く、テクスチャ特徴から草種割合を推定することは充分可能であった。さらに、生長に伴い繁茂状況が時系列的に変化する葉群画像に対するテクスチャ特徴(パヮースペクトラム法)の特性を、草種割合および葉群の形状的不均質性との相関性の検討を通じて検討している。生長が進み、植被率が60%を越えた群落では、相関係数が0.7を越えるなど高い相関を示すものがあった。しかしその一方、群落が若く植被率が低い場合は相関は低く、また生育が進み葉群の重なりが顕著となり葉群の輪郭が不明瞭となる場合も、相関は頭打ちとなるなど、テクスチャ特徴から草種割合を推定可能な繁茂状況がある程度限定されることが判った。テクスチャ特徴と葉群の形状的不均質性との相関性の検討では、波長が最も短いテクスチャ特徴に高い相関が見られ、実測値との比較でも、本テクスチャ特徴はその傾向をおおむね反映していることが認められた。

 葉傾斜角に関する解析では、苗などの鉢植え作物を対象に、葉群全体の平均葉傾斜角を計測する手法、さらには比較的繁茂の進んだ葉群の葉傾斜角の3次元分布を計測可能な手法を提案し、さらにその有効性を検討している。

 シミュレーション画像群に提案手法を適用した結果から、本手法は小葉群の平均葉傾斜角さらには葉傾斜角の3次元分布の計測がそれぞれ可能と考えられる。また、遮光処理などにより人為的に葉傾斜角を調整した苗の小葉群画像に本手法を適用し、平均葉傾斜角の計測を試みた結果には、未処理苗との形状差が平均葉傾斜角の違いとして反映されており、本手法は、実際の葉群画像にも適用可能であることが確認されている。さらに、トマト作物体画像に本手法を適用し、葉傾斜角の3次元分布の計測を試みた結果は、実際の葉傾斜角の分布状況と良く一致している。この結果から、本手法を実際の葉群画像に適用して葉傾斜角の3次元分布を計測することが充分可能であることが確認されている。

 以上要するに、本論文はテクスチャ特徴解析という画像解析手法を作物画像に適用して、適切な栽培管理に必要な判断の基準を得ることに関する重要な新知見を得ており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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