不定胚形成を利用した種苗生産技術は、増殖効率が高い、自動化・機械化がしやすいなどの利点をもつ。しかしながら生産される不定胚の質が不均一であるため、この技術はいまだ実用化がなされていないのが現状である。本研究では、質の高い不定胚を安定的に生産するシステムの開発を目的に、材料としての培養細胞および生産物としての不定胚の質の評価法を開発している。これらの質の評価には、非破壊計測に優れた画像解析技術を適用している。本研究では、大きく分けて1)細胞懸濁液の不定胚形成能力の非破壊評価法の開発、2)形状情報を利用した不定胚自動選別装置の開発を行なっており、材料にはニンジン(Daucus carota L.)の不定胚培養系を不定胚生産のモデルとして用いている。 細胞懸濁液の巨視的画像を利用した不定胚形成能力の非破壊評価法として、培養細胞の定量化により求めた増殖速度を利用する方法、およびテクスチャ解析による方法を開発し、その有効性を示している。 培養細胞の定量化については、懸濁液画像中の細胞塊に対応する画素の総数、もしくは、懸濁液画像のすべての画素のB成分(RGBカラー画像中のB成分)の値の合計値を用い、細胞懸濁液のpacked cell volume(PCV)が推定できることを示している。次に、その画像解析により推定したPCVから懸濁培養細胞の比増殖速度を求め、単位懸濁液中に含まれる不定胚になる能力を持った細胞塊(proembryogenic mass、以下PEM)の数(以下PEM density)との関係を調べている。その結果、培養期間の長期化に伴う不定胚形成能力の低下は、比増殖速度の増大に反映されることを示しており、画像からの比増殖速度の推定が、不定胚形成能力の変化の判断に役立つ可能性を見い出している。 懸濁液の不定胚形成能力とその巨視的画像から濃度共起行列法により抽出したテクスチャ特徴量との対応を調べている。10の異なった細胞系統からなる細胞懸濁液43について調べた結果、PEM densityの高い細胞懸濁液において、画像の乱雑さを表すテクスチャ特徴量Entropyが大きくなった。さらに、実際にその細胞懸濁液を使って誘導できた不定胚数とテクスチャ特徴量Entropyにも正の相関があることを示し、細胞懸濁液の巨視的画像のテクスチャ解析による不定胚形成能力の評価、定量化の可能性を示している。 不定胚の形状を不定胚選別の指標として利用する妥当性を検討するため、不定胚の形状とその生育との関係を調べている。不定胚の形状は、その子葉の形状および不定胚の曲がりやこぶなどの異常の有無により分類している。その結果、試験した不定胚の形状は多様であり、異なった形状の不定胚においては生育パターンが異なっていた。実生苗と同じように正常な本葉を持った幼植物体に生育したものは、全体の10%に満たず、それらのほとんどは、子葉が2つにはっきりと分かれ、曲がりやこぶなどの異常がないものであることが判明した。これらの結果は、不定胚の形状が不定胚選別の指標として利用できることを示唆している。 さらに、不定胚の自動選別に適した不定胚評価アルゴリズムを開発するため、実際に不定胚を自動選別する装置を開発している。この装置は、細いチューブの中をキャリアフローにのって移動していく不定胚の画像を、画像取り込み用セルにおいて獲得し、画像解析を行い、その結果から流路切り替えによる選別動作を行うものである。この装置では、細線化によって得られた骨格画像(以下スケルトン)の形状を用いた不定胚評価アルゴリズムを採用し、子葉が深く2つに分かれ、曲がりやこぶなどの異常のないものを正常胚とし、選別対象とした。選別実験の結果およびその解析から1方向からの画像だけでは不定胚の評価には不十分であることを見い出している。そこで、鏡を用いて2方向からの画像を同時に獲得できるように装置を改良し、2方向からの画像のスケルトンの組み合わせにより、不定胚を評価するアルゴリズムを新たに開発している。この2方向からの画像を使ったアルゴリズムを実際の選別試験に用い、1方向のみの画像を利用した場合と比較して不定胚の良否判定の正確性が向上することを明らかにしている。 以上要するに、本論文は主として、不定胚の安定生産を目的に、画像解析を利用して、材料としての培養細胞および生産物としての不定胚の質の非破壊評価法を開発したものであり、学術上、応用上貢献することろが極めて大きい。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |