学位論文要旨



No 213243
著者(漢字) 阿部,一
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ハジメ
標題(和) 視覚世界としての環境と人間の相互関係から見た文化の基層的な構造
標題(洋)
報告番号 213243
報告番号 乙13243
学位授与日 1997.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13243号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田邊,裕
 東京大学 教授 米倉,伸之
 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
内容要旨

 人間と環境の関係がどのようなものかを明らかにすることは、近代地理学の最大の課題のひとつである。しかし、現代の地理学は、人間-環境関係の本質を明らかにするという課題においても、また環境問題の現状を把握するという課題においても、十分な役割を果たしているとは言い難い。そこで本研究では、人間と環境の基本的な関係を解明することを目的として、環境に対するこれまでの学的態度を検証したうえで新しい理論的枠組みを提示し、それに基づいて日本および世界の民族文化における人間-環境関係の基層的な構造を明らかにすることを試みた。その結果は、以下のようにまとめられる。

 (1) 近代地理学の人間-環境論は、人間と自然の二元論に基づく決定論と可能論として構成されてきた。決定論は、日常生活において自然の力に優位を感じていた古代から見られる議論であり、可能論は人間の科学技術の力を目の当たりにした近代の日常生活において、説得的な議論となった。しかし人間の力が優位に立ったことで、環境は自然としてよりも文化景観としての側面を強く示すことになり、それにともない環境論は1920・30年代に景観論へと転回した。さらに、科学技術の進展による環境問題が明らかになると、近代科学を支えている主観-客観の二元論的枠組みへの疑念が、計量化を目指す地理学そのものへの反省となり、1970年代には現象学的転回がみられた。主客二元論を括弧に入れる現象学的アプローチによれば、環境とはあくまでも人間が知覚する世界のことであり、ここにおいて環境論と景観論は重なり合うことになった。

 (2) 視覚世界としての環境は、日本語で風景や景観と呼ばれるが、前者は主観的、後者は客観的な意味合いが強い。したがって、あくまでも主観の側に立つという現象学的態度においては、風景を議論の出発点とする必要がある。そこで、風景に代表される視覚世界としての環境と人間の関係を論じるために、環境・「見かた」・表現からなる現象学的な三項図式を提示した(第1図)。「見かた」とは、「視知覚によって環境の意味を了解するための暗黙の前提となっている枠組み=方向性」である。この「見かた」によって知覚され、はたらきかける世界が環境である。また「見かた」に基づいてさまざまな表現が産み出され、理解される。その結果、表現は環境に言及し、環境は表現に根拠を与えているかのような閉じた関係が形成される。このような「見かた」・環境・表現の三項は、互いに切り離すことのできないものである。これらは独立に実在するものではなく、相互関係の中から現れてくる三つの極である。風景は、この三項図式において、知覚像としての環境であるとともに、イメージとしてとらえられた「見かた」でもある。

第1図 環境・「見かた」・表現の関係

 (3) 環境の「見かた」としての風景は、それまでの宇宙観という「見かた」を土台として発見されたものである。古代日本においては、「シマ」を基本的な空間イメージとする宇宙観、祖神の巡行・降臨・村立てをうたう神謡=神話としての「うた」、共同体の神の場所の三項からなる安定した三角構造がみられた。「うた」によれば、祖神は水域としての天・海からよい水を求めて巡行し、「見る」ことで素晴らしい土地を選んだ。また、祖神が降り立ったとされる神の場所には、「シマ」のイメージが具現化されていた。つまり「うた」も神の場所も、「シマ」のイメージの宇宙観によって支えられていたのである。やがて国家の形成にともなって、「うた」が国家の神謡となり、「見る」視点としての神の位置に天皇がおさまった。そして、外来の道教的な宇宙観を背景として、超越的な天皇=神が視線の対象となると同時に、天皇=神によって見いだされた土地をも視線の対象にするような宮廷歌人の視線が生まれた。その視線によって、風景が発見されたのである。それは7世紀末から8世紀にかけてのことだった。ひとたび生まれた風景は、名所として環境に固定され、それが和歌、絵画、庭園などさまざまに表現された。つまり宮廷文化において、風景・名所・表現からなる新たな三角構造が形成されたのである。

 (4) 「見かた」は、親子関係における身体的・心理的な成長過程の中で身につくものである。したがってそれは、母子一体性を志向する母性的な「見かた」と、父によって示される規範的秩序を志向する父性的な「見かた」の二つの理念型に区別できる。これらの「見かた」とそれを支える家族・親族構造の総体が、文化の基盤である。自然や神の観念も、そこから生まれてくる。そこで、人間関係の基本に母子(父子)関係があり、それを反映する母(父)性的な「見かた」によって自然や神が見いだされる文化を母(父)性的文化と呼ぶことにする。古代日本の文化は、古墳時代の双系的な親族構造と、縄文時代の「円」や弥生時代以降の「シマ」のイメージの宇宙観が示すように、基本的に母性的なものだった。それに対して、古墳時代以降本格的に流入してきた大陸の文化は、天界の最高神を頂点とする道教的な宇宙観に支えられた父性的なものだった。風景の発見は、前者の基層的な文化における自然との一体化を志向する「見かた」と、後者の高文化起源の文化における人間と自然=神との間に切断線を入れる「見かた」の重なり合いによるものと解釈できる。

 (5) 人間と環境(自然)との本質的な関係を解明するためには、世界各地の民族文化における環境の「見かた」とそれに従って現れる自然との関係を明らかにする必要がある。そこで、家族・親族構造、至高神の観念、宇宙創成神話を取り上げ、母系制と宇宙に内在する力の観念を母性的文化の指標、父系性と至高神の観念を父性的文化の指標として、両文化の分布を明らかにした。父性的文化が典型的にみられるのは北ユーラシアであり、母性的文化が強くみられるのはオセアニアであった。また、アメリカ大陸では父性的文化から母性的文化への変容が、アフリカでは母性的文化から父性的文化への変容が推測された。さらに、都市の高文化を、母性的文化と父性的文化の父性的側面における統合として表すことができた。このように、人間と環境(自然)の間の関係には、家族構造と同型の構造がみられる。それは、環境との一体性を志向する母性的な「見かた」と、環境との切断を志向する父性的な「見かた」の二つの基本構造からなり、前者において環境は包含構造として構成され、後者は階層構造として構成される。家族構造に支えられたこの「見かた」のもとで、自然や神の観念が成立する。これは、文化と自然が根底において相互依存の関係にあることを示している。

審査要旨

 人間と環境の関係がどのようなものかを明らかにすることは、近代地理学の最大の課題のひとつである。本研究は人間と環境の本質的な関係を解明することを目的として、環境に対するこれまでの学的態度を検証した上で新しい理論的枠組みを提示し、それに基づいて日本および世界の民族文化における人間-環境関係の基層的な構造を明らかにしたものであり、地理学の伝統的な課題に対する斬新な試みである。

 全体は、5章とまとめからなっている。

 第1章では、人間と自然の二元論に基づく近代地理学の環境論と景観論の限界が指摘され、それを乗り越えるために現象学的な方法が必要であることが述べられている。従来の地理学において、現象学は日常世界の単なる記述の方法とみなされてきたが、本研究ではフッサールの生活世界に関する議論に立ち返ることで、現象学的地理学がもつ可能性を明らかにしており、決定論と可能論のいずれにも陥ることのない新たな環境=景観論を構築するという方向性が明確に示されている。

 第2章では、現象学的態度により視覚世界としてとらえられた環境と人間との関係を論じるために、「見かた」の概念が提示され、それによって視覚による環境認知の構図が図式化されるとともに、視覚世界を現象学的に扱う出発点として、風景の観念がとらえ直されている。「見かた」とは、「視知覚によって環境の意味を了解するための暗黙の前提となっている枠組み=方向性」として定義されている。これは、近年の認知心理学の知見を踏まえ、認識の枠組みという一般的な概念を視覚に限定してとらえ直したものであり、視覚世界という観点から文化を論じる上での有効な概念装置になりうると考えられる。これに基づいて本研究では、風景が知覚像としての環境であるとともに、イメージとしてとらえられた「見方」でもあるという新しい知見が得られ、これまでの風景論にみられた風景概念の曖昧さに論理的な明晰さを与えることに成功している。

 第3章では、古代日本において風景がどのように発見されたかが論じられている。これまでに文学などで見られた議論では、風景は近代において内面をもつ個人の成立とともに発見されたといわれてきたが、本研究では「見かた」の概念により風景を広くとらえることで、その最初の発見が古代における文芸の成立と同時であることが明らかにされている。発見の過程は次のようにまとめられている。まず国家の形成に伴って共同体の「うた」が国家の神謡となり、「見る」視点としての神の位置に天皇がおさまった。その上で、道教的な宇宙観を背景として、超越的な天皇=神が視線の対象となると同時に、天皇=神によって見いだされた土地をも視線の対象とするような宮廷歌人の視線が生まれた。その視線によって、7世紀末から8世紀にかけての頃に、風景が発見されたのである。

 第4章では、「見かた」のもっとも基本的な構造=方向性が母性的・父性的ということばで表され、日本文化が基層において母性的であること、風景の発見は両者の「見かた」の重合という観点から説明できることが明らかにされている。「見かた」は、親子関係における身体的・心理的な成長過程の中で身につくものであり、母子一体性を志向する母性的な「見かた」と、父によって示される規範的な秩序を志向する父性的な「見かた」の2つの理念型に区別できる。古代日本の文化は、古墳時代以前の親族構造や宇宙観に示されるように、母性的な傾向の強いものであった。それに対して、古墳時代以降本格的に流入してきた大陸の文化は、天界の最高神を頂点とする道教的な宇宙観に支えられた父性的なものであった。この考察から、風景の発見が、自然との一体化を志向する前者の「見かた」と、人間と自然=神との間に切断線を入れる後者の「見かた」の重なり合いによるものであるという解釈が導き出されている。

 第5章では、視野を古代日本から世界全体に広げ、母性的文化・父性的文化という観点から民族文化を見ることで、人間と環境(自然)との本質的な関係を解明しようと試みている。まず、母系制と、宇宙に内在する力の観念を母性的文化の指標、父系制と、至高神の観念を父性的文化の指標として、両文化の分布が明らかにされている。父性的文化が典型的にみられるのは北ユーラシアであり、母性的文化が強くみられるのはオセアニアである。またそれ以外の地域の文化は、母(父)性的文化の変容や両者の統合として解釈されている。これは、人間と環境(自然)の間の関係に、家族構造と同型の構造がみられるということである。そこから、本研究の結論として、家族構造に支えられた母性的・父性的な「見かた」を基盤として自然(神)の観念が成立し、また自然(神)の現れ方によって家族構造と「見かた」が変容するという、文化と自然の相互関係が明らかにされている。

 以上、本論文の提出者阿部一は、現象学的態度に立つことで視覚世界についての新しい認知図式を提示し、それによって明確化された風景の概念を足掛かりとして、文化の基層的な構造を母性的・父性的という理念型でとらえ、その構造と自然や神の観念が相互依存関係にあるという、きわめて独創性の高い知見をもたらした。同時に、実在物としての自然を前提とするこれまでの環境論や景観論の限界を突破する可能性を示して、これからの人間-環境論の新たな方向性を開拓した点で、自然と人間の学としての地理学に寄与するところ大である。よって阿部一は、博士(理学)の学位を授与される資格ありと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53988