学位論文要旨



No 213229
著者(漢字) 山根,健治
著者(英字)
著者(カナ) ヤマネ,ケンジ
標題(和) グラジオラスにおける小花の生長と老化に関する生理学的研究
標題(洋)
報告番号 213229
報告番号 乙13229
学位授与日 1997.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13229号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 崎山,亮三
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 秋田,重誠
 東京大学 教授 渡邊,達三
 東京大学 助教授 杉山,信男
内容要旨

 近年,わが国の切り花の需要は高まっており,収穫後の切り花の品質保持についての研究も増えつつあるが,花弁の生長に関係する要因やエチレン非感受性の花の老化の要因については尚不明点が多い。本研究では,グラジオラス小花を用い,花被の生長から老化期までの生理学的現象について検討し,生長と老化に関係する要因を明らかにすることを目的とした。

 I)グラジオラス小花における花被の生長に関する要因を明らかにするため,花被の長さの相対生長速度(RGR),水分生理,炭水化物含量および酸性インベルターゼ活性の変化について調べた。花被の長さのRGRは開花直前にピークを持ち,開花を開始すると低下し,満開になるとほぼ0になった。花被の組織の膨圧は,花被の細胞の肥大生長が盛んな時期に高い傾向があった。フルクトースとグルコースが花被組織中の主な可溶性糖であり,浸透ポテンシャル(s)の維持に寄与していると考えられた。花被の酸性インベルターゼ活性はしおれたステージを除いて,RGRと正の相関があった。小花に含まれるデンプンは,花被の初期の生長段階に可溶性糖の供給源として寄与していると考えられた。

 II)小花のしおれに影響を及ぼす生理学的要因を求めるために,切り花の穂状花序基部で完全に展開した後の花被において可溶性糖の輸出,エチレンと二酸化炭素の生成および生体膜の透過性の変化を調査した。花被の完全展開後3日目に花被片の新鮮重および乾物重が著しく減少し,花被がしおれた。2日目に花被の可溶性糖含量が低下し始め,2日目から3日目にかけて花被の1日当たりの可溶性糖の低下量が最も著しかった。この低下の大部分は花被からの可溶性糖の輸出によると推定された。可溶性糖の輸出の急激な増加は,花被のしおれの時期と一致し,両者に密接な関係があると考えられた。可溶性糖の輸出に伴い,花被組織からのイオンの溶出量が増加した。膜透過性の変化は,花被のしおれに影響を及ぼすと考えられた。花被の完全展開後に花被から発生するエチレンは,しおれに関係しなかった。

 III)しおれに伴う花被からの物質の輸出について検証するため,穂状花序基部の完全展開した小花の花被に14C-スクロース溶液と3H-水を処理した。処理した花被が完全にしおれたとき,14Cと3Hの一部が切り花の他の小花の花被,子房,葉および茎から検出された。フルオレセイン(FL)および6(5)カルボキシフルオレセイン[6(5)CF]溶液を完全に展開した第1花の花被に処理した後,横断面を蛍光顕微鏡で観察した。処理した花被がしおれ始めたとき,FLは第1花の師部および第5花の子房の維管束内で検出された。6(5)CFは第1花の子房の木部および維管束の周囲の組織で認められ,第5花の花被の先端部に蓄積した。穂状花序の先端部の切除により,基部の小花の花被からの物質の輸出が抑制され,基部の小花の日持ちが30%以上延長された。以上の結果から花被のしおれに関係してスクロース,水および他の物質が花被から切り花の他の部位へと輸出され,この輸出が小花の日持ちに影響すると結論した。これらの物質は師部だけではなく木部や維管束の周囲の組織を通じても輸送される可能性が示唆された。

 IV)小花の生長と老化におけるタンパク質合成の役割を明らかにするため,タンパク質合成阻害剤であるシクロヘキシミド(CHI)を処理したところ,切り花の花被の長さ,新鮮重,乾物重,可溶性糖含量およびタンパク質含量が低下し,開花が抑制された。酸性インベルターゼ活性はCHI処理の影響を受けなかった。CHIは酸性インベルターゼ以外のタンパク質合成を阻害し可溶性糖含量を低下させると考えられた。切り花の花被が完全展開後の小花を切り離し,CHIを処理したところ,花被の新鮮重,乾物重,可溶性糖含量およびタンパク質含量の低下が抑制された。CHI処理は花被組織からのイオン溶出量の増加を抑制し,しおれの開始を遅らせた。これらの結果から小花の生長と老化にタンパク質合成が関係することが明らかとなった。

 V)しおれに関係する酵素として推察される,プロテアーゼ,ポリガラクツロナーゼ(PG)およびセルラーゼ活性の老化に伴う変化と,CHI処理がこれらの酵素の活性に及ぼす影響について検討した。完全展開後に切り離したグラジオラス小花の花被のタンパク質含量は処理開始1日後から3日後まで急速に低下し,その後ゆるやかに低下した。プロテアーゼ活性は2および4日後にピークを示し,それぞれしおれ直前のタンパク質の分解と老化の最終ステージでのタンパク質の分解に寄与すると推察された。PG活性は4日後に高まったことから老化の最終段階の分解に寄与すると推測された。セルラーゼ活性は処理開始2日から3日後に高い傾向があったことから,セルラーゼ活性としおれの開始とに関係があることが示唆された。しかし,CHI処理によりしおれが抑制されたにも関わらず,本研究で測定した酵素活性はプロテアーゼ活性の処理開始2日後のピークを除きCHI処理によって有意に抑制されなかったことから,これらの酵素以外のタンパク質の合成が花被のしおれの開始により強く関係していると推察された。

 結論)グラジオラス小花の花被のRGRが高い組織では,高い酸性インベルターゼ活性があり,それにより還元糖の濃度が高まり,sが低く保たれ,そのことが高いpの維持に寄与していると結論された。しかし,花被の生長に酸性インベルターゼ以外にCHI処理により影響される酵素も関係することが示唆された。

 エチレンは完全展開後の小花の老化には影響しないと推察された。花被のしおれに伴いスクロース,水およびその他の物質が花被から他の器官へと輸出され,小花の日持ちに影響していると結論された。花被の老化にタンパク質合成が関係することが示唆された。花被組織のイオン溶出量は完全展開直後から増加し,しおれの開始に寄与すると考えられた。CHI処理により花被の可溶性糖およびタンパク質含量の低下,イオン溶出量の増加およびしおれが抑制された。CHI処理による花被のしおれの開始の抑制には,プロテアーゼ,PGおよびセルラーゼ以外のタンパク質,特に,生体膜の分解に関与するタンパク質の合成が深く関係していると推察された。

審査要旨

 近年、わが国の切り花の需要は高まっており、収穫後の切り花の品質保持が重要な問題となっている。本研究は、グラジオラス小花において、花被の生長から老化期までの生理学的現象を明かにし、小花の日持ちに関係する要因を解明する目的で行った。

 第1章では、グラジオラス小花における花被の生長に関する要因を明らかにした。花被の長さの相対生長率は開花直前にピークを持ち、開花を開始すると低下し、満開になるとほぼ0になった。花被組織の膨圧は、花被の伸展生長が盛んな時期に高い傾向があった。その組織の主要糖はフルクトースとグルコースで、浸透ポテンシャルの維持に寄与していた。花被の酸性インベルターゼ活性はしおれたステージを除いて、相対生長率と正の相関があった。

 第2章では、小花のしおれに影響を及ぼす生理学的要因を、完全展開後の花被で調査した。完全展開後3日目に花被がしおれ、その新鮮重、乾物重が著しく減少した。可溶性糖含量の低下は2日目から低下しはじめ、その後の1日の低下量が最も著しかったが、これは可溶性糖が花被から花柄を通じて輸出されたためと推定された。可溶性糖の輸出急増の時期は、花被のしおれの時期と一致した。また、この時期には、水に漬けた花被からのイオン溶出量が増加し、膜透過性の変化が花被のしおれに影響していることを示した。なお、花被の完全展開後に花被から発生するエチレンは、しおれに関係しなかった。

 第3章では、しおれに伴う花被からの物質の輸出について検証した。花被が完全にしおれたとき、完全展開時に施与しておいた14Cと3Hの一部が切り花の他の小花の花被、子房、葉および茎から検出された。また、フルオレセイン(FL)および6(5)カルボキシフルオレセイン[6(5)CF]溶液を完全に展開した第1花の花被に処理し、その花被がしおれ始めたとき観察すると、FLは第1花の師部および第5花の子房の維管束内で検出された。6(5)CFは第1花の子房の木部および維管束の周囲の組織で認められ、第5花の花被の先端部に蓄積した。穂状花序の先端部の切除により、基部の小花の花被からの物質の輸出が抑制され、基部の小花の日持ちが30%以上改善した。以上の結果から花被のしおれに関係してスクロース、水および他の物質が花被から切り花の他の部位へと輸出され、この輸出が小花の日持ちに影響すると結論した。これらの物質は師部だけではなく木部や維管束の周囲の組織を通じても輸送される可能性が示唆された。

 第4章では、小花の生長と老化におけるタンパク質合成の役割を明らかにするため、タンパク質合成阻害剤であるシクロヘキシミド(CHI)を処理したところ、切り花の花被の長さ、新鮮重、乾物重、可溶性糖含量およびタンパク質含量が低下し、開花が抑制された。酸性インベルターゼ活性はCHI処理の影響を受けなかった。CHIは酸性インベルターゼ以外のタンパク質合成を阻害し可溶性糖含量を低下させると考えられた。完全展開の単離小花の切り花にCHIを処理したところ、花被の新鮮重、乾物重、可溶性糖含量およびタンパク質含量の低下が抑制された。CHI処理は花被組織からのイオン溶出量の増加を抑制し、しおれの開始を遅らせた。これらの結果から小花の生長と老化にタンパク質合成が関係することが明らかとなった。

 第5章では、しおれに関係すると推察される酵素の活性とそれらに対するCHI処理の影響を検討した。完全展開後に切り離したグラジオラス小花の花被のタンパク質含量は処理開始後1日から3日まで急速に低下し、その後ゆるやかに低下した。プロテアーゼ活性は2および4日後にピークを示し、それぞれしおれ直前のタンパク質の分解と老化の最終ステージでのタンパク質の分解に寄与すると推察された。PG活性は4日後に高まったことから老化の最終段階の分解に寄与すると推測された。セルラーゼ活性は処理開始2日から3日後に高い傾向があったことから、セルラーゼ活性としおれの開始とに関係があることが示唆された。しかし、CHI処理によりしおれが抑制されたにも関わらず、本研究で測定した酵素活性はプロテアーゼ活性の処理開始2日後のピークを除きCHI処理によって有意に抑制されなかったことから、これらの酵素以外のタンパク質の合成が花被のしおれの開始により強く関係していると推察された。

 以上、本論文はグラジオラス小花の生長を解析し、生長に対する糖濃度の関与を示すと共に、糖濃度が酸性インベルターゼ活性に影響されることを明らかにした。また、しおれとともにスクロース、水およびその他の物質が花被から他の器官へ花柄を通じて輸出されることが小花の日持ちに影響すること、花被の老化には生体膜の分解に関与するタンパク質の合成が深く関係することを示し、エチレン非感受性のグラジオラス小花の生長と老化の要因の解明に大きく貢献し、切り花保存の方法に示唆を与えるものと考えられた。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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