本研究では、大陸規模の水循環の季節変化・年々変動について、現在利用可能な水文・気象データを用いて調べた。本研究で得られた成果は以下の通りである。 第1章では全球気象実験期間(1978年12月〜1979年11月)におけるアマゾン川の流域水収支の季節変化について調べた。ヨーロッパ中期天気予報センター(ECMWF)が作成した4次元同化客観解析データ(4DDAデータ)より算定される年水蒸気収束量は、河川流量データより得られる年流出高よりも小さくなる。これは、熱帯の風の場の発散成分が弱めになるような方法を用いてこの4DDAデータが作成されているためと考えられる。降水量と水蒸気収束量の季節変化のパターンはよく合い、両者の残差として得られる月蒸発散量は1年間ほぼ一定値となる。これに対して流域貯留量は1年間で大きく季節変化する。乾季の蒸発散量は降水量とほぼ等しくなり、蒸発散がアマゾン川の流域水循環に果たす役割は、雨季よりも乾季に相対的に重要になることも明らかになった。 第2章では、コンゴ川の流域水収支の季節変化について、水文・気象データの長期間平均値を用いて調べた。ここでもECMWFの4DDAデータより算定された年水蒸気収束量は年流出高よりも小さくなった。大気の水収支と衛星NOAAから得られる正規化植生指標(NDVI)との関係について調べたところ、流域北部を覆う常緑樹林地域では、NDVIと蒸発散量は降水量と同じ位相で季節変化することが分かった。これに対して流域南部を占める落葉樹林地域では、NDVIと蒸発散量は降水量に1ヶ月遅れて季節変化する。全流域の平均では三者の関係は流域南部の様子に似ている。流域全体では雨季が年に2回あるが、流域貯留量は流域南部の乾季に年間の最小値となるような季節変化をする。結論として、コンゴ川流域全体の水収支の季節変化は、主に流域南部の特徴を反映していると言える。 第3章では、ECMWFで作成された現状の(再解析データではない)4DDAデータを用いて流域水収支の経年変化の議論が可能かどうか、1985〜1992年のミシシッピ川流域を対象に検討を行った。「降水量-蒸発散量」と水蒸気収束量の季節変化が一致する期間もあるが、自然の変動だけでは両者の定量的な違いを説明できない。これはECMWFにおける4DDAシステムの変更の影響が現れていると考えられる。また、ECMWFによる解析では初期化によって風の場の発散成分が弱められているとも考えられる。結論として、現時点で利用可能なECMWFデータを用いる限り、4DDAデータが正確だと考えられているミシシッピ川流域でさえも、水収支の経年変化に関する定量的な議論をすべきでないと言える。 第4章では、中央アジアにおける土壌水分量の季節変化と年々変動および夏のインドモンスーン降水量との関係について、1972年から1985年までを対象に解析を行った。領域内40地点の土壌水分量をそれぞれの圃場容水量で正規化したものの算術平均値を、中央アジアにおける平均的な土壌水分指標とした。この指標の1年間の最大値は4月末に現れるが、この時期は年々変動が最小となる時期でもある。この現象は、毎年4月中旬にこの地域で確実に起こる融雪によって説明される。なお、春から夏までのどの月を取っても、この指標と夏のインドモンスーン降水量の年々変動は負の相関にはならない。さらに、この地域の積雪深、土壌水分指標、夏のインドモンスーン降水量の季節変化、年々変動にも系統的な特徴が見られない。すなわち、中央アジアは夏のインドモンスーンを規制するだけの顕著な融雪水文学的効果が見られる地域ではない、という結論が得られた。 第5章では、複数の方法を用いて大陸規模の陸水貯留量を推定し、現在広く用いられているMintz and Serafini(1992)の全球土壌水分量データとの比較を行った。アマゾン川とボルガ川流域を研究対象地域とし、すでに知られている、この全球土壌水分量データの欠点について検討した。結果として、グローバルな陸水貯留量の算定の際には、河道貯留と氾濫、および雪としての貯留を考慮する必要があることが分かった。また、第1章で示されたアマゾン川流域の全陸水貯留量の季節変化は、主流沿いの季節的な氾濫と河道貯留で説明されることも分かった。 現在、全球エネルギー・水循環実験観測計画の一環として、大陸スケールの実験観測計画(GCIP,GAMEなど)の予備観測が行われつつある。これらの計画では(1)4DDAデータ、(2)衛星データ、(3)現地での水文・気象観測、(4)マクロ水文モデルとメソ気象モデルの結合、によって研究が進められる。本研究で得られた知見より、これらの実験観測計画に対して以下のような提言ができる。 第1章から第3章までの解析結果から、まず、再解析された4DDAデータが大陸規模の水循環を定量的に表現できるかどうかを調べる必要があると言える。アメリカの全国天気予報センターと国立大気研究センターが共同で再解析した、過去40年分のデータが最近利用できるようになり、このデータを用いたアメリカ合衆国の水収支に関する研究がすでに行われている。したがって、このデータを用いた他の大陸における水循環の評価もただちに行うべきである。さらに、近い将来利用可能になるECMWFの再解析データとの比較も行うべきである。 大陸規模の水循環と衛星NOAAから得られたNDVIとの関係について、第2章で述べた。コンゴ川流域の場合、常緑樹林における蒸発散量とNDVIは季節変化する。しかしながら、第1章で触れたアマゾン川流域の場合には、同じ常緑樹林でありながら蒸発散量とNDVIはほとんど年間一定値となる。同様の比較を、大陸間や異なる地表面の間で行うべきである。また、衛星データから裸地面の陸水貯留量を抽出するアルゴリズムの開発も急務である。これは、大陸規模の陸面過程が気候システムに及ぼす影響を定量的に評価するために不可欠である。 第4章では、中央アジア以外の地域の水文・気象データを収集、解析する必要があることを主張した。この点に関してGAME/Siberia計画では、旧ソ連においてルーチン観測されていた土壌水分量データの収集が予定されている。またGAME/Tibet計画では、チベット高原上での熱収支・水収支の集中観測が予定されている。ここで強調したいのは、アジアモンスーンの年々変動に及ぼす陸面過程の影響を評価するためには、長期間にわたるモニタリングが必要だということである。この点に関してはGAME/AAN計画が貢献すると考えられる。 第5章では、全球の陸水貯留量を再計算する必要があることについて述べた。これはすなわち、大気大循環モデルの陸面過程の改良につながる。このためには、モデルの出力と直接比較可能な大陸規模の水文・気象観測を行ってデータを集めなければならない。第5章で述べた全球土壌水分量プロジェクトにおいても、観測データを用いたモデルの検証が重視されている。このプロジェクトの結果次第では、GCIP、GAMEなどで新たな戦略を立てる必要性が生じると思われる。 本研究の発展方向は、(1)植生分布を規定する気候水文条件といった自然地理学的研究、(2)地表面状態の大気大循環への影響といった気象学・海洋物理学的研究、(3)現在および将来の水資源賦存量の推定といった水工水理学的研究、のいずれにもつながる。本研究によって、大陸規模の水循環の季節変化・年々変動に関する現段階での知見と、将来何をなすべきか、が提示されたので、本研究を発展させた今後の研究は、より重要で注目すべきものであると考えられる。 |