学位論文要旨



No 213235
著者(漢字) ムジ,ラハルト
著者(英字) Moedji,Raharto
著者(カナ) ムジ,ラハルト
標題(和) M型星を用いた銀河系構造の研究
標題(洋) Study of Galactic Structure Based on M-Type Stars
報告番号 213235
報告番号 乙13235
学位授与日 1997.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13235号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中田,好一
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学(併) 助教授 村上,浩
 国立天文台 教授 笹尾,哲夫
 東京大学 助教授 出口,修至
内容要旨

 近赤外ないし赤外域に放射のピークをもつ明るい晩期型星は、銀河系の構造を調べるのにもっとも適した天体である。近赤外・赤外域では星間吸収は可視光域の10分の1以下となり、銀河系の奥深くまで、また波長によっては銀河系全体を見通すことができるからである。本論文は、このような明るい晩期型星、すなわちK-M型の超巨星と巨星およびM型のミラ型変光星を用いて銀河系の構造を明らかにしようとする試みであり、そのための具体的手法とそれによって得られた結果をまとめたものである。

 本論文は六章よりなる。第一章では銀河系の構造を調べる手段としてのM型星の意義と利点を簡潔に述べる。第二章では、インドネシアのボシュカ(Bosscha)天文台のシュミット望遠鏡を用いて行なわれた、銀河系中心方向のM型星のサーベイ観測(BMSS)について述べる。この観測プロジェクトは、日本学術振興会とインドネシア教育文化省高等教育総局による学術交流事業の一環として行なわれたものである。BMSSでは、銀河系中心方向(l=330°-30°,│b│2°)を5°×5°の20天域に分け、近赤外写真乾板でスペクトルと直接像を観測した。本論文では、このうち三つの天域に対して、2116個のM型星を検出し、位置と明るさを測定してカタログにまとめた。M型星の面密度の最大となる場所が波長2.4mの赤外線の強度が強い場所と一致することを見い出した。M型星の面密度分布をモデルの予測と比較して、星間吸収量のマップを描いた。銀河系中心の研究に有効な、星間吸収量の小さい領域(「窓」)がいくつか見い出された。

 第三章では、晩期型星の研究に極めて重要な役割をはたすIRAS(InfraRed Astronomy Satellite)衛星のデータをまず導入する。赤外線の色指数分布のヒストグラムと二色図から、C=m12-m25で定義される色指数が0.4<C<1.4の範囲にあるものは大部分が銀河系中の明るい晩期型星であることがわかる(図1参照)。ここでmは見かけの等級、添字はIRASの12ミクロンと24ミクロンのバンドを示す。次に、可視光域で確認されている91個のK-M型単独超巨星、34個の伴星を持つM型超巨星、228個のミラ型変光星、243個のK-M型巨星について、IRASの点源との同定を行なった。その結果、Cとスペクトル型の図(図2)を描くとこれらの異なるタイプの星の赤外色指数Cはかなりはっきりと異なることがわかった。このことを利用すると、Cを用いてIRASの点源の中からこれらのタイプの星を選択抽出することができる。その選択基準として次のもの提案する。色指数0.7<C<1.6のものは晩期M型超巨星か晩期M型のミラ、0.15<C<0.7のものはK型の超巨星、早期M型の超巨星、またはミラ、C<0.15のものはK-M型の巨星である。さらに、上記91個のM型の超巨星については、IRASのデータを用いてその性質を調べた。赤外色指数Cと12ミクロンバンドの絶対等級M12の間によい相関があることがわかった。この相関は距離推定に極めて重要なものである。M型超巨星の多くは星周ダスト殻を持っているが、IRASのデータを用いてこのダスト殻の光度、色温度、半径などの諸量を求めた。

 第四章では、第二章で検出した2116個のBMSS M型星をIRAS点源に同定する作業を行ない、188個にたいして対応するIRAS点源を見い出した。これらに対して第三章でみつけた選択基準を適用し、晩期M型の超巨星かミラと思われる107個を抽出し、それらの空間分布を調べた。これらは、おそらくSagitarius-Carina渦巻腕(距離1.4Kpc)、Scutum-Crux渦巻腕(距離3.8Kpc)、Norma渦巻腕(距離5Kpc)、および6Kpcの距離にある円環構造に属するものと思われる。

 第五章では、第参照で見つけた選択基準を、BMSSより広い天域で行なわれた二つの赤外線サーベイのデータベースに適用する。一つは、カリフォルニア工科大学によって行なわれた「2ミクロンサーベイ」に基づくIRCカタログである。これは全天サーベイであるが、ここでの解析はl=345゜-30°に限定した。その結果、196個の晩期M型の超巨星かミラと思われる天体を見つけた。これらの天体の分布には四つの集中部分が見られた。そのうち二つはウルフレイエ星の集中部分と同じであることがわかった。もう一つはすでに述べたIRASサーベイのデータベースである。ここでは特に、銀河系のバルジにあると思われる晩期M型の超巨星に注目し、バルジの距離と晩期M型の超巨星の絶対輻射等級を仮定してその赤外線での絶対等級M12と色指数Cを推定した。その結果、バルジにあるこれら超巨星は、太陽近傍の同種のものよりM12が1-2等級明るいことが示唆された。

 第六章では、IRASのデータベースから選択抽出した「星周ダスト殻をもつ漸近巨星分枝星」を用いて銀河系の大局構造を調べた。この種の星に対し、第三章で見つけた赤外色指数Cと絶対等級M12の間の相関からM12を与えた。また、12ミクロンバンドでの光度関数をガウス型で近似した。銀河系のモデルは、半径方向に指数関数的に減衰し、z方向にはいわゆるsech2(z)則にしたがうディスクを用いた。ディスク中では0.03magKpc-1の星間吸収を仮定した。フリーパラメータを含むこのモデルから予測される星数データを、銀経、銀緯、m12、Cに対するヒストグラムで表し観測データと比較して、2のもっとも小さいモデルからパラメータを決めた。その結果、ディスクのスケール長Re=4.9±0.3Kpc、スケール高さze=0.9±0.07Kpc、銀河系中心から太陽までの距離R0=7.1±0.7KpC、この種の星の銀河系中心での密度n0=284±17Kpc-3が得られた。太陽近傍での空間密度と面密度はそれぞれ67Kpc-3と120Kpc-2、銀河系全体での総数は約38000個となった。

図1IRAS点源のうち0.4<C<1.4で2.0<m12<3.0のものの天球上の分布。図2赤外色指数Cとスペクトル型の図。
審査要旨

 本論文は、明るい低温度星すなわちK-M型超巨星およびミラ型変光星を用いて、銀河系の大局的構造を明らかにしようとする試みであり、6章からなる。

 第1章では銀河系の構造を調べる手段としてのM型星の性質と利点が述べられている。星周塵に被われ、赤外線域で強く光るM型星は、赤外線を用いるととりわけて遠方で観測が可能になる点を著者は強調している。

 第2章ではインドネシアのボシュカ(Bosscha)天文台のシュミット望遠鏡を用いて行われた銀河系中心方向のM型星の探査観測について述べている。この観測は20天域について行われたが、本論文ではそのうち6天域から検出された2748の晩期M型巨星が研究された。著者はこれらの星の面密度を銀河系内のM型星分布モデルと比較して、星間吸収量の強度マップを作成した。このマップにはいくつかの窓(星間吸収の弱い天域)が見出され、そこでは距離5Kpcまでの晩期M型星が確認された。著者は観測方法の改善により更に遠方のM型星を検出することが可能であると結論している。また、同時にM型超巨星の検出作業も進め、研究した6枚の対物プリズム乾板の上に59の候補天体を見出した。

 第3章では赤外線観測衛星IRASの全天探査データの解析が進められる。光学同定のある赤外天体に対してIRASで測定された色指数と絶対等級を調べた結果、超巨星とミラ型星とは色指数対スペクトル型の図上で異なる領域を占めることが判った。又、超巨星の色指数と波長12ミクロンでの絶対等級との間には強い相関が存在することが見出された。

 第4章では第2章で検出され、位置や明るさが測定されてカタログとして発表された2116個のM型星についてIRAS天体との位置同定を試みている。188天体がIRASカタログ上に同定されたが、色指数から晩期M型超巨星またはミラ型星と推定される107星の絶対光度を調べた結果、大部分は光学的に確認されている超巨星と同じくらいの光度を有することが明らかとなった。これらの天体の空間分布からは、それらが銀河系渦巻腕の何れかに属することが示唆されている。

 第5章ではIRAS赤外点源カタログとIRC赤外点源カタログ(波長2ミクロン)の2種について第3章の色指数対スペクトル型図で見出された関係及び色指数と絶対等級間の相関関係に基づく解析を行っている。銀経 l=345°-30°のIRC天体の中から晩期M型超巨星かミラ型星と思われる196天体が見出された。又、銀河バルジのIRAS天体は12ミクロンにおける絶対等級が太陽近傍の同種天体より1-2等明るいことが示唆された。

 第6章ではIRAS点源カタログから色指数に基づき、星周塵殼を伴う漸近巨星枝星が選ばれ、それらの大局的な分布が調べられている。第3章で見出された超巨星とミラ型星の色指数対絶対等級の関係をIRAS天体に適用し、銀河系ディスクの天体分布モデルと比較して、モデルの最適パラメターを決定した。その結果、銀河系中心から太陽までの距離=7.1±0.7Kpc、ディスクスケール長=4.9±0.3Kpc、ディスクのスケール高さ=0.9±0.07Kpc、この種の天体の銀河系中心密度=284±17Kpc-3という値を得た。

 以上に述べた著者の研究により、太陽から3-4Kpcまでの距離に対する星間吸収の分布が示された。その先にある星間雲リングの内側では星間吸収はあまり強くないと考えられる。したがって、銀河系の構造を研究するにあたり、今回得られた星間吸収マップは極めて有用なものと言える。更に、新たに見出された超巨星はこれまでに知られていた超巨星の数を大幅に増加させるものであり、銀河構造のみならず大質量星の進化、星の形成率の研究に貴重な資料を提供するものである。また、超巨星の赤外色指数と絶対等級の関係は、銀河構造の観測的研究が極めて遠方にまで延び得ることを意味している。大量のIRASデータを用いた著者のディスクモデルの研究はこの方向の萌芽的な試みとして高く評価される。

 なお、本論文の2.2.2章、2.2.3章、及び、第2章、第4章に使用したデータのカタログは浜島清利、市川隆、石田一、Bambang Hidayat氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、本論文提出者は博士(理学)を授与できると審査委員全員が一致して判断した。

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