本研究は、これまでに硬骨魚のドジョウとマツバガレイの心臓洞房結節組織にしか認められていない、自律神経終末と多数のシナプスを作ると同時に、心筋細胞にも接している介在細胞という特異的な非筋細胞について、硬骨魚類を中心に、円口類、両棲類および爬虫類の心臓の洞房結節組織を電顕的に観察し、介在細胞の種間分布を調べた。また、ドジョウにおいては迷切実験を行い、迷切後の神経の変性、特にその再生過程における介在細胞への神経支配の変動を明らかにしようと試みた。下記の結果を得ている。 1.調べた20種の硬骨魚のうち、フナ、コイ、大陸バラタナゴ、ヤリタナゴ、テラピア、シマイサキ、イシガレイおよびメジナ計8種類の硬骨魚の心臓の洞房結節組織において介在細胞の存在が認められた。しかし、サザナミフグ、クロホシフエダイ、イワナ、シロギス、ニジマス、マダイ、アユ、カワハギ、コチ、マコガレイ、キューセン及びライギョなど12種類の硬骨魚並びに1種類の円口類(ムラサキヌタウナギ)、2種類の両棲類(イモリとウシガエル)と2種類の爬虫類(カナヘビとミドリガメ)の心臓の洞房結節組織には、介在細胞の存在が認められなかった。介在細胞は淡水魚のコイ科に属する魚(フナ、コイ、大陸バラタナゴ、ヤリタナゴそしてドジョウ)によく認められた傾向がみられるが、しかし、その分布の規律に関しては確信できるものがまだ得られていない。 2.介在細胞の細胞質には少なくとも3種類の太さ異なった線維成分、即ち細い(約5nm)、中間径(約10nm)、太い(約15nm)フィラメントが認められた。特に1本1本独立に、或いは小束をなして(束をなしている隣接の関係にある太いフィラメントの間に心筋細胞の筋原線維に見られたような細いフィラメントの入り込みはほとんど観察されない)細胞質内に散在して存在する約15nmの太いフィラメントは本研究において初めて認められた構造であり、そしてその含有量は違う個体並びに種にみられた介在細胞において顕著な変異(細胞質内の太いフィラメントがきわめて少ない、もしくは全く欠如している状態、あるいは豊富にしかも小束をなして存在している)を示す。また、不規則濃斑として介在細胞の細胞質に散在して見られたZ-band様構造(約5nmの細いフィラメントの大部分がZ-band様構造に付着する線維として認められる)が介在細胞の特徴的な構造の一つとなることを確立させた。両者の存在状態に関する変異、つまりZ-band様構造が不規則濃斑から典型的なZ-bandのようなものまで、約15nmの太いフィラメントがほとんど欠乏している状態からほぼ細胞質内に満ちている状態までを全体的に見ると介在細胞が発生中の筋細胞における筋原線維形成過程中にある筋芽細胞と管状筋細胞の間に位置するものであると思われ、介在細胞の筋近縁性が示唆される。 3.キュビエ管沿いの迷走神経内臓枝を約1mmの長さで両側性に切除した場合、心臓洞房結節組織内の軸索終末の変性が迷切後2〜3日にピークに達し、迷切後5日ではわずかな正常な軸索終末像がみたらたが、その変性像がほとんど認められなかった。介在細胞表面(核レベル)に正常な軸索終末と直接接している部分の全体に占める割合はわずか5.8%にとどまった。迷切後15日では心臓洞房結節組織に再生軸索像が認められ、介在細胞表面(核レベル)の軸索終末と直接接している部分が全体に占める割合は約19.5%であった。迷切後30日、60日ではその割合がそれぞれ約29.8%と45.8%であった。この段階に至る前の、除神経下の状況のもとでも、介在細胞が依然として独立した細胞タイプとして認められ、やがて軸索再生に伴って高度に密な神経支配を受ける状態に戻る、という点から見ても、介在細胞は決して心筋細胞と同一視できない。 以上、本論文はこれまでに1〜2種の硬骨魚の心臓洞房結節組織にしか認められなかった自律神経終末と多数のシナプスを作ると同時に、心筋細胞にも接している介在細胞という非筋非神経性細胞について、新たに8種類の硬骨魚類にその存在を認め、特に本研究で初めて認められた約15nmの太いフィラメントの存在が介在細胞の筋近縁性の側面を伺わせた。また、ドジョウにおいては迷切後の神経の変性・再生過程における介在細胞への神経支配の変動を明らかにした。本研究による介在細胞に関する調査は脊椎動物心臓ペースメーカー(洞房結節および房室結節組織)の系統発生的な起源についての研究の発展に重要な貢献をなすことが予測され、学位の授与に値するものと考えられる。 |