本論文は5章からなり、第1章は研究課題についての序論、第2章は、海水中の炭酸系の測定法の検討、第3章はモデル実験系およびサンゴ礁でのサンゴによる光合成炭素固定および石灰化プロセスの解析、第4章はモデル実験系およびサンゴ礁でのサンゴによる有機物の排出プロセスの解析、第5章は、モデル系での結果をふまえた実験海域であるパラオのサンゴ礁における、サンゴを中心とした炭素の動態について述べられている。サンゴ礁は陸域、海域を通じてもっとも有機物の生産の高く、かつサンゴ等の石灰化により活発な無機炭素の代謝も同時に起こっている生態系として知られている。一方ではサンゴ礁は閉じた生態系であり、外部に対する寄与は乏しいという考え方が、光合成/呼吸比等の測定から推定されてきた。本論文の目的は、このような閉じた生態系という考え方に対して、サンゴの炭素代謝の各プロセスをモデル実験系および、フィールドとして代表性のあるパラオのサンゴ礁において積み上げて検証することによって、サンゴ礁生態系の解析を行うものである。 第2章ではモデル実験およびフィールドでの光合成、石灰化活性の測定に使われる4つの炭酸系パラメーターの組み合わせについて実際の珊瑚を含めた実験水槽系を構築して検討し、pH-アルカリ度法がこの中では安定した精度の高い結果を与えることを明らかにした。この手法にもとずいて、第3章では海水中の二酸化炭素分圧やpHの変化がどのようにサンゴの光合成および石灰化速度に影響を及ぼすかについて造礁サンゴであるクサビライシをまず検討した。その結果pHの低下が、両方の代謝に負の影響を与えるが、pHが一定ならば二酸化炭素分圧の増加によって光合成および石灰化とも促進されることが判った。閉鎖的なサンゴ礁では夜間のpHの低下が観測され、モデル実験のような負の影響が現場でも起こっていることが示唆された。また光合成、石灰化に対する光条件の検討を行い、光-光合成、石灰化曲線から、自然生育条件でクサビライシの光合成は、石灰化を上回っていることが示された。次に同様の分析法を流れ法と併用してパラオのサンゴ礁の礁嶺で解析したところ、1日あたりの総光合成による炭素固定量と呼吸量との比は1.3となり、さらに正味の光合成量は石灰化量の1.3倍で全体として二酸化炭素の吸収が起こっていることを示唆していた。同時に行った海水中の二酸化炭素分圧の昼夜変化もこの推定を支持する結果であった。 次に第4章では、モデル実験系およびサンゴ礁でのサンゴからの有機炭素の放出と環境要因との関係を調べた。現場サンゴは高光条件では、海水中の有機炭素を減少させるが、一方夜間および低い光条件では有機炭素を放出した。1日当たりの有機炭素の収支を計算すると、実際のサンゴ礁の礁嶺において、正味の光合成量の約40%が有機炭素として水中に放出されることが推定された。この放出された有機炭素は、早い礁嶺上の流れによって、礁湖および外洋へ輸送される。表層での溶存有機炭素は礁嶺から外洋にかけて減少しており、珊瑚礁からの有機物の輸送が重要であることを支持している。 以上の研究結果はサンゴ礁の炭素循環、特に有機炭素の動態について、光合成、石灰化過程も併せて総合的に解析した世界で初めての研究であり、サンゴ礁生態系の研究の中で高く評価されるものである。 なお、本論文第2章は、鈴木淳、泰浩司、根岸明、野崎健、加藤健氏との共同研究、第3章は、丸山正、宮地重遠氏との共同研究、又第4章は鈴木淳、茅根創氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析、および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 |