学位論文要旨



No 213225
著者(漢字) 荊木,康臣
著者(英字)
著者(カナ) イバラキ,ヤスオミ
標題(和) 画像解析の不定胚生産への応用
標題(洋) Applications of Image Analysis for Somatic Embryo Production
報告番号 213225
報告番号 乙13225
学位授与日 1997.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13225号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高倉,直
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 藏田,憲次
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨 1.研究の目的および構成

 近年、不定胚形成を利用した種苗生産技術が、その増殖効率の高さや自動化・機械化の可能性から注目を集めている。しかしながら、この技術は、生産される不定胚の質の不均一性により、いまだ実用化がなされていないのが現状である。そこで、本研究では、質の高い不定胚を安定的に生産するシステムを開発することを目的に、材料としてのカルスおよび生産物としての不定胚の両方の質の評価法を確立することを試みた。そしてこれらの質の評価法には、非破壊計測に優れた画像解析技術を適用した。Fig.1に、本研究における不定胚生産システムの概念図を示す。通常不定胚は、カルスを経由し誘導される。その誘導プロセスは、カルスの誘導、カルスの懸濁培養による増殖、そしてカルスからの不定胚の誘導に分かれる。本研究では、まず不定胚誘導の材料となるカルスの質を統一するために、細胞懸濁液の評価を行う。この評価により増殖過程のカルスの質の維持と、不定胚誘導時の材料の状態把握が可能になり、結果的に不定胚誘導培養の安定化が期待できる。次に、連続的に不定胚を誘導しつつ、種苗生産に適した不定胚のみを収穫していくことで、生産物としての不定胚の均質性の向上をねらう。すなわち、これら2段階の質の評価を通じて、質の高い不定胚を安定的に生産することを試みるものである。

 上述の目的に従い、本研究は、1)細胞懸濁液の不定胚形成能力の非破壊評価法の開発、2)不定胚自動選別装置の開発、の2つの部分より構成される。また、本研究では、不定胚生産のモデルとしてニンジン(Daucus carota L.cv.Kinkoh-yonsun)の不定胚培養系を使用した。

2.細胞懸濁液の不定胚形成能力の非破壊評価法の開発

 不定胚の生産性はその材料であるカルスの質に大きく影響を受ける。ここでは、細胞懸濁液の不定胚形成能力を非破壊かつ簡便に評価する方法を開発することを目的とし、懸濁液を巨視的に見た画像(マクロ画像)を利用し、培養細胞の定量化により求めた増殖速度を利用する方法と、テクスチャ特徴量を利用する方法を検討をした。

1)増殖速度を利用した細胞懸濁液の不定胚形成能力の評価

 まず、画像解析による懸濁液中の細胞量の定量化手法を開発した。懸濁液のマクロ画像より抽出した定量化指標として、懸濁液画像中の細胞塊に対応する画素の総数、および、懸濁液画像のすべて画素のB成分(RGBカラー画像中のB成分)の値の合計値により、懸濁液のpacked cell volume(PCV)を推定することができた。そして、次に、懸濁液の不定胚形成能力と増殖速度との関係を調べるために、画像解析により推定したPCVから懸濁培養細胞の比増殖速度を求め、単位懸濁液中に含まれる不定胚になる能力を持った細胞塊(proembryogenic mass,以下PEM)の数(以下PEM density)として表現した実際の不定胚形成能力との関係を調べた。懸濁液のマクロ画像は、懸濁液が培養器に入っている状態で、容器の底面から、蛍光灯による透過光照明下のもとカラービデオカメラで撮影した(Fig.2)。Fig.3に単一セルラインの培養細胞の比増殖速度とPEM densityとの関係を示す。培養期間の増加すなわち継代回数の増加に伴った不定胚形成能力の低下に伴い、比増殖速度は増加した。懸濁液中の細胞がembryogenicな状態からnon-embryogenicな状態に変化していく過程で、懸濁液全体としての体積もしくは生体重の増加が起こり、これが今回の比増殖速度の変化に表れたものと考えられた。この結果は、懸濁液の増殖速度が単一セルラインにおける不定胚形成能力の変化を反映している可能性があることを示すものである。

2)テクスチャ解析による細胞懸濁液の不定胚形成能力の評価

 懸濁液のマクロ画像のテクスチャ特徴量を利用した不定胚形成能力の評価法を開発するため、懸濁液の不定胚形成能力とそのマクロ画像より抽出したテクスチャ特徴量との対応を調べた。テクスチャ解析には濃度共起行列法を用いた。不定胚形成能力の高い細胞懸濁液は、懸濁液中に肉眼で確認できる程度の比較的大きい細胞塊が多く含まれ、不定胚形成能力の低い懸濁液は細かい細胞塊からなるという傾向が見られた。そして、この懸濁液中の細胞塊の大きさの分布の違いは、テクスチャ特徴量の値の差に現れた。Fig.4に、計算したテクスチャ特徴量とPEM densityとして表現した懸濁液の不定胚形成能力の関係を示す。不定胚形成能力の高い懸濁液では、テクスチャ特徴量Entropyが大きくなった。さらに、実際に誘導された不定胚数とテクスチャ特徴量の関係においても、多くの不定胚を誘導できた懸濁液でテクスチャ特徴量Entropyが高くなった(Fig.5)。すなわち、テクスチャ特徴量Entropyの大きい懸濁液はより多くの不定胚を誘導しうることが示唆された。以上により、細胞懸濁液のマクロ画像のテクスチャ解析による不定胚形成能力評価の可能性が示唆された。

3.不定胚の自動選別

 不定胚の発達は同調的ではない。また、不定胚はカルスを経由し誘導されることが多く、培養中の変異が起きやすい。これらのことにより、不定胚誘導培養の懸濁液中には、様々な発達段階の胚や奇形な胚、さらには不定胚でないカルス塊も含まれ、生産物としての不定胚の質は不均一となる。このことを回避する方法として、何らかの情報により、様々な不定胚が混在する中から望ましい不定胚のみを選別することが考えられる。この場合、不定胚の形状はその指標として有効であると思われるが、不定胚の形状と生育の関係は明確ではない。そこで、不定胚の形状を不定胚評価における指標として利用することの可能性を探った。さらに、実際に不定胚を自動選別する装置を試作し、その性能評価を通じて不定胚の自動選別に適した不定胚の形状評価アルゴリズムの開発を試みた。

1)不定胚の質の評価指標としての形状解析

 不定胚の形状とその生育との関係を調べるために、大きさの揃った不定胚を顕微鏡下で写真撮影した後、発芽用培地に移植して、その後の生育を28日間観察した。不定胚の形状は、その子葉の形状および不定胚の曲がりやこぶなどの異常の有無により分類した。合計195の不定胚について調べた。その結果、試験した不定胚の形状は多様であり、異なった形状の不定胚においては生育パターンが異なった(Table1)。試験した不定胚のうち70%が枯れることなく生長した。そのうち約半分が本葉を持った幼植物体へと生育したが、実生苗と同じように正常な本葉を持った幼植物体に生育したものは、全体の10%に満たず、それらのほとんどは、子葉が2つにはっきりと分かれ、曲がりやこぶなどの異常がないものであった。これらのことは不定胚の形状を不定胚選別の指標として利用することの妥当性を示唆している。

Table1 Relationship between type of cotyledon of somatic embryos and their growth.
2)不定胚の自動選別

 Fig.5に開発した装置の概要図を示す(SOMESと命名)。この装置は、細いチューブの中をキャリアフローにのって移動していく不定胚の画像を画像取り込み用セル(以下、Imaging cell)において獲得し、画像解析の結果から、流路切り替えによる選別動作を行うものである。SOMESでは、Kurataらによる細線化によって得られた骨格画像(以下skeleton)の形状を用いた不定胚評価アルゴリズム(1993)を採用した。この場合、形状に関する実験から得られた結果から、子葉が深く2つに分かれ、曲がりやこぶなどの異常のないものを正常胚とし、選別対象とした。この装置により実際に不定胚選別実験を行ったところ、不定胚の正常率(不定胚の集団における正常なものの比率)を18%から56%の約3倍に向上させることができたが、正常なものを正常とみなす判断率は40%と低かった。誤った判断の主な原因は、不定胚がimaging cell中で回転してしまい、評価しにくい方向からの画像を獲得してしまったことであった。すなわち、1方向からの画像だけでは不定胚の評価には不十分であった。そこで、imaging cellに鏡を取り付け、90°の角度をなす2方向からの画像を同時に獲得できるように改良し、それらの画像のskeletonの組み合わせにより、不定胚を評価することを試みた。その結果、skeletonの組み合わせがYIパターン(一方のskeletonはY字型でもう一方がI字型)であることが、正常な不定胚の判断基準として適当であった。この指標を使って行った選別試験では1方向のみの画像を利用した場合と比較して判断の正確が向上した。

4.総括

 質の高い不定胚を安定的に生産するシステムを構築するために、画像解析を用いた材料であるカルスの質の評価および生産物である不定胚の質の評価法の確立を図った。カルスの質の評価には、細胞懸濁液のマクロ画像から計算した増殖速度およびテクスチャ特徴量が有効であった。また、不定胚の質の評価にはその形状に関する情報が有効であり、その情報を利用した不定胚の自動選別では、2方向からの画像を用いることで判断の正確性が向上した。これらの評価を通じ、不定胚の安定生産が期待できる。

 文献:K.Kurata,et al.,1993,Transactions of the ASAE,36:1485-1489

Fig.1 Quality embryo production via quality evaluation of calli and somatic embryos.Fig.3 Relationship between the specific growth rate based on the cell quantity estimated from a macroscopic image of a suspension and the number of PEMs per unit volume suspension(PEM density).Fig.5 Relationship between texture feature (Entropy)and number of induced somatic embryos.Fig.2 Acquisition of a macroscopic image of a cell suspension for evaluation of the suspension quality.Fig.4 Relationship between texture feature (Entropy)and PEM density(n=43).Fig.6 Schematic layout of SOMES.1:imaging cell 2:peristaltic pump,3:I/O device,4:passage confirmation sensor,5:CCD camera,6:stirrer.7:microscope,8:flow controller,9:filter,10:light,11:solid-state timer,12:video recorder
審査要旨

 不定胚形成を利用した種苗生産技術は、増殖効率が高い、自動化・機械化がしやすいなどの利点をもつ。しかしながら生産される不定胚の質が不均一であるため、この技術はいまだ実用化がなされていないのが現状である。本研究では、質の高い不定胚を安定的に生産するシステムの開発を目的に、材料としての培養細胞および生産物としての不定胚の質の評価法を開発している。これらの質の評価には、非破壊計測に優れた画像解析技術を適用している。本研究では、大きく分けて1)細胞懸濁液の不定胚形成能力の非破壊評価法の開発、2)形状情報を利用した不定胚自動選別装置の開発を行なっており、材料にはニンジン(Daucus carota L.)の不定胚培養系を不定胚生産のモデルとして用いている。

 細胞懸濁液の巨視的画像を利用した不定胚形成能力の非破壊評価法として、培養細胞の定量化により求めた増殖速度を利用する方法、およびテクスチャ解析による方法を開発し、その有効性を示している。

 培養細胞の定量化については、懸濁液画像中の細胞塊に対応する画素の総数、もしくは、懸濁液画像のすべての画素のB成分(RGBカラー画像中のB成分)の値の合計値を用い、細胞懸濁液のpacked cell volume(PCV)が推定できることを示している。次に、その画像解析により推定したPCVから懸濁培養細胞の比増殖速度を求め、単位懸濁液中に含まれる不定胚になる能力を持った細胞塊(proembryogenic mass、以下PEM)の数(以下PEM density)との関係を調べている。その結果、培養期間の長期化に伴う不定胚形成能力の低下は、比増殖速度の増大に反映されることを示しており、画像からの比増殖速度の推定が、不定胚形成能力の変化の判断に役立つ可能性を見い出している。

 懸濁液の不定胚形成能力とその巨視的画像から濃度共起行列法により抽出したテクスチャ特徴量との対応を調べている。10の異なった細胞系統からなる細胞懸濁液43について調べた結果、PEM densityの高い細胞懸濁液において、画像の乱雑さを表すテクスチャ特徴量Entropyが大きくなった。さらに、実際にその細胞懸濁液を使って誘導できた不定胚数とテクスチャ特徴量Entropyにも正の相関があることを示し、細胞懸濁液の巨視的画像のテクスチャ解析による不定胚形成能力の評価、定量化の可能性を示している。

 不定胚の形状を不定胚選別の指標として利用する妥当性を検討するため、不定胚の形状とその生育との関係を調べている。不定胚の形状は、その子葉の形状および不定胚の曲がりやこぶなどの異常の有無により分類している。その結果、試験した不定胚の形状は多様であり、異なった形状の不定胚においては生育パターンが異なっていた。実生苗と同じように正常な本葉を持った幼植物体に生育したものは、全体の10%に満たず、それらのほとんどは、子葉が2つにはっきりと分かれ、曲がりやこぶなどの異常がないものであることが判明した。これらの結果は、不定胚の形状が不定胚選別の指標として利用できることを示唆している。

 さらに、不定胚の自動選別に適した不定胚評価アルゴリズムを開発するため、実際に不定胚を自動選別する装置を開発している。この装置は、細いチューブの中をキャリアフローにのって移動していく不定胚の画像を、画像取り込み用セルにおいて獲得し、画像解析を行い、その結果から流路切り替えによる選別動作を行うものである。この装置では、細線化によって得られた骨格画像(以下スケルトン)の形状を用いた不定胚評価アルゴリズムを採用し、子葉が深く2つに分かれ、曲がりやこぶなどの異常のないものを正常胚とし、選別対象とした。選別実験の結果およびその解析から1方向からの画像だけでは不定胚の評価には不十分であることを見い出している。そこで、鏡を用いて2方向からの画像を同時に獲得できるように装置を改良し、2方向からの画像のスケルトンの組み合わせにより、不定胚を評価するアルゴリズムを新たに開発している。この2方向からの画像を使ったアルゴリズムを実際の選別試験に用い、1方向のみの画像を利用した場合と比較して不定胚の良否判定の正確性が向上することを明らかにしている。

 以上要するに、本論文は主として、不定胚の安定生産を目的に、画像解析を利用して、材料としての培養細胞および生産物としての不定胚の質の非破壊評価法を開発したものであり、学術上、応用上貢献することろが極めて大きい。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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