学位論文要旨



No 213248
著者(漢字) 大岩,博
著者(英字)
著者(カナ) オオイワ,ヒロシ
標題(和) GRFグルーによる小口径動脈吻合の実験的研究
標題(洋)
報告番号 213248
報告番号 乙13248
学位授与日 1997.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13248号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 助教授 中塚,貴志
 東京大学 講師 竹中,克
 東京大学 講師 重松,宏
 東京大学 講師 安原,洋
内容要旨 はじめに

 心臓血管外科領域における小口径動脈吻合は時間的制約から現在でも用手連続縫合が一般的であるが,吻合部血管壁のめくれかえりや血管壁断端の露出のため吻合部の不整が生じ血栓形成の原因となり易く,その縫合テクニックおよび縫合時間は術者の熟練度に左右され均一性に欠けることが多い。また連続縫合では吻合部の非成長性が問題となる。そこで縫合糸を数針の固定糸ないし支持糸としてのみ用い他の吻合ラインで縫合糸を使用しない吻合方法の開発が期待されている。本研究の目的はこのような吻合方法の一手段としてGRFグルー(ゼラチン-レゾルシン混合物〔以下GR〕とホルマリン-グルタールアルデヒド混合物〔以下FG〕を混和することで架橋結合反応を起こし接着力を得る)という,物理学的強度,吻合部の柔軟性を兼ね備えた生体接着剤に着目し,動物実験で直径3から4mmの小口径動脈吻合に応用可能か否かを検討することである。

対象および方法

 実験対象血管は直径3から4mmの雑種成犬総頚動脈および大腿動脈を使用した。

I.予備実験1(直接塗布法,n=4)

 一側総頚動脈から約20mm長のfree graftを採取し,露出部分中央で切離した対側総頚動脈の中枢側とfree graftを6-0モノフィラメント糸で4点固定し,GRを吻合部周囲に直接塗布後FGを同部に直接滴下した。末梢側を6-0モノフィラメント糸で用手連続縫合した後,血流を再開し体血圧(収縮期血圧130から150mmHg)下で耐圧性能を検討した。

II.予備実験2(コラーゲンシート併用法,n=5)

 総頚動脈ないし大腿動脈から約40mm長free graftを採取し,その中央を切離し再び断端同士を6-0モノフィラメント糸にて4点固定した。次いで3mmPTCA用バルーンを吻合部内腔に挿入後拡張させ吻合部断端同士を密着させた。GRを浸漬させた5×12mmコラーゲンシートにFGをごく少量浸潤させ架橋結合反応開始後吻合部に巻き付けた。一側の解放断端より加圧用チューブを挿入し結紮固定した。対側解放断端は結紮閉鎖し,以下の試験を行った。

(1)耐圧試験

 加圧用チューブからヘパリン加血液を注入加圧し吻合部の血液漏出を限界点とし耐圧性能を検査した。

(2)抗張力試験

 150mmHgで定常加圧したまま結紮閉鎖側を重量計と接続後牽引し,吻合部の血液漏出時の重量計値を吻合部抗張力とした。

III.慢性実験(コラーゲンシート併用,n=15)

 一側総頚動脈から約20mm長のfree graftを採取し,露出部分中央で切離した対側総頚動脈の中枢側とfree graftをGRFグルーとコラーゲンシートを用い予備実験2と同様に吻合した。末梢側は6-0モノフィラメント糸で用手連続縫合し,以下の比較および検査を行った。

(1)GRFグルー吻合と用手連続縫合の吻合時間の比較検討

 術直後,術後1週目,2週目,4週目,8週目,12週目に以下の検査を行った。

(2)GRFグルー吻合部の柔軟性の検討

 血流再開後GRFグルー吻合部を用手的に圧迫し圧迫解除後の吻合部の性状を観察した。

(3)耐圧試験

 体血圧下(術直後のみ),定常加圧下,拍動下耐圧試験(アドレナリン0.5mgを投与し収縮期血圧300mmHg以上)を行い吻合部の血液漏出を限界点とし耐圧性能を検査した。

(4)血管造影および引き抜き圧測定

 用手縫合部およびGRFグルー吻合部の狭窄の有無を検査した。

(5)吻合部の病理学的な経時的観察および検討

 a)血管内視鏡検査(術直後のみ)

 用手縫合部およびGRFグルー吻合部の性状およびグルー漏出の有無を観察検討した。

 b)各吻合部の肉眼的観察および評価

 周囲組織と血管の癒着の程度,グルーの状態,吻合部内腔の性状,血栓の有無,開存性および狭窄の有無,吻合部血管同士の接合,内面の連続性の程度を用手連続縫合部とGRFグルー吻合部で比較検討した。

 c)各吻合部の光学顕微鏡下での病理学的観察および評価

 吻合部血管内腔の性状,弾性線維を含めた血管層構造,炎症性細胞の浸潤の有無,異物巨核細胞出現の有無,ヘモジデリン沈着の有無,グルーの吸収程度などの組織修復過程を用手縫合部とGRFグルー吻合部で比較検討した。

 d)各吻合部の走査電子顕微鏡下での病理学的観察および評価

 吻合部内面の性状および内皮の連続性の有無を用手縫合部とGRFグルー吻合部で比較検討した。

結果I.予備実験1(直接塗布法,n=4)

 グルー吻合部は1例を除き血流再開と同時に破綻した。

II.予備実験2(コラーゲンシート併用,n=5)(1)耐圧試験

 全例で300mmHg以上の耐圧性能を示した。予備実験1に比し有意な高耐圧性能を示した(p<0.01)。

(2)抗張力試験

 157±15gの抗張力を有していた。血管を採取した際血管断端は自己張力のため収縮するが,この自己張力の約1.5倍であった(p<0.01)。

 以上よりコラーゲンシート併用GRFグルー吻合は急性期の物理学的強度は満足できると判断した。

III.慢性実験(コラーゲンシート併用,n=15)(1)グルー吻合と用手連続縫合の吻合時間の比較検討

 グルー吻合は13±3分,用手縫合は23±5分でグルー吻合の方が有意に短時間であった(p<0.01)。用手縫合では追加縫合が必要な場合特に時間を要した。

(2)グルー吻合部の柔軟性の検討

 用手的にグルー吻合部を圧迫したが吻合部は何ら抵抗なく扁平となり圧迫解除とともに速やかに元の円筒状に復し十分な柔軟性を有していた。

(3)耐圧試験

 グルー吻合部は体血圧下(術直後)で全例耐圧性を示し,術直後の定常加圧(n=8),経過観察後の定常加圧(n=15)および拍動下耐圧試験(n=8)では全例300mmHg以上の耐圧性能を示した。

(4)血管造影および引き抜き圧測定

 造影でグルー吻合部狭窄は全例軽微で用手連続吻合部と差はなく引き抜き圧測定でも圧較差はなかった。

(5)吻合部の病理学的な経時的観察および検討

 a)血管内視鏡検査(術直後のみ)

 グルー吻合部内腔は狭窄やグルー漏出も無く非常に滑らかであった。用手連続縫合部は吻合ラインが多角形状で一部に血管断端の露出を認めた。

 b)各吻合部の肉眼的観察および評価

 術後1週目グルーは血管と強固に接着し柔軟性を保持していた。グルー吻合部内腔面は接合は良好だが連続性は不完全であった。2週目グルーと周囲組織の癒着が強固であり,グルーと血管の接着は保持され内腔面の接合は良好であった。4週目癒着はやや軽減し,グルーは軟化し血管との接着はやや弱化していたが内腔面の接合,連続性とも良好であった。8週目および12週目ではグルーは軟化し吸収される過程にあり,12週目ではかなり減少していた。グルー吻合部内腔面の連続性は完全に回復していた。

 c)各吻合部の光学顕微鏡下での病理学的観察および評価

 グルー吻合部において術後1週目血管内腔の連続性は不完全で,グルー周囲に好中球浸潤を多く認めた。2週目内腔面の連続性を認め,グルー周囲に多数の好中球浸潤を認めた。4週目内腔面は非常に滑らかな連続性を認め,動脈壁層構造の回復が確認され,グルー周囲にリンパ球,組織球浸潤を多数認めた。8週目は組織球によるグルーの貪食がみられた。12週目グルーはかなり減少したが組織球によるグルーの貪食が活発で炎症は遷延傾向を示した。中膜弾性線維は一貫しては断裂消失を認めなかった。一方用手縫合部は血管壁の巻き込み,内腔の不整が目立った。

 d)各吻合部の走査電子顕微鏡下での病理学的観察および評価

 グルー吻合部は術後1週目では内皮の連続性は無く,2週目では内皮の連続性を認めるがわずかな段差が残存していた。4週目は内皮の連続性は完成され,8週目および12週目では内腔面はきわめて滑らかで吻合部以外の内腔面との区別ができなかった。しかし同時に観察した用手縫合部では依然として内腔面の不整が目立ち,その滑らかさはグルー吻合部に比し劣っていた。

考察

 GRFグルー直接塗布法で耐圧性能が不十分であった理由はGR,FGが架橋結合反応前はともに粘性が低く,血管周囲に均一に塗布できず,架橋結合反応が不均一であったためと考えられる。そこでコラーゲンシートにGRを浸漬させ,さらにFGをごく少量浸潤させた後吻合部に巻き付けるコラーゲンシート併用法を考案した。これによりグルーの塗布層が均一となり架橋結合反応も均一になったと考えられる。また組織とシートの接合面での接着による補強効果も得られ,十分な耐圧性能を得られたと考えられる。GRFグルーによる血管吻合における問題点としてはFGの組織障害性が考えられ,本法ではこれを防止するため術野外で架橋結合反応を開始させ,使用量もごく小量とし過量にならないよう工夫したが今後も注意が必要と思われる。また炎症反応の遷延化が認められ,さらなる経過観察が必要と考えられる。しかしGRFグルーによる血管吻合はその内腔面が術直後よりきわめて滑らかで抗血栓性に優れ,用手連続縫合に比し短時間で吻合でき,時間的制約のある血管吻合には有利と考えられる。

結語

 GRFグルーとコラーゲンシートを用い雑種成犬の総頚動脈および大腿動脈において端々吻合に成功した。術後12週目までの開存性,吻合部動脈壁層構造の連続性の回復,内腔面の滑らかさ,物理学的強度を確認し得た。以上よりGRFグルーによる小口径動脈吻合はいくつかの工夫と注意のもとでは熟練を要する用手縫合に代わる一吻合手段として十分成立すると考えられる。しかしFGの固定剤という側面にはその取り扱いに十分な注意が必要で,また炎症の遷延化は最終的組織修復過程での瘢痕収縮も否定できず,さらに経過観察が必要と考えられる。

審査要旨

 本研究は小口径動脈縫合における用手結節縫合での吻合時間の問題,用手連続縫合による吻合部での血管壁断端の内腔への露出やめくれかえりを原因とする血栓やパンヌスの形成により引き起こる狭窄や閉塞の問題,さらに縫合テクニック習得の問題点を解決するために,縫合糸を数針の固定糸ないし支持糸としてのみ用い,他の大部分の吻合ラインを縫合糸で縫合しない吻合方法の一手段として,最近急性大動脈解離の外科治療に使用され,その有用性が確認された生体接着剤であるGRFグルーに着目し,このグルーが直径3mmから4mmの小口径動脈吻合に応用可能か否かを実験的に検討したものであり,以下の結果を得ている。

 (1)gelatin-resorcin-formaldehyde glue(GRFグルー)を用い,小口径動脈である雑種成犬の総頚動脈および大腿動脈(直経3mmから4mm)の端々吻合実験を行った。

 (2)GRFグルー直接塗布法による動脈吻合では,体血圧下で吻合部は破綻し,耐圧性能は不十分であった。

 (3)GRFグルーを浸漬させたコラーゲンシートを巻き付ける,コラーゲンシート併用法による動脈吻合は術後一貫して十分な耐圧性能(300mmHg以上)を示し,術直後十分な抗張力(必要値の約1.5倍)を有していた。

 (4)コラーゲンシート併用法による動脈吻合は,用手連続縫合による動脈吻合に比し技術習得が容易で,短時間での吻合が可能であった。

 (5)コラーゲンシート併用法によるGRFグルーでの動脈吻合部は一貫して柔軟性を有していた。

 (6)コラーゲンシート併用法のGRFグルーによる動脈吻合部血管内腔は,術直後よりきわめて滑らかな吻合ラインを示し,光学顕微鏡観察上,術後2週目以後血管内腔面は連続性を認めた。走査電子顕微鏡観察で,4週目以後内皮の連続性を認め,8週目以後はきわめて滑らかな内皮の連続性を認めた。

 (7)コラーゲンシート併用法のGRFグルーによる動脈吻合部血管の中膜弾性線維は,一貫して断裂消失を認めず,瘤状変化はなかった。

 (8)コラーゲンシート併用法のGRFグルーによる動脈吻合部は一貫して狭窄を認めず,術後12週目までの開存性を確認し得た。

 (9)コラーゲンシート併用法のGRFグルーによる動脈吻合部の炎症反応は術後2週目までは好中球主体で,4週目以降はリンパ球および組織球主体の炎症反応に移行し,8週目以降組織球によるグルーの貪食が認められた。12週目でも組織球によるグルーの貪食が活発で炎症反応が遷延していたが,グルーはかなり吸収されていた。

 以上よりGRFグルーによる小口径動脈吻合はいくつかの工夫と注意のもとでは,物理学的強度の面では問題なく,柔軟性があり,また吻合部内皮の滑らかさは特筆すべきものがあり,抗血栓性に優れ,熟練を要する用手縫合に代わる一吻合手段として十分成立するものと考えられる。しかしホルマリンとグルタールアルデヒドの固定剤という側面にはその取り扱いに十分な注意が必要と考えられる。また術後12週目においても活発にグルーを貪食する組織球と,リンパ球による炎症反応がみられ,最終的組織修復過程では瘢痕収縮も否定できず,さらなる経過観察が必要と考えられる。

 以上本論文は用手縫合に代わる血管吻合方法として,生体接着剤であるGRFグルーによる小口径動脈吻合法を研究開発し,この新たな小口径動脈吻合方法の物理学的,病理学的特徴を解明し,今後の血管吻合技術の発展に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値すると考えられる。

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