マウス毛色に影響を与える突然変異は数多く知られており、約60の遺伝子座位にmapされている。その遺伝子の中には、メラニンを合成するメラノサイト細胞特有に発現が観られ、古典的な遺伝学とその突然変異個体に対する組織形態学に基づく研究から、コードする蛋白がメラニン合成の場であるメラノソームというメラノサイト細胞内器官で機能していることが予想されているものがある。それら蛋白は、メラニン合成経路の種々のステップにおいて働く酵素やメラノソームの構成蛋白として機能していると考えられるが、本研究は、その内のbrown座位がコードするTRP1(tyrosinase-related protein 1)とsilver座位がコードするシルバー蛋白に着目し、それらの機能と性質について解析したものである。その結果、TRP1には、メラニン合成中間体の一つであるDHICA(5,6-dihydroxyindole-2-carboxylic acid)の酸化活性を有すること、シルバー蛋白には、既知のメラニン合成関連の酵素活性はなく、メラノソームのマトリックスに存在する蛋白であること、そして、両者とも黒色のユウメラニン合成時のみに発現し、黄色のフェオメラニン合成時にはその発現は抑えられることから、ユウメラニン合成に関わる機能を有していることが明らかとなった。 brown遺伝子は最初にクローニングされたメラニン合成関連遺伝子であるが、その遺伝子産物であるTRP1の機能は現在まで不明である。TRP1はカタラーゼ活性を持つなどの報告もされているが、いづれの説も必ずしも支持されているものではなく、なお、多くの研究者によって、その機能の解析が試みられている。brown座位での突然変異は数種類あり、よく知られているbrownやcodovan突然変異では、合成されるメラニンの量は変化せず、むしろ、質に影響を与えるもので、その個体の毛色が茶色になる。実際、ブラウン・マウスの毛中ではメラニンの重合度が低いことが、近年報告された。 一方、albino座位は、毛色に影響を与える遺伝子群の中で最もよく知られたもので、メラニン合成に必須な酵素・チロシナーゼをコードし、その突然変異体マウスの毛色は白色になる。そのチロシナーゼにより、メラニン合成経路の最初のステップにおいて、アミノ酸のチロシンは、DOPA(3,5-dihydroxyphenyl-alanine)へ、DOPAからDOPAquinoneへ変換され、自動酸化によりDOPAchromeとなる。DOPAchromeは自動的に5,6-dihydroxyindole(DHI)となるが、近年、クローニングされたTRP2(slaty座位、変異体は濃茶色の毛色)により、より毒性の低いDHICAに変換される。実際、生体内のメラニンのかなりの部分がこのDHICAに由来することが明らかにされたが、このDHICAはDHIと較べ反応性に乏しく、そのままではメラニン・ポリマー中に取り込まれにくく、何らかの酵素の介在が予想された。そこで、TRP1がメラニン合成においてDHICAを代謝する何らかの酵素活性を有するという作業仮説の元に研究を行った。 特異的なペプチド抗体によってaffinity精製したTRP1と、繊維芽細胞に遺伝子をトランスフェクションし強制発現させたTRP1の2つを用い、DHICAと一定時間反応させDHICA減少量をHPLCにより定量することにより、その代謝活性を測定した。TRP1の純度・発現をWestern immunoblottingによって確認しながら、チロシナーゼと比較しつつ解析を行ったところ、いづれの場合も、TRP1にDHICAを代謝する活性が認められた。また、キノン体をトラップし発色する3-methyl-2-benzothiazolinone hydrazoneを反応液中に共存させると直線的に増加する単一の波長ピークが観察されたことから、生成物はindole-5,6-quinone-2-carboxylic acidであり、TRP1はDHICA oxidase活性を持つと考えられた。実際に、突然変異によりTRP1発現がほとんどないcodovanマウスの毛包のDHICA oxidase活性を測定してみると、野生型に較べ有意に低く値が得られた。 silver座位のコードしているシルバー蛋白も、メラノサイト内メラノソームで機能していると考えられている。シルバー座位における突然変異個体の表現型は白髪様であり、メラノサイトのpremature deathが観察される。近年、その遺伝子がクローニングされ、その予想されるアミノ酸配列からメラニン合成における何らかの酵素活性を担っていることが予想されていた。そこで、シルバー蛋白の予想されるC末端と一致するペプチドに対する抗体を作製し、それを用いて、シルバー蛋白の機能・性質を検討した。 作製したペプチド抗体は、メラノサイト起源の細胞のみにおいて分子量約85kDaの蛋白を認識した。silver突然変異は予想されるC末端でbaseinsertionが起こり、遺伝子産物のC末端に変異が起きていることが予想されていた。実際、このペプチド抗体はsilver突然変異メラノサイトでは上記の蛋白を認識しなかったことから、この抗体が、シルバー蛋白を認識していると考えられた。次に、シルバー蛋白をその抗体を用いメラノーマ細胞よりaffinity精製し、メラニン合成関連の酵素活性を有するか検討した。しかし、精製されたシルバー蛋白には、他のメラニン合成関連蛋白とは異なり、既知の酵素活性は認められず、また、それを修飾することも観られなかった。その細胞内での動態も他のメラニン関連蛋白とは異なり特徴的で、糖修飾阻害剤や糖分解酵素を用いた解析により糖修飾は受けないこと、また、pulse label and chaseと免疫沈降法を用いた解析により細胞内で非常に速く抗体による認識を失うこと、が明らかになった。シルバー蛋白の細胞内局在をWestern immunoblottingにより検討したところ、メラノソーム画分に豊富に存在し、また、メラノソームのマトリックスに対して作製された抗体が、このシルバー蛋白に対する抗体に認識される85kDaの蛋白を認識することから、シルバー蛋白はメラノソームのマトリックスに存在する蛋白であることが明らかにされた。以上のことから、シルバー蛋白は、活性機能を果たすのではなく、むしろ、メラニンが合成され沈着する場を提供する構成蛋白の機能を果たしているのではないかと考えられる。 ところで、メラニンは、黒から茶色を呈するユウメラニンと黄色から赤褐色のフェオメラニン、2種類に分けられる。野生型マウスでは一本の毛において、ユウメラニンからフェオメラニン、そして再び、ユウメラニンと合成されるメラニンの変換が行われ、毛色がアグチと呼ばれる黒-黄-黒の縞模様をなす。フェオメラニン合成には中間体としてDHICAを経ないこと・メラノソームにマトリックスが存在しないことが知られている。チロシナーゼはフェオメラニン合成時にも、必須であることは知られているが、他のメラニン合成関連蛋白、TRP1やシルバー蛋白が、フェオメラニン合成時にどのような機能を果たしているか明らかではない。従って、本研究では、アグチ座位突然変異によってフェオメラニンのみを合成しているマウス(C57BL/6J-Ay/a)やフェオメラニン合成を行っている時期の野生型のマウスを用い、フェオメラニン合成時のTRP1とシルバー蛋白の役割を、ユウメラニン合成時と比較しつつ解析した。酵素活性測定、Northern blottingやWestern immunoblottingによる検討を行ったところ、いづれの場合も、フェオメラニン合成時にはTRP1やシルバー蛋白の酵素活性やその発現が観られなかった。よって、TRP1やシルバー蛋白の機能はユウメラニン合成に特有的なものであることが示された。この結果は、先に解析され述べられたTRP1、シルバー蛋白の機能・性質に合致している。 本研究により、現在まで、不明であったbrown座位がコードするTRP1とsilver座位がコードするシルバー蛋白の機能・性質が明らかとなった。TRP1の機能に関して様々な説があり混乱していたが、この新たに解明されたDHICA oxidaseと言う機能は、突然変異個体毛包の生化学的な解析や、毛中メラニンの化学的解析結果とも一致することから、広く受け入れられ、議論に終止符を打つものと考えられる。しかし、brown座位におけるマウス突然変異個体の表現型は数種類知られており、そのコードするTRP1は多機能型蛋白であることが言われている。従って、DHICA oxidase以外の他の機能、特に、我々が報告している他のメラニン合成関連蛋白とのinteractionや安定性を高める作用も含め、異なる観点からTRP1のメラニン合成での役割を明らかにしていく必要がある。シルバー蛋白は、他のメラニン合成関連蛋白とは異なる特徴的なメラノソーム・マトリックス蛋白で、メラノソームの成り立ちを解析する上で非常に有用な手がかりとなる可能性を含んでいる。しかし、その機能は、まだ、不明確で、その突然変異体がどうして白髪様の表現型を示すのか、今後、解明されていかねばならない。 |