学位論文要旨



No 213224
著者(漢字) 荒武,志朗
著者(英字)
著者(カナ) アラタケ,シロウ
標題(和) スギ構造材の材質推定と長期耐力評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213224
報告番号 乙13224
学位授与日 1997.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13224号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 大熊,幹章
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 助教授 太田,正光
 東京大学 助教授 小野,拡邦
内容要旨

 スギは,我が国における代表的な造林木であり,古くから我々をとりまく環境に最も慣れ親しまれてきた木材であるが,近年における外国産材との競合,木造率の低下,軸組構造への危機感などから,その構造利用状況は必ずしも安定しているとは言い難い。このようなスギ利用の障害となる問題は,林業や周辺地域の活性化,国産材の利用推進,さらには地球環境保全への寄与と言った側面からも可能な限り解決していく必要がある。

 以上のような観点から,本研究では,スギの構造材としての信頼性の確保に寄与するとともに,一定の品質を有するスギをそろえる有効な手法を提供することを目的として,スギ構造材の材質に影響を及ぼす因子と推定方法,高次固有振動数によるスギ構造材の簡易な材質評価方法,並びにスギ構造材及び構造躯体のクリープの三項目について検討した。以下に得られた結論を述べる。

スギ構造材の材質に影響を及ぼす因子と推定方法

 1)含水率(u)が繊維飽和点以上の材に対して,ASTM-D2915-84[1987 ANNUAL BOOK OF ASTM STANDARDS,PART 4,567-582(1987)]により力学的性質をu=15%時に換算すると,少なくとも曲げ強さ(MOR)の下限5%信頼限界値に対しては過大評価となる。

 2)気乾材の曲げ比例限度(PL)とMORを目的変数とし,静的曲げヤング係数(MOE),u=15%時の密度(15),圧縮側材縁部から髄までの垂直距離,平均年輪幅,及び集中節径比などを説明変数として変数減少法による重回帰分析を行った結果,PLに対しては,MOE単独でもかなりの高い推定精度が得られたが,MORに対しては,MOEよりも15の推定精度の方が高かった。ただし,説明変数として15を採用するには,少なくとも材料が十分に乾燥され,且つ,15の換算精度がある程度は保証されることが必要である。

 3)干割れが著しい材であってもMORやMOEが低いとは言えず,むしろ力学的に優れている可能性が高い。

 4)干割れによる縦断面の欠損面積を目的変数,生材時のu,乾燥初期のuの変化,平均年輪幅,偏心率,並びにMOEなどを説明変数として変数減少法による重回帰分析を行った結果,スギ構造材の乾燥に当たって干割れが生じやすい材を予測する場合,MOEに注意することが適切との結果が得られた。

高次固有振動数によるスギ構造材の簡易な材質評価方法

 1)椪積み状態のように振動拘束が厳しい条件下であっても,少なくとも三次以上の振動次数であれば,境界条件を満足する正しい固有振動数が計測出来る。

 2)椪積み状態における丸太の四次固有振動数(Fc4)を因子として,足場板(心待ち材と心去り材別)や心持ち正角材のMORやMOEの下限5%信頼限界値の誘導を試みた結果,何れも区分間の格差が明瞭に得られた。したがって,Fc4を用いて足場板や心持ち正角材のMORやMOEを等級区分することは,一定条件下では可能と考えられる。ただし,この方法で足場板のMORを区分する場合には,材面に生じる大きな流れ節には注意する必要があり,別途評価を加える必要がある。

 3)固有振動数と縦振動ヤング係数(Ei)の関係式をベースに,以下のような乾燥i日後のu(ui)の予測式を作成した。

 

 ここで,K:乾燥開始時のEiに対する乾燥i日後のEiの比,△V:乾燥開始時の体積に対する乾燥i日後の体積の比,Ww:乾燥開始時の重量(kg),Fnw:乾燥開始時の固有振動数(Hx),Fni:乾燥i日後の固有振動数(Hz),Wo:全乾重量(kg)。

 (1)式において,Woを全製材の平均値とし,K△Vを1としても,uiの推定値がほぼ30%以上の領域ではuを一定精度で推定することが可能である。

 4)丸太と製材の縦振動パワースペクトルは,何れも材長(L)が短くなるにつれて波形の乱れが目立つようになり,L/D,L/b(D:丸太径,b:製材辺長)が一定値を下回ると,三,四次固有振動数のピークを確認することが困難になる。この場合,高次固有振動数に対する一定の計測精度が保証されるL/DやL/bのしきい値は,L/Dで6.00,L/bで10.0付近にあるものと考えられる。

 5)固有振動数の計測において,丸太や製材の縦振動励起面(ハンマで打撃する面)と検出面(マイクロフォン設置面)を同一としても,計測精度の差異はほとんど無い。

スギ構造材及び構造躯体のクリープ構造材のクリープ

 1)uが気乾状態を越えると,水分非平衡によるMechano-sorptive変形が顕著に現れ,クリープたわみ[c(t)]の増加も著くなった。したがって,スギ構造材の安定的な長期耐力を保持するには,少なくとも充分な乾燥処理を施すことが重要と考えられる。

 2)製材(生材,人工乾燥材),集成材の何れも,7月頃にc(t)が急増した。この原因としては,木材の減速指数(N)が温度に鋭敏なことや,この時期の相対湿度(RH)変動が材の物性にかなりの影響を及ぼし,Mechano-sorptive変形を顕著にさせたことなどが考えられる。

 3)POWER則を基本とした次式により,スギ構造材のMechano-sorptive変形を定量的に表現出来る可能性がある。

 

 ここで,0は瞬間弾性たわみ,Aはクリープ定数,h・△RHは相対湿度変動によって生じるたわみの変動(hは係数)。

 4)全たわみ[(t)]の実験値と変形モデル[Bolzmannの重ね合わせの原理(S.P.),付加荷重存続型(A.D.),最大荷重存続法(M.D.)]による曲線を比較した結果,全体としては,実験値が変形モデルの範囲内に収まったが,製材(生材,人工乾燥材)では,S.P.,A.D.のStress level増加後及びA.D.,M.D.のStress level減少と除荷後に漸次安全側に離れる傾向を示した。また,集成材では,A.D.,M.D.のStress level減少と除荷後に同様に安全側に離れる傾向を示した。

 5)負荷直後から3年間(Stress level=11%→22%→33%)におけるc(t)の実験値と変形モデル(S.P.,A.D.,M.D.)による計算値を比較した結果,計算値は製材,集成材の何れもStress levelの増加に伴って増加したが,実験値は増加せず,製材では逆に減少した。

 6)4),5)の結果から,比較的断面の大きいスギ構造材を対象として変形モデルを適用する場合,基本的にはS.P.,A.D.,M.D.の何れもほぼ曲線の傾向をとらえることは可能であるが,製材を対象とする場合,負荷直後のuによっては何らかの補正が必要である。また,クリープ回復を含めたクリープ曲線の予測を行う場合,S.P.の適用を基本に考えることが妥当である。

構造躯体のクリープ

 1)柱-梁,梁中央部,及び柱-支点が接合されたスギ集成材とベイマツ集成材による2ヒンジ半剛節門型ラーメン試験体を試作し,仮想仕事法を用いて鋼板1枚挿入ドリフトピン接合試験体における梁中央部の初期変位(Etota10)を予測した。その結果,予測値は実測値に対してやや安全側となった。このような傾向(予測値>実測値)を示した原因を解明するには,今後さらなるデータの蓄積が必要であるが,本研究における条件の範囲内では,この種の接合法による躯体変位予測に仮想仕事法を適用することは,概ね妥当と考えられる。

 2)鋼板1枚挿入木製ダボ接合の荷重(P)-すべり(S)曲線から求めたすべり係数(,)は,鋼板1枚挿入ドリフトピン接合の同値(非線形有限要素法で求めた値)に対して,では1割程度,では2割前後にとどまった。

 3)仮想仕事法を用いて,鋼板1枚挿入木製タボ接合試験体におけるEtota10を予測した結果(この場合,2)で求めた,を適用した),ドリフトピン接合試験体の場合と同様の結果を示した。したがって,この種の接合法による躯体変位予測に仮想仕事法を適用する場合,実大せん断試験によって実験的に得られた木製ダボのを用いることは,概ね妥当と考えられる。

 4)接合法による梁中央部の変位の差は著しく,ドリフトピン接合試験体に対する木製ダボ接合試験体の同値は数倍にも上った。したがって,少なくともドリフトピン接合の基準を木製ダボ接合にも適用することは困難であり,今後適切な木製ダボの接合基準を検討していく必要がある。

 5)各試験体における梁中央部のMechano-sorptive変形に及ぼすRHの影響を調べた結果,接合法(鋼板1枚挿入木製ダボ接合,鋼板1枚挿入ドリフトピン接合)や試験体の材質(スギ集成材,ベイマツ集成材)に拘わらず,1時間程度の短い時間間隔におけるRHへの変位の対応は明確ではないが,少なくとも24時間にわたるRHの減少は変位の増加をもたらし,同様に24時間にわたるRHの増加は変位の回復をもたらすことが示された。

審査要旨

 スギは日本を代表する人工造林木であり、古くより住宅建築資材として用いられてきたが、近年外国産材との競合、都市化に伴う木造率の低下、木造軸組構法の変化など、その構造的利用については必ずしも安定しているとは言い難い。一方自由度の大きく拡った新しい木造建築物に関する構造的な利用については国産材の利用推進、林業や周辺地域の活性化、さらには地球環境保全への寄与といった側面からも重要な課題となっている。とくにスギの構造材としての信頼性の確保には品質を明らかにする有効な方法と安定的な供給の仕組みへの配慮が必須である。このような状況を背景として本研究はスギ構造材の材質に影響を及ぼす因子と推定方法、打撃音によって生じる高次固有振動数による材質評価方法とその利用、ならびにスギ構造材および構造躯体のクリープ変形挙動について明らかにしたもので、全5章からなっている。以下に結果の概要を示す。

1.スギ構造材の材質に影響を及ぼす因子と推定方法

 スギ実大製材品の力学的性能に及ぼす因子は負荷時の含水率によってかなり異なる。従来よりASTM-D2915-84による強度換算値が用いられているが、生材のように含水率のかなり離れたものから含水率15%に換算することは少なくとも曲げ強さの下限値に関しては過大評価となる。気乾材の強度推定のためのヤング係数、密度、平均年輪幅、集中節径比などについて変数減少法による重回帰分析を行った結果、ヤング係数よりも含水率15%の密度の方が推定精度が高かったが、乾燥が十分保証されていることが必要である。乾燥によって生じる干割れは強度低下をもたらすが、干割れが著しい材であっても曲げ強度やヤング係数などの力学的材質は干割れの少ない材より優れている可能性が高い。また、乾燥に当たって干割れの生じやすい材を予測するにはヤング係数に留意すべきである。

2.高次固有振動数による材質評価方法とその利用

 木口面を打撃したとき生じる音の周波数分析からえられる固有振動数はその密度と組み合わせによってヤング係数を求めることができる。丸太材や製材品を振動拘束の少ない状態で計測した揚合には振動次数によらず妥当な固有振動数がえられるが、椪積み状態のような振動拘束の大きいときには3次以上の高次固有振動数による方法が適切である。丸太材の固有振動数による区分を利用して、それからえられる各種製材品の強度、ヤング係数の評価への利用を検討した。丸太材の4次固有振動数とそれからえられる足場板の曲げ強度、ヤング係数は高い相関をえた。ただし生材に比較して人工乾燥材の方がばらつきがやや大きいことと曲げ強度については材面に生じる流れ節には注意する必要がある。丸太材の4次固有振動数とそれからえられる心持ち正角材の曲げ強度、ヤング係数も高い相関があり、等級区分に有効なことが明らかになった。固有振動数は伐採直後からの水分離脱によって変化するので、実用面での等級区分については重量計測あるいは水分状態を押さえる手段を考慮する必要がある。また、初期段階で重量と固有振動数を計測しておけば、椪積み状態であっても高次固有振動数から水分の大凡の推移を把握することができ、原木市場や天然乾燥への応用が可能である。

3.スギ構造材の長期耐力評価および構造躯体のクリープ変形挙動

 スギ生材、人工乾燥材および集成材の実大梁のクリープ挙動を年間を通じて観測した。とくに夏期において変形の増加が顕著であることと、湿度変動によって生じるMechano-sorptive変形が未乾燥材の場合顕著であり、スギ構造材の安定的な長期耐力を保持するためには十分な乾燥が重要である。クリープ曲線にはpower則を適用するとMechano-sorptive変形も定量的な表現が可能になる。また荷重変動に伴う変形の推定に各種変形モデルを設定した結果、いずれも安全側の評価になるが、重ね合せ原理による適用を基本とするのが妥当である。集成材による半剛接門型ラーメンによる構造躯体のクリープ試験を行い、ドリフトピンおよびダボ接合部の評価を併せて行い、湿度変動への対応は梁のそれに類似していることを認めた。

 以上本論文はスギ構造材の利用のため、生産現場における材質評価方法の展開を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが大である。

 よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51034