農作業の中には、一般に「きつい・汚い・危険」な、いわゆる3Kの度合(3K度)の高い作業が多い。農業の発展、さらにすすんでその魅力化を図るためには、まず作業者の3K度を軽減し、作業環境をより快適なものにすることが重要であり、それには、単に機械からのアプローチだけでなく、機械と人間が共生するシステム全体として捉える幅広い角度からの取り組みが必要である。その一つの方向として農作業服からのアプローチがあり、それは有効な手段であると考えられる。 こうした観点から、本論文は、農作業服、特にその素材の基本性能、およびそれが発現する機構を明らかにすることによって、機能性に優れた農作業服素材の開発、農作業服の設計、さらには作業者が農作業服を選択するために必要な知見を提供し、それによって、農作業の安全性および快適性を向上させることを目的として行ったものである。 その中でも、最近の一連の地球環境問題の一つであるオゾン層の破壊による太陽光線中の紫外線の増加は、人体に対して影響が大きく、それによる日焼けが皮膚の老化さらには皮膚癌の発生に深い関わりがあるとされている。この問題は農作業時、特に関係が深く、長時間、紫外線を浴びることによって黄色味を帯びたしわになる、いわゆる「農夫皮膚」症状になるといわれている。そこで、紫外線の被曝を防止するために、特に、農作業服素材の紫外線透過から基礎的な検討を行った。 論文は5章からなっており、その展開にしたがって要約を行う。 第1章では、快適で安全な農作業環境を得るために、紫外線被曝に関して農作業服の紫外線透過から検討を行う目的および意義について述べた。さらに、こうした環境を得るために検討されている現状を種々の角度から、すなわち農業機械の知能化、農業機械の操作性・快適性・安全性向上、労働科学的検討、農作業服、および布の紫外線透過からレビューし、本研究の背景を明らかにした。 第2章では、布の紫外線透過に関する基礎的な検討を行った。 布を重ねることによる厚みの基準化と、さらに繊維含有率の一定化とによって、農作業服素材の紫外線透過評価法を確立した。その方法を用いて各種繊維の性能を評価した結果、農作業服素材としてよく用いられる素材でもポリエステルの透過率は低いが綿のそれは高く、繊維の種類よって大きく異なることが分かった。また、その透過率は染色することによって低下した。これらの結果から、農作業服の最も基本的部分である繊維素材や色を適宜選択することによって、紫外線の被曝量を大幅に減らすことが可能であることが分かった。 布は繊維と空気の複合体で複雑な物体であり、その紫外線透過の機構も複雑であると考えられる。そこで、その機構について検討した。その結果、その透過はKubelkaの理論に従うことが分かり、それから導いた透過の理論式と実験値とから、カーブフィッティング法によって吸光係数および散乱係数を求める方法を提案した。この方法により、各種試料の吸光係数および散乱係数を求め、それによって農作業服素材の紫外線透過特性の把握が可能となった。また、染色によって吸光係数が増加し散乱係数は逆に低下するが、前者のすなわち吸光係数増加の影響の方が大きく、そのために染色布の紫外線透過が低下することが分かった。この吸光係数と散乱係数とに分けて考える手法は、例えば紫外線透過を防止する素材の開発等を行うに際して有用な知見を与えるものと考えられる。 さらに、その方法を適用して、農作業時の紫外線被曝による日焼けの防止、すなわち紫外線の被曝を最小紅斑量以下にするために、布が具備すべき吸光係数と散乱係数の範囲を算出した。これはまた農作業服の設計等行う上に、有効な手段となり得るものと考えられる。 第3章では、布の紫外線透過に及ぼす汗汚れの影響について検討した。 太陽光線中の紫外線量の多い夏場での作業など、農作業時には、汗を吸収した状態で作業服は着用されることが多い。したがって農作業服の性能を考える場合、そういった農作業によって新たに加わる条件、すなわち汗を吸収した状態での性能を把握することが必要である。そこで、実際に汗を吸収させた布を用いて、その紫外線透過および機構について検討した。 その結果、汗を吸収することにより、布の紫外線透過率は上昇する傾向を示し、その主原因は、汗成分中の水分によるものであることが分かった。そして、その水による紫外線透過の上昇効果は、主に水を吸収することによって繊維表面の反射率が低下して散乱係数が小さくなるためであることが確かめられた。この結果を用いて、農作業時の紫外線被曝による日焼けの防止、すなわち紫外線の被曝量を最小紅斑量以下にするために、具備すべき吸光係数と散乱係数の範囲を、布が汗を吸収した状態で算出した。これによって、農作業服の設計および農作業者が作業服を選択するに際し、汗吸収による影響を考慮する必要があること、およびその程度を定量化し明確にした。 第4章では、布の紫外線透過に及ぼす泥汚れの影響について検討した。 農作業では、汗を吸収した状態で作業服を使用することが多いが、作業中に泥が付着し、その状態で使用することもある。そのため農作業服素材の紫外線透過を検討するにあたっては、その影響を含めて考えることが必要である。そこで、実際に種々の泥サンプルを使用して汚染布を作製し、その効果および機構を検討した。その際、先ずそれらの泥付着によって生じる色相の変化等から汚れ状態について検討した後、泥付着に伴う紫外線透過の変化、および泥の種類による紫外線透過の違いを調べ、泥等微粒子が布に付着した場合の紫外線透過機構について解析した。 その結果、泥の種類による色の変化、すなわち汚れ度は酸化鉄を含む黄褐色系の土、および黒色系の腐葉土で大きく、また、泥汚れした布の色相は、その泥の水懸濁液の色相と相関があることが分かった。 泥付着によって布の紫外線透過は低下し、紫外線被曝を防止するために、泥の付着はむしろ望ましい傾向を示した。したがって、上述の農作業服素材が具備すべき吸光係数と散乱係数の範囲を算出する際、泥付着の効果は除外してもよいことが分かった。泥汚れによる紫外線透過の低下傾向は、泥の組成中に酸化鉄を多く含む黄褐色系の泥や腐葉土で大きく、無色に近い泥で小さかった。これらの泥の種類による効果の違いは、透過率の対数値と泥付着量との関係から算出される見掛けの吸光係数により評価が可能であることが分かった。 また布を染色した際の結果と同様に、泥付着によっても吸光係数が増加し散乱係数は低下する傾向を示したが、染色によって生じるそれらの変化に比較すると、同一吸光係数における散乱係数の値は泥付着の方が高くなった。特に、酸化鉄ではその傾向が強く、しかも酸化鉄は吸光係数も大きいので、紫外線遮断用素材として用いると効果的であることが示唆された。 以上、農作業服素材の紫外線透過に関して、実用上の条件を加味して基礎的な検討を行った。それらから得られた多くの知見と機構解明の理論は、紫外線を遮断するための農作業服素材の開発、および農作業服の設計に有用であり、また作業者が農作業服を選択するに際して役立つものであると考えられる。さらに、それらは広く農業機械用材料や農業資材の基礎データとしても適用できるものと考えられる。 |