学位論文要旨



No 213226
著者(漢字) 半田,真理子
著者(英字)
著者(カナ) ハンダ,マリコ
標題(和) 都市の熱環境に及ぼす緑被の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 213226
報告番号 乙13226
学位授与日 1997.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13226号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井手,久登
 東京大学 教授 崎山,亮三
 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 助教授 恒川,篤史
内容要旨

 近年、都市への人口集中、都市化の進行、エネルギー消費の増加など都市への負荷の増大にともないヒートアイランド化、乾燥化など都市環境、とりわけ都市の熱環境の悪化が大きな問題になり、その改善のための方策が必要になっている。

 本研究は、都市環境改善の方策を考えるにあたって緑(植物)の機能に着目し、緑被の活用による都市気象の制御に関する基礎的な知見を得ることを目的として、都市の熱環境に及ぼす緑被の効果を解明するとともに、熱環境の側面から見た望ましい緑被の量と配置を示し、緑被の計画のあり方について提言するものである。

 本論文は5章から構成されている。第1章の研究の目的と方法に次いで、第2章では既往研究の分析を通じて本研究の観点の特徴は都市スケールにおける緑被の効果を、緑被の量と配置の観点から解明することであることを示した。これを受けて第3章では緑被の量と温度の関係をランドサットデータから解析して、都市の熱環境に及ぼす緑被の効果を解明し、さらに第4章では緑被の配置が熱環境に及ぼす効果に関する仮説をたて、各種の条件を設定したシミュレーションによって温度変化を解析し仮説を検証するとともに、熱環境の側面から見た望ましい東京都区部の緑被の形態を示した。第5章では本研究の成果を踏まえて、緑被を活用した計画のあり方と政策的な課題について提言した。

1.緑被の量に関する解析

 温度を指標として、1)緑被の存在による温度低下の状況、2)緑被の量による温度変化の度合い、について都市スケール(都市の中心部及びその周辺一帯を含む、都市の特徴的な形態が把握できる範囲)で解析し緑被が熱環境に及ぼす効果を考察した。なお、2)の緑被の量を示す指標は、まず(1)植生指標、次いで(2)緑被率(一定の地域において、独立または一団となった植物で被われている割合)を用いた。解析手法としては、都市スケールによる緑被の解析には衛星リモートセンシングデータが適していることに着目し、ランドサットデータを使用した。これにより計測した温度は、地表面温度である。

1)地表面温度と緑被の関係

 熱環境の悪化が特に顕著な大都市の代表として東京を抽出し、高温が問題とされる夏季における地表面温度と緑被の関係を解析した。対象地域は「東京東部」、「東京中部」、「東京西部」の3地域で、各地域の対象範囲は約14km×11kmである。使用したデータは、ランドサット5号(センサー:TM Thematic Mapper、観測日時:1987年7月24日9時45分)による。手順としては土地被覆分類図、次いで地表面温度分布図を作成し、土地被覆分類の項目ごとに地表面温度を解析した。土地被覆分類はバンド1から5及び7の計6バンドを使用し、教師付き分類(最尤法)により計10項目(人工構造物系として工業地、商業・業務地、高密度・住宅地、低密度・住宅地、緑被系として田畑、草地、樹林、さらに裸地、水域、その他)で行った。また、地表面温度はバンド6カウント値から地表面温度を換算した。その結果、人工構造物系の地表面温度は30.0〜30.6℃を示すのに対し、緑被系の地表面温度は28.7〜29.4℃と、緑被系の方がより低い値を示し、その差は、顕著な順に樹林で1.3〜1.9℃、草地で1.0〜1.6℃、田畑で0.6〜1.2℃であった。

 以上により、緑被の存在により地表面温度は低下し、熱環境に及ぼす緑被の効果があることが解明された。

2)地表面温度と緑被の量の関係(1)地表面温度と植生指標の関係

 植物の葉は分光特性として相対的に可視域で低く、近赤外城で高い反射率を有しており、この特性を利用した植生指標を用いて地表面温度と植生指標の関係を解析した。一般に植生指標の値が高いほど植生の量が多い、あるいは活力が高いと評価されている。対象範囲及び使用したランドサットデータは上記の1)と同じであり、バンド3及び4のカウント値から植生指標を算出し、対象範囲ごとに地表面温度との相関係数と1次回帰式を求めた。その結果、地表面温度と植生指標の間には負の相関が認められた。

 以上により、植生指標の値が高いほど地表面温度は低下することが解明された。

(2)地表面温度と緑被率の関係

 上記の結果を踏まえ、緑被率を指標に用いて各種の緑被形態を有する国内・国外の8都市(東京、札幌、神戸、ウィーン、パリ、ロンドン、ワシントン、デトロイト)を抽出し、夏季における地表面温度と緑被率の関係を解析した。各都市の対象範囲は中心部及びその周辺を含む約14×11kmである。使用したデータは、ランドサット5号(センサー:TM、観測日:1993年8月14日ほか、観測時:9時30分前後)による。緑被率の算出方法としては、ランドサットデータの場合には画素が最小単位となり、TMの地上解像度は熱赤外バンド(バンド6)では120m、それ以外のバンドでは30mであることから120mを領域として設定し、熱画像の1画素に対応する土地被覆分類の16画素に占める、緑被に分類される画素の割合をもって緑被率(ここでは他の算定法と区別するため、L緑被率と呼ぶ)とした。手順としては、土地被覆分類に次いでL緑被率を各都市の対象範囲ごとに算出し、地表面温度とL緑被率の関係を解析した。土地被覆分類は教師無し分類(クラスター分析)により行い、樹林、草地、田畑を緑被として抽出した。L緑被率は、土地分類の樹林に対応する「樹林緑被率」、土地分類の草地と田畑を合わせた「草地緑被率」、両者を合わせた「全緑被率」の3種類について算出した。そして地表面温度とL緑被率の関係を図化し、相関係数を算出した後、樹林緑被率を説明変数、地表面温度を目的変数として単回帰分析を行った。その結果、L緑被率の増大に伴い地表面温度が低下することが認められた。また、樹林緑被率による地表面温度の低下の割合については、樹林緑被率が10%増加すると地表面温度は0.3〜0.9℃低下していた。

 以上により、緑被の量が増加するほど地表面温度は低下し、熱環境に及ぼす緑被の効果が増すことが解明された。

2.緑被の配置に関する解析

 上記の如く緑被はその量が増加するほど熱環境に及ぼす効果がある反面、都市における緑被の計画にあたっては、人間の居住と活動を前提にしながら都市の安全性と快適性を実現することが必要であり、望ましい緑被率の確保とともに、より効果的な緑被の配置が問題になる。そのため本研究では、これまで経験的に同じ量の緑被でも配置によって効果が異なると言われていたことを踏まえ、「都市の熱環境に対して、同じ緑被率でも緑被を重点的に配置した方が効果的である」という仮説をたてて検証するとともに、対象地域(後述)に関する望ましい緑被の形態を示した。解析手法は、都市スケールを有する当該対象地域に最も適切な手法である、シミュレーションによる解析とした。

 緑被の配置と気温の関係に関するシミュレーションの解析の手順としては、1)シミュレーション対象地域及び前提条件の設定、2)シミュレーション方法の設定及び実施、3)現況での解析、4)条件設定した緑被の配置による解析、の順で行った。

1)シミュレーション対象地域及び前提条件の設定

 緑被の配置の違いによる効果を解析する対象地域は東京都区部とし、解析に供するデータは東京都区部を含む40km×40kmの範囲で作成し、1km×1kmのメッシュに分割した。鉛直方向は高度5、000mまでを15層に分割した。前提条件となる初期入力データは土地利用、緑被率、人工排熱、気象条件等のデータである。

2)シミュレーション方法の設定及び実施

 シミュレーション方法については、都市の熱環境に影響を与える要素として地表面の熱収支のほかに熱の水平移流を考慮し、大気乱流プログラムHOTMACを改良したシステムを用いて計算を行った。対象時期は夏季(建築に必要な冷房負荷の基準となる7月29日)、シミュレーションの開始時刻は午前6時、想定時刻は9時、12時、15時である。現況のデータによるシミュレーションの結果に関する考察は、主として15時における、地上6mの気温分布を対象にした。

 緑被の配置の条件設定としては、(1)均一(緑被率30%)、(2)市街地の風上である臨海部に重点(緑被率30%)、(3)都心部に重点(緑被率30%)、(4)川沿いである河川部に重点(緑被率30%)、(5)均一(緑被率40%)、(6)複合的(臨海部・河川部・都心部の複合)に重点(緑被率40%)の6ケースとした。ここで緑被率30%は当面の目標値、緑被率40%は望ましい緑被率の下限の値である。なお東京都区部の現況の緑被率は22.5%である。さらに各ケースごとに風向・風速図、気温分布図を作成し、気温低下効果の指標として積算気温低下量(東京都区部すべてに該当する658メッシュについて、現況の気温から低下した気温差を積算した量)を算出した。

3)現況での解析

 シミュレーションデータをアメダス及び東京都環境保全局大気汚染常時測定局による実測データと比較し、精度よく気温分布が再現されたことを確認した。

4)条件設定した緑被の配置による解析

 積算気温低下量は、同じ緑被率30%の中では顕著な順に、臨海部重点-52.8℃、都心部重点-52.3℃、河川部重点-42.4℃、均一-29.2℃と、臨海部に重点を置いた緑被が最も効果的であった。緑被率40%では複合重点-117.0℃、均一-74.5℃と、複合的に重点を置いた緑被の方が効果的であった。緑被率40%で複合重点の場合、緑被率30%で均一の約4.0倍、緑被率40%で均一の約1.6倍の気温低下効果になった。また、風向・風速の変化では、緑被により風速が弱まる部分が見られた。

 以上から、都市の熱環境に対して、同じ緑被率でも緑被を重点的に配置した方が効果的であるという仮説が検証された。特に緑被と併せて風の活用が効果的であると考察した。また熱環境の側面から見た東京都区部における望ましい緑被の形態として、緑被率40%で複合的に重点を置いた緑被の配置が考えられた。さらに都市スケールで見ると、緑被の増加に伴いかえって温度差の縮小によって風速が弱まる部分があり、また、場所によっては昇温の部分があるなどの知見を得た。。

3.緑被の計画のあり方

 以上から得られた緑被の活用による都市気象の制御に関する知見を踏まえて、緑被の計画のあり方の提言を示した。すなわち現行の「緑のマスタープラン」、「緑の基本計画」等に示された概念や計画手法に対して、(1)緑地だけでなく緑被の概念をより明確に位置付けること、(2)緑被の量だけでなく配置の考え方をより明確に示す必要があること、などを提示し、緑被の計画の導入の必要性を論じた。

審査要旨

 近年、都市の熱環境の悪化が大きな問題になり、その改善のための方策が必要になっている。本研究は、都市環境改善の方策を考えるにあたって緑被の活用による都市気象の制御に関する基礎的な知見を得ることを目的として、都市の熱環境に及ぼす緑被の効果を解明するとともに、熱環境の側面から見た望ましい緑被の量と配置を示し、緑被の計画のあり方について提言したものである。

 まず緑被の量に関する解析ではランドサットデータを使用し、緑被の存在による温度低下の状況、緑被の量による温度変化の度合い、について都市スケールで解析し緑被が熱環境に及ぼす効果を考察した。対象地としては熱環境の悪化が特に顕著な大都市の代表として東京を選び、高温が問題とされる夏季における地表面温度と緑被の関係を解析した。手順としては土地被覆分類図、次いで地表面温度分布図を作成し、土地被覆分類の項目ごとに地表面温度を解析した。その結果、人工構造物系の地表面温度より緑被系の地表面温度の方がより低い値を示し、その差は、顕著な順に樹林、草地、田畑であった。以上により、緑被の存在により地表面温度は低下し、熱環境に及ぼす緑被の効果があることが示された。

 次に地表面温度と緑被の量の関係では、植生を指標に用いて地表面温度と植生指標の関係を解析した結果、地表面温度と植生指標の間には負の相関が認められ、植生指標の値が高いほど地表面温度は低下することが示された。この結果を踏まえ、緑被率を指標に用いて各種の緑被形態を有する国内・国外の8都市(東京、札幌、神戸、ウィーン、パリ、ロンドン、ワシントンD.C.、デトロイト)を選定し、夏季における地表面温度と緑被率の関係を解析した。手順としては、土地被覆分類に次いでL緑被率(全土地分類に占める緑被系土地分類の割合)を各都市の対象範囲ごとに算出し、地表面温度とL緑被率の関係を解析した。その結果、L緑被率の増大に伴い地表面温度が低下することが認められた。また、樹林緑被率による地表面温度の低下の割合については、樹林緑被率が10%増加すると地表面温度は0.3〜0.9℃低下していた。以上により、緑被の量が増加するほど地表面温度は低下し、熱環境に及ぼす緑被の効果が増すことが解明された。

 緑被の配置と気温の関係に関するシミュレーションの解析としては、緑被の配置の違いによる効果を解析する対象地域は東京都区部とし、都市の熱環境に影響を与える要素として地表面の熱収支のほかに熱の水平移流を考慮し、大気乱流プログラムHOTMACを改良したシステムを用いて計算を行った。緑被の配置の条件設定としては、(1)均一(緑被率30%)、(2)市街地の風上である臨海部に重点(緑被率30%)、(3)都心部に重点(緑被率30%)、(4)川沿いである河川部に重点(緑被率30%)、(5)均一(緑被率40%)、(6)複合部(臨海部・河川部・都心部の複合)に重点(緑被率40%)の6ケースとした。

 積算気温低減量は、同じ緑被率30%の中では、臨海部に重点を置いた緑被が最も効果的であった。緑被率40%では、複合部に重点を置いた緑被の方が効果的であった。緑被率40%で複合部重点の場合、緑被率30%で均一の4.0倍、緑被率40%で均一の1.6倍の気温低減効果になった。また、風向・風速の変化では、緑被により風速が弱まる部分が見られた。

 以上から、都市の熱環境に対して、同じ緑被率でも緑被を重点的に配置した方が効果的であるという仮説が検証された。特に緑被と併せて風の活用が効果的であると考察した。また熱環境の側面から見た東京都区部における望ましい緑被の形態として、緑被率40%で複合部に重点を置いた緑被の配置が考えられた。さらに都市スケールで見ると、緑被の増加に伴いかえって温度差の縮小によって風速が弱まる部分があり、また、場所によっては昇温の部分があるなどの知見を得た。

 以上から得られた緑被の活用による都市気象の制御に関する知見を踏まえて、緑被の計画のあり方の提言を示した。すなわち緑地だけでなく緑被の概念をより明確に位置付けること、緑被の量だけでなく配置の考え方をより明確に示す必要があること、などを提示し、緑被の計画の導入の必要性を論じた。

 以上、本研究は都市スケールにおいて熱環境に及ぼす緑被の効果を量と配置の面から解明し、今後の緑の計画的整備への基礎的知見を得たものであり、学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53987