ユーカリは世界中に普及した樹種の一つで、樹木としても、あるいは材や抽出成分としても利用価値が高いため、今後の総合利用が期待されている。樹木は生活環境と生活資源という2面を合わせ持つため、生活環境を保全しつつ、いかにして生活資源を得るかということが人類の課題である。近年、森林破壊が問題となっている状況を考えると、木本植物組織培養に対する期待は極めて大きい。しかも培養細胞を物質生産に活用するためには増殖自体の基礎研究が必要であると思われる。本研究で用いたユーカリ培養細胞は増殖が早く、そのフェノール生成が増殖期に行われるという特徴を有する。そこで本研究では、まずこの培養細胞からフェノール生成のキーエンザイムといわれているフェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)活性を検出し、その挙動を調べることにした。さらに、細胞の増殖機構を解明するために多岐にわたる生理作用が注目されているポリアミン量の変動を検討することにした。 本研究により得られた成果を以下に要約して述べる。 1.ユーカリ培養細胞におけるPAL活性の挙動に関する研究 HPLCを用いることにより、フェノール性成分を多量に含む培養細胞からPAL活性を検出することができた。通常Eucalyptus polybractea培養細胞中のPAL活性は、細胞増殖のラグ期と増殖期にピークを呈し、基質であるフェニルアラニンの添加により誘導されることがわかった。なお細胞培養期間を通じて活性が周期的に検出されること、細胞分裂制御剤アフィディコリンの添加でDNA合成(S)期を停止させることによりPAL活性のピークが高く保持されることから、細胞周期との関係が予想された。 培地構成成分(糖、窒素源、リン源)濃度を変化させて細胞増殖とPAL活性を測定した結果から、細胞増殖が抑制された時に、PAL活性が促進される傾向が見られた。 次に植物ホルモンとPAL活性の関係を検討した。ジベレリン酸(GA3)やアブシジン酸(ABA)を添加して細胞を培養すると増殖は阻害され、PAL活性は上昇した。とくにGA3添加の場合PAL活性の促進は顕著であった。通常、培地中に含有されている2,4-Dとカイネチンについてはいずれを除去した場合でも増殖が阻害された。カイネチンのみ添加すると、PAL活性は高く誘導された。一方2,4-Dのみを加えて培養すると、PAL活性は殆ど検出されなかったが、そこにカイネチンを途中添加するとPAL活性が上昇することが観察された。従って2,4-Dは直接PAL活性を抑制し、カイネチンは直接PAL活性を促進したと思われた。 さらにエリシター類がPAL活性に与える影響を調べたところ、バナジン酸は増殖を抑制し、PAL活性を促進した。サリチル酸やペクチナーゼの添加により、増殖は殆ど影響を受けなかったがPAL活性は促進された。特にペクチナーゼは培養途中(6日目)に添加すると数時間以内に急激なPAL活性の誘導が観察された。 また細胞移植密度量を3,5,7,10,20mg/mlと変化させて増殖とPAL活性を測定した。移植密度を上げるにつれて、増殖は促進され、PAL活性は抑制されることがわかった。3mg/mlの低密度培養では、細胞は殆ど増殖せず、PAL活性は非常に高く誘導された。そこで、培地濾液を混合したコンディション培地中で低密度培養を行ったところ、増殖が回復し、PAL活性の誘導が著しく抑制された。次にこのコンディション培地中のPAL活性抑制因子の性質を検討することにした。このPAL活性抑制効果は、-20℃で数ヶ月間の保存後も、120℃での高圧滅菌後も失われなかった。さらに培地濾液を酢酸エチルと水で分配抽出したところ、PAL活性抑制効果は、水層にのみ存在していた。限外濾過で分画すると、分子量10,000以下のフラクション中に抑制効果が確認された。コンディション培地中でのPAL活性の抑制は、必ず細胞増殖の促進を伴っており、PALの抑制と細胞増殖の促進とを切り離すことはできなかった。 さて通常培養において桂皮酸-4-ヒドロキシラーゼ(C4H)はPALに付随して誘導されたが、アフィディコリンの添加などPAL活性促進条件下ではC4H活性はむしろ阻害されることがわかった。PAL活性の挙動とフェノール性成分含有量との間にも相関関係は殆ど認められなかった。今回、PALの関与する最終生成物を突きとめることはできなかったが、PAL活性は増殖が阻害されたときに促進されることが多く、PALと増殖との関係が非常に深いことがわかった。 2.ユーカリ培養細胞における増殖に関する研究 増殖機構を解明するために培養細胞中のポリアミンを中心とした研究を行った。E.polybractea培養細胞からはプトレスシン(Put)、スペルミジン(Spd)、スペルミン(Spm)の3種の脂肪族ポリアミンが検出された。PutとSpd、Spmとでは含有量で5倍程度の差があったが、培養期間を通じていずれのポリアミンも同調して増減し、増殖期直前と増殖期にピークを呈した。低密度培養を行って細胞増殖のラグ期を長くした場合、Putは細胞の増殖期直前に急激に増加したことから、ポリアミンは移植時のストレスではなく、増殖に関連して生成されていると思われた。 適当な濃度のポリアミンの添加は、細胞の増殖を促進した。そこで、通常の培地に添加されている植物ホルモンとポリアミンの代替性を調べた。2,4-D+Putの組み合わせで細胞培養を行ったところ、1代目の細胞は増殖したが、2代目以降の継代は不可能であった。それ以外の組み合わせでは、細胞は増殖しなかった。ポリアミンは細胞増殖を補助するもののホルモンとの代替性はないと思われた。 次に阻害剤を用いてポリアミンと細胞増殖との関係を検討した。アルギニンのアナログであるカナバニンを添加するとPut生成が阻害され、増殖も完全に抑えられた。その他のPut生合成阻害剤は増殖にもポリアミン量にも影響を与えなかった。シクロヘキシルアミンあるいはメチルグリオキザル ビスー(グアニルヒドラゾン)(MGBG)を添加してSpdやSpmの生成を阻害した場合、増殖が阻害され、それぞれSpdの添加、あるいはSpdとSpmの添加により増殖を回復させることができた。阻害剤の添加条件については、さらに慎重な検討が必要であるが、E.polybractea培養細胞の増殖に対して、3種類のポリアミンがそれぞれ何らかの役割を担っていることが示唆された。 さらにそのことを踏まえて、ポリアミンと細胞増殖との関係を細胞分裂の面から解析した。培養13日目の細胞をアフィディコリンを添加した培地中で3日間培養した後、アフィディコリンを洗浄除去し、コンディション培地に移植して培養を再開した。細胞数は、33時間から44時間の間に倍加したが、第2段以降の細胞分裂は同調しなかった。またアフィディコリンを除去後、細胞数の増加に先立ちポリアミン量の増加が観察されたことから、DNA複製とポリアミンとの関係が予想された。そこでポリアミン合成阻害剤の細胞分裂への関与について調べた。MGBGを添加して、生重量、細胞数、DNA量いずれの増加も抑制したユーカリ培養細胞に、SpdあるいはSpmを添加すると、まずDNA量が急激に増加し、1-2日遅れて細胞数が増加することがわかった。またSpmよりもSpdの方が増殖回復に有効であった。これはMGBGの添加により細胞周期のG1(間期)/S期付近で停止したユーカリの細胞分裂がSpdの添加で再び進行したものと考えられた。ポリアミン合成阻害剤を用いて同調培養系を確立することが可能であろうと思われた。以上のことから、ポリアミンが細胞増殖に深く関わっていることがわかった。 |